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第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方
40.ララのわがまま
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ガルム川に到着したララとテオドールは、急いで子供たちの姿を探す。
「あそこだ」
テオドールが指さした方向に、子供たちを発見した。姿が見えたことで、わずかに安堵する。しかし――、
「掴まってる木ごと流されてますね。川岸からも距離がありますし」
子供たちは、すでにかなりの距離を流されていた。ここまで耐えている事実が奇跡のように感じる。
「体力が残ってそうか、近くに行って見てくる」
「お願いします」
辺りを見回しても、アルバートやフロイドの姿は見つからなかった。他の大人の姿もない。
今にも落ちてきそうな暗い空と荒い川の流れが、不安を煽る。
(私がしっかりしないと。でも、どうすれば……)
一刻も早く助け出し、ふわふわのタオルで包んであげたい。温かい部屋で、安心できる場所で。
トランクの持ち手を強く握ったララは、思い出した。
このトランクの中に、使えないはずだったものが入っていることを。
「……そうだ」
トランクを地面に置き、役に立たないと思っていた発明品、――片手弓を手に取った。捕縛用に作ったものだが、使えるかもしれない。
素早く右手に装着し、構える。木に掴まったまま流されていく子供二人に、照準を合わせようと試みた。
だが、問題が発生した。
(ダメ。掴まってる木が邪魔で正確に狙えない。それに、水から出てる部分が少なすぎる)
あれでは縄が水に阻まれてしまう。
唇を噛み締めるララの元に、テオドールが戻ってきた。
「二人とも意識はあるが、体力がほぼ残ってない。もって数分だ。アルがもうすぐ到着するだろうから――」
テオドールはララの前に降り立ち、冷静に現状と今後について説明する。
子供たちに残された時間はあとわずか。片手弓では救助できず、今のところ救助船やアルバートたちの姿は見えない。……こうなったら。
(グラント卿がこれを言わないのは、私のためだって、分かってるけど)
分かっていても、わがままを言うしかない。
「グラント卿。……あなた、泳ぐのも得意ですよね」
覚悟を決めて真っ直ぐに見つめると、テオドールは瞠目した。
「君、自分が何言ってるか分かってるのか? 危険だ。アルたちが来るのを待って」
「苦しむ子供たちも、心を痛めていらっしゃるサーシャ様も、どちらも見える私が、ただ待ってるわけにはいきません」
自分でもバカなことを言っていると思う。一時的に身体能力が上がるのはテオドールの力であり、自分の力ではない。決して思い上がってはいない。
「今のあなたには、子供たちを助けられません。私にも無理です。でも、――あなたと私なら、助けられます」
テオドールに自分の意思を伝え、川下に視線を向ける。百メートルほど先に川幅が狭まった部分を見つけた。水の流れから考えるに、子供たちもあそこを通過するはずだ。
飛び込むなら、あそこだ。
判断を下したララは、弾かれたように走り出した。
「聞けララ! 陸上なら君を守り抜く自信があるが、水中じゃ保証できない。何が流れているか分からないし、君の体で二人の救出をするにはリスクが――」
「私はあなたを信じています」
口に出して、納得する。
そうだ。自分はテオドールを信じている。自分のことよりも、信じているのだ。
「私、金庫の鍵を開けて、あなたに『大手柄だ』って言ってもらった時、本当に、本当に嬉しかったんです」
雨が吹き荒れる向かい風の中、もっと早く走りたいと願いながら、懸命に足を動かす。
「あなたにとって私は、頼りない存在かもしれません。ご存知の通り、私は両親に迷惑しかかけられない、情けなくて、どうしようもない娘です。……でも」
生まれてこなければ良かったのかもしれない、なんて考えたこともあった。家族を不幸にする自分が何よりも許せなかった。自分の居場所はどこにもないと思っていた。
しかし、そんな考えを吹き飛ばしてくれたのだ。テオドール・グラントが。
「あの時のあなたの笑顔を見て、『やっと役に立てた』って、『捜査局にいて良いんだ』って、思いました」
流される二人を追い抜いたのを横目で確認し、目的の場所へと向かう。
あと少し、あと少しの辛抱だと、心の中で何度も叫ぶ。
「今立ち止まったら、私は絶対、後悔します」
