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青年はまどろみから目覚め、ゆっくりと瞼を開いた。夜なのか、周囲は暗く何も見えない。起き上がろうとわずかに動いてみると、身体が何かにぶつかった。随分と狭い所で寝ていたようで、何気なく上げた手も上部を覆う何かに当たる。
それが合図となったのか、棺の蓋が開いた。
起き上がり周囲を見回してみると、他の棺も開いている。同じタイミングで目覚めたのか、マルクが棺の中に起き上がった状態で目をパチクリさせていた。
「あらー、ゼフィールじゃない。えーと、ここ、どこ?」
「玄室に見えるな」
「やっぱりそうよねぇ」
非常にだるそうにマルクが棺から出た。ゼフィールの横まで来ると、立ち上がろうとしていた彼に手を貸してくれる。
「ああ、すまない。やけに身体が重いな」
「あら、やっぱりゼフィールも? 寝過ぎで身体が鈍ったのかしらね?」
「そもそも、どういう状態なんだ? 俺達」
「さぁ?」
石扉が無くなっていたので前室に行くと、ライナルト、ゾフィ、ユリアが立っていた。声をかけると、三人は振り向き笑顔を浮かべる。
「良かった。二人も目が覚めたのね」
「棺が二つ開かなかったものですから、お亡くなりになられたのかと心配してましたのよ」
「結果的には、目覚めたタイミングもそう変わらなかったな」
あご髭を撫でつつライナルトが目を細めた。彼のもう片方の手は不自然に腹部をさすっている。
「ライナルト殿、腹でも痛いのですか?」
「いや、ちょっと、な」
「確認のために、ユリア様にライナルト様を思いっきり殴ってもらいましたの。あの痛がりようだと、夢でも死んでもいないようでしたわ」
「普通は手加減するか、自分の身体をつねるかだと思うんだがな」
ライナルトが苦笑する。
ユリアの一撃は身構えていないと結構痛い。女子だからと気楽に殴られたのだとしたら、ご愁傷様である。
(それにしても……)
ゆっくりと、ゼフィールは周囲を見回した。
眠る前と様々なものが違う。一つは部屋の壁だ。以前は乾いて堅かったのに、今は瑞々しく柔らかい。色も鮮やかになっている。
後は目の前にいる四人。彼らの瞳と髪の色が銀から元の色に戻っている。
「お前達、色が元に戻ったんだな」
「あら、ゼフィールもよ。アナタ銀髪は変わらないけど、瞳、緑になってるし」
「なんでかしら?」
「魔力が随分と弱くなっていますわ。身体が重いのも、色の変化も、そのせいですかしらね?」
「ピンポンピンポーン。ゾフィ正解~」
軽い言葉と共にメティスが前室に現れた。彼女はぽかーんとしている五人を興味深そうに眺めると、ひょっひょと笑う。
「お前さん達はユグドラシルに魔力を吸われた残り。言うなれば出涸らしじゃな。普通なら出涸らしすら残らず消滅するのに、よく残ったものじゃ」
「ちょっとメティス。ヒトのことを出涸らし出涸らしって。もうちょっと言いようあるでしょう?」
マルクがメティスの頬をつねって豪快に引っ張った。皺だらけなお陰か、地味によく伸びている。マルクの手から逃れようと足掻きながら、メティスが抗議の声を上げた。
「やめんか! 年寄りには親切にせいと教えられたじゃろ!」
「アナタ見た目が年寄りなだけで若者より元気でしょーが! 神は老化しないんだから、年寄り扱いなんてしないわよ」
「戯れるのはいいが――」
マルクと遊ぶメティスを見下ろし、ゼフィールは尋ねた。
「なぜ俺達は消滅する前に解放された? お前はその理由を知っているのか?」
「知っておるよ。まぁ、見た方が早いじゃろ。ほい」
言うが早いかメティスは全員を宙に浮かせた。そのままウロから出ると、どんどんユグドラシルから離れて行く。離れることでその姿を露わにした大樹を見、ゼフィールは感嘆の声を漏らした。
幹は力強く真っ直ぐに伸び、生い茂る葉は豊かで瑞々しい。枝葉の陰には多くの精霊達も見える。命と力にあふれるその姿は、在りし日のユグドラシルそのものだ。
蘇ったユグドラシルの姿に笑みが浮かぶ。だが、なぜメティスがわざわざこれを見せたのかが分からない。
「ユグドラシルの若返りと俺達が生き残った事に何の関係があるんだ?」
