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34 魔国

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「この役立たず。ひとり処分するのに時間が掛かりすぎた。」

「しかし魔王様、居場所の分からない相手の処分はやはり時間が「言い訳は聞きたくない。」申し訳ありません。」

 ライラは魔王様に頭を下げる。どんな理不尽な命令でも遂行しないと、その魔人が存在する意味はない。ライラの顔に大量の汗が浮かぶ。

「ライラさん、魔王様の命令は絶対です。あの娘を処分するまで、ライラさんが魔国に入国する事を禁じます。魔王様もそれで良いですね。」

「ああ。明日再び人間の国に行き、必ずゼロの妹を処分しろ。」

 私は魔王様を守る四天王の一角。なのに、1度の失敗でこのザマか。魔王様の側近ベノムが告げる魔国からの追放とも捉えられる命令にも、私は素直に応じるしかない。

「分かりました。ですが責めて私の部下を数名連れて行く許可をください。私だけでは、行方不明の女の子を探すのは困難ですわ。」

 ライラはまっすぐ魔王様の目を見る。ここで目を反らす行為は自分の意志が伝わらず、許可が絶対に降りないからだ。

「…許可しよう。」

「ありがとうございます。」

 コンコン。

「失礼します。人間の国に潜入した際の報告書を持ってきました。」

「ちっ、ゼロか。」

 ライラが魔王様の前から退出しようとしたタイミングでゼロが入室してきた。見たくない顔を見た。ライラは小さく舌打ちすると、ゼロを睨む。

「私の報告が終わる前に、魔王様の前に来るなんて偉くなったわね。」

「ライラちゃん顔が怖いよ。ほらスマイルだよ。それに俺は魔王様から、報告書を早く持ってくるように命令されているもんね。」

「早く報告書を書けって意味でしょう。他の魔人の謁見中に入室するような無礼な振るまいは慎んで欲しいわね。」

「魔王様の前でケンカは慎みなさい。」

「「申し訳ありません。」」

 ゼロのせいで私まで怒られた。ライラはゼロが嫌いだ。ライラとゼロは四天王。立場的には同格だが、ライラはゼロよりも格段に強かった。ライラは実力を認められ、四天王の地位に登り詰めたがゼロは違う。ゼロは自分のオンリースキルと、魔王様に気に入られたお蔭で四天王になれたのだ。戦闘力だけ見れば私の部下より弱いゼロが、四天王の地位にいるのがライラは納得できなかった。

「ライラとベノムは退出しろ。ゼロと2人で話がしたい。」

 …魔王様が笑った。魔王様の視線の先にはゼロしかいないわ。どうして魔王様はこの男ばかり贔屓するの。ライラは唇を噛んだ。

「畏まりました。行きますよ。」

 ベノムに即されライラは謁見の間を後にした。だが、ゼロから離れてもライラのイライラは更に増すばかりだ。

「信じられない。何であんな男が魔王様に気に入られているのよ。」

 本当にムカツク男ね。魔王と2人きりなんて、私には指で数えられる回数しかない。それをゼロは容易く実現するのだ。ゼロの顔が頭にちらつき、私は壁を蹴り続ける。

「はしたないですよ。それに魔王様にもお考えがあるのだろう。」

「考えって何よ。」

 ライラは壁を蹴るのを止めて、ベノムと向き合う。ベノムは魔王の側近であり、魔王のことは城の誰よりも詳しい。魔王がゼロと2人になる理由も分かっているのかしら。

「それは私にも分かりません。けど魔王様が本当に彼を気に入っているなら、彼の身内を処分する命令は出さないと思いますよ。」

「でも魔王様はゼロの特別扱いを辞める気ないじゃない。」

 魔王は時々ゼロを特別扱いする。なのにゼロの妹ちゃんを、ゼロに内緒で処分するように私に命じた。最初は私もベノムと同じようにゼロが何かやらかして、その罰で妹ちゃんを処分すると考えたわ。けど、さっきの魔王の反応を見る限り絶対に違う。

