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弐ノ譚

闇ヲ抱ク手(下)

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新宿駅に着き二人が来るのを待ってくれていた斉田と絵里子と落ち合うことができた。
全員揃ったところで燎平はこれから謎の白い手を退治すると宣言する。退治する為にはまず白い手を誘き寄せる方法を説明した。やり方はこうだ。まず最初に各一人だけ斉田は六番線と五番線のホームに絵里子は三番線と四番線ホームに残ってもらう。着いたらどちらかのホームに白い手の幽霊が現れるのを待つ。ただし、声を出さないように。悲鳴を上げたくてもそこは堪える。そして目を合わせてはいけない。もし、目を合わせてしまったら間違いなく襲われる。下を向いて目を閉じるのをおすすめだという。燎平と一郎は白い手の幽霊に見つからないよう構内で身を隠すことにしている。どちらかのホームに白い手の幽霊の本体が現れたら戦闘開始。その隙に一郎は斉田と絵里子を連れてホームから離れる。でも、白い手の幽霊は容赦なく襲って来るに違いない。新宿駅の構内は奴のテリトリーなのでホームから離れたとはいえ油断はできない。燎平の読みでは白い手が現れるのは人がいない場所だけ。深夜の駅は誰もいないのでどこから襲って来るかは分からない。そしたら、逃げられる場所はただ一つ。新宿駅の外だ。燎平を駅構内に残し一郎達は彼が外に出て来るまで待機する。それが、今夜決行する作戦だ。その話を聞いた時の二人の反応はとてもビクついていて自分達が囮になる事に困惑する様子を見られたが、二人は承諾した。
駅構内に入った燎平達は目的地へ向かい、各所一人ずつ五番線・六番線のホームには斉田、三番線・四番線には絵里子が配置についた。後はどちらかのホームに白い手の幽霊が現れるのを待つだけ。斉田には今夜泊まり勤務する予定だった駅員達に家に帰るよう指示を出してくれた。もし、他の駅員達が構内に残っていたら巻き添え喰らって余計被害が増えてしまう恐れがあるので彼らには悪いが返ってもらうことになった。駅長という名が効いたのかみんな素直に退勤してくれたと斉田本人が話していた。漆黒に染まる駅のホームはほとんど周りが見えず闇の世界に迷い込んだような不気味さと薄気味悪いさが心身ともども伝わる。
五番線・六番線ホームにいる斉田は一度、白い手に襲われていたのであの恐怖は今でも鮮明に憶えている。あまりにも不本意だが斉田は白い手の幽霊が自分の所ではなく別の場所に行ってくれますようにと心の中で祈っていた。そう願っている自分に気が咎めてしまうこともあるが再び白い手の幽霊に襲われるのは嫌だった。
三番線・四番線ホームにいる絵里子は息を潜めながら独り暗闇の中を立っていた。隣のホームには斉田がいるが闇が濃くて姿はなかなか見えなかった。出てきたらすぐ駆けつけると燎平が言ったもののやはり、独りで無人のホームにいるのは本当に心細い。心臓の鼓動が鳴りながらも絵里子は「大丈夫。大丈夫」と胸に手を当てながら自分を落ち着かせた。すると、突然周りに霧が出た。薄い靄が駅ホームを包み込む。でも、この靄はただの靄ではない。生臭さと生温かさを感じる。こんな深夜の時間に靄が出るなんてと絵里子はちょっと驚く。その時だ。どこからか声が聞こえたような気がした。ただの空耳だろうか?でも、声というより何かいる気配は感じた。背筋がゾクゾクしてひとりでに額から冷や汗が流れた。異常な空気に絵里子の体は固まり動けなかった。なぜなのか動きたくても手足が全くビクともしない。早くこの異様な雰囲気が漂う空間から抜け出したいのに足が体が動こうとしない。彼女が見ている先は四番線。あそこから気配を感じるのだ。絵里子の耳に囁く女の声。聞き覚えがある。
「・・・・しら・・とりさん?」
おどおどした声でそう呟いた。絵里子には分かるのだ。彼女の耳に囁く声の主はかつてのクラスメイトだった白鳥華だということを。囁き声は消えるも気配だけはハッキリと残っている。それなのに燎平と一郎が来ない。
靄の奥から見える四番線を見て絵里子は過去の出来事を思い出した。
あれは一年前。初めて白鳥華と出会ったのは一ツ星女学院中学校の入学式である。白鳥は小顔で長い髪の可愛らしい女の子だった。まだ入学したての絵里子はすぐに友達ができた。それが新妻怜美子とその三人だ。でも、白鳥は友達にはいなかった。というより、みんなから避けているかのようにずっと教室の片隅で独り寂しく座っていた。最初は大人しい子だなと思っていた。それから入学式から三日経った時、絵里子はいつも独りでいる白鳥に声をかけた事がある。すると、彼女は戸惑い何も言わないままだんまりしていた。そして、一緒に帰ろうと誘ったが彼女は逃げ出すかのようにそそくさに走り去ったこともあった。何だかおどおどしていていつもクラスの輪にも入らず日陰でずっと座り暗い表情をしている。あんなに小顔で可愛らしいのにもったいないなと絵里子は思っていた。絵里子だけじゃない。他の生徒も白鳥に声をかけた事がある。でも、まるでみんなを避けているかのようにも見えて次第に誰も話しかけられなくなった。入学式から一ヶ月経ったある日、学校で噂があった。白鳥華が新聞配達をしている姿を見たという話だ。一ツ星女学院中学校はアルバイトは禁止されている。なのに、白鳥はアルバイトをしている。これは校則違反なのに先生達は特別許可を貰っていた。絵里子は思い出した。逃げるかのように走って行ったのは、アルバイトをしている会社へ急ぐためだったのかと。地味で暗めで無口な白鳥の秘密が暴かれたのだ。校則違反を犯しているのに特別に許されている彼女に対しみんなはざわついていたが、絵里子は何も思わなかった。きっと家族が病気か戦死に遭って自分で生活費を稼ぐようにしているのだろうと。でも、絵里子はまだ彼女にはもう一つの秘密があるのをまだ気づいていなかった。そして、あのような事が起きた。それは白鳥が新聞配達をしていると分かった四日後だ。新妻怜美子が彼女に目をつけたのだ。狐目をしていて華やかな美少女でもある新妻は政府企業の社長の娘。人柄よく友達からも人気がある彼女だが実は裏の顔があった。そうだ。新妻怜美子は引き連れた他の三人と一緒に白鳥華をいじめたのだ。初めは白鳥がアルバイトしているということで自分達に奢るよう言い出した。おどおどしている彼女を見て面白く感じたのか日に日に新妻達は白鳥をいじめるようになったのだ。女子トイレにいる彼女の球をバケツの水でぶっかけたり、黒板消しをドアの隙間に挟んで煙をかぶせたり、ハサミで彼女の体操服を切り刻んだり、いろいろな嫌がらせをしていた。他の生徒達も驚いたりたじろいでいる白鳥を見てクスクスと笑ったりもしていた。誰も困っている彼女を助けようとはしなかった。でも、これは序の口。もっとひどかったのは、体育館に連れ込んでボールを彼女に当てるという卑劣な遊びだ。新妻はこの遊びを憂さ晴らしにちょうどいいとぬかし楽しんでいた。でも、絵里子は全然楽しくなかった。自分の番が来た時はすごく迷った。彼女を傷つけたくないと。しかし、やらないと新妻に友達なのにできないのかと責められる気がして怖かった。相手は政府企業の社長の娘。逆らうと白鳥みたいに卑劣ないじめを受けるかもしれない。そう思った途端に絵里子の腕が動きボールを投げ顔面にヒットした。紐で腕を括りつけられ身動きが取れない白鳥は泣くことも叫ぶこともなくただ肋木(ろくぼく)に寄りかかりながら微動だもしなかった。次の日も次の日もまた次の日も新妻怜美子達は白鳥をおもちゃのように弄び続けた。そして、絵里子は感情を失っているかのようにひどく成れ果てた白鳥の顔が今、絵里子の頭の中に浮かんだ。彼女が消息不明になってもあの光景は決して忘れる事はできなかった。そして、絵里子にとって生涯残る悔いでもあった。そう思い耽っていると右腕に何か触れた感触がした。見てみると右腕に白い影が映った。その影は手の形をしていて腕を掴んでいる。目を大きく見開く絵里子。続いて左腕も掴まれた。手の長さは四番線のホーム下まで続いていた。蛇のように長い手が絵里子の腕を強く掴み離す気配はない。待機している燎平と一郎に助けを求めようと絵里子は口を開けて助けを呼ぼうとした瞬間、燎平が言っていたことを思い出した。悲鳴を上げたくても声を出さないように。その時、ホーム下から物体らしき何かが浮上してきた。その物体が頭角を現すとこちらをジッと見ていた。物体は人の姿をしている。深みのある大きな赤い目。体は灰色に染まっていて顔半分は黒い長髪で隠している。大きくて不気味で怪しい瞳を輝かせる幽霊はジッとホーム上に立つ絵里子を見つめた。絵里子は相手が顔を出す一瞬で顔を俯かせて目を閉じた。もし、目を合わせたら襲われると燎平に言われたからだ。緊迫した空気に絵里子は強く目を瞑り息を殺した。心の中で燎平の名を叫ぶ。その時。耳にまた声が聞こえた。囁くような小さな声。しかし、何を言っているのか分からなかった。日本語とは少し違う不思議な言葉だ。