「大ありじゃよ。実はの、この樹、二代目なんじゃ。お前さん達が眠る時に植えた種が、母樹とお前さん達を苗床に成長してのぅ。今では立派に世界を支える役割を果たせるまでに成長した。だから、わざわざお前さん達から養分を吸い上げる必要が無くなって、吐き出したんじゃないかの?」
「吐き出したって……。もう少し綺麗な言葉で言ってくださらない? メティス」
げんなりとゾフィがたしなめた。横ではマルクも頷いている。そんな二人に向かい、メティスは大袈裟に肩を竦めた。
「どう言おうと一緒じゃろうて。まぁ、助かって良かったの。魔力の残り具合から見てギリギリだったようじゃが。ひょっひょっひょ」
「ねぇ、吐き出されたんなら、私達はもう必要ないのよね? 元の世界に戻っていいの?」
キョトンとユリアが尋ねる。メティスはユリアに振り向くと、自らの頭をペチンと叩いた。
「構わんよ。というか、儂、お前さん達を迎えに来たんじゃった」
そう言うとメティスは詠唱を始めた。長い長い詠唱が朗々と流れる。巨大な魔法陣が現れては圧縮され、また現れては圧縮されを繰り返し、複雑で難解な魔法陣を描いていく。
詠唱を聞き、描かれる魔法陣を読み解きながら、ゼフィールは「ほぅ」と溜め息をついた。
「位相の移動と空間転移が組み合わさってるな。原理を良く解明している。さすが叡智の神」
「でも、メティスが使う模写魔法だと、魔力の消費がオリジナルより大きいんじゃなかったですかしら? 六人分って、魔力足りますの?」
「出血大サービスぅううう!!」
メティスの叫びと共に視界が暗転した。
次に見えたのはうずたかく積まれた本の山。すぐ近くでマルクの叫び声が聞こえ、山が一部崩れた。本の上に転移したのかもしれない。
「ちょっと師匠!?」
慌ててユリアが本をどかしているあたり、やはり、本に埋もれたのだろう。手伝ってもいいのだが、これくらいマルクにはどうという事ない気がするので助ける気が起きない。むしろ、静かでいいのではとさえ思ってしまう。ライナルトとゾフィも考えは同じようで、無視を決め込んでいる。
メティスも何事もないかのようにソファに突っ伏した。そして、遠い目で一人ぶつぶつ呟いている。
「移動が面倒だから楽しようと思ったらエライ目にあったわい……。せめて虹の橋渡らせてからにすれば良かった。危うく儂が眠りにつくハメになってたわい」
「随分とこじんまりして本だらけですけれど、どこですの? ココ」
「儂んち。場所でいうと、大陸のちょうどど真ん中」
メティスは寝転がったまま壁に掛かった一枚の地図を指さした。
地図には大陸が描かれており、その中心にピンが刺さっている。ピンの位置が現在地なのだろう。
「ふむ。《ドレスデン》から帰るよりは近いな」
地図を見たライナルトが呟いた。軽く背伸びをすると、出口らしき扉へと向かって歩き出す。
「私は先に帰るぞ。大陸の様子を視察したいし、家族にも会いたいからな」
「あー……。それ無理。家族には会えない。お前さん達が贄になってから三○○年が経っておるからの」
「三○○年!?」
全員の口から叫びが漏れ、視線がメティスに集中した。説明を求めてみても彼女の態度は変わらない。それでも、面倒くさそうに口を開いた。
「二代目ユグドラシルがあそこまで育っておったんじゃよ? それなりの時間が経過していて当然じゃろうに。まぁ、お前さん達は眠っていただけだから、分からんか」
重苦しい沈黙が狭い部屋に落ちる。そんな中で、ライナルトが小さな声で笑い出した。
「ふっ、はっはっは。そう、か。三○○年か――。さすがにもう、あいつらは生きていないな」
彼は身を翻し、本の間をフラフラ歩くと窓辺に寄りかかり、外を見つめた。その視線はどこか遠い。とうに亡くなってしまった家族の事を考えているのかもしれない。
だが、それは、ライナルトの家族に限った話ではない。
残してきたアレクシアも、笑って見送ってくれたリアンももういない。
共に生きたかった者達は誰も残っていない。ここはもう、全く別の世界だ。
「まぁ、なんじゃ。寿命が来るまでここで暮らしてもいいんじゃよ?」
「その提案をするためにここに転移したのね。アナタ」
崩れた本からようやく抜け出したマルクが苦々しく言った。ゾフィもユリアも複雑な表情をしている。
「それで、俺達の余命はあとどれくらいなんだ?」
