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災いのラブレター

3 (雑談、帰路にて)

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「ていうかさー、龍泉寺ってなんでわたしのことさん付けなわけ?」

 帰りも遅くなってしまい、鷲崎を家の近くまで送っている途中。
 鷲崎は思い出したかのように、そう切り出した。

「なんでって……まあ、女子だし」
「なにそれ?」
「え?わかんない?なんていうか、女子と話すのって緊張するし間違って傷つけるようなこと言ったら終わりじゃん。だから、なんというかさん付けするようにしてるんだけど」
「あ、ちょっと分かるかも。女の世界って怖いんだよねー。表向きは笑顔で話してても水面下でバチバチしてたりさ。わたしはそういうの嫌いだから、あんまりグループとか属さないようにしてるし」
「グループとかあんの?」
「あるに決まってるじゃーん」

 やっぱりあるのね。
 当然のことのように言う鷲崎を見て、改めて女子の怖さを実感した。
 今までの経験上、男子という生き物はよくつるむ相手こそいれどグループみたいなはっきりとした集団を作らない。パターンとしては男子としての集団に入れる男子と浮いてしまったぼっちの男子のどちらか一方になるだろう。僕はかろうじて……いや、余裕で男子のグループに属している。昔とは違うのだ。
 対して、女子の場合は面倒くさそうだ。グループがいくつも存在し、ビックリするくらいグループどうしで仲が悪い。かといって表向きはそう見えないようにしているのだ。ちょっとした冷戦状態である……僕が女子として生きていたら、空気読めなさすぎて世界大戦が行われていたかもしれない。
 と、僕が女子の怖さに戦慄している間も鷲崎の話は続く。

「しかも恋愛沙汰になるとヤバイんだよねー。互いに牽制するし、裏切りもしょっちゅうだから」
「女子やべえな。やっぱり今後は様付けくらいの方がいいのかしらん」
「いやいや!それはキモいってー。さん付けでも距離感あるくらいだしさー。別に呼び捨てだからって気にする女子はいないと思うけどなー」
「そっか」
「そうそう。別にわたしも呼び捨てで呼んでもらってもかまわないよ