三番線と四番線ホーム、五番線と六番線ホームへの階段付近で待機していた燎平が異様な気配に気づいて強張った表情を見せた。
「どうしたの?」
気配を感じていない一郎が訊ねると燎平は「待ちに待った奴さんが出てきた」と言った。その言葉に白い手の幽霊が出てきたんだと一郎は気づいた。二人は三番線・四番線ホームへ駆け込み階段を下りた。着くと辺り一帯が靄がかかっていて視界が霞んでいて周りが見えずらかった。
「なっ!?リョーさんこれは・・・!」
「霊霧(れいむ)だ。かなりやばいな・・・」
霊霧は、幽霊が体内から噴き出す靄のこと。霊霧を濃く出す幽霊は危険度が高く凶暴性を表す証拠といわれている。
すると、霊霧の奥から悲鳴が聞こえた。金切り声のような高い叫びだ。二人は叫び声が聞こえた方角へ走る。
「堀田さん!」
一郎が大きな声で呼んだ時、駆けつけた二人の前に恐ろしい光景が広がった。それは、幽霊に取り込まれている絵里子の姿だ。彼女の体は半分だけ幽霊の身体に飲み込まれている。目の前に広がる光景に一郎は慌てた。
「ど、どうしようリョーさん!堀田さんがあの霊に取り込まれてるよ!」
幽霊は片方の赤い目でこちらを凝視していた。
「こいつは怨霊だ。半年間、この駅を利用していた人間を襲い幽体に取り込んだことで巨大化したに違いない。しかも、霊霧があるということはどうやらこいつはただの霊じゃない」
すると、巨女の幽霊は何か言い出した。口はないのになぜかちゃんと耳に聞こえる。その言葉は日本語とは違う不思議な語源だった。燎平と一郎は知っている。これは、幽霊語といって二世界の陰陽師だけしか聞き取れない幽霊だけ発する言葉なのだ。まるで、訴えかけているみたいで一郎は巨女の幽霊が何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「なんて言ってるの?」
燎平は巨女の幽霊が言っていた幽霊語を翻訳して伝えた。
「この女は私の物。邪魔するならばお前達も喰らってやる。とさ」
巨女の幽霊は完全に警戒していて周りに無数の白い手が現れた。絵里子はだんだん霊体に取り込まれて命乞いをする表情でこちらを見ている。白い手に押さえつけられて逃げる術もない。彼女を引き剥がすにはこの巨女の幽霊を倒すしか方法がなかった。
「一郎。堀田さんは俺に任せてお前は隣のホームにいる斉田さんを連れてこの駅から出るんだ」
そう言われて一郎は「わかった」と頷きた。霊霧の中、一郎が走り出すと同時に無数の白い手が二人を襲う。重い音が地面に鳴り響く燎平と一郎は素早くかわし白い手から免れる。ウネウネと蛇のように動く白い手は次から次へと二人に襲いかかる。狭まれる手の大群に燎平はポーチから数枚の紅色の陰陽札を取り出し投げだした。紅色の陰陽札は光だし激しく爆発する。しかし、これで終わりではない。爆煙の中から白い手が迫り燎平の手足を掴んだのだ。
「くっ!」
巨女の幽霊に押されて転倒する燎平。その姿を見かねて一郎は「リョーさん!」と叫び駆け寄ろうとすると白い手に捕らわれた燎平はこちらに近づこうとする養子に大声を出した。
「来るな!俺のことはいいから、早くここから出るんだ!」
彼が発した大声で一郎は思い留まった。そんな事を言われても今の燎平は身動きが取れない状態になっている。このままでは巨女の幽霊に取り込まれて圧巻の終わりだ。せめて彼を白い手から逃すだけでもと肩に掛けているバッグを手に突っ込み閃光玉を近くにいる化物に向かって投げた。閃光玉が爆発し光がホームを飲み込む。さすがに眩しかったのか巨女の幽霊は驚いて目を瞑った。閃光玉の光で目くらましをされたことで燎平を捕らえていた白い手が身を引いた。解放された燎平は起き上がり一郎に礼を言った。一郎は相談所の主の指示通りに絵里子は彼に任せ自分は隣のホームにいる斉田と合流し先にこの新宿駅を脱出する。閃光が消えると巨女の幽霊は目を開き激しい鳴き声を上げた。絵里子はもう9割ぐらい幽霊の身体と一体化していた。彼女を救うには、この幽霊を倒すしか方法がない。燎平は身構えると怒りを買った巨女の幽霊は白い手の猛威を振るった。網の目のように降り注ぐ手の大群が頭上に迫ってくると燎平は地面を蹴り攻撃をかわした。巨女の幽霊は大きな掌を地面に叩きつけながら彼を追いかけるよう猛攻を仕掛け続けた。普通の人間とは思わぬ速さで燎平は攻め続ける白い手の間に入りながら避ける。行き止まりになると襲い来る白い手に向けて紅色の陰陽札を投げ出した。札の爆発で襲い来る白い手を阻む。爆煙を抜け燎平はまた紅色の陰陽札を投げる。連れなって襲い来る白い手を狙って攻撃を仕掛けたのだ。陰陽札の攻撃で白い手による爆発は相次ぎ巨女の幽霊の攻撃を阻止する。そして、隙をついたところで燎平は巨女の幽霊に接近しジャンプして手に持っていた紅色の陰陽札の一枚を奴の顔面に貼った。顔面は爆発に見舞われ大きな煙に包まれた。
地面に着いた燎平は奴と距離を置いて巨女の幽霊の様子を窺う。顔は爆煙に包まれていて見えない。霊体は佇んでいるが動く様子もなかった。これで決まったかと思ったその時、地面から白い手が湧き出てきた。足を掴まれた燎平は白い手を蹴りだした。爆煙の向こう側から赤い眼光が見え姿を現した。顔は傷一つもない。でも、確かに手応えはあった。傷がなくてもダメージは受けている。爆煙が晴れて巨女の幽霊の顔が見えた時、奴の周りに再び無数の白い手が生えてきた。きっと、攻撃を繰り返しても白い手は再び生え出す。紅色の陰陽札だけで戦ってもキリがないと気づいた燎平はポーチから別の陰陽札を取り出した。白色の札だ。
「我が仕えし使役よ。主(しゅう)に応(こ)ふし汝(なむぢ)の力を此処(ここ)に示せ」
詠唱しているかのように呟くと陰陽札を軽く投げた。
「式神 白夜親王(びゃくやしんのう)召喚!」
すると、燎平の声に応えるかのように陰陽札が白く輝きだした。強い輝きは闇を飲み込むかのよう白く光る。
光から見えたのは背丈が高い人の影だった。光が消えると現れたのは、揺らめく三つ編みを編んだ白銀に染まる長髪。和洋折衷を着用していて狐のお面を被った高身長の女だった。狐面は顔全体を覆う総面となっていて女は素顔を隠している。腰には一本の刀を差し主の前で威風堂々とした佇まいをしていた。細い体格をしていて一見か弱そうに見えるが実際はそうでもない。
「何用だ。燎平」
狐面の奥から低い声が聞こえた。クールでかっこいい低音ボイスで燎平に見向きもしないで訊ねる。目の前に赤い目をした髪の長い巨女の幽霊が立っていることに気づいてまだ説明を聞かずにすぐ今の状況を理解した。
「怨霊か。まだ女子(おなご)ではないか」
「ああ。あいつが、今回の事件の黒幕なんだ。それにあいつの霊体を見ろ」
霊体には無惨な姿をした絵里子が目に映った。
「あいつに捕まって取り込まれているあの子は今回の依頼人なんだ。早く助けないとまずいことに」
「あれはもう駄目だな。奴(きゃつ)の身体に融合している。諦めるんだな」
冷徹な一言を言い放つ彼女に対し燎平は普通に接するかのように話した。
