白花の咲く頃に

夕立

文字の大きさ
7 / 104
木の国《ドレスデン》編 風の王子

1-6 帰らずの森 後編

しおりを挟む
 そのまま足跡を辿ると少し開けた場所に出た。
 そこで何かがあったのは明らかで、目の前には、揃いの鎧を身に付けた死体が四つ転がっている。現場のあまりの惨たらしさに全員の顔が歪んだ。

「マルガレーテ、これは……」
「ええ。うちの巡回騎士に間違いないわね」

 苦虫を噛み潰したような表情でマルクが呟く。

「ゼフィール。アナタ瘴気の出所見えてるんでしょう? ちょっとそいつ見てて。アタシ、他の死体調べたいから」

 マルクがゼフィールの肩をポンと叩く。そのまま、彼は死体を一つ一つ検分し始めた。

 ゼフィールは広場の真ん中に転がる死体に視線を向ける。これまで追いかけていた足跡から続く瘴気、それが、この死体に続いていた。そのせいか、どうしても気になる。

 真ん中の死体からは注意を逸らさず、少しだけ他の遺体も覗いてみると、それらの血はすっかり乾いていた。腐敗臭も森に拡散し薄まっているし、亡くなってからかなりの時間が経過しているのかもしれない。

 死体を見ているうちに胃から熱いものが込み上げてきた。こんな時に吐きたくはないので必死にそれを飲み込む。動物の屠殺なら多少慣れたが、人となると話は別だ。隣を見てみると、リアンも青い顔で口元を押さえている。

 ここに転がっている遺体はどれも楽な死に方はしていなかった。
 物凄い力で顔面を潰されているもの、内臓を傷付けられながらも中々死ねず、のた打ち回ったらしきもの、首を絞められ窒息死したらしきもの。
 死因はバラバラに見えるが、どれも力技に頼っているように思える。

 他の亡骸と異なるのは真ん中に転がる死体だ。これだけは、ぱっと見たところ傷が無い。しかし、まだ検分はしていないし、うつ伏せに転がっているので、体表側に傷があるのかもしれない。

 他の遺体の検分が終わったのか、気が付けばマルクも同じ死体を見ている。

「ユリアちゃん、ちょっと待って」

 真ん中に転がる死体を調べようとしたユリアをマルクが止めた。同じタイミングで、ゼフィールはリアンに呼びかける。

「リアン離れろ! なんか、そいつの様子おかしいぞ」

 ガシャン

 ゼフィールが警告を発すると同時に真ん中に倒れていた死体が動き出した。死体の動きに合わせて鎧がうるさい音をたてる。
 立ち上がった死体の前面部には、左肩から右脇腹にかけて一本の深い傷が走っていた。その傷は赤黒く変色し蛆が沸いている。
 亡くなっていることだけは間違いない。

「何よこれ!? 死んでたんじゃないの!?」
「死んでるわよ~。瘴気に侵されちゃったのね。ほら、そこの傷口から瘴気が漏れてるんだけど、ユリアちゃん見えない?」

 後ずさるユリアにマルクが指摘する。彼の言うとおり、蛆の沸いた傷口からは濃い瘴気が漏れている。ここまで濃くなればユリア達にも見えるかもしれない。
 しかし、ユリアは返事をしない。動き出した死体が彼女に殴りかかったので余裕が無かったのだろう。

「ユリア!」

 ゼフィールの足元から風が沸き出し死体の周囲を包んだ。行動を阻害する風で死体の動きがわずかに鈍る。ユリアはその隙を見逃さず、剣を抜くと、振りかぶられた死体の左腕を付け根から斬り飛ばした。

 斬られた左腕は、勢いそのままにユリアの後方へと飛んで行き、転がる。この死体の血も乾き切っているのか、切り口から一滴の血も流れない。

 驚いたことに、左腕を失っても死体は平然とユリアに突進し続けた。それはユリアにも予想外だったようで、表情が驚きで染まっている。慌てて受け身を取ろうと剣を引き戻しているが、わずかに遅い。

