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男達に連れていかれたのは、白亜の城が建つ丘に程近い、歴史のありそうな建物の並ぶエリアにある煉瓦造りの建物だ。蝿一匹ですら侵入できないくらいにきっちりと煉瓦の積まれた長方形の建物は、一度入ったら二度と出られない監獄のように見える。
これはヤバいところに連れてこられたんじゃないか? 逃げないとまずいことになるぞ、と脳内に警報が響き渡る。建物に入る前に逃走を図ろうと試みるも、太い腕にがっしり掴まれていて身動きできない。結局なんの抵抗もできず、建物に連れ込まれてしまった。
「ここに入っていろ」
磨りガラスの嵌まった小さな窓から射し込む日差しだけが光源の薄暗い廊下を、売られていく子牛のように引き摺られながら進み、やっと立ち止まった男達にどこかに押し込まれた。ガチャリと背後で鍵の掛かる音がして、慌てて振り返る。外の世界から隔離するような鉄格子に、目の前が真っ暗になる。
牢屋にぶちこまれた……。鉄格子の向こうの、お前は二度と外には戻れないのだ、と嘲笑しているような煉瓦の壁を見つめて唖然とする。
これじゃあ、城を奪還できない。天使達の積年の願いを叶えてやれない。期待に満ちた天使達の視線が、体に突き刺さってくる。
「兄ちゃん、あったかそうなマント着てるなぁ。ワシにくれないか?」
頭を抱えて立ち尽くしていると、背後から酒焼けしたような嗄れ声がした。他にも人がいたことに吃驚しながら、おずおずと振り返る。
俺に声を掛けてきたのは、これぞ牢獄といった室内の隅で寝転がっている老人だろう。たぶん下着だと思われる、薄汚れた半袖のシャツとすててこから枯れ木のような手足が伸びている。あの格好で冷たい煉瓦の床に寝ていたら寒いだろう。
「それって高級品でしょ? じいさんには勿体なさすぎるよ」
壁の真ん中に凭れ掛かって座っている二十代半ばくらいの男が老人を嘲笑う。ぼろ雑巾のような老人とは違い、焦げ茶の髪はきちんと整えられていて、シャツとズボンも目立った汚れはなく清潔感がある。
「こんにちは、新人くん。こりゃまた……。フフッ、仲良くしようね」
観察する俺の視線に気付いた男が、満面の笑みを向けてくる。なんだか詐欺師みたいな胡散臭い笑顔だ。
「仲良く、か……」
老人の寝転がる反対側の壁からした低い声に、そちらを見る。肩まであるボサボサの黒髪に無精髭の生えた顔。鋭利な刃物のような雰囲気を漂わせている三十路くらいの大柄の男が、片膝を立てて座っている。纏っている空気と同じ鋭い眼差しと目が合い、肩がビクリと跳ねる。
「突っ立ってないで座りなよ」
「え、あぁ」
室内にいる三人の中では一番人懐っこそうな、真ん中に座っている男が手招きしてくる。確かにずっと立っていても疲れるだけなので、手招きしてきた胡散臭い笑顔の男と鋭利な刃物のような雰囲気の男の間の壁に凭れて座る。
「新人くんは何をして捕まったの?」
「何もしてない」
「確かにあいつらは脳も筋肉でできてるけど、無実の罪で捕まえるほど馬鹿じゃないでしょ」
「濡れ衣を着せられたんだよ。知らないガキが盗んだ時計を俺のポケットに入れて逃げやがったんだ」
グッと拳を握って怒りに震える。あの少年のせいで、何もしていないのに犯罪者にされて牢屋にぶちこまれた。人間の屑が入るのに相応しい、辛気臭い薄汚れた室内に悔し涙が浮かんでくる。
待てよ。俺はあの懐中時計には指一本触れていない。指紋を調べれば俺の無実を証明できるはずだ。だが、明るい希望が見えて気分が上がってきたのも一瞬で、すぐに冷たい海底に沈んでいく。電気もない中世ヨーロッパ風のこの街に、指紋を調べる技術などないだろう。
「ぷっ……」
「なに笑ってんだよ」
「ごめんごめん、百面相が可愛くて」
頭を抱えて唸っている俺に、絶望的な牢屋にいるとは思えない能天気な声で話し掛けてくる胡散臭い笑顔の男。