「いや。まだ間に合う。あいつを倒せば彼女は助かる。でも、ちょいと厄介でね」
白夜親王と名乗る女は周りに立ち込める霊霧に気づく。
「霊霧・・・。そういうことか」
燎平は彼女が察したことで頷いた。
「そうだ。力を貸してくれるな?」
巨女の幽霊はもう一人敵が増えたことで何も変わらない無表情から不満さを感じた。再び霊語で喋ると白い手が二人に襲いかかってきた。迫り来る無数の手に白夜親王は落ち着いた態度でその場を動かなかった。勢いに乗る手の大群を相手に白夜親王は一歩も動かず仮面の奥に潜む瞳を光らせた。すると、襲いかかった白い手の大群が勝手に弾かれた。腰に掛けた刀を構え白夜親王は地面を蹴った。白夜親王は刀を抜かず鞘の内で巨女の幽霊の顔面を殴った。痛みを感じたのか巨女の幽霊は悲鳴らしき声を上げた。赤く染まった目が大きくなり白い手で彼女を襲いかかる。迫り来る中、白夜親王は身動きもせず立ち尽くしているとタイミングを見計らっていたのか迫り来る伸縮自在の白い手に向かって鞘で弾き返したのだ。弾き返すその腕は素早く達人級のすごさだった。しかし、刀一本では足りなかった。白い手の大群を打ち払っていた時、地面から同じ手が伸びて彼女の足を掴みかかり取り押さえようとした。目の前の手に集中し過ぎて周りが見えなかった。しかし、後ろで控えていた燎平が助け舟を出してくれたことで地面から湧き出た薄気味悪い手共を一掃してくれた。二人があまりのしぶとさにキリがないと思ったのか巨女の幽霊の白い瞳が光りだした。巨女の幽霊の瞳はエネルギーを蓄えているかのよう赤い光が一か所に集まっていた。
「おい。待てよ」
何の冗談だと燎平が思った矢先に巨女の幽霊の目から巨大な光線が放った。意外な技に燎平は驚いていると二人は光線の光に包まれそして消えた。


新宿駅の方から爆発のような音が聞こえた。駅から脱出し外で待機していた一郎と斉田は爆音が聞こえた本駅の方を見た。
「今の音は?」
駅の向こう側から煙が見えた。揺らめく煙を見て斉田は燎平と絵里子の安否を心配した。
「鐸木さん達。大丈夫でしょうか?やっぱり助けに行った方が」
そう言いかけた時、一郎が「その必要はありません」と心配している彼に一声かけた。
「リョーさんなら大丈夫です。きっと、堀田さんを助けて悪い霊をやっつけてくれます」
長年バディを組んでいれば相棒が無事に帰って来ると知っているので何も心配する事はなかった。時折、不安にもなるがそれでも彼を信じているのだ。数多な凶暴な霊や妖怪と戦っているから分かるのだ。魔力も陰陽術も持たない一郎ができることは戦いのサポートをする事と彼の帰りを待ちながら無事を祈る事だけだ。


立ち昇る煙の中は何も見えなく二人が無事なのかすらさえ分からなかった。巨女の幽霊は光線の中で吹き飛んで散った二人を見下すかのよう邪魔者が死んだのか一度確認していた。まさかの意外な展開に燎平は驚き白夜親王共々、光線の餌食となった。幽霊が光線を出すなんて聞いたこともないし絶対にありえない。燎平はそう思いながら混乱していたのだろう。気を失っていた絵里子は沼のようにズブズブと沈み霊体の中へと消えてしまった。彼女を取り込んだ巨女の幽霊は目を見開き雄叫びのような声が聞こえた。灰色の霊体から微小の霊気が出てきた。まるで、力が溢れているかのようなそんな様子だ。
光線で起こした煙はだんだん薄れてきた。もうじき、二人の死体がお披露目される。邪魔者がいなくなった巨女の幽霊は薄れゆく煙を眺めながら無様な死を遂げた愚かな者共の荒れ果てた姿を俯瞰する。その時だ。煙の中から光が見えた。その光は黄緑色で強く輝いていた。すると、光の奥から声が聞こえた。
「一足遅かったら即死だったんだぞ。躊躇しやがって」
「仕方がないだろ。まさか、光線を使って来るなんて思いもしなかったんだ」
煙が晴れると目に映ったのは、翡翠色の陰陽札が光の壁を作って二人を守った。突然の意外な展開に一瞬、怯んだがすぐさま守護術が使える陰陽札を出して間一髪で光線を防ぐことができた。しかし、わずかな怯みを見せたことで危うく巻き込まれそうになった白夜親王は彼に向って冷たい視線を送った。一応、燎平は白夜親王の主だが彼女の態度は変わらない。相手が主であろうと敬語は使わないし態度もでかい。クールな性格だが気が強いところもありしばしば口論することもある。彼女とは二世界にいた頃、共に戦場を潜り抜けた〝もう一人の相棒〟なのだ。それに、白夜親王は鐸木一族が代々受け継いだ式神でもある。燎平が白夜親王の式札を受け取ったのは彼が成人した時だ。
今はちょっとプチ喧嘩気味だが巨女の幽霊の異変に二人は気づいた。
「言い争っている場合ではないな」
「ああ。さっさと倒して成仏させるぞ」
意見が一致して身構えた二人は目前にいる巨女の幽霊の方へ顔を向けた。そろそろ決着をつけなければ取り込まれた絵里子が死んでしまう。戦闘準備ができているかのように巨女の幽霊は微小な霊気を纏い無数の白い手で襲いかかってきた。気のせいだろうか霊霧が更に濃くなった気がした。二人は分裂して襲い来る白い手から逃れた。霊霧の中、燎平は無限に増える白い手をかわしつつ武器である高い身体能力を駆使して攻撃用として使う紅色の陰陽札を投げて攻撃を仕掛ける。白夜親王は霧の中に紛れ込む白い手を見定めて鞘で弾き返す。しかし、弾き返してもまた新たな白い手が現れて行く手を阻む。すると、彼女の仮面の奥に潜む瞳が光り出した。瞳は美しくも妖しく黄金色に輝いていた。白夜親王を取り囲む白い手が取り押さえようとすると強い衝撃波が襲ってきた。衝撃波で白い手は体勢を崩しその隙に白夜親王は地面を蹴って群れの中に入った。網目を潜るように白夜親王は真っ先本体へ向かった。彼女は自ら持っている神通力のエネルギーを刀に込めた。彼女から放つ異様な気配に気づいたのか巨女の幽霊はこちらに向かって来る狐面の女を近づけさせないように大量の白い手が彼女の周りを取り囲んで閉じ込めた。しかし、閉じ込めたからといって白夜親王の動きは止まらない。取り囲んで閉じ込めていた白い手が彼女の一振りで吹き飛ばされたのだ。彼女の手に持っている刀は紫色に光っていてその輝きは神秘的だった。足に力を入れて高く飛び上がった白夜親王は刀の鞘を大きく振り上げる。上を取られた巨女の幽霊は自らの頭上にいる白夜親王に狙いを定めて瞳から光線エネルギーを集め出した。その時だ。一枚の札が突然飛んできたのだ。札は瞳に蓄えた光線エネルギーに触れて大爆発を起こしたのだ。巨女の幽霊はその大爆発に巻き込まれた。強い衝撃と爆発を受けた巨女の幽霊は反動で体制が整えられなかった時、爆煙の中から白夜親王の姿が現れて神秘的に輝きながらもまだ抜いていない刀の鞘で一刀両断に巨女の幽霊の頭をぶん殴った。殴った勢いで煙は晴れ巨女の幽霊は地面に強く頭を打ちつけた。とても重い音が駅ホーム内に轟く。強い衝撃を覚えた巨女の幽霊は赤い目で地上にいる白夜親王を睨んだ時、なんと幽体から大きな手が生えだしたのだ。灰色で濁った本体の手と地上に這い上がる白い手。手だらけいっぱいで気味が悪く強いプレッシャーを感じた。しかし、白夜親王は恐れていないのか後退りする様子すら全くなかった。巨女の幽霊は灰色に染まった巨大な手を振り上げた。同時に白い手の大群が白夜親王を攻める。避けることも逃れることもできない状況に白夜親王は動くことさえできなかった。しかし、彼女は変わらない冷静さを保ちつつ狐面の奥に潜む瞳を閉じて微動だもしない。巨女の幽霊本体の手と大群の白い手がスローモーションで見えたその時、白夜親王から強烈なパワーが放たれた。喝を入れた勢いで彼女の神秘的な氣が巨女の幽霊が仕掛ける脅威を退けた。巨女の幽霊の大きな手と無数の白い手が彼女の凄まじい氣に押され弾き飛ばされてしまった。白夜親王は凶暴な女幽霊に向けて掌から強力な神通力の衝撃波を繰り出した。巨女の幽霊はとても強力な衝撃波を受けて後ろに倒れた。派手に倒れた巨女の幽霊は無表情ながら怒りを露わにし身を乗り出して再び襲いかかったその時、突如光が現れた。淡い水色の光が女幽霊に降り注ぐ。その光は霊霧を晴らし漆黒に包まれたホーム全体に光を照らした。霊夢が消えると白夜親王は振り向いた。彼女の後ろに立っていたのは主である鐸木燎平だ。燎平の指先には光が灯っていた。そして、霊霧が晴れて分かった事なのだが光の柱が三本立っている。上空を見ると巨女の幽霊の頭上に大きな三角の形をした魔法陣が浮かんでいた。文字が細かく刻まれている円陣が光り輝く三角形を囲んでいた。清らかで澄んだ光が巨女の幽霊が持つ穢れを浄化する。苦しんでいるかのような声がホーム中に響く。燎平は白夜親王が巨女の幽霊をひきつけている間に浄化術の準備をしていたのだ。準備が終えると詠唱を唱えて浄化術を発動したのだ。浄化は生者の体内に潜む穢れを抹消する力が備わっているうえ、悪霊を弱らせる効果もある。光が包み込み巨女の幽霊は清き浄化の輝きに飲み込まれた。その輝きはしばらく続き燎平と白夜親王は光の向こう側にいる巨女の幽霊の浄化を見守っていた。