「そうじゃのー。今の状態は継承を受ける前に限りなく近いようじゃから、ただの人に戻ったと考えれば、持って生まれた寿命程度までは生きるんじゃないかの? 無理に力を使い過ぎれば即消滅じゃろうけど」
「十分だ」
呟くと、ゼフィールは未だ本の山の横に座りっぱなしのユリアのもとへ行った。そして、彼女に手を差し出す。
「俺と共にこの世界で生きてくれるか? ユリア」
最初はキョトンとしていたユリアだったが、すぐに満面の笑みを浮かべゼフィールの手を掴む。
「当たり前でしょう」
その答えに満足し、ゼフィールはユリアの手を引き、立たせた。彼女と共に扉へ行くと、取っ手に手をかけた状態で振り返る。
「世話になったなメティス。俺達は行く。気が向いたら顔を出しにくる……かもしれない」
「外で暮らすのかの?」
「俺は生きたかったんだ。すっかり諦めていたが、こうして機会が与えられた。それなら余生を楽しむさ。元々旅暮らしだったし、行き先が知らない場所で、知り合いが誰もいないなんてことザラだった。リアンはいないが、今までと大差ない」
部屋を軽く見回し、残る三人に笑顔を向けた。
もう会う事も無いかもしれない。だからこそ、最後は笑顔で別れたい。
「……お前達も元気で」
「みんな、またね」
軽く挨拶の言葉を残し扉をくぐる。短い階段を下りきるとまた扉があったので、それを押し開いた。蔦のカーテンをくぐると、目の前に広がるのは樹齢を重ねた木々の作る森。
そこかしこに名を知らぬ白い花が咲いている。この三○○年の間に新たな種も産まれたようだ。
手近な花を一輪手折ったユリアがゼフィールに笑いかけてくる。
「見たことないけど綺麗ね」
「そうだな。そういうのが沢山産まれてるんだろうな」
ユリアが花を渡してきたので受け取る。そのまま彼女の指に自らの指を絡ませた。
「これなら迷子にならずに安心だろう?」
「そうね」
「行こう」
互いに笑いあう。
三○○年も経過していては世界は大きく変わっているだろう。右も左も分からないし、知り合いもいない。生きる事には苦労するだろう。
それでも、不思議と不安は無い。自分にはつないだこの手があるのだから。
ゆっくりと、二人は新たな一歩を踏み出した。
青年はまどろみから目覚め、ゆっくりと瞼を開いた。夜なのか、周囲は暗く何も見えない。起き上がろうとわずかに動いてみると、身体が何かにぶつかった。随分と狭い所で寝ていたようで、何気なく上げた手も上部を覆う何かに当たる。
それが合図となったのか、棺の蓋が開いた。
起き上がり周囲を見回してみると、他の棺も開いている。同じタイミングで目覚めたのか、マルクが棺の中に起き上がった状態で目をパチクリさせていた。
「あらー、ゼフィールじゃない。えーと、ここ、どこ?」
「玄室に見えるな」
「やっぱりそうよねぇ」
非常にだるそうにマルクが棺から出た。ゼフィールの横まで来ると、立ち上がろうとしていた彼に手を貸してくれる。
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「あら、やっぱりゼフィールも? 寝過ぎで身体が鈍ったのかしらね?」
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「さぁ?」
石扉が無くなっていたので前室に行くと、ライナルト、ゾフィ、ユリアが立っていた。声をかけると、三人は振り向き笑顔を浮かべる。
「良かった。二人も目が覚めたのね」
「棺が二つ開かなかったものですから、お亡くなりになられたのかと心配してましたのよ」
「結果的には、目覚めたタイミングもそう変わらなかったな」
あご髭を撫でつつライナルトが目を細めた。彼のもう片方の手は不自然に腹部をさすっている。
「ライナルト殿、腹でも痛いのですか?」
「いや、ちょっと、な」
「確認のために、ユリア様にライナルト様を思いっきり殴ってもらいましたの。あの痛がりようだと、夢でも死んでもいないようでしたわ」
「普通は手加減するか、自分の身体をつねるかだと思うんだがな」
ライナルトが苦笑する。
ユリアの一撃は身構えていないと結構痛い。女子だからと気楽に殴られたのだとしたら、ご愁傷様である。
(それにしても……)
ゆっくりと、ゼフィールは周囲を見回した。
眠る前と様々なものが違う。一つは部屋の壁だ。以前は乾いて堅かったのに、今は瑞々しく柔らかい。色も鮮やかになっている。
