[完結]偽りの聖女は黒い影の娘となる。そして国は滅んだという

h.h

文字の大きさ
3 / 3

嵐の夜

しおりを挟む

 それは嵐の夜だった。
 何かが起きていた。いつもとは違う騒がしい音。誰かが叫ぶ声。必死にすがる者たちの声は、いつもリンデに向けられる人々の声よりもずっと悲壮で、そして悲鳴に近かった。
 何かの気配が近づいてくることがわかった。
 鍵のかかった、暗くてベッドしかない部屋では、リンデにできることは何もない。。ただ、じっと何かが起きるのを待つのみだ。
 ガンッ! と扉を蹴る音がした。
 ガン! ガン!っと扉の鍵を壊す音がした。
 扉が開く。開いてしまう。この部屋へ閉じ込められた長い夜に抱かれて13年。初めて夜に扉が開かれた。
 光が、部屋に一筋の線をひいた。

「これは、どういうことだ」

 低い声がした。気づけば扉の前に大きな黒い影が立っていた。不思議と怖くはない。手に何か長い棒のようなものを持っていて、それから水が滴っている。水、のように見えたが、違うことはすぐにわかった。それは粘り気をもっていて、赤く、黒く、鉄の臭いがした。

「お前は、だれだ」

 黒い影が問いかけてくる。
 リンデは立ち上がって影を見据えた。
 今、なんと答えれば良いのか、リンデにはわからない。でも真実を告げる必要がある気がした。

「わたしは……」

 ――私は、聖女じゃない。

「私は、偽りの聖女」

 答えは簡略的に伝えられた。
 黒い影が何か混乱した様子でリンデを見ている。

「聖女? 偽りとは、どういうことだ」
「お頭! 金目のものはすべて奪いましたよ。もう逃げましょう」
「まて! 今、それどころじゃない」

 お頭、と呼ばれていた黒い影が何者かリンデはわからなかった。

「聖女なのか? そうではないのか?」
「聖女、と呼ばれ、てる。でも、その力はないの」

 ”彼”のようにたどたどしい言葉になってしまったが、伝えなければいけない。これはそういう場面だと思った。
 もしかしたら自分は殺されてしまうのかもしれない。あの黒い棒につかれて、血を流して死ぬのかもしれない。
 それでもいいから、どうにか伝えなければいけない気がした。

「だが、この国では聖女の奇跡を見てきたぞ。俺は」

 その言葉に、リンデはすかさず隣の部屋を指さした。

「弟、いる。彼が力を持ってる。彼を助けてほしい」

 実際のところ”彼”が弟か兄か、そもそも血が繋がっているのかどうかすら、事実はよくわからない。ただ、それを伝えて、”彼”を助けてほしかった。
 けれど。

「それなら、死んだ」
「え……」

 愕然とする。どういうことだろう。
 それはつまり。

「ころ、した?」
「違う。自分で死んだ。自分で喉を裂いた。聖女が死んだといったらそうなった」
「聖女は生きてた! 彼にとっての聖女は、私は生きてる!」

 リンデは男に詰め寄った。近づけばひどい血の臭いがした。
 黒い男は全身が本当に黒くて、しかし返り血で赤く染まってもいた。その服を、届く限りの限界の高さにある服をつかむ。

「あたしが生きてる! のに、死んだなんていったのか!」
「教会の連中が、聖女は死んだと言ったんだよ……だからてっきり……お前、本当に聖女なのか? いや、聖女の身代わり? ああ、くそ、混乱してきたぞ」

 リンデも混乱していた。
 呆然とするリンデ。何を思ったのか、男が唐突にリンデを抱き上げた。抵抗しようとするが、予想外に高い位置にいることに気づいて、落ちることが恐ろしくなる。
 離せと思いながら、ぎゅっと服を握れば、男が笑うのがわかった。
 表情が初めて見える。金色の目がリンデを見ていた。

「たしかに、銀の髪、紫の瞳、人形みたいなツラ。本物っぽいな。言われてみれば、隣にいたガキも同じ色だった。男だったからわからなかった」
「お、おろして」
「下ろしてどうする? お前、どうしたい?」

 話しながら連れて行かれたのは、隣の部屋だった。そこで降ろされる。扉のそばに、倒れている姿があった。

「私と同じ、色…………この子が、彼?」
「なんだ。あったことないのか」
「声、しか聞いたことない。姿は話に聞いただけで…………」

 血だまりができていた。瞳を見るために、うつ伏せの体をひっくり返そうとしたが、男にとめられる。

「やめとけ。みて気持ちのいいものじゃない」

 それはそうだろうと、リンデは妙に冷静な頭で思った。もしかしたら、ひどく混乱していて、むしろそれで頭が冴えている気がしているのかもしれなかったが、なんにせよ、リンデにはもう何もできることはなかった。