やがて光は薄れ小さくなり浄化術の魔法陣と共に静かに消えた。浄化の光を浴びた巨女の幽霊はさっきより小さくなり人間の姿をしていた。灰色だった幽体が白く変わり背丈は人間と同じで長い黒髪にセーラー服を着ていた。そのセーラー服は一ツ星女学院中学校の制服だった。ホーム上に立つ燎平と白夜親王の周りには女幽霊が取り込んだ多くの人間達が倒れて気を失っている。その中に堀田絵里子の姿も。線路上に立つ少女は自らの体を浮かせて顔を出す。そして、浮遊しながらこちらを見た。目は赤くて瞳は白い。目の色はさっきの巨女の幽霊と変わらない。彼女の目は不満さを表していて白夜親王は刀を手につけ身構えた。少女は何か喋っている。発する言葉は幽霊語で何を言っているのかさっぱり分からない。


普通の人間にとって幽霊語は未知の言語で何を言っているのかはさっぱり分からないが、幽霊語を理解できるのは陰陽師の燎平と式神 白夜親王の二人だけ。
そして今更ですが、私(わたくし)作者も幽霊語はどんな風に喋るのか全く分かりません。
なので、ここから先は幽霊語を人間語に吹き替えながら話を進めます。


「なんで・・・なんで邪魔するの?」
不平な表情を浮かべ見下ろす少女。燎平は刀に手をつけて構えている白夜親王の肩に軽く手を置いた。
頭上に浮かぶ少女に燎平は落ち着いた態度で話す。
「君の方こそ、なぜ人間を襲ったんだい?」
問いに応じるはずの相手に問い返されて少女は強く口を紡いだが素直に燎平の問いに答えた。
「みんな、幸せそうだったの・・・。あたしと違ってみんな幸せそうだったもの・・・」
「それが理由で襲ったのかい?本当はもう一つ目的があったんだろう?」
そう燎平が言うと少女はキッと睨んだ。
「そうよ・・・。幸せそうな人達を恨んでたのは確かだけど、本当を言うとあたしをイジメて笑い者にした奴らに仕返しをしたかったのよ。おじさんには分からないでしょうね。イジメられたあたしの辛さを苦しみを」
少女は声を荒げた。
「あたしの地味さと気が弱いところをいいようにあいつら・・・新妻達が寄って集ってあたしを玩具のように遊び始めた。校則違反者だとか地味だから学校に来るなとか・・・ボールで殴ったり女子トイレでバケツの水を被せたり、あいつらはあたしをただの「遊び道具」としか見ていない。あたしみたいな根暗な地味で取り柄のない奴は、みんな他人の振りをして面白がっているだけ。それに、家に帰ればあのろくでなしに殴られる」
荒々しい息遣いをする少女に燎平は冷静に「父親のことだね」と言った。
「そうよ!あの人のせいでお母さんはあたしを捨てて家を出て行った。なのに、あいつは何の反省もなくてアルバイトして貯めたお金を勝手に湯水のように使った。お金が足りなかったり気に食わないことがあれば、必ずあたしを蹴ったり殴ったりした。おかげであたしの体はボロボロ。誰も、誰もあたしを助けようとはしない」
「だが、君の勤め先だった日朝新聞店の人達は君のことを気にかけていたそうだ」
「ええ・・・。販売店の人達はみんな優しかった。店長の田中さんと配達員の立川さんはいつもあたしの事を気にかけてくれた」
「なぜ、相談しなかったんだい?その人達に相談しておけば少し治まるんじゃ?」
「言ったところで何が変わると思うの?」
強めな言い方をする少女は相手が大人だろうと容赦はしなかった。
「確かに立川さん達はいい人だったわ。でも、あたしがイジメや家庭内暴力を受けているって話したらどうせ「可哀想に」「大変ね」としか言わないに決まってる。他人の目で見るに決まってるわ」
すると、燎平は真剣な面持ちで少女の言葉を否定した。
「それは違うと思う。彼女達は君に気にかけていた。田中さん達は君が亡くなった後で家庭内の事情を知ったみたいで異変に気づかなかったことに後悔していたと俺の助手が言ってた。君は、他の人達を心配させまいと我慢し続けて黙っていた。そうだろ?」
少女は再び口を紡ぎ黙った。苦々しい表情を浮かべつつも反論する意もなかった。
学校でのいじめ、父親による虐待。助けを乞う気持ちを抑えていつか自由を手に入れるのを夢見た自分。どんなに嫌な事があっても耐え抜いてきた。時には精神が壊れかけそうになったこともあった。それでも、少女は平然と保ちどんな酷い目に遭っても耐えて生き抜いてやると心から誓った。そして、他人を信用しなかった。
「とても辛い思いしたんだよね?俺は、君みたいな悲惨な運命を辿って死んだ幽霊を何度も会った事がある。だから、君がどれだけ人間達を恨んでいるのかもよく分かる。君をいじめた奴らに復讐したい気持ちがあったのは素直に認める。だが、関係のない人達を巻き込むことはあまり感心しない。それは復讐じゃなくてただの逆恨みだ」
燎平の意見に少女は反論する。
「あんたに何が分かるの?幸せそうな人達を見るとこっちが惨めになるのよ。なんで、あたしだけがこんな目に遭わなくちゃいけないの?あたしの人生は何だったの?って。まるで、世界中があたしの幸せを奪っているようにしか見えないわけ。だから、自分より幸せそうな人を怨んだのよ。何もなかったかのようにのほほんと生きている新妻達みたいに!」
今まで耐えて耐えて耐え込んで抑えてきた不満が一気に大爆発した。少女はもう我慢の限界に達し堪忍袋の緒が切れて溜まっていた怒りを全て燎平にぶつけた。彼女の口から出る言葉には怒りと憎しみが散りばめられていて激しく訴える。大人しそうな少女は憤怒の形相になって言葉をぶつける。その怒りは自分の人生を返せと訴えているかのようだ。怒りで興奮している彼女に燎平は変わらない冷静さで落ち着かせようと対処する。
「でも、この人達には帰りを待っている人がたくさんいるんだ。半年間、君が彼らを襲ったことでこの駅に不可解な噂が流れるようになった。新妻さん達はともかく、全く関係ない人達に危険を晒すことだけは絶対に許せない。でも、今回の件で君をいじめた彼女達は相当堪えたと思う。彼女達に対する怨みと憎しみが強かったことで君は怨霊となった。恨みはそう簡単に消すことができないとても厄介な感情だ。怨み憎しむことで負の感情が強くなり人を傷つけることだってある。そんな負の連鎖によって生まれたのが怨霊だ。君は、彼女達や父親に対する怨恨が強すぎて周りを見失っていたんだろう。だが、もう十分怨みは晴らせただろう?だからこれ以上、人を襲うのはやめて安らかに成仏してくれないか?」
落ち着いた態度をしている燎平だが彼の言う言葉には説得力が入っていた。少女が人を怨む気持ちは分からなくもないがこれ以上、被害を出し続けたらこの新宿駅はもっと噂が広まって悪化し利用する乗降客が減少して潰れてしまう。そして、駅員達の負担も更に大きくなる。凶暴化した少女は今は本来の姿としているが怨霊なのは変わりないので油断はできない。彼女はまだ悪霊に等しいから。だから、燎平は彼女を大人しく成仏できるよう説き落そうとしたのだ。交渉することも二世界の陰陽師の仕事でもあるから。
「そんな・・・そんなきれい事を」
少女が呟いた。その表情はまだ怒りが募り鬼の形相になりかけていた。少女の周りに現れる強いオーラが彼女の髪をセーラー服をなびかせた。
