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月曜日の放課後。
バイトに向かう相川を見送り、社会科資料室のある四階に向かう。階段がピアノの鍵盤になって、昇るたびに足元から楽しげな音が鳴っている感じだ。
何、ウキウキしてるんだよ? 新しい友達が出来たからか?
ピッカピカの小学一年生じゃねーんだから。友達が出来て浮かれてるって、俺、どんだけ寂しい奴だよ……。
社会科資料室の扉を開けようとすると、中から話し声が聞こえた。女の子の声だ。
俺の足元で鳴っている音が、不協和音を奏で始めた。小学三年生の時、河原に作った秘密基地を上級生に壊された時のことが、ふと脳裏に浮かんだ。
何、考えてるんだよ。ここは学校の資料室であって、俺と先輩の二人だけの部屋じゃないだろ。
おそらく、俺が初めてここを訪れた時みたいに、社会科の資料を返しに来たのだろう。あの時の俺みたいに、資料を仕舞う場所が分からなくて、苛立ちを呟いてるのだろうか?
「権藤くんのこと、ずっと好きでした」
資料を仕舞う手伝いをしてあげようかな、と扉に手をかけると、中から漏れてきた声を聞き固まってしまう。
先輩が、告白……されている?
ズキンと心臓が痛む。あのルックスだから、モテるのは当たり前なのに。先輩と一緒にいて、女の子のハートだらけの甘ったるい視線を感じまくっていたのに。
あの子供みたいな笑顔や、被害妄想で自信をなくしている姿を見て、俺と同類だって勘違いし始めていたようだ。プリンスは、プリンス。平凡が一緒に並んではいけない存在なのだ。
「俺は君と話したこともないし、君の存在すら知らなかった。俺のどこを見て、好きだなどと言っているんだい?」
そう、冷たく言い放った先輩。
ガラッと扉が開き、女の子が駆けていく。俺の横を通り過ぎる時に一瞬見えた顔は、一瞬でも泣いているのが分かる表情だった。
「罰ゲームなんだろうね……」
扉の外に立つ俺を見つけた先輩が、頭を掻きながら目を伏せる。
「罰ゲームってなんだよ? また先輩お得意の被害妄想ですか?」
なんか分かんねーけど、イライラする。
「あの娘は、先輩を本当に好きだったんだぞ」
あの告白する震えた声とか、一瞬見えた表情とか、遊びなんかには見えなかった。
「あの娘、泣いてたんだぞ」
なんで俺まで、泣きそうになってんだよ。
「それは、俺なんかに告白しなければならない屈辱に……」
また、被害妄想かよ。
「先輩が自分に自信がないならそれでもいいけど、他人を巻き込むな! 勝手に他人の気持ちを決めつけるな! あの娘がどんな気持ちだったのか……」
無性に腹がたつ。何が気に入らないのか、自分自身でも分からない。
「すまない、君の言う通りだね。俺は、自分のことしか考えていなかった。教えてくれてありがとう」
怒鳴る俺に俯いたままだった先輩が、顔をあげる。今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で無理に作っている笑顔をしていて、胸が痛くなってくる。
大丈夫だよ、先輩。自分に自信が持てない気持ちは、俺だってよく分かるよ。自分と先輩を重ねちゃって、いつまで経っても殻を破れない自分への苛立ちを、先輩にぶつけちゃったんだ。
「ごめんなさい」
「どうして謝るんだい? 俺は君に感謝しているんだよ」
先輩の悲しい笑顔を見ていられなくて俯いて謝る俺に、先輩は優しい口調でそういうと、俺の左頬に右手を当てた。温かくて優しい感触に顔をあげると、その感触と同じ先輩の笑顔があった。
「だから、そんな悲しい顔はしないでくれ。俺は君の笑顔が好きなんだ」
先輩の触れた場所が火傷したみたいに熱くなり、その熱が身体中に広がり、血が沸騰し、内臓が痛い痛いと大暴れしている。
なんだよ、これ? 沈んでる時のイケメンの優しさは、インフルエンザにかかったみたいな破壊力があるのか……。
周りにこんな王子様みたいなイケメンがいなかったから、イケメン抗体がないんで、いちいち反応してしまうだけなんだ。先輩と出会ってまだ数日だから仕方がないよな。
ドキドキの原因が分かり、体の熱も微熱程度に下がったようなので、大丈夫だよ、という意味を込めて俺が出来る一番の笑顔を向けると、先輩は恥ずかしそうに頬を赤らめて目を逸らした。
その姿を見て、落ち着いてきていたインフルエンザ症状が、再び体を襲ってきた。
なんで、そこで照れるんですかぁー? 俺まで恥ずかしくなるじゃないっすか! そんな顔されて、照れない奴のが方がおかしいでしょ?