「ユリアちゃん危ないっ!」

 肉薄する死体を間一髪でマルクが殴る。死体は凄い勢いで吹き飛んでいった。

「ありがとう、師匠」

 ユリアは手短に礼を言うと死体に構えを取る。吹き飛ばされた死体がゴソゴソ動いていた。すぐに起き上がりそうだ。
 死体からは目を逸らさずマルクが言う。

「いいこと、ユリアちゃん。さっき言ってた瘴気なんだけど、生物を蝕んで凶暴化させることがあるの。それで、中には死体になっても動く連中がいてね。こいつがそうなんだけど。こうなっちゃったら、瘴気の核を破壊するか、浄化しないと駄目。覚えておいてね」
「核ってどこなの?」
「人の場合は頭。正確には脳ね」

 トントンとマルクがこめかみを人差し指でつつく。死体から視線は外さないままユリアが尋ねた。

「一応聞いてみるけど、瘴気の浄化は?」
「聖職者の使う高位神聖魔法ならできるらしいけど、アタシじゃ無理ね」
「うん。全力で頭潰しに行くわ」
「うふふ、アタシも頑張るわ。リアン君は周囲の警戒、ゼフィールは補助お願いね」

 起き上がった死体にマルクとユリアが対峙する。
 状況に素早く対処出来るよう、ゼフィールは少しだけ後ろに下がった。ゼフィールも細剣を持ってきているが、彼の腕では邪魔にこそなれ戦力にはなれぬだろう。せめて防御の補助だけでも行おうと、死体の動きに注意を向ける。
 死体は左腕を失っているが、これといってダメージは見られない。

 どちらが先に動くのか様子を見ていると、マルクが腰のポーチからナックルを取りだし、強く握りこんだ。

「フンッ!」

 気合いの声と共にナックルが淡く光り出す。

「ゼフィール、アナタに魔力の使い方を一つ教えてあげるわ。魔力っていうのは、こんな風に武器とか防具に付与も出来るの。まとわせた魔力で瘴気に干渉して散らしたり出来るから、こいつみたいな瘴気漬のやつには効果覿面ってやつ!」

 言いながらマルクは地を蹴り、死体に向かって突進した。それにユリアも続く。
 マルクのジャブが死体の腹の傷に打ち込まれた。すると、腹から漏れ出る瘴気が若干散って薄くなる。死体の動きが鈍った。そこに、後ろから突っ込んだユリアの剣先が迫る。

「師匠、頭下げて!」
「キャー、首が飛んじゃうわ!」

 マルクが腰を落として頭を下げた。さっきまで彼の頭があった場所をユリアの剣が通り過ぎる。横薙ぎの一撃は、しかし、すんでのところで首元に挟み込まれた死体の小手によって受け止められた。

 死体はユリアの剣を受け止めつつ、低腰になったマルクに足払いを仕掛ける。慌ててユリアの首根っこを掴みながら後退するマルク。マルクの足元を通過した蹴りが、先程までユリアのいた場所も通り過ぎた。
 彼がユリアを引っ張っていなければ危なかっただろう。

「こんな感じで、瘴気さえ散らせれば相手の動きも鈍くなって、こっちのターンにできるのよ。楽勝でしょう?」

 ゼフィールに親指を立てながら、マルクがウィンクを飛ばす。
 確かに瘴気が散った一瞬は死体の動きが鈍ったが、楽勝ではなく反撃をくらい危なくなっていた。瘴気を一瞬散らす程度では効果が薄いのか、油断し過ぎたマルクが悪いのか。
 ……両方だろう。

「楽勝には見えなかったがな。それより、魔力の付与ってどうやるんだ? 全然感覚が分からないんだが」
「うーん、初心者なら詠唱するのが手っとり早いんだけど、アナタなら詠唱破棄して感覚だけでも出来るんじゃないかしら? 詠唱無しで治癒やら風使ったりしているみたいだし」

