転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ

文字の大きさ
178 / 362
第六章 アイリス五歳

その3 聖女ルーナリシアの守護日

しおりを挟む
 エルレーン公国のとある地方都市にて、公国警邏隊および魔道士協会との合同による、大陸全土に根を張る犯罪組織《光を押しやる手》の摘発が行われた。
 人身売買を始めあらゆる犯罪に関わる組織の《穴ぐら》と呼ばれる本部拠点、壊滅。

 この事件からさかのぼること、約一年。

         3

 一年の計は元旦にあり。
 なんて聞いたことがある。
 だったら、失敗しちゃったわ~!
 お正月を寝てすごしてしまったの!

 新年そうそうに倒れてしまった、あたし。
 お父さまお母さま、エステリオ・アウル叔父さま、乳母やのサリー、メイド長エウニーケさん、執事のバルドルさん、あたし専任の小間使いローサ、そのほか屋敷のメイドさんたち、園丁さんも、あたしを、いまにも死んでしまうんじゃないかって、こわれもののように、いつも心配してくれて。
 愛されてるて感じるし、嬉しいです。
 嬉しいけれど……

 お庭も出歩いたりしちゃダメ。
 ご本を読むのも時間制限つき。
 シロとクロとのドッグランや、はしゃぐのも。
 パウルくんとパオラさんと、一緒にお勉強したり歌ったり、かくれんぼしたり走ったりして遊ぶのも、長い時間はダメなの。
 いつまで、制限つきなのかなあ。
 かかりつけ医師のエルナトさまは、寝たきりは良くないから、少しずつ、起き上がっている時間をのばしていきましょうって、おっしゃってくださったし。
 魔道士協会の長で、あたしの心のお師匠カルナックさまも、協会副長のコマラパ老師さまも、体調は心配ないって太鼓判をくださってるんだけどな。
 家族、とくにエステリオ・アウル叔父さまは、心配性なの。

 ちょっぴり、過保護じゃないかしら?
 たしかに、ほんの少し前までは、あたしは虚弱な幼児だったから無理ないのだけど。

 三歳の『魔力診』で、原因は、あたしの持つ魔力が多すぎて、血栓みたいになってる『魔力栓』のせいだと、あきらかになった。
 何も処置をしないと、成人できずに死んでしまう。
 それを聞いたときは、家族みんな、とてもショックを受けたけれど、カルナックさまは、ふせぐための手立ても用意してくださった。
 純白に灰色の縞がある、人間より巨大な魔獣『大牙』と、同じく巨体で漆黒の毛をした『夜王』という魔獣を従えてらしたカルナックさまは、魔獣たちを、あたしのために貸してくださったの。

 守護獣を手放すなんて、ご自分の身を危険にさらすこともかえりみないで。

 あたしはカルナックさまに弟子入りをお願いして、お師匠さまと呼ばせていただくことになった。
 まだ三歳で幼かったので、将来は魔道士協会の運営する魔法使い養成学院(正式名称はエルレーン公国公立学院)に入る約束で、仮のお弟子に。

 魔獣と契約(仮)を結んで。二匹に仮の呼び名『シロ』と『クロ』とつけたら、魔力がごっそり抜け出ていって、おかげで『魔力栓』は解消されて、命拾いしたのです。
 
 今後、順調に成長していけば、身体の『器』も大きくなるから、シロとクロをお師匠さまにお返ししても大丈夫になる。
 シロとクロと一緒にいるのはとても楽しくて嬉しくて幸せ。
 将来はお別れするのかって思うと、つらくなるから、いまは考えないことにしてるの。

 そして、身を守るためにと、カルナックさまは、魔道士協会から護衛としてサファイアさんとルビーさんを派遣するよう、取りはからってくれた。

 仕事のできる『いい女』。冷静沈着、知識と経験が豊富な黒髪セクシー美女サファイアさん。プラチナブロンドのエルフ的な美少女という外見とはうらはらに姉御肌、武闘派脳筋なルビーさん。
 彼女たちがいてくれて、とても助かっている。

           ※

 そんな、ある日のこと。

 学院から帰宅したエステリオ・アウルは、子ども部屋に顔を出した。

 アイリスは起きていた。
 このところ、身体の不調もないようだ。
 ローサもずっと側に控えているし、メイドたちもちょくちょく巡回して、用心は怠らないことにしている。
「お帰りなさいませ坊ちゃま」

 パウルとパオラと一緒に、ボードゲームをして遊んでいたアイリスが、ローサの声で、エステリオ・アウルに気づいて顔をあげ、満面の笑みを浮かべる。
「おかえりなさい、エステリオ叔父さま」