大丈夫、俺は正常な反応をしてるだけなんだ。そのうち慣れるはずだ、大丈夫、大丈夫……。
バイトに向かう相川を見送り、社会科資料室のある四階に向かう。階段がピアノの鍵盤になって、昇るたびに足元から楽しげな音が鳴っている感じだ。
何、ウキウキしてるんだよ? 新しい友達が出来たからか?
ピッカピカの小学一年生じゃねーんだから。友達が出来て浮かれてるって、俺、どんだけ寂しい奴だよ……。
社会科資料室の扉を開けようとすると、中から話し声が聞こえた。女の子の声だ。
俺の足元で鳴っている音が、不協和音を奏で始めた。小学三年生の時、河原に作った秘密基地を上級生に壊された時のことが、ふと脳裏に浮かんだ。
何、考えてるんだよ。ここは学校の資料室であって、俺と先輩の二人だけの部屋じゃないだろ。
おそらく、俺が初めてここを訪れた時みたいに、社会科の資料を返しに来たのだろう。あの時の俺みたいに、資料を仕舞う場所が分からなくて、苛立ちを呟いてるのだろうか?
「権藤くんのこと、ずっと好きでした」
資料を仕舞う手伝いをしてあげようかな、と扉に手をかけると、中から漏れてきた声を聞き固まってしまう。
先輩が、告白……されている?
ズキンと心臓が痛む。あのルックスだから、モテるのは当たり前なのに。先輩と一緒にいて、女の子のハートだらけの甘ったるい視線を感じまくっていたのに。
あの子供みたいな笑顔や、被害妄想で自信をなくしている姿を見て、俺と同類だって勘違いし始めていたようだ。プリンスは、プリンス。平凡が一緒に並んではいけない存在なのだ。
「俺は君と話したこともないし、君の存在すら知らなかった。俺のどこを見て、好きだなどと言っているんだい?」
そう、冷たく言い放った先輩。
ガラッと扉が開き、女の子が駆けていく。俺の横を通り過ぎる時に一瞬見えた顔は、一瞬でも泣いているのが分かる表情だった。
「罰ゲームなんだろうね……」
扉の外に立つ俺を見つけた先輩が、頭を掻きながら目を伏せる。
「罰ゲームってなんだよ? また先輩お得意の被害妄想ですか?」
なんか分かんねーけど、イライラする。
「あの娘は、先輩を本当に好きだったんだぞ」
あの告白する震えた声とか、一瞬見えた表情とか、遊びなんかには見えなかった。
「あの娘、泣いてたんだぞ」
なんで俺まで、泣きそうになってんだよ。
「それは、俺なんかに告白しなければならない屈辱に……」
また、被害妄想かよ。
「先輩が自分に自信がないならそれでもいいけど、他人を巻き込むな! 勝手に他人の気持ちを決めつけるな! あの娘がどんな気持ちだったのか……」
無性に腹がたつ。何が気に入らないのか、自分自身でも分からない。
「すまない、君の言う通りだね。俺は、自分のことしか考えていなかった。教えてくれてありがとう」
怒鳴る俺に俯いたままだった先輩が、顔をあげる。今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で無理に作っている笑顔をしていて、胸が痛くなってくる。
大丈夫だよ、先輩。自分に自信が持てない気持ちは、俺だってよく分かるよ。自分と先輩を重ねちゃって、いつまで経っても殻を破れない自分への苛立ちを、先輩にぶつけちゃったんだ。
「ごめんなさい」
「どうして謝るんだい? 俺は君に感謝しているんだよ」
先輩の悲しい笑顔を見ていられなくて俯いて謝る俺に、先輩は優しい口調でそういうと、俺の左頬に右手を当てた。温かくて優しい感触に顔をあげると、その感触と同じ先輩の笑顔があった。
「だから、そんな悲しい顔はしないでくれ。俺は君の笑顔が好きなんだ」
先輩の触れた場所が火傷したみたいに熱くなり、その熱が身体中に広がり、血が沸騰し、内臓が痛い痛いと大暴れしている。
なんだよ、これ? 沈んでる時のイケメンの優しさは、インフルエンザにかかったみたいな破壊力があるのか……。
周りにこんな王子様みたいなイケメンがいなかったから、イケメン抗体がないんで、いちいち反応してしまうだけなんだ。先輩と出会ってまだ数日だから仕方がないよな。
ドキドキの原因が分かり、体の熱も微熱程度に下がったようなので、大丈夫だよ、という意味を込めて俺が出来る一番の笑顔を向けると、先輩は恥ずかしそうに頬を赤らめて目を逸らした。
その姿を見て、落ち着いてきていたインフルエンザ症状が、再び体を襲ってきた。
なんで、そこで照れるんですかぁー? 俺まで恥ずかしくなるじゃないっすか! そんな顔されて、照れない奴のが方がおかしいでしょ?
大丈夫、俺は正常な反応をしてるだけなんだ。そのうち慣れるはずだ、大丈夫、大丈夫……。
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