「あたしに効くとでも思ったの!?」
少女が叫ぶと同時に纏っていたオーラが勢いよく放たれた。
放たれたオーラは強風と化し燎平と白夜親王を襲った。燎平は腕で顔を隠して強風に吹き飛ばれないよう踏ん張る。表情が強張る少女は目を吊り上げて怒鳴った。
「あたしはまだ怨みを晴らしていない!あのくそ親父を・・・あたしを殺した奴を・・・散々ひどい目に遭わせた女共を呪い殺すまであたしの復讐は終わらない!あたしより幸せそうな奴らも片っ端から呪ってやる!」
どうやら少女はかなり根を持つタイプみたいだ。新妻達はともかく、何の罪もない人達を巻き込まさせるわけにはいかない。
「燎平。どうやら貴様の交渉は失敗のようだな」
白夜親王の皮肉な一言が突き刺さってくる。白夜親王は「今まで通り、強制排除でいいんだな?」と訊ねる。言い方はあまりよくないが致し方ないと燎平は頷いた。刀を構え白夜親王に宿るパワーが出ると一瞬、緊張感のある空気が出てホーム一帯を張り巡らせていた。少女も戦闘態勢に入っていて襲う気満々だった。燎平も戦闘準備に取りかかろうとし場の空気はピリピリし緊張が走る。交渉が成立できないのならばいっそ自分達の手で少女を葬らなければいけない。牙を向き鋭い目でこちらを睨み人間の顔とは思えぬ恐ろしい表情を見せた少女は襲いかかろうとしたその時だ。突然、「待って!!」という力強い叫びが聞こえた。振り向くと声を上げたのは堀田絵里子だった。
ついさっきまで少女の幽体に取り込まれていた絵里子が意識を取り戻したのだ。絵里子は浮遊している少女の方を見て言った。
「やっぱり・・・・。あなた、白鳥さんだよね?白鳥華さんでしょ?」
自分の名前を呼ばれて少女は一瞬だけ険しかった表情が和らいだ。幽霊とはいえどうやら少女は絵里子の言葉が分かるみたいだ。
「わたし・・・どうしてもあなたに謝りたかったの!新妻達があなたをいじめていた時、わたしはあの子達にいじめを止めるよう注意しようと思ってたの。でも、できなかった」
後悔しているかのように歯を食い縛りながら絵里子は話を続ける。怨霊となっている白鳥は鋭い目で絵里子を睨みながら彼女の話を耳に傾ける。
「新妻のお父さんは政府企業の社長で権力者でもあった。もし、新妻玲美子に逆らったら学校中、わたしに対する風当たりが強くなる。そうなると、今度は新妻達がわたしをいじめることになる。それが怖かったからあなたを助けることはできなかったの。わたしは、学校中に目の仇をされるのは嫌だった。友達がいなくなるのは嫌だった。だから、わたしはあなたより自分の方に優先して逃げたの。わたしは、みんなから避けられるのが怖くてあなたを見捨ててたの」
彼女の話は全て本心だ。絵里子は新妻達からの嫌がらせ、学校中の生徒達に避けられるのを恐れ白鳥を助ける勇気がなく結局、自分の身が大切だと逃げ出した。それからはずっと苦しんでいた。白鳥をクラスメイトを見捨てた自分に嫌悪感を抱き勇気が出せなかったのを悔いていた。でも、いつか謝ろうと思っていた。そして今度は友達になろうと。前から絵里子は新妻玲美子達と付き合うのは嫌気を差していた。学校に来た白鳥を今度はどんな因縁をつけるか遊んでやるか悪ふざけが過ぎるほど白鳥を自分達のおもちゃのようにどう扱うかワクワクしていた。絵里子は一度も白鳥を憂さ晴らしに丁度いいおもちゃだと思った事はない。でも、新妻玲美子のバックには権力を持つ父親がいて素直に彼女達の輪に居続けなければならなかった。白鳥をいじめる時も彼女達とうまく付き合わなければいけない。じゃないと自分も白鳥と同じ目に遭ってしまう。全て自らの人生を自分で守るように白鳥を利用したに過ぎなかった。それから数日後、白鳥が学校に来なくなった。悩みに悩んだあげくやっぱり謝罪しよう覚悟していた白鳥に仲直りのチャンスはなかった。でも、落ち込みはしなかった。今日はきっと具合が悪くて休んでいるんだと最初は思っていたが、ただの休みじゃないと気づいたのは一週間後だ。長く休んでいる白鳥を心配し見舞いに行った方がいいかなと思った矢先、たまたま同じクラスの子達が話していた内容を耳にした。それは、白鳥はまだ家に帰って来ていないこと。もしかると、家出じゃないかと。なぜ、家出したのか?それは、父親に虐待を受けていたから逃げたんだという噂があったらしい。その話を聞いた絵里子は言葉が失いながら自ら心の中で呟いた。白鳥さんは、私達のいじめだけでなく父親にも暴力を振るわれてとても苦しく辛い思いをしていたんだと。それからは後悔の連続だ。新妻達の前では平然としながら自分自身に責め苦の文句を言い続けた。罵るかのように自らを責め新妻達に言える勇気が足りなかったことを嘆いていた。そして、白鳥が行方不明になってから半年の月日が流れた時に新宿駅に幽霊が現れたという噂が耳に入りその後は、リーダー的存在でみんなからの人気者であった新妻玲美子が消息不明になった。他の三人も学校にいたクラスの子も。新宿都内に住んでいる絵里子にとっては通学する時は歩きなので駅を利用することはなかった。でも、次々と人が消えているみたいでもしかしたら新宿の幽霊と関係しているのではと思っていたところ、たまたま道中で銀座にある東都立日ノ守会談館のチラシを見つけたのだ。そして今日、新宿に出没する幽霊の正体は消息不明になっていた白鳥華だという事に気づき現在に至る。
全貌を知った白鳥は血に染まったような赤い眼を大きく見開き怒りが増し表情が歪んだ。
「・・・・そうか。そうだったのか。だったら」
絵里子には白鳥が何を言っているのかさっぱり分からない。でも、白鳥は彼女の言葉を分かっていて理解していた。自分を助けようともせず見捨てていじめに加担し今更言い訳をする女。身勝手な女が目の前にいて白鳥はこちらを見上げる絵里子に襲いかかり取り押さえた。牙を向かせ強く絵里子の首を絞める白鳥はもはや人間とは思えないぐらいの凶暴さだった。さすがは怨霊といってもいいだろう。しかし、絵里子は今の彼女を見て恐れてはいなかった。
「いいよ。わたしを殺しても」
首を絞められうまく呼吸ができないにも関わらずとても苦しいはずなのになぜか絵里子は笑っていた。笑いながら涙を浮かべていた。
「わたしは、あなたより自分の方が大事だった。白鳥さんを見捨てた挙句、わたしもあなたが苦しむ姿をただ観望し助け舟を出さなかった身勝手な女。白鳥さんに殺されるなら、わたし喜んで死んであげる。その代わり、もう新妻さん達を他の人達を襲わないで。助けてあげられなくて、ごめんなさい」
頭がおかしくなったのか絵里子は苦しく悶える様子はなくただ笑っていた。あまりにも様子がおかしい彼女にさすがの白鳥も戸惑いを見せる。殺されるというのになぜ笑っていられるかさっぱり理解できなかった。そんなに命を落としたいのか。それなら叫ぶなり怯えるなり大泣きして命乞いをしたりするはず。そのうえ、自分を苦しめた新妻達と幸せそうに生きる他人達を襲わないでほしいなどと条件も出してきた。自らの命を犠牲にして他人を助けるなんてどうかしている。そのうえ純粋で哀れみな目でこちらを見つめている。白鳥の頭の中は彼女に対する疑問が飛び交っている。
「なんで、笑っていられるの?殺されると分かっていながら、なんでそう余裕そうに笑えるの?」
絵里子には彼女の言葉を理解することはできない。絵里子からすれば白鳥は訳の分からない言葉で言っているようにしか聞こえなかった。相手の言葉が分かっていながらも自分の言葉を分かってもらえないのは皮肉なものだ。
「その小娘は、自分の罪を認めているからだ」
白鳥は殺され間際の絵里子の首を絞めながら白夜親王の話に耳を傾ける。
「人間は身勝手で都合の悪ければ必ず他者に擦り付け自らとは違う者を見た目で勝手に判断し選別する生き物。同じ種族とはいえ見た目が違うだけで勝手に差別し力でものを言う。それが、人間の愚かしい部分だ。その小娘は自分の都合を優先し貴様を捨てて免れた。だが、自身の罪を意識したことで今こうして貴様の前で謝罪の意を伝えた」