「濡れ衣を着せられて豚箱に入れられたなんて悔しいよね。でも安心して。すぐに何もかも忘れさせてあげるよ」
急に優しい声になり、親身になって励ましてくれる男。だが、最後の言葉が引っ掛かる。どういう意味なんだ、と訊ねるように髪色と同じ焦げ茶の瞳を覗いて硬直する。欲情の炎が灯っていたからだ。
「っ……」
身の危険を感じて鉄格子の方に逃げようとするも、一歩早く俺の腕を掴んだ男に床に押し倒された。ごつんとぶつけた後頭部に鋭い痛みが走る。じわりと浮かんできた涙で滲んだ視界に、鼻息を荒くした男の顔が映る。
ゆっくりと俺の顔に近付いてくる男の顔。清潔感があって、笑顔は胡散臭いけれどまあまあ整った顔をしていたはずだ。それなのに俺に迫ってくる顔は、吐きそうなくらい気色悪く、どんな怪物より醜く見えて悪寒が走る。
「やめろっ!」
こんな男に触れられたくない。必死に身を捩って抵抗する。俺と同じくらいの身長で体つきも俺に似て細身の癖に、腕を掴んでいる手は物凄い力で、全く外れる気配はない。
それでも懸命に腕を解こうと身悶えていると、壁際で横になっている老人が目に入った。しかし、眠っているのか微動だにしない。
反対側の壁に顔を向けると、鋭利な刃物のような雰囲気の男と目があった。氷のような冷たい瞳に、助けてくれと訴える。
「くっ……」
バタバタと動かしていた足が、のし掛かっている男の鳩尾に入った。苦しそうに呻いた男の力が弱まった隙に逃げようとするが、男とは別の手が肩を押さえ付けてきた。
「えっ……」
俺を見下ろしている顔を見て絶句する。助けを求めても無視して岩のように座り続けていた鋭利な刃物のような雰囲気の男が、その冷酷な瞳に欲情を孕ませて俺を凝視しているのだ。
「俺に食わせろ」
「仕方ないなぁ。下は譲ってあげる。僕は上の口で楽しませてもらうよ」
混乱して身動きのとれなくなった体を乱暴にひっくり返され、腰を上に引っ張られて四つん這いにさせられる。前には胡散臭い笑顔の男、後ろには鋭利な刃物のような雰囲気の男がいて、両方から熱い吐息が落ちてくる。
犯される――! 何をされるのかが分かり、恐怖で体が震えてくる。
これはヤバいところに連れてこられたんじゃないか? 逃げないとまずいことになるぞ、と脳内に警報が響き渡る。建物に入る前に逃走を図ろうと試みるも、太い腕にがっしり掴まれていて身動きできない。結局なんの抵抗もできず、建物に連れ込まれてしまった。
「ここに入っていろ」
磨りガラスの嵌まった小さな窓から射し込む日差しだけが光源の薄暗い廊下を、売られていく子牛のように引き摺られながら進み、やっと立ち止まった男達にどこかに押し込まれた。ガチャリと背後で鍵の掛かる音がして、慌てて振り返る。外の世界から隔離するような鉄格子に、目の前が真っ暗になる。
牢屋にぶちこまれた……。鉄格子の向こうの、お前は二度と外には戻れないのだ、と嘲笑しているような煉瓦の壁を見つめて唖然とする。
これじゃあ、城を奪還できない。天使達の積年の願いを叶えてやれない。期待に満ちた天使達の視線が、体に突き刺さってくる。
「兄ちゃん、あったかそうなマント着てるなぁ。ワシにくれないか?」
頭を抱えて立ち尽くしていると、背後から酒焼けしたような嗄れ声がした。他にも人がいたことに吃驚しながら、おずおずと振り返る。
俺に声を掛けてきたのは、これぞ牢獄といった室内の隅で寝転がっている老人だろう。たぶん下着だと思われる、薄汚れた半袖のシャツとすててこから枯れ木のような手足が伸びている。あの格好で冷たい煉瓦の床に寝ていたら寒いだろう。
「それって高級品でしょ? じいさんには勿体なさすぎるよ」
壁の真ん中に凭れ掛かって座っている二十代半ばくらいの男が老人を嘲笑う。ぼろ雑巾のような老人とは違い、焦げ茶の髪はきちんと整えられていて、シャツとズボンも目立った汚れはなく清潔感がある。
「こんにちは、新人くん。こりゃまた……。フフッ、仲良くしようね」