後は目の前にいる四人。彼らの瞳と髪の色が銀から元の色に戻っている。
「お前達、色が元に戻ったんだな」
「あら、ゼフィールもよ。アナタ銀髪は変わらないけど、瞳、緑になってるし」
「なんでかしら?」
「魔力が随分と弱くなっていますわ。身体が重いのも、色の変化も、そのせいですかしらね?」
「ピンポンピンポーン。ゾフィ正解~」
軽い言葉と共にメティスが前室に現れた。彼女はぽかーんとしている五人を興味深そうに眺めると、ひょっひょと笑う。
「お前さん達はユグドラシルに魔力を吸われた残り。言うなれば出涸らしじゃな。普通なら出涸らしすら残らず消滅するのに、よく残ったものじゃ」
「ちょっとメティス。ヒトのことを出涸らし出涸らしって。もうちょっと言いようあるでしょう?」
マルクがメティスの頬をつねって豪快に引っ張った。皺だらけなお陰か、地味によく伸びている。マルクの手から逃れようと足掻きながら、メティスが抗議の声を上げた。
「やめんか! 年寄りには親切にせいと教えられたじゃろ!」
「アナタ見た目が年寄りなだけで若者より元気でしょーが! 神は老化しないんだから、年寄り扱いなんてしないわよ」
「戯れるのはいいが――」
マルクと遊ぶメティスを見下ろし、ゼフィールは尋ねた。
「なぜ俺達は消滅する前に解放された? お前はその理由を知っているのか?」
「知っておるよ。まぁ、見た方が早いじゃろ。ほい」
言うが早いかメティスは全員を宙に浮かせた。そのままウロから出ると、どんどんユグドラシルから離れて行く。離れることでその姿を露わにした大樹を見、ゼフィールは感嘆の声を漏らした。
幹は力強く真っ直ぐに伸び、生い茂る葉は豊かで瑞々しい。枝葉の陰には多くの精霊達も見える。命と力にあふれるその姿は、在りし日のユグドラシルそのものだ。
蘇ったユグドラシルの姿に笑みが浮かぶ。だが、なぜメティスがわざわざこれを見せたのかが分からない。
「ユグドラシルの若返りと俺達が生き残った事に何の関係があるんだ?」
「大ありじゃよ。実はの、この樹、二代目なんじゃ。お前さん達が眠る時に植えた種が、母樹とお前さん達を苗床に成長してのぅ。今では立派に世界を支える役割を果たせるまでに成長した。だから、わざわざお前さん達から養分を吸い上げる必要が無くなって、吐き出したんじゃないかの?」
「吐き出したって……。もう少し綺麗な言葉で言ってくださらない? メティス」
げんなりとゾフィがたしなめた。横ではマルクも頷いている。そんな二人に向かい、メティスは大袈裟に肩を竦めた。
「どう言おうと一緒じゃろうて。まぁ、助かって良かったの。魔力の残り具合から見てギリギリだったようじゃが。ひょっひょっひょ」
「ねぇ、吐き出されたんなら、私達はもう必要ないのよね? 元の世界に戻っていいの?」
キョトンとユリアが尋ねる。メティスはユリアに振り向くと、自らの頭をペチンと叩いた。
「構わんよ。というか、儂、お前さん達を迎えに来たんじゃった」
そう言うとメティスは詠唱を始めた。長い長い詠唱が朗々と流れる。巨大な魔法陣が現れては圧縮され、また現れては圧縮されを繰り返し、複雑で難解な魔法陣を描いていく。
詠唱を聞き、描かれる魔法陣を読み解きながら、ゼフィールは「ほぅ」と溜め息をついた。
「位相の移動と空間転移が組み合わさってるな。原理を良く解明している。さすが叡智の神」
「でも、メティスが使う模写魔法だと、魔力の消費がオリジナルより大きいんじゃなかったですかしら? 六人分って、魔力足りますの?」
「出血大サービスぅううう!!」
メティスの叫びと共に視界が暗転した。
次に見えたのはうずたかく積まれた本の山。すぐ近くでマルクの叫び声が聞こえ、山が一部崩れた。本の上に転移したのかもしれない。
「ちょっと師匠!?」
慌ててユリアが本をどかしているあたり、やはり、本に埋もれたのだろう。手伝ってもいいのだが、これくらいマルクにはどうという事ない気がするので助ける気が起きない。むしろ、静かでいいのではとさえ思ってしまう。ライナルトとゾフィも考えは同じようで、無視を決め込んでいる。
メティスも何事もないかのようにソファに突っ伏した。そして、遠い目で一人ぶつぶつ呟いている。
「移動が面倒だから楽しようと思ったらエライ目にあったわい……。せめて虹の橋渡らせてからにすれば良かった。危うく儂が眠りにつくハメになってたわい」