戸惑いを見せる白鳥に対し白夜親王は絵里子が罪の意識に苛まれていたことを伝えた。冷静で気が強いところがありつつも相手の気持ちを理解しているところが彼女の長所とも言えるであろう。
「それに、白鳥さん自身はどうなんだ?君から見て彼女はどんな人だった?」
白夜親王に続いて燎平が話し出す。まるで問いを投げかけるような訊ね方に白鳥は無理矢理、怒りの表情を作った。
「どんな人も何も。この女もあたしを苦しめたのよ。見下した目で笑ってたのよ」
「それは、新妻さん達がいたからだろ?もし、絵里子さんも彼女達と同じ冷酷非情な人間だったらこの場で君に謝罪なんてしないはずだ。さっきの話で彼女の言葉には嘘も偽りもなかった。彼女は、本当に君のことを申し訳なく思っていたんだ」
「それはただの飾りよ!言い訳よ!」
「じゃあ、君から見て絵里子さんは本当に悪い子だったのか?いや、君は本当の彼女を知っているはずだ!」
そう言われた時、白鳥は自らの手で首を絞めて苦しんでいる絵里子を見た。彼女の顔を見るとあの日のことを思い出した。いじめに加担したというは確かだが、彼女はいつも自分に話しかけてくれていた。とてもフレンドリーに優しくて自分が話し出すまで待ってくれた。でも、白鳥は答えなかった。絵里子と話すつもりはなかったというと嘘になるが、どう話せばいいのか分からなかったのだ。これまで友達と喋ったことなんてなかったから。それに、絵里子には自分にないものを持っている。あまり目立ちたがらない自分にとっては不都合かと思うがこんなにも自分みたいな根暗に話しかけてくれる人がいるとは想像もしなかった。話し合ったら友達になれるとは思ったが、友達を作る勇気が足りなかった白鳥は自分から勝手に絵里子から逃げたのだ。新妻怜美子達もいたからという理由もあるが、ただ話したり頷く勇気がなくて自ら離れたのだ。それ以降は、新妻達にいじめられ父親に散々な暴行を受け続けたが自分にとって唯一の居場所はアルバイトで働いていた朝日新聞販売店だけだった。販売店の人達はみんな大人ばかりだったが優しかった。忙しくても新聞配達をするのはとても楽しかったし白鳥にとって生き甲斐でもあった。でも、居場所があって仕事が楽しくても心のどこかに突っかかりを感じたこともあった。もしかすると、その突っかかりは自分が絵里子から逃避したことかもしれない。変わった自分が想像できず不安があったから自ら見えない壁を作ったのだろう。絵里子があの狐目女共と加担したことは事実だが、こんなにも自分がしてきた事に責任を感じていたのは思ってもみなかった。殺されると知っていながらみんなの代わりに自らの命を捨てようとしている。絵里子はちゃんと罪の意識があってすごく後悔していたのだ。そして、話しかけてくれたにも関わらず彼女から勝手に逃げ出した白鳥も自分の情けさと不甲斐なさ、そして愚かさに身に染みた。
興奮していた白鳥はだんだん落ち着いてきて絵里子に対する怒りと憎しみ、そして憎悪が消え表情は緩やかになり立ち上がった。首を締めていた手から解放された絵里子は咳き込みゆっくりと酸素吸入する。白鳥はしおれた顔を浮かべ目線を落としていた。自らの体をゆっくり起こした絵里子は落ち込む彼女に「白鳥さん・・・」と顔を窺った。どうやら、自分がしてきたこと。そして、憎しみと怒りに囚われ我を忘れたことで友達になろうとしてくれた絵里子に酷いことをした事で心が張り裂けそうなぐらいとても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そして、白い瞳を逸らしながら「・・・・・堀田さん・・・その・・・ごめんなさい」とおどおどした声で謝った。彼女に危険な目を遭わせたからきっと本人は怒っているだろうなと怯える臆病な自分がいた。しかし、絵里子には霊語で喋る白鳥が何を言っているのか全く分からない。絵里子からすれば聞いた事がない外国語にしか聞こえていて理解し難かった。言葉が通じずドキドキしながらも首を縮めて叱責されると些か覚悟はしていたが、絵里子は怒るというより寧ろ微笑んでいた。とても優しい微笑みを交わし「私の方こそ、ごめんね」と謝った。白鳥はもうこの世にはいない存在だが、こうしてこの場で仲直りすることができた。
「わたし。明日、学校で先生に言う。白鳥さんがいじめられていたこと。いじめを止められなかったこと。・・・わたし達のせいで白鳥さんが死んじゃったこと」
責任をすごく感じたか絵里子の瞳が潤み始めた。
「わたしに・・・。わたしにもっと勇気があったら新妻さん達にいじめを止めるよう説得できたはず。そうすれば、白鳥さんは少しでも苦しい思いをしなくて済んでいたかもしれない。例え、みんながわたしに対する目の色を変えたとしてもあなたと友達になってあげれば、いろいろ相談したりお話したりして楽しく過ごせたかもしれない」
絵里子は白鳥と友達になった自分を想像した。家庭事情に口を挟むのは余計なお世話かもしれないが、悩みを聞いて相談に乗ってあげたり他愛もないお話をして楽しんだり時には寄り道したり。そんなイメージが思い浮かんだ。
「助けてあげられなくて本当にごめんなさい」
謝罪の意を込めて頭を下げると白鳥は慌てた様子で手を軽く振った。
「そ、そそ、そんな!あたしの方こそ、ごめんなさい。あたしも堀田さんと話せる勇気が無かったから、その、逃げちゃって・・・。でも、話しかけてくれた時は嬉しかった」
多少緊張気味てはいるがしおれた顔から笑顔が見えた。
絵里子は白鳥の言葉が全く分からなくても気持ちさえ通じ合えば特に問題ないだろう。
やれやれといった感じの白夜親王と解決できて安心した燎平。その安心はあくまで第1段階をクリアした安堵である。本題は白鳥が成仏してからだ。お互い笑い合う二人の姿はとても明るく見えた。二人が少し話している時に白夜親王は「これなら問題なく成仏できそうだな」と言うと燎平は頷いた。
「さすがは源九郎狐と一緒に大蛇退治をしたお狐様だ」
軽い煽てに白夜親王は鼻を鳴らす。
「それより、あの白鳥という小娘が自ら霊霧を出したとは思えん」
その言葉に燎平は同感した。
「ああ。多分、誰かの仕業だろう。怨霊が蓄えた負のエネルギーが強力であれば姿形を変え化物級の霊になるが、霊霧は別だ。あれは、霊にも人間にも危険を招く脅威だ」
怨霊には霊霧は出ない。これは間違ってはいない。でも、一体誰が何の為に白鳥の霊に霊霧を仕込んだのか皆目見当もつかない。すると、白夜親王が
「もう要件は済んだろう。そろそろ退かせてもらうぞ」
「ああ。今日はありがとう。またよろしく頼むよ」
そう伝えてすぐに白夜親王は白煙と共に姿を消した。そして、白鳥の身体にも変化が起きた。
身体が透け始めたのだ。まるで透明人間みたいに身体が透けて姿が消えかけていた。
「白鳥さん!どうしたの?身体が・・・!」
あまりの突然で絵里子は驚いた。彼女の身体が透けているのは、そろそろ成仏する合図だ。微笑を浮かべる白鳥の身体は白く光り周りに浮かぶ小さなオーブが天へと昇る。白鳥は彼女には通じない言葉で声をかけた。
「あなたには迷惑かけちゃったけど、仲直りができてよかった。あたしはもうそろそろ行かなくちゃ」
白鳥の寂しそうに笑っている姿に絵里子は気づいた。彼女はもうそろそろ逝ってしまうことを。
「わたし。明日、学校で先生に話すわ。あたしと新妻さん達が、白鳥さんをいじめたこと。精神が壊れるぐらい追い詰めたこと。・・・・あたし達のせいで死んじゃったこと。多分、学校側や新妻さんのお父さんがこの事をもみ消すかも知れないけど・・・できるだけ、しっかり伝える」
一生、責任と自罪を背負う覚悟を決めた絵里子は強い眼差しで心から誓った。すると、消えかけている白鳥は何やら喋り出した。なんて言っているのか全く分からなくて多少困惑を抱きつつも彼女の隣に来た燎平が白鳥が何を言ったのか通訳した。
「『話さなくていいよ。もう済んだことだし気にしなてない。確かに、あたしを苦しめた新妻さん達とお父さんは絶対に許せないけど、堀田さんだけは許せるから大丈夫。それに、もう過ぎたことを今頃先生達に話したって仕方がないし。堀田さんはいつもと同じ普段通りの生活を送って。それとね。あたしはあなた達のせいで死んだんじゃない。別の件で死んだの』」
