白花の咲く頃に

夕立

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火の国《ハノーファ》編 死に至る病

3-15 青い血

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 ◆

 翌日。
 ホルガーとリアンが竜穴からヨーナスの遺体を回収してきた。身内がいるなら連絡してやりたかったが、生憎と、彼の部屋には身元を証明する物が何も無かった。
 そのため、荼毘に付された彼の死は、ゼフィール達の胸にだけ刻まれた。

 一週間が過ぎた。
 欠かさず薬を飲んでいるユリアだが、症状はゆっくりと悪化の一途を辿っている。
 数日前までは昼に果汁を飲むくらいはできたが、今はそれすらも厳しい。日に数度、極短い時間だけ意識を取り戻すくらいが精々だ。
 短時間なりとも意識が戻る日も、もうじきこなくなるだろう。

 ゼフィールが部屋に戻ると、疲れた様子のリアンがチラリとこちらを見た。リアンは口を開きかけたが何も言わず、興味を無くしたかのようにユリアに視線を戻す。

「ユリアは?」
「駄目だね。呼んでも目を覚まさない。薬だけでも飲んでくれたらいいんだけど」

 リアンの手には薬の入ったグラスが握られているが、飲んで減った様子はない。ユリアを眺めていたリアンがゼフィールを見つめ、切実な表情で口を開いたが、結局何も言わなかった。

 リアンのこの行動も増えた。
 彼の気持ちも分かる。
 それに、薬での回復を祈るのももう限界だろう。今まで引き延ばしてきたが、ここで決断しなければ、きっと手遅れになる。

 ゼフィールは食堂から借りてきたグラスを台の上に置くと、左手の袖をまくりあげた。ナイフで腕に傷を付け、そこから流れる血をグラスに注ぐ。一○○ミリ程の血が貯まると治癒魔法で傷をふさいだ。
 その様子を見たリアンが唖然と口をパクつかせる。

「ゼフィール、君……」
「場所を譲ってくれ」
「あ、うん」

 ゼフィールはリアンと場所を変わるとユリアに呼びかけた。彼女は目覚めない。それでも、根気強く呼びかけ続け、半刻経った頃にユリアの意識が戻った。

「ユリア、頑張って飲んでくれ。頼む」

 ユリアの口に青い液体を含ませるが中々飲み込んでくれない。飲み込んでくれる事だけを祈りながら待つと、ようやくユリアの咽が動いた。一口でも飲んでくれてホッと胸を撫でおろす。
 その後はゆっくりと、彼女が飲める分だけ血を飲ませた。

 用意した血を半分程飲んだところでユリアは再び目を閉じた。ゼフィールにできるのはこれで全てだ。後は成り行きを見守るしかない。
 タオルを水で濡らし絞るゼフィールの横にリアンが来た。

「ありがとう、ゼフィール」
「いや。どうなるかはまだ分からないしな」
「でもさ――」

 リアンはゼフィールの肩を掴むと、絞り出すように呻いた。

「どうせ飲ますなら、もっと早くでも良かったじゃないか! そうすれば、ユリアだってこんなに苦しまなくて良かったかもしれないのに!」

 怒り、悲しみ。
 きっと、そんな感情を抑えているせいで震えているリアンからゼフィールは視線を外した。
 彼の言い分はもっともだ。自分だって、青い血が本当に万能の薬なら迷わず飲ませていただろう。
 だが、実際は、それなりの副作用がある、、、、、、。そのせいで決断できなかった。
 随分と昔を思い出しながらゼフィールは呟いた。

「……《シレジア》には大教会があってな、そこには各国から病に苦しむ多くの人がやってくるんだ」
「何?」

 リアンが怪訝な表情を向ける。構わずゼフィールは続けた。

「だが、血で治療を施される者はほとんどいない。俺の父は大教会の元司祭だったから、聞いてみたんだ。なぜ、血を与えないのかって」

 絞ったタオルをユリアの額に置き、ゼフィールは眠る彼女を眺めた。

「そしたら言われたんだ。青い血には弱いが依存性がある。本当に手の施しようがなくて、その人の人生を背負ってでも癒したい時にだけ使えと。俺はユリアにそんなもので苦しんで欲しくなかった。できれば薬で治って欲しかったんだ」

 最後は消え入りそうなゼフィールの独白が終わると、リアンは手を離し、黙ってユリアを見つめた。



「……リ……ァン……」
「ユリア!?」

 夜の薬を飲ませようとリアンが呼びかけると、ユリアが返事をした。彼女の声に驚き、ゼフィールもユリアのもとへ駆け寄る。

 ユリアの顔色は相変わらず悪かった。肌も黒斑に覆われているし、きっと熱も高いのだろう。それでも、相手を認識し、名を呼んでくれるところまで持ちなおしたようだ。
 彼女の回復が嬉しくて小さく拳を握る。
 それはリアンも同様だったようで、ユリアに話しかける声が随分軽い。