「ただいま、アイリス」

「おかえり」
「おじ」
 パウルとパオラも、エルレーン公国の言葉を覚えてきた。発するのはたいてい単語だけだが。

 この二人は、ラゼル家を訪れた『歳神』より託された、特別な客人だ。
 滞在している家に幸福をもたらすという、福童子。
 遙か東方の島国『極東』で生まれ、この国ではあまりいない『獣人』で、狐をフカフカフカフカのしっぽと、耳がある。

「きょうは、みんなにお土産があるんだ。お菓子だよ」
 いくつかの、紙包みを差し出す。

「お菓子?」
 首をかしげるアイリス。

「うん。きょうは聖女ルーナリシア様の守護日だからね。学院で、もらったんだ」
 ニコニコしているエステリオ・アウル。

 しかし、『お菓子の包み』の意味に気づいたアイリスは、ショックを受けた。

「えええええ! 今日はバレンタインデー!? いつの間に、二月になってたの!?」
 
「お嬢さま、ばれん? なんとか? ですか」
 ローサはきょとんとしている。
 通常、召使いたちは求められたとき以外、主人の会話に口をはさむなどはしないものである。アイリスの乳母のつてで田舎から出てきて、都会のお屋敷に勤めることが身についていないローサならでは。

「なんでもない。気にしないで、ローサ。それより、こちらの袋はメイドさんたちみんなで食べておくれ。エルナトからことづかったんだ。聖女ルーナリシア様の祝い菓子だ。すまないね、いま、行ってきてくれるかな。アイリスの様子はわたしが見ているから」

「はい、かしこまりました。ありがとうございます坊ちゃま」
 坊っちゃま、とはメイド長エウニーケだけの、エステリオ・アウルへの呼び名だったが、ローサも影響されていたのである。

 渡された祝い菓子を持ってローサが出て行く。
 エステリオ・アウルは、ほっと息をついた。

「そうなんだよね。いつのまにか二月だ。早いものだねえ」

「早いって! 早すぎるわ叔父さま! ことしは手作りのチョコを叔父さまにご用意したかったの!」

 残念なお知らせだ。
 この世界では、比較的裕福であるエルレーン公国首都シ・イル・リリヤにおいても、チョコレート文化はおろか、カカオ豆もまだ珍しく、南の国から薬用としてわずかに輸入されているにとどまる。

 だが、エステリオ・アウルは、それを可愛い姪に告げることはしなかった。

 アイリスが憤慨している。
 いま重要な点は、カカオが入手できるかどうかではないのだ。

「アリスちゃん。ぼくのためにチョコレートを作ってくれるつもりだったんだね!」

 21世紀の日本人だった前世を覚えている二人の間ならではの、日本の懐かしい行事、バレンタインデー。
 思い出したせいでエステリオ・アウルは自分のことを「ぼく」と言っている。ローサがいないのは幸いだった。


「……そうだけど。お、お父さまにも、お母さまにも、贈るつもりだったんだもの。叔父さまだけじゃないんですからねっ」
 まるでツンデレである。

「ありがとう、アイリス」
 心から、エステリオ・アウルは幸せそうに微笑んだ。

 ところで同じ子ども部屋にいるパウルとパオラはといえば。
 エステリオ・アウルが持ち帰った紙包みに、釘付けになっていた。

「パウル、まて、できる!」
「パオラも、まてできる!」

 なのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

唯一平民の悪役令嬢は吸血鬼な従者がお気に入りなのである。

彩世幻夜
ファンタジー
※ 2019年ファンタジー小説大賞 148 位! 読者の皆様、ありがとうございました! 裕福な商家の生まれながら身分は平民の悪役令嬢に転生したアンリが、ユニークスキル「クリエイト」を駆使してシナリオ改変に挑む、恋と冒険から始まる成り上がりの物語。 ※2019年10月23日 完結 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました

烈火物語

うなぎ太郎
ファンタジー
大陸を支配する超大国、シューネスラント王国。 その権力の下で、諸小国は日々抑圧されていた。 一方、王国に挑み、世界を変えんと立ち上がる新興騎馬民族国家、テラロディア諸部族連邦帝国。 激動の時代、二つの強国がついに、直接刃を交えんとしている。 だが、そんな歴史の渦中で―― 知られざる秘密の恋が、静かに、そして激しく繰り広げられていた。 戦争と恋愛。 一見無関係に思える、二つの壮大なテーマが今、交錯する! 戦いと愛に生きる人々の、熱き想いが燃え上がる、大長編ファンタジー小説! ※小説家になろうでも投稿しております。 https://ncode.syosetu.com/n7353kw/

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー

みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。 魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。 人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。 そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。 物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

処理中です...