「随分とこじんまりして本だらけですけれど、どこですの? ココ」
「儂んち。場所でいうと、大陸のちょうどど真ん中」
メティスは寝転がったまま壁に掛かった一枚の地図を指さした。
地図には大陸が描かれており、その中心にピンが刺さっている。ピンの位置が現在地なのだろう。
「ふむ。《ドレスデン》から帰るよりは近いな」
地図を見たライナルトが呟いた。軽く背伸びをすると、出口らしき扉へと向かって歩き出す。
「私は先に帰るぞ。大陸の様子を視察したいし、家族にも会いたいからな」
「あー……。それ無理。家族には会えない。お前さん達が贄になってから三○○年が経っておるからの」
「三○○年!?」
全員の口から叫びが漏れ、視線がメティスに集中した。説明を求めてみても彼女の態度は変わらない。それでも、面倒くさそうに口を開いた。
「二代目ユグドラシルがあそこまで育っておったんじゃよ? それなりの時間が経過していて当然じゃろうに。まぁ、お前さん達は眠っていただけだから、分からんか」
重苦しい沈黙が狭い部屋に落ちる。そんな中で、ライナルトが小さな声で笑い出した。
「ふっ、はっはっは。そう、か。三○○年か――。さすがにもう、あいつらは生きていないな」
彼は身を翻し、本の間をフラフラ歩くと窓辺に寄りかかり、外を見つめた。その視線はどこか遠い。とうに亡くなってしまった家族の事を考えているのかもしれない。
だが、それは、ライナルトの家族に限った話ではない。
残してきたアレクシアも、笑って見送ってくれたリアンももういない。
共に生きたかった者達は誰も残っていない。ここはもう、全く別の世界だ。
「まぁ、なんじゃ。寿命が来るまでここで暮らしてもいいんじゃよ?」
「その提案をするためにここに転移したのね。アナタ」
崩れた本からようやく抜け出したマルクが苦々しく言った。ゾフィもユリアも複雑な表情をしている。
「それで、俺達の余命はあとどれくらいなんだ?」
「そうじゃのー。今の状態は継承を受ける前に限りなく近いようじゃから、ただの人に戻ったと考えれば、持って生まれた寿命程度までは生きるんじゃないかの? 無理に力を使い過ぎれば即消滅じゃろうけど」
「十分だ」
呟くと、ゼフィールは未だ本の山の横に座りっぱなしのユリアのもとへ行った。そして、彼女に手を差し出す。
「俺と共にこの世界で生きてくれるか? ユリア」
最初はキョトンとしていたユリアだったが、すぐに満面の笑みを浮かべゼフィールの手を掴む。
「当たり前でしょう」
その答えに満足し、ゼフィールはユリアの手を引き、立たせた。彼女と共に扉へ行くと、取っ手に手をかけた状態で振り返る。
「世話になったなメティス。俺達は行く。気が向いたら顔を出しにくる……かもしれない」
「外で暮らすのかの?」
「俺は生きたかったんだ。すっかり諦めていたが、こうして機会が与えられた。それなら余生を楽しむさ。元々旅暮らしだったし、行き先が知らない場所で、知り合いが誰もいないなんてことザラだった。リアンはいないが、今までと大差ない」
部屋を軽く見回し、残る三人に笑顔を向けた。
もう会う事も無いかもしれない。だからこそ、最後は笑顔で別れたい。
「……お前達も元気で」
「みんな、またね」
軽く挨拶の言葉を残し扉をくぐる。短い階段を下りきるとまた扉があったので、それを押し開いた。蔦のカーテンをくぐると、目の前に広がるのは樹齢を重ねた木々の作る森。
そこかしこに名を知らぬ白い花が咲いている。この三○○年の間に新たな種も産まれたようだ。
手近な花を一輪手折ったユリアがゼフィールに笑いかけてくる。
「見たことないけど綺麗ね」
「そうだな。そういうのが沢山産まれてるんだろうな」
ユリアが花を渡してきたので受け取る。そのまま彼女の指に自らの指を絡ませた。
「これなら迷子にならずに安心だろう?」
「そうね」
「行こう」
互いに笑いあう。
三○○年も経過していては世界は大きく変わっているだろう。右も左も分からないし、知り合いもいない。生きる事には苦労するだろう。
それでも、不思議と不安は無い。自分にはつないだこの手があるのだから。
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