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離縁してほしいというので出て行きますけど、多分大変ですよ。

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「離縁してほしい」

「離縁……」

 呆然と呟くウィネアに、夫であるアベルは頷く。
 
「私はミーシャを愛している。彼女との間に……子供ができた」

 ミーシャというのは、1年半ほど前からアベルが骨抜きになっている、どこかの御令嬢だ。
 ウィネアはそれを知っていたが、よくも堂々と浮気をカミングアウトできたものだ。
 
 これまで、ウィネアはミーシャの素性を調べるつもりも、アベルにすがりつくつもりもなかった。なぜなら、ウィネアはそれどころではなかったから。

 元は同等の格の家同士として婚約が行われたが、先代がお亡くなりになり、結婚して伯爵位をついだアベルは事業に失敗し、多大な借金を抱えてしまった。
 どうにか返済するために、ウィネアは別の事業を起こし、家の財産を細かく管理し、ときには使用人たちを解雇した。もちろん。次の就職先を斡旋することも忘れない。

 そうしてどうにか軌道に乗り始めた頃、ようやくアベルが浮気をしていることに気がついたのだ。
 よくもまぁそんな余裕があったものだ。とウィネアは呆れたが、それどころではない。変な噂が立たないようにあちこち駆けずり回り、本来アベルの仕事であるはずの事業もウィネアが継いでいった。
 そちらの事業も軌道に乗ってきて金銭的に生活が落ち着いてくると、彼はミーシャに貢ぎ、ウィネアの頭を悩ませた。
 
 そしてようやく借金の返済も滞りなくおわる目処がたったところ。
 そこでこの話である。

「離縁ですか……」

 ウィネアはもう一度呟いた。
 自分から言い出す方が早いと思っていた。と言うのが本音だ。言い出さなかったのは多少の情と、これが政略結婚だったことを考えてだった。
 
 ただ唐突だったので驚いて、繰り返してしまった。それだけだったが、アベルはウィネアがショックを受けているように思ったらしい。
 すまない。と小さな声で謝ってきた。

 ――離縁するならもっとはやく……。

 そうも思った。
 借金を全て返済する目処がたった途端になんて、あんまりである。あんなに苦労したのに水の泡だ。と思ってしまう。

 ――ああ、もしかしてあえて、かしら。目処が立ったから、もう用済みってこと。

「借金はまだ返済し終わってませんが……」

 ウィネアはたずねる。
 これではそれ以外心配してないと言っているようなものだ。アベルもウィネアが理由を聞いたり、止めようとしてくると思っていたのだろう。
 ウィネアの言葉に驚いたように一瞬呆けていた。

「え、ああ、それは、知っているよ。でもほら、今事業はうまくいっているし、すぐ返済できると思う」
「……たしかに、無理ではありませんけれど」

 それもウィネアが代わりにやってどうにかなったことだということ、忘れているのではないだろうか。
 引き継いだとして、また前のように失敗する気しかしないのだが。 
 それに、これまでの返済の大きな割合を占めていたのはウィネアの事業の方だ。
 そちらはウィネアが所有しているので、離縁したらウィネアの物になる。そのことを理解しているのか。

 ――そういえば、私が個人で事業を始めたこと、彼覚えてないかもしれないわね。

 なにせはじめに報告はしたが、それ以来事業については何一つ聞かれたことがない。
 すくなくとも、何をしているかは知るまい。
 今思えば、とことんウィネアには興味がなかったのだろう。そして離縁するタイミングを見計らっていたのだろう。

 ひどい人だ。とウィネアは思った。
 ため息を吐き出して、ウィネアは離縁に了承した。




 ++++++++++



 最小限の荷物をもって実家に戻ったウィネアを、母は泣きながら笑って迎えてくれた。

 「かわいそうに」と言われる言葉に、素直に「そう思います」と答える。

 父はひどく難しそうな顔をしていた。

「離縁されるなど、みっともない」

 などと言って、母と大喧嘩をしていた。

「お父様、たしかに離縁はされましたけれど、彼はこのままだとどうなるか……」
「だとしても……」
「お父様は娘が借金返済の道具にされていても、結婚を続けるべきとお考えですか?」
「そんなわけはないだろう! だが、お前、もうこれでは次の結婚は……」

 父はそれを心配していたのだろう。
 こう言うところは優しい父である。そこを知ってウィネアは微笑んだ。

「大丈夫。今は事業を進めるのが楽しいですし……若いうちに結婚したから、まだ年齢的には余裕がありますわ」

 若干の強がりはあったが、ウィネアは堂々と告げた。

 両親もしぶしぶ納得する。

「ところで、ミーシャさんというご令嬢をご存じですか?」
「いいや、聞いたことない名前だが……」
「アベルの浮気相手なんですが」

 もしかして貴族ではないのではないか。そうウィネアは考えていた。
 高価な贈り物などもらって喜んでいる相手……。すくなくとも身分は高くないかもしれない。そんな気がした。

「調べさせよう」

 存在を知ってから1年半たって、離縁してようやく、ウィネアは浮気相手を調べるに至った。
 そして調査結果に、ウィネアは盛大にため息を吐き出すことになった。




++++++++++



 数ヶ月後、アベルの事業が再び失敗したことを、風の噂できいた。
 例の浮気相手はやはり平民だったらしい。
 アベルはそれを知っていたらしいが、ミーシャはまさかアベルが借金まみれだとは知らなかったらしい。あれだけプレゼントをされれば貧乏だとは思わないだろう。
 結局、怒って関係は修復できなくなった。
 だが子供は生まれてしまい、貧乏生活に耐えられなくてミーシャは家をでて行き、別の男性と結婚したとかなんとか。

 残されたアベルは今も借金の返済に奔走している。
 
 しかしウィネアにはもう関係ないことだ。

 自分の事業はうまくいっているし、あれから結婚相手も見つかった。
 相手はウィネアと同じく浮気されたことが原因で離婚した男性。
 地位はウィネアより低かったが、ウィネア同様に才覚に溢れる人物で、人望もあった。その上ウィネアを心から愛してくれる。

 愛している。などと平気で言うものだから、ウィネアは顔を赤くする頻度が多くて大変だった。

「アベル様にはすこし感謝しているんだ」
「どうして?」

 愛する人の言葉にウィネアは首を傾げた。

「こんな素敵な君を離縁するなんてひどいけど、おかげで僕は君と出会えたんだから」
「なら、私もあなたの元奥様に感謝しないといけないかしら」
「そう言われると、そんなことないって思うね」
「でしょう。だからあなたも元夫に感謝なんかしなくていいわ」

 むしろ、ざまぁみろ。と笑ってやればいいのだ。
 ウィネアは内心でそう思いながら、笑った。

「さ、お茶にしましょう」
「そうだね」

 ウィネアは今しあわせだ。
 全てはうまくいっている。

 アベルは因果応報だろう。
 
 ――かわいそうにも思うけど、自業自得なのよね。

 ウィネアは肩をすくめて笑うばかりだった。


 
 
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