観察する俺の視線に気付いた男が、満面の笑みを向けてくる。なんだか詐欺師みたいな胡散臭い笑顔だ。
「仲良く、か……」
老人の寝転がる反対側の壁からした低い声に、そちらを見る。肩まであるボサボサの黒髪に無精髭の生えた顔。鋭利な刃物のような雰囲気を漂わせている三十路くらいの大柄の男が、片膝を立てて座っている。纏っている空気と同じ鋭い眼差しと目が合い、肩がビクリと跳ねる。
「突っ立ってないで座りなよ」
「え、あぁ」
室内にいる三人の中では一番人懐っこそうな、真ん中に座っている男が手招きしてくる。確かにずっと立っていても疲れるだけなので、手招きしてきた胡散臭い笑顔の男と鋭利な刃物のような雰囲気の男の間の壁に凭れて座る。
「新人くんは何をして捕まったの?」
「何もしてない」
「確かにあいつらは脳も筋肉でできてるけど、無実の罪で捕まえるほど馬鹿じゃないでしょ」
「濡れ衣を着せられたんだよ。知らないガキが盗んだ時計を俺のポケットに入れて逃げやがったんだ」
グッと拳を握って怒りに震える。あの少年のせいで、何もしていないのに犯罪者にされて牢屋にぶちこまれた。人間の屑が入るのに相応しい、辛気臭い薄汚れた室内に悔し涙が浮かんでくる。
待てよ。俺はあの懐中時計には指一本触れていない。指紋を調べれば俺の無実を証明できるはずだ。だが、明るい希望が見えて気分が上がってきたのも一瞬で、すぐに冷たい海底に沈んでいく。電気もない中世ヨーロッパ風のこの街に、指紋を調べる技術などないだろう。
「ぷっ……」
「なに笑ってんだよ」
「ごめんごめん、百面相が可愛くて」
頭を抱えて唸っている俺に、絶望的な牢屋にいるとは思えない能天気な声で話し掛けてくる胡散臭い笑顔の男。
「濡れ衣を着せられて豚箱に入れられたなんて悔しいよね。でも安心して。すぐに何もかも忘れさせてあげるよ」
急に優しい声になり、親身になって励ましてくれる男。だが、最後の言葉が引っ掛かる。どういう意味なんだ、と訊ねるように髪色と同じ焦げ茶の瞳を覗いて硬直する。欲情の炎が灯っていたからだ。
「っ……」
身の危険を感じて鉄格子の方に逃げようとするも、一歩早く俺の腕を掴んだ男に床に押し倒された。ごつんとぶつけた後頭部に鋭い痛みが走る。じわりと浮かんできた涙で滲んだ視界に、鼻息を荒くした男の顔が映る。
ゆっくりと俺の顔に近付いてくる男の顔。清潔感があって、笑顔は胡散臭いけれどまあまあ整った顔をしていたはずだ。それなのに俺に迫ってくる顔は、吐きそうなくらい気色悪く、どんな怪物より醜く見えて悪寒が走る。
「やめろっ!」
こんな男に触れられたくない。必死に身を捩って抵抗する。俺と同じくらいの身長で体つきも俺に似て細身の癖に、腕を掴んでいる手は物凄い力で、全く外れる気配はない。
それでも懸命に腕を解こうと身悶えていると、壁際で横になっている老人が目に入った。しかし、眠っているのか微動だにしない。
反対側の壁に顔を向けると、鋭利な刃物のような雰囲気の男と目があった。氷のような冷たい瞳に、助けてくれと訴える。
「くっ……」
バタバタと動かしていた足が、のし掛かっている男の鳩尾に入った。苦しそうに呻いた男の力が弱まった隙に逃げようとするが、男とは別の手が肩を押さえ付けてきた。
「えっ……」
俺を見下ろしている顔を見て絶句する。助けを求めても無視して岩のように座り続けていた鋭利な刃物のような雰囲気の男が、その冷酷な瞳に欲情を孕ませて俺を凝視しているのだ。
「俺に食わせろ」
「仕方ないなぁ。下は譲ってあげる。僕は上の口で楽しませてもらうよ」
混乱して身動きのとれなくなった体を乱暴にひっくり返され、腰を上に引っ張られて四つん這いにさせられる。前には胡散臭い笑顔の男、後ろには鋭利な刃物のような雰囲気の男がいて、両方から熱い吐息が落ちてくる。
犯される――! 何をされるのかが分かり、恐怖で体が震えてくる。
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