(あなたが褒めてくれた私を、私は死ぬまで、手放したくない)
「もう、役立たずには戻りたくないんです! 協力してください、グラント卿」
テオドールが手伝わずとも、ララは川に飛び込むつもりだ。だが、彼なら必ず助けてくれるという甘ったれた信頼も、充分にある。
それを感じ取ったからなのか、ガシガシと頭をかいたテオドールが、唸るように声を出した。
「――後で、説教だからな」
ララが返事をする前に、テオドールが体に入った。走る勢いを殺さぬまま、息を目一杯吸い込んで川に飛び込む。
水が暴れる音が耳に飛び込んできた。
ゴーグルをつけていないため、ほとんど何も見えない。それでもテオドールは、子供と繋がっているかのように迷いなく進む。
体の自由を奪おうとする水の流れも、彼には関係ないようだ。さすがとしか言いようがない。ララは魚になったような錯覚を覚えた。
テオドールはあっという間に二人の元にたどり着き、体を寄せる。
名前を呼ぶとなんとか反応を返してくれるが、二人とも顔が青い。ぐったりとしており、もがく力も残っていないようだ。危ないところだった。
『グラント卿、丈夫そうな木とか、近くにありますか?』
心の中で話すと、テオドールが素早く確認する。少々距離があるが、土手沿いに一本の大きな木を見つけた。
伐採を途中でやめて正解だった。あれだけ立派な木なら、三人分の体重にも耐えられるだろう。
『右手使います』
ララは右腕を前に突き出す。その手首には片手弓。
先ほどは上手く使えなかったが、今度は大丈夫だ。動いていない標的ほど、狙いやすいものはない。
――ビュッ。
照準を合わせて放った縄が、木に巻き付き固定された。成功だ。
『子供たちを抱えたまま、縄を手繰り寄せて川の外まで行けそうですか?』
「いや、その必要はなさそうだ」
「それはどういう…… あ」
川岸に人影が見えた。跳ねるような走り方と背負った二対の斧が、捜査局の可愛い豪傑だと教えてくれる。
「ララちゃーん! テオー! 今助けるからねー!」
縄を巻き付けた木にアルバートがたどり着いた。三人の体重が乗った縄を、彼はいとも簡単に手繰り寄せる。
『アルバート様……やはり、お強い』
自分の体がぐいぐいと川岸に連れて行かれるのを感じ、ララは安心しきってしまった。だからだろう。
(あれ? 急に、眠気が……)
『すみませんグラント卿。泳ぐのに慣れていないからか、眠たく……なってきて。子供たちをどうか、お願い、しま……』
テオドールに二人を託す寸前で、ララは意識を手放した。
「あそこだ」
テオドールが指さした方向に、子供たちを発見した。姿が見えたことで、わずかに安堵する。しかし――、
「掴まってる木ごと流されてますね。川岸からも距離がありますし」
子供たちは、すでにかなりの距離を流されていた。ここまで耐えている事実が奇跡のように感じる。
「体力が残ってそうか、近くに行って見てくる」
「お願いします」
辺りを見回しても、アルバートやフロイドの姿は見つからなかった。他の大人の姿もない。
今にも落ちてきそうな暗い空と荒い川の流れが、不安を煽る。
(私がしっかりしないと。でも、どうすれば……)
一刻も早く助け出し、ふわふわのタオルで包んであげたい。温かい部屋で、安心できる場所で。
トランクの持ち手を強く握ったララは、思い出した。
このトランクの中に、使えないはずだったものが入っていることを。
「……そうだ」
トランクを地面に置き、役に立たないと思っていた発明品、――片手弓を手に取った。捕縛用に作ったものだが、使えるかもしれない。
素早く右手に装着し、構える。木に掴まったまま流されていく子供二人に、照準を合わせようと試みた。
だが、問題が発生した。
(ダメ。掴まってる木が邪魔で正確に狙えない。それに、水から出てる部分が少なすぎる)
あれでは縄が水に阻まれてしまう。
唇を噛み締めるララの元に、テオドールが戻ってきた。
「二人とも意識はあるが、体力がほぼ残ってない。もって数分だ。アルがもうすぐ到着するだろうから――」
テオドールはララの前に降り立ち、冷静に現状と今後について説明する。
子供たちに残された時間はあとわずか。片手弓では救助できず、今のところ救助船やアルバートたちの姿は見えない。……こうなったら。
(グラント卿がこれを言わないのは、私のためだって、分かってるけど)
分かっていても、わがままを言うしかない。
「グラント卿。……あなた、泳ぐのも得意ですよね」
覚悟を決めて真っ直ぐに見つめると、テオドールは瞠目した。