最後の方に出た言葉。〝別の件で死んだ〟。それを聞いて「えっ?」と絵里子は静かに驚いた。
「その件については、俺に任せてくれ。だから、君は安らかに眠ってくれ」
燎平の一言に白鳥は分かったと頷いた。そして、彼に向かって白鳥は何か言っていた。口の仕草から察するに「よろしくお願いします」と言ってるようだ。白鳥の身体が姿が消えてきて光と共に天へ昇ろうとする。そして、白鳥は最期にこう言い残した。
「最期にあなたと会えてよかった。ばいばい」
気のせいだろうか一瞬、絵里子の耳に人間語を喋る彼女の言葉が聞こえた気がした。最期の言葉は、しっかりと絵里子に最期の言葉を伝える為に霊語から人間語に切り替わったのだろう。白鳥の幽体は優しい光に包まれやがて姿を消した。成仏した彼女はこれからあの世で長い長い旅をする。安らかにあの世へ成仏した白鳥を見届けた絵里子は俯いた。すると、横にいた燎平が優しく彼女の肩に手を乗せた。
「行こう。外で二人が待っている」
優しく声をかけ絵里子は袖で涙を拭い頷いた。


空は真っ暗で月はまだ天に浮かんでいる。
白鳥との戦いを終えた燎平は絵里子を連れて新宿駅の外に出た。外には一郎と斉田が待っていて合流した。白鳥に被害を受けた新妻達と他の人達はそのまま三番・四番線ホームに置いてきた。時期に目覚めて自分の足で帰れるだろうと燎平が言ったのだ。そして、怨霊となり暴れていた白鳥は本来の姿に戻りあの世へ旅立ったことを一郎と斉田に教えた。それを聞いて一郎は一安心した。
「これで今回の依頼は達成だね」
一郎と斉田はこれで終わったと思っている。しかし、燎平にはまだやる事があった。
「確かに依頼は達成した。でも、まだ一仕事が残っている」
それを聞いた斉田は「ど、どういうことですか?」と訊ねると燎平は付いて来いと三人を誘い出した。
四人が向かった先は、新宿駅の裏路地。真っ暗で視界が見えない混沌とした闇が広がっている。明かりは無いし道は細い。そこで、燎平は立ち止った。三人が視線を落とした先には一つのマンホール。なぜマンホールなのか三人はさっぱり分からない。すると、燎平は腰を低くして両手でマンホールの蓋を持ち上げた。蓋を開くと下水道の中が見えた。
「みんな。入るんだ」
燎平が地下水道へ入ると一郎達は一旦、互いの顔を見合わせたが燎平に続いて下水道へと降りた。
下水道には人が歩ける道があって隣には川のように流れる下水が静かな音を立てていた。燎平は先頭に立って助手のバッグに入っていた懐中電灯を手に持ち歩いていた。懐中電灯の光は仄かな明かりが灯り闇に包まれた下水道を照らした。一体どこへ行くんだろう。三人は彼が向かっている行く先を知らない。すると、先頭に立っている陰陽師が急に立ち止った。陰陽師は「あれを見ろ」と言い出した。三人は彼が見ている視線の先を向けると絵里子が悲鳴を上げた。彼らが見ている先には下水の川に流されながら朽ち果てた白骨死体だった。肉も目も耳も髪の毛もない骨だらけの遺体が横たわっていた。枯れ果てた花のように骸骨はしっかりと身体を残し冷たくて汚らしい下水を浴び続けている。しかし、中には変わっていない物が一つだけあった。骸骨が身に纏っている物を見て一郎はハッと気づいた。なんと、骸骨が来ている服は一ツ星女学院中学校の制服だった。それを見て一郎は衝撃が走った。
「まさか。あの骸骨って・・・!」
察しがついた助手に燎平は「白鳥華の遺体だ」と落ち着いた声で告げた。そう言われた時、絵里子は衝撃のあまり手で口を押え言葉を失った。生前な暗めな性格だったけど可愛らしかった彼女が、今では変わり果てた無惨な姿となり汚れた下水に身を預けている。白鳥の白骨体はすごく悲しそうに横たわりとても無念そうにも見えた。なぜ、この下水道に彼女の白骨体があるのだろうか。燎平は順を追って説明する。
「この白骨死体から見ると死後半年を経っている。死因は他殺。つまり、彼女は殺されたんだ」
「殺されたって・・・。なんで?」
「原因は特にない。襲われたんだ。真夜中に。彼女が行方不明になったのは七ヵ月前だったよな?その日に白鳥さんはある人物に襲われ抵抗したところ殺された。そして、犯人はマンホールの下水道まで運び白鳥さんの遺体をここに捨てた。つまり、七ヵ月前に犯人がこの下水道で遺棄したんだ」
一郎は謎解きをするかのように顎に手を乗せて思考を巡らし辿り着いた答えを口にした。
「じゃあ、白鳥さんが七ヵ月前に行方不明になったのは誰かに殺されたからなのか。じゃあ、怨霊になった白鳥さんが新宿駅に居着いていたのは、新妻さん達に復讐をする為だけでなく自分を殺した犯人も捕まえようとしたから?とうことは、犯人は新宿駅を利用していた誰かってこと?」
「ああ。白鳥華を襲った犯人は誰なのかはもう分かっている。そいつは、俺達が知っている奴で一度、彼女に襲われかけた人物だ」
絵里子の方に視線を向けた。一郎は彼の目を追って振り向き自分の後ろにいる彼女の方を見た。二人がこちらを見ているので絵里子は動揺し不安げな表情を見せて自分は犯人じゃないと言いそうになった時だ。突然、一郎が「斉田さんがいない!」と声を上げた。絵里子はさっきまで自分の後ろにいた斉田がいない事に気づいた。
斉田は血相を変えた顔で急いで出口まで走った。出口に辿り着くと手を伸ばしてマンホールの口から斉田の姿が出てきた。燎平達は白鳥を殺したの犯人は斉田和郎であることに気づいたのだ。その焦りで慌てて逃げ出す斉田。奴はこの場から逃げる事だけで頭が一杯だった。細い裏路地を抜け建物の間を縫うように慌てて走る。今の斉田は早くここから逃げて身を隠さなくちゃと逃げる事だけしか考えなかった。すると、目の前に大通りへ通じる出口が見えた。しかし、斉田は60を過ぎた爺で必死に走っていることで疲労が見えた。でも足を止めるわけにはいかないと建物間を抜けようとしたその時だ。突然、燎平が建物の角からヌッと目の前に現れた。あまりもの突然に燎平が登場したことで斉田は慌ててブレーキをかけた。そして、通った道を戻ろうと振り向いたが一歩遅かった。斉田が足を止めた瞬間、燎平は瞬時に手を伸ばして彼の襟首と腕を掴み勢いよく投げた。投げられた爺は宙を舞い大通りの道路に叩き落された。年寄りに道路に叩き落されるのはさぞ辛い。背中に痛みを感じ仰向けになったまま動かない斉田の頭上に燎平の姿が現る。両手をズボンポケットに突っ込んでいる燎平は蔑む目で愚かな殺人者を見た。
「まさか最初に来た依頼人が殺人者だったとはな」
燎平も水晶玉で犯行現場の映像を見た時は驚いた。まさか、新宿駅内で起きた白鳥華の霊による調査をお願いした依頼人が犯人だったとは思いがけない展開だった。仰向けになった斉田は体を起こし再び逃げようと走り出した。でも、相手が悪かった。逃げ出す犯人に燎平は一枚の陰陽札を自分の足元に置いた。素早く印を結ぶと足元に貼られて露草色の札が光りだした。すると、札の先から文字が浮かび上がり真っ直ぐにと連なった。早いスピードで前進する光の文字は犯人を追いかける。振り返りもしない斉田は逃亡で手一杯なので後ろを気にする暇もなかった。しかし、文字のスピードは斉田より早く急旋回で本人をすり抜けるように回り込む。謎の文字に回り込まれた斉田は急に足を止めて周りを見渡す。連なる文字が円形になって犯人を囲っていた。すると、斉田の足元から緑色の光が輝きだした。その輝きは斉田にとっても厄介な予兆に過ぎなかった。後ろから燎平が近づいてきて斉田は走り出そうとする。しかし、足が全く動かない。まるで、金縛りにあったかのように身体が動かないのだ。
「金縛りの陣。この円陣に入った以上、しばらくの間はお前は動けない」
彼が言う金縛りの陣は陰陽術の一つで相手の動きを封じることができる。ただし、効果は15分しか持たない。