 こちらが喋ろうとも死体は攻撃の手を緩めてくれない。
 マルクに向かって突き出されたパンチを、ユリアが横から剣の柄で弾いて軌道をそらした。ガラ空きになった死体の胸にマルクが飛び込む。彼はわずかに腰を落として重心を安定させると、下からすくい上げるように死体のアゴにアッパーをきめた。

 死体のアゴが砕け、後ろへ仰向けに倒れ込んだ。ビクビクと痙攣しているが、まだ動けるようだ。その胸を足で踏み押さえながらマルクが腕を突き出す。

「身体の中の魔力の流れを感じて、武器に誘導して留めるような感じかしら? 慣れてくればアタシみたいに気合い一つで出来るようになるわよ」
「魔力を感じて武器に誘導……」

 今なら死体はマルクに押さえられていて動けない。
 ゼフィールは目を閉じて細剣を構えた。
 身体の中の魔力の流れを意識し、血のように流れる魔力を細剣に誘導する。しばらくすると剣は眩しい光に包まれ、やがて収束して、淡い光をたたえる状態で安定した。

「師匠のナックルと似たような感じね」
「君、ちょっとしたアドバイスだけで出来ちゃったわけ?」
「ちょっと出力が大き過ぎるみたいだけど、バッチリね。アナタの才能を見抜いたアタシの才能が怖いわぁ」

 死体は足で押さえたまま、マルクが腰をクネクネさせる。その途中で何かを思いついた顔になると、踏みつけている死体の兜の隙間を指した。

「ちょっとゼフィール。ついでだから、それでこいつにトドメ刺してもらえない? 兜のココから剣を突き刺せば核まで届くと思うのよね。アタシのナックルだと兜ごと潰さないといけないし」

 ゼフィールは横たわる死体の前に移動し、細剣を構えて……目を閉じた。そして何度も深呼吸をする。
 死人とはいえ、人の姿をした者に刃を突き刺すのは抵抗があった。

「人間の見た目をしているからって情けは無用よ。この人はもう死んでるの。さっさと成仏させてあげないと、本人の意思とは関係なく暴れ続けるのよ。それって悲しいことじゃない? 彼のためを思うなら、もう眠らせてあげて頂戴」

 マルクの言葉を受け、ゼフィールは静かに細剣を下した。刃は易々と刺さり、兜の隙間から白い光と黒い靄があふれ出す。
 黒靄が光から逃げるように拡散したが、それも光に包まれ、やがて見えなくなった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

異世界ランドへようこそ

来栖とむ
ファンタジー
都内から車で1時間半。奥多摩の山中に突如現れた、話題の新名所――「奥多摩異世界ランド」。 中世ヨーロッパ風の街並みと、ダンジョンや魔王城を完全再現した異世界体験型レジャーパークだ。 26歳・無職の佐伯雄一は、ここで“冒険者A”のバイトを始める。 勇者を導くNPC役として、剣を振るい、魔物に襲われ、時にはイベントを盛り上げる毎日。 同僚には、美人なギルド受付のサーミャ、エルフの弓使いフラーラ、ポンコツ騎士メリーナなど、魅力的な“登場人物”が勢ぞろい。 ――しかしある日、「魔王が逃げた」という衝撃の知らせが入る。 「体格が似てるから」という理由で、雄一は急遽、魔王役の代役を任されることに。 だが、演技を終えた後、案内された扉の先にあったのは……本物の異世界だった! 経営者は魔族、同僚はガチの魔物。 魔王城で始まる、まさかの「異世界勤務」生活! やがて魔王の後継問題に巻き込まれ、スタンピードも発生(?)の裏で、フラーラとの恋が動き出す――。 笑えて、トキメいて、ちょっと泣ける。 現代×異世界×職場コメディ、開園!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。 ​「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」 ​「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」 ​「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...