「魔王様の横にいて見えなかったのね。ゼロの顔を見て魔王様、笑っていたのよ。」

「まさか何の冗談ですか。」

「信じないのはベノムの勝手よ。」

 私だって自分の目で見ないと絶対に信じないもの。ベノムが信じないのは仕方ない。

「ねえ確認だけど、ゼロの『偽装ぎそう』は魔王様には効かないのよね。」

「彼が魔王様を影で操っているとでも言いたいんですか?」

「可能性の話よ。」

 ゼロのオンリースキル『偽装』。彼はこのスキルを使い神官に変装。人間の国に潜入して預言の改ざんをしていた。
 偽装は多様性の高く、ゼロはスキルの使い方が上手い。「聖女に自分の方が強いと思い込ませ、戦闘を回避して城から逃げてきちゃった。ライラちゃんも聖女には、気を付けてね。」と、自分の実力不足を棚に上げて私に注意をしてきた。

 だけど、その時思ったの。ゼロは強く信頼できると、魔王様の記憶を改ざんしたのなら、彼の特別扱いにも納得がいく。

「ありえませんね。魔王様には魔法もスキルも効きません。」

「そう。」

 しかし、私の考えはベノムにあっさり否定された。魔王様はゼロを本当に気に入っているのか、いないのか。妹ちゃんの処分を命じる理由は何なのか。

「…考えるのやーめた。私は妹ちゃんのことだけ考えよう。」

「そうだ。魔国を出国する前に確認したいのですが、一緒に連れて行く部下は決めたんですか。」

「ええ、ルミアとベラの2名を連れて行くわ。」

 ルミアとベラは私の部下の中でも実力がある。性格等にはかなり問題があるが、彼女たちの能力はかなり使える。

「弱者の魔物を保護する変り者ルミアに、獣人と魔人のハーフであるベラですか。」

「そうよ。何か問題あるかしら。」

 ルミアは1番好きな魔物はスライムという変り者の魔人。けど、スライムの餌を自分で作ったりしており、料理上手な1面がある。魔国を出たら私の身の回りのお世話を任せるつもりよ。
 そしてベラ。獣人の中でも上位種、狼人とのハーフだから、鼻が良く追跡が得意。妹ちゃんの捜索には、最適な人材だわ。

「問題はありえませんが、ルミアさんは既に人間の国にいますよ。」

「はぁ、どういうこと。」

「野生のスライムたちの保護活動をすると外出届が出てます。彼らの住みかに行き、理不尽な扱いを受けていないか、自分の目で確認に行くそうです。」

 ライラは頭を抱えた。ルミアはこういう子だ。上司である私に報告なしで、行動するのはいつものことだ。だけど、仕事は全て終わらせて居なくなるから、私も注意もしていなかった。

「明日まで時間がないのに、肝心なときにいないんだから。」

「おや?ライラさん運が良いですよ。」

 ベノムが収納から取り出した紙を確認すると、不敵に笑い紙を私に見せる。

「ルミアさんの行き先は、フルフッテという町の近くの森であり、ターゲットがいた場所から走って数分の距離です。」

 ベノムが見せたのはルミアの外出届だ。そこには周辺の地図が載っており、確かに宝石グマの住みかと近い場所にあるのが分かる。

「でも妹ちゃんはこの場所に居なかったわよ。」

「もう少し頭を働かせなさい。ライラさんの報告書を拝見しました。『宝石グマの元から妹ちゃんが数日前にいなくなった。よって、居場所が分からず任務を失敗した。』これは間違いありませんね。」

「そうよ。それが何で私の運が良い発言に繋がるの。」

「ターゲットは私たちと違って子どもですよ。移動速度は私たちより遅い。」

 ベノムの言葉の意味が分かり、ライラは口元を緩めた。妹ちゃんはまだフルフッテの近くにいる可能性が高い。

「必ず妹ちゃん…マオを見つけて処分する。」

 私はルミアと連絡を取るため、自分の部屋へと急いだ。

















(マオ?)
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