絶体絶命のピンチに陥った斉田は何度も抵抗しようとするが身体が全く言う事を聞かなくどうすることもできない。後から追って来た一郎と絵里子も合流して身動きが取れない斉田の姿を見た。必死にもがこうとも身体が動かない斉田はまさに袋のねずみ。とても悔しそうな顔を浮かべる犯人は「ちくしょー!」と言い放った。こいつが白鳥華を殺した犯人。自分の近くにいた事に絵里子はゾッとした。無駄な足掻きをする愚かな犯人に燎平は自らの手で斉田の首筋を強くチョップした。効果覿面か斉田は気を失にうつ伏せになって倒れた。燎平から二度目の攻撃を受けた。外は静かになって元の静寂に包まれた。一郎は絵里子と一緒に気絶している斉田を眺めた。
「どうして、斉田さんが白鳥さんを・・・?」
あんなに優しそうで人柄が良さそうな彼が白鳥を殺したのか一郎は疑問に思った。すると、燎平は平静な態度でその疑問を答えてくれた。
「この爺さんは変態性欲者だったんだ。大方、深夜にバイトが終わって帰宅途中だった白鳥さんを襲ったんだろう。だが、あまりにも本人が抵抗するので首を絞めて大人しくさせようとしたがやり過ぎて彼女を死なせてしまった」
その後、斉田がどのような行動を取ったのか分かって話を繋げた。
「それで、白鳥さんの死体をあのマンホールの下水道に捨てた。証拠隠滅の為に」
一郎の答えに燎平はその通りだと頷く。斉田が取った行動に絵里子は「ひどい・・・」と辛そうに呟いた。
「それに思い出したんだが、確か7年ぐらい前から夜間に女性を襲う不審者が度々現れるという新聞の一面を読んだことあった。もしかすると、新聞に書かれた犯人はこいつかも知れない」
一郎と絵里子は再び気絶真っただ中の斉田を見下ろす。伸びている斉田に絵里子は口を紡いだ。そして、腹の底から微かな怒りが沸々と沸いてきた。付き合いは短いとはいえ白鳥を殺したこの男だけは絶対に許せないと生まれて初めて相手を憎んだ。近くにスコップか何かあったら叩きのめしたい。そう思っていたその時、頭の上に何かが乗った。その何かは温もりがあって優しかった。彼女の頭の上には燎平の大きな手が乗っていた。きっと慰めのつもりで絵里子の頭の上に手を置いたのだろう。
「一郎。近くにある電話ボックスで警察に連絡するんだ。後8分ぐらいで金縛りの効力が切れる。俺はここで斉田を見張っているから斉田を含めマンホールの地下に女学生の遺体がある事も伝えてくれ」
燎平に頼まれた一郎は「わかった」と公衆電話を探しに走り出した。


白鳥華による新宿駅内で起きた幽霊事を解決してから一週間が経った。
あの後、一郎は公衆電話で警察に犯人を捕まえた事とマンホールの地下に白鳥の遺体があることを伝えた。警察は真夜中に子供が電話して来たことで怪しまれたが何とか言いくるめた。しばらく時間が経つと警察が来て燎平がうまく事情を説明した後、斉田和郎は逮捕された。殺人者である彼は一応、新宿駅の駅長なのできっと新聞の一面に大きく出るんじゃないかと思っていた。案の定、新聞に斉田に関する記事の一面がでかでかと記載されていた。この事で新宿駅の副駅長が所属事業者の代表取締役が会見を開いた。斉田和郎に代わって新駅長になったのは現副駅長で決まった。そして、警察署で事情聴取を受けていた斉田は7年間女性達を襲い性的犯罪を犯したうえ一人の女学生を殺害した罪で懲役15年の刑が下り事件は解決した。
燎平と一郎にも普段の日常が戻り二人はいつもの相談所 東都立日ノ守会談館で過ごしていた。沸かしたやかんを持ってお盆に乗った二つのティーポットにお湯を注ぐ。お湯に浸った紅茶のティーバックの紐を取り水滴を切ってゴミ箱に捨てた後、お盆を持って運ぶ。部屋の革製ソファには燎平が座っている。そして、向かい側にはかつての依頼者 堀田絵里子が座っていた。絵里子は一ツ星女学院中学校のセーラー服を着ている。学校の帰りに立ち寄ってくれたのだ。目的はもちろん報酬を払う為だが既に受け取っている。一郎が紅茶の入ったティーカップを彼女の前に置くと「ありがとうございます」とにこやかな笑顔でお礼を言った。燎平は助手が出してくれたティーカップを持って紅茶を一口飲んだ。
「それで、結局先生には言ったのかい?白鳥さんのこと」
燎平は彼女が通う学校で白鳥をいじめていた新妻怜美子達のことを話したのか訊ねていた。
絵里子はティーカップを持って赤い水色の紅茶を眺めながら頷いた。
「はい。白鳥さんは話さなくてもいいって言っていましたが、もしもの場合に備えて彼女みたいな同じ立場を持つ子がいじめを受けないよう再発防止を兼ねてこれ以上辛苦な思いをさせないよう校則を見直した方がいいとはっきり伝えました。これが、白鳥さんを助けられなかったわたしの償いです」
初めて会った時よりとても明るい表情を見せる彼女に一郎はよかったと安心した。
「新妻さん達は半年間の停学処分で学校に来れなくなりましたが結局、新妻さんがやっていた非道ないじめに関しては学校側は公表せず秘密裡として事が終わりました。なんでも、新妻さんのお父さんに頼まれたらしく」
「そうだろうな。新妻怜美子の父は政府企業の社長。もし、社長の娘が学校でいじめを起こしていたと世間に知られたら企業の信頼が落ちて最悪の場合、大損害する可能性もあるからな」
結果的、父親は娘より企業の方が大事なのだろう。社長というでかい会社を持つ人間は何かと偉そうにしている印象がとても強い。新妻玲美子の父親もその一人だろう。
「それにしても、君は停学処分じゃなくてよかったですね」
絵里子は新妻達より罰則が軽かったようだ。なんでも、彼女が自ら正直に白鳥さんのいじめについて一部始終先生に報告し正直に話してたので二週間の女子トイレ掃除を独りですることになった。停学よりはマシだと彼女はこの罰を素直に受け入れている。「後一週間やらなくちゃいけないんですけどね」と絵里子は苦笑する。
「そういえば、父親の方はどうしているか聞いているかい?」
そうだ。白鳥を苦しめたもう一人の人物。彼女の父親だ。自分の娘を苦しめた父親が今はどうなっているのか絵里子に訊ねた。しかし、絵里子はかぶりを振る。
「さあ・・・。分かりません。七ヶ月前に白鳥さん家に来た時はご近所さんから父親が暴力を振るっていたぐらいしか聞いたことがありません」
「あっ。それなんだけど」
突然、一郎が手を挙げてソファから立つ。小走りでコート掛けに掛かっている自分のバックを開けて一冊のメモ帳を取り出した。メモ帳を開いてパラパラと捲る。
「白鳥さんのバイト先だった日朝新聞販売店さんに聞き込みしたついでに彼女の家に行ったんだけど、白鳥さんの父親 白鳥 鉄次郎は七ヶ月前に姿をくらましたらしい。ご近所さんから聞いた話では、白鳥さんが行方不明になった二日後に警察が彼女の家へ行き父親に聞き込みをしていたみたいだ。それで、次の日に警察が再び聞き込みに来た時には父親が煙のように消えたって」
この話に絵里子は初めて聞いたかのように驚いていた。要するに、白鳥の父親 白鳥鉄次郎は聞き込みで来ていた警察に自分が今まで娘を暴行していたことを知られるとまずいと思い警察が去った後、家を捨てて逃亡したのだろう。逃亡したとはいえ行く当てがあってこそ警察の魔の手から脱出したのだろう。例え、行く当てが無くても警察から逃げられればそれでいいと考えたのか。一郎も遼平も絵里子もまだ一度も白鳥の父親に会った事はないので何とも言えないが捕まるでも捕まらなくても結果的、どうせろくな死に方をしないのは変わりない。遼平と一郎は別に捜したいとは微塵も思っていない。
「きっと、自分がした事を警察にバレたくないから逃げたんだよ。きっと」
そうに違いないと遼平と絵里子は頷く。
絵里子はほのかな香りが揺らめく紅茶を見つめて呟いた。
「白鳥さん。無事に天国へ行けたのかしら?」
彼女のささやかな呟きを聞いて遼平は答えた。
「すぐには行けないと思う。あの世の旅はとても長いと云われているからね。でも、生前に辛く苦しい思いをしながら必死に努力して頑張ってきたあの子なら無事に天国へ行けるだろう」
深切な言葉を口にした遼平は優雅そうに香り漂う淹れ立ての紅茶をもう一口飲んだ。
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