「やぁユリア、夜の薬の時間だよ。ちゃちゃっと飲んでさっさと良くなりなよ」

 リアンがユリアを支え薬を飲ませる。彼女は相変わらず動けないようだが、快方の見込みが見えたというだけでも大きい。
 副作用が気になったが、ひとまずはユリアの回復をゼフィールは喜んだ。



 翌朝。
 ゼフィールは薬の代わりに青い血をユリアに飲ませた。前日と同じ量を用意しておいたが、今日の彼女は飲み切ってくれた。そのお陰か昼間に果汁をすすれるようになり、夜にはリアンが薬を飲ませた。
 次の日は朝飲ます血の量を少し増やした。それでもユリアはきちんと飲み切ってくれ、起きていられる時間もわずかだが伸びた。

 そんな生活を四日も送ると、ユリアの意識が大分ハッキリしてきた。相変わらず一日の大半は寝ているし、起き上がれないのだが、黒斑も薄くなってきたように見える。

 その朝も、ゼフィールはいつものようにユリアを起こし、彼女の口元に青い血をあてがった。最近では飲み切るかを心配することも無くなった。ただ、彼女が飲みやすいように身体とグラスを支えてやるだけだ。
 今だって、咽が乾いていたのか、彼女はゴクゴクと血を飲んでいる。

 その途中で急にユリアの動きが変わった。グラスから口を離すと、震える手でグラスを押しのけるような仕草をする。
 力が全く入っていないので中身を零すことはなかったのだが、彼女の変化は気になった。

「ユリア?」

 ユリアの顔を覗きこむ。
 そんなゼフィールを彼女は泣きそうな顔で見た。しかし、それは一瞬の事で、その視線はすぐにグラスの中に戻り、そこに固定されてしまう。たまにゴクリと咽をならし、そんな自分を拒絶するかのように力無く首を振る。

(依存症状が出てきたか)

 ユリアの行動は、きっと、青い血への異常な渇望への抵抗だ。彼女が元気ならば、欲望に流されないよう頑張る姿を応援しただろう。
 だが、今は駄目だ。
 ユリアの症状はまだ危篤から脱したに過ぎない。ここで血を飲む事を止めれば、再びぶり返す可能性もある。
 酷ではあるが、ゼフィールは背けた彼女の口元へグラスを持って行った。

「ユリア、まだ残ってるぞ? 昨日まで頑張れたんだから今日も頑張ってくれ」
「いや……」
「なんでだ? 不味いからっていうのは却下だからな」
「怖いの」

 目に涙を浮かべながらユリアは首を振る。それでもやはり視線はグラスに釘付けで。それ以上見たくなかったのか、彼女はきつく目を閉じた。

「最近、寝てても青い血が欲しくなるの。欲しくて、欲しくて、咽が乾いて目が覚める。それを飲んで渇きが収まるならいいけど、飲めば飲むほど渇きが強くなっている気がするの。そのうち、私はあんたを傷付けてでも血を得ようとするかもしれない。それが、怖い」
「気のせいだろう? そんなことより、今は飲む物はきちんと飲んで、さっさと元気になってくれ」

 頼みながらユリアの口元にグラスをあてるが、彼女は口も引き結んでしまう。

「ユリア」

 少し強めに言う。それでも彼女は口も目も開かない。
 ゼフィールはグラスに入れた血を口に含むとユリアに口付けた。舌で強引に彼女の唇を開き、歯の隙間から口の中身を移す。ユリアの顔を上向きにさせ、反射的に血を飲みこんだのを確認すると唇を離した。
 ユリアが信じられないものを見るような目でゼフィールを見ているが、知ったことではない。

「自分で飲まなければまだ飲ませるが。どうする?」
「分かったわよ! 飲むわよ!」

 ゼフィールの強行に面食らったのか、口元にグラスをあてがうと、ユリアは抵抗せずに中身を飲んだ。彼女の意思を無視して力尽くで事を進めてしまったが、この際仕方ないだろう。

「きちんと飲んだな。それじゃぁ、またお休み」

 ユリアを寝る姿勢に戻してやっていると睨まれた。今の彼女からしてみればゼフィールは随分と悪人だろう。だが、その程度で元気になってもらえるのであれば、悪人になるくらいどうということはない。
 ユリアに微笑み入口扉へ向かう。