「あなたは、ダァレ?」
「盗賊」

 端的に答えが帰ってくる。

「この国は終わるな」

 聖女の力を持つ者が死んだのだ。そうだろう。

「次の聖女が現れれば、大丈夫」
「現れるかな。もう何十年もいなかったんだぞ」

 それは、保証できないことだとリンデは思った。なによりこれから先、この教会を立て直したとして、そうなった時、リンデ自身がどうなるのか、それがわからなかった。
 リンデはしばらく”弟”の亡骸の前にいたが、ゆっくりと動いて、男の服を掴んだ。今度は脚のどこかだったが、どこを掴んでいるのかはよくわからなかった。それくらい放心していたのだろう。

「ここに残ったら、偽りの聖女だってばれてしまう」
「そうだろうな」
「教会、は、そうなる前に、私、を殺す」
「そうか」

「私も、死んだ方がいい?」

 誰かに答えてほしかったのか、リンデはそう尋ねるようにつぶやいた。
 しかし同時に誰かが答えてくれることを望んではいなかった。”弟”の亡骸のそばにある血に濡れたナイフを手に取ろうと手を伸ばす。
 それで、同じように首を裂いてしまえばいいのだ。そうすれば何もかわらないこの広い世界に置き去りにされることも、教会の手の者に殺される恐怖も味合わなくていいのだから。
 そう思うリンデの手を、そっと盗賊の男が止めた。
 そして再び抱きかかえられる。

「死んだ方がいいかどうかは知らんが、死にたいのか?」
「…………」

 男の金の目を見た。答えなどわからなかったリンデだが、男は何かを悟ったようだった。

「お頭…………それ、どうするんです?」

 部下らしき男が、盗賊の男に尋ねる。
 男はにやりとわらって答えた。

「俺の娘にする」

 リンデは呆然とその言葉を聞いていた。

「ほら、弟と最後のお別れだ」

 言いながら男は歩いていってしまう。だから必死に遠ざかる”弟”の亡骸を見る。
 どんどんと小さくなっていくそれを眺めても、すでにリンデは悲しくはなかった。
 凪いだ心は、この男についていく未来をすでに得ていて、それを拒絶する気持ちもなかった。
 リンデは、”弟”が見えなくなるまで、じっと抱きかかえられたまま、後ろを見続けた。





 国は滅んだ。
 教会が滅び、聖女が死に、魔物が押し寄せた。
 一方で、ある地方では聖女によく似た少女が度々目撃された。少女は白銀の髪をなびかせ、全身黒ずくめの男のそばに常に付き従い、まるで親子のようであったという。
 
 いずれ、あらたな聖女が生まれるだろう。だがそれは、少なくとも、その少女が老いて死ぬまでは現れることはなかった。

 


 

 

 
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石
ファンタジー
 恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。  世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。  アウラは二年後に処刑されるキャラ。  桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー

【完結】慈愛の聖女様は、告げました。

BBやっこ
ファンタジー
1.契約を自分勝手に曲げた王子の誓いは、どうなるのでしょう? 2.非道を働いた者たちへ告げる聖女の言葉は? 3.私は誓い、祈りましょう。 ずっと修行を教えを受けたままに、慈愛を持って。 しかし。、誰のためのものなのでしょう?戸惑いも悲しみも成長の糧に。 後に、慈愛の聖女と言われる少女の羽化の時。

聖女にはなれませんよ? だってその女は性女ですから

真理亜
恋愛
聖女アリアは婚約者である第2王子のラルフから偽聖女と罵倒され、婚約破棄を宣告される。代わりに聖女見習いであるイザベラと婚約し、彼女を聖女にすると宣言するが、イザベラには秘密があった。それは...

聖女らしくないと言われ続けたので、国を出ようと思います

菜花
ファンタジー
 ある日、スラムに近い孤児院で育ったメリッサは自分が聖女だと知らされる。喜んで王宮に行ったものの、平民出身の聖女は珍しく、また聖女の力が顕現するのも異常に遅れ、メリッサは偽者だという疑惑が蔓延する。しばらくして聖女の力が顕現して周囲も認めてくれたが……。メリッサの心にはわだかまりが残ることになった。カクヨムにも投稿中。

私が偽聖女ですって? そもそも聖女なんて名乗ってないわよ!

Mag_Mel
恋愛
「聖女」として国を支えてきたミレイユは、突如現れた"真の聖女"にその座を奪われ、「偽聖女」として王子との婚約破棄を言い渡される。だが当の本人は――「やっとお役御免!」とばかりに、清々しい笑顔を浮かべていた。 なにせ彼女は、異世界からやってきた強大な魔力を持つ『魔女』にすぎないのだから。自ら聖女を名乗った覚えなど、一度たりともない。 そんな彼女に振り回されながらも、ひたむきに寄り添い続けた一人の少年。投獄されたミレイユと共に、ふたりが見届けた国の末路とは――? *小説家になろうにも投稿しています

王子が元聖女と離縁したら城が傾いた。

七辻ゆゆ
ファンタジー
王子は庶民の聖女と結婚してやったが、関係はいつまで経っても清いまま。何度寝室に入り込もうとしても、強力な結界に阻まれた。 妻の務めを果たさない彼女にもはや我慢も限界。王子は愛する人を妻に差し替えるべく、元聖女の妻に離縁を言い渡した。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

処理中です...