「君、自分が何言ってるか分かってるのか? 危険だ。アルたちが来るのを待って」
「苦しむ子供たちも、心を痛めていらっしゃるサーシャ様も、どちらも見える私が、ただ待ってるわけにはいきません」
自分でもバカなことを言っていると思う。一時的に身体能力が上がるのはテオドールの力であり、自分の力ではない。決して思い上がってはいない。
「今のあなたには、子供たちを助けられません。私にも無理です。でも、――あなたと私なら、助けられます」
テオドールに自分の意思を伝え、川下に視線を向ける。百メートルほど先に川幅が狭まった部分を見つけた。水の流れから考えるに、子供たちもあそこを通過するはずだ。
飛び込むなら、あそこだ。
判断を下したララは、弾かれたように走り出した。
「聞けララ! 陸上なら君を守り抜く自信があるが、水中じゃ保証できない。何が流れているか分からないし、君の体で二人の救出をするにはリスクが――」
「私はあなたを信じています」
口に出して、納得する。
そうだ。自分はテオドールを信じている。自分のことよりも、信じているのだ。
「私、金庫の鍵を開けて、あなたに『大手柄だ』って言ってもらった時、本当に、本当に嬉しかったんです」
雨が吹き荒れる向かい風の中、もっと早く走りたいと願いながら、懸命に足を動かす。
「あなたにとって私は、頼りない存在かもしれません。ご存知の通り、私は両親に迷惑しかかけられない、情けなくて、どうしようもない娘です。……でも」
生まれてこなければ良かったのかもしれない、なんて考えたこともあった。家族を不幸にする自分が何よりも許せなかった。自分の居場所はどこにもないと思っていた。
しかし、そんな考えを吹き飛ばしてくれたのだ。テオドール・グラントが。
「あの時のあなたの笑顔を見て、『やっと役に立てた』って、『捜査局にいて良いんだ』って、思いました」
流される二人を追い抜いたのを横目で確認し、目的の場所へと向かう。
あと少し、あと少しの辛抱だと、心の中で何度も叫ぶ。
「今立ち止まったら、私は絶対、後悔します」
(あなたが褒めてくれた私を、私は死ぬまで、手放したくない)
「もう、役立たずには戻りたくないんです! 協力してください、グラント卿」
テオドールが手伝わずとも、ララは川に飛び込むつもりだ。だが、彼なら必ず助けてくれるという甘ったれた信頼も、充分にある。
それを感じ取ったからなのか、ガシガシと頭をかいたテオドールが、唸るように声を出した。
「――後で、説教だからな」
ララが返事をする前に、テオドールが体に入った。走る勢いを殺さぬまま、息を目一杯吸い込んで川に飛び込む。
水が暴れる音が耳に飛び込んできた。
ゴーグルをつけていないため、ほとんど何も見えない。それでもテオドールは、子供と繋がっているかのように迷いなく進む。
体の自由を奪おうとする水の流れも、彼には関係ないようだ。さすがとしか言いようがない。ララは魚になったような錯覚を覚えた。
テオドールはあっという間に二人の元にたどり着き、体を寄せる。
名前を呼ぶとなんとか反応を返してくれるが、二人とも顔が青い。ぐったりとしており、もがく力も残っていないようだ。危ないところだった。
『グラント卿、丈夫そうな木とか、近くにありますか?』
心の中で話すと、テオドールが素早く確認する。少々距離があるが、土手沿いに一本の大きな木を見つけた。
伐採を途中でやめて正解だった。あれだけ立派な木なら、三人分の体重にも耐えられるだろう。
『右手使います』
ララは右腕を前に突き出す。その手首には片手弓。
先ほどは上手く使えなかったが、今度は大丈夫だ。動いていない標的ほど、狙いやすいものはない。
――ビュッ。
照準を合わせて放った縄が、木に巻き付き固定された。成功だ。
『子供たちを抱えたまま、縄を手繰り寄せて川の外まで行けそうですか?』
「いや、その必要はなさそうだ」
「それはどういう…… あ」
川岸に人影が見えた。跳ねるような走り方と背負った二対の斧が、捜査局の可愛い豪傑だと教えてくれる。
「ララちゃーん! テオー! 今助けるからねー!」
縄を巻き付けた木にアルバートがたどり着いた。三人の体重が乗った縄を、彼はいとも簡単に手繰り寄せる。
『アルバート様……やはり、お強い』
自分の体がぐいぐいと川岸に連れて行かれるのを感じ、ララは安心しきってしまった。だからだろう。
(あれ? 急に、眠気が……)
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