 部屋を出、扉を閉めると、ゼフィールは壁に背を預け天井を仰いだ。目眩が酷い。少しずつとはいえ、毎日血を抜いているので貧血気味だった。立っているのも辛くなり、思わず座り込む。
 そこに、部屋の中からリアンが出てきて、座り込んでいるゼフィールに声をかけてきた。

「そんなことだろうと思ったよ。君の意地っ張りで見栄っ張りも、ユリアに負けず劣らず大したものだよね」

 リアンは座り込むゼフィールの脇の下に身体を入れると、彼を支え食堂へと歩き出す。

「辛くても沢山食べないとね。今は君頼みだから」
「俺のことはユリアにはバレてないか?」
「大丈夫なんじゃないかな? まだ周りを気にする余裕なんて無いだろうし」
「ならいい」

 食堂に着くと、リアンはゼフィールを椅子に座らせた後、自身も席に着いた。二人分の朝食を頼むと、パンやハム、サラダがどんと出てくる。
 この宿は朝食の量が多い。食欲の無い状態にはきつかった。

「それにしてもさ、噂みたいにパパっと良くなる訳じゃないんだね。アレ。副作用も結構キツイみたいだし」

 パンを齧りながらリアンが話しかけてきた。他人の耳があるので"アレ"と伏せられているが、青い血の事だろう。

「そうだな。病が強すぎた上に末期だったのもあるが、言われているほど万能じゃない。まぁ、噂なんてそんなもんだろう」

 ゼフィールはサラダをフォークでつつき口に運ぶ。ほんの少しの量なのに咽につかえて飲み込みにくい。咳で吐き出しそうになったが我慢して強引に飲み下した。飲み物なら問題ないが、固形物を飲み込むのがとても辛い。
 食べねばならぬというのに、貧血でこんな症状が出るとは大迷惑だ。

「君達も朝食か? 相席してもいいかな?」

 四苦八苦しながら食事を進めているとホルガーが声をかけてきた。

「ホルガーさんお早うございます。どうぞどうぞ」

 リアンが机の上を少しだけ片付ける。そこにホルガーの皿が運ばれてきて、彼は豪快に食べ始めた。
 腹が減っていたのかホルガーの食事スピードは速い。対照的に、ゼフィールの食事は遅々として進まない。半分ほど皿を平らげたところでホルガーもそれに気付いたようで、心配そうに声をかけてきた。

「随分と調子が悪そうだが大丈夫か? まさか、君も流行り病に?」
「いや。少し貧血気味なんだ。食べれば良くなるとは思う」
「なら、しっかり食べないとな。君は俺と違って線も細いから、倒れそうで怖いな」

 豪快に笑いながらホルガーがゼフィールの背をバンバンと叩く。その力が強くて、むせて咳が出た。ホルガーの笑い声が大きくなる。
 一笑いして満足したのか、ホルガーは少しだけ真面目な表情になって声のトーンを落とした。

「聞きにくいんだが、あの子の調子はどうだ?」
「少し持ちなおしましたよ。今みたいに、誰もついていなくても大丈夫な時間ができてきましたし」
「それは良かった。やはり薬は効くんだな」

 リアンの笑顔が微妙に引きつる。
 余計なことは言うなよ、と、ゼフィールが彼を見ると、こちらを見たリアンは、分かってるとばかりに小さく手を動かした。

「ホルガーさんの方はどうです? 薬、確保できました?」
「ああ、それなんだが。先生が粉状の薬を用意してくれてな。今日にでもこの村を発とうと思ってる。発つ前に会えて良かったよ。君達がいなければ、オレは光苔を手に入れられてなかっただろうしな」

 ホルガーが寂しく笑った。しかし、それも一瞬のことで、陽気な笑顔に戻ると力瘤を作り、それをパンパンと叩く。

「村に立ち寄った時はぜひ訪ねてきて欲しい。オレはこれでも装飾品職人でな。今度会う時は何かプレゼントしよう」

 朝食の残りを平らげると、ホルガーは二人と握手をして早々に部屋へと引き上げて行った。

 そんな彼から随分と遅れてゼフィールもなんとか食事を押し込む。部屋に戻るとユリアは静かに眠っていた。タオルがぬるくなっていたので、水に浸して置きなおしてやる。
 頬に触れてみると、以前より熱が下がっていた。寝息も穏やかだ。
 黒斑の引き次第だが、この調子なら、明日まで血を飲ませれば問題無いレベルまで回復するだろう。

「リアン。すまないが少し寝る。何かあったら起してくれ」
「うん。お休み」

 寝台に横になると、満腹であることも手伝ってすぐに睡魔が襲ってくる。ユリアを心配せずに眠るのは随分と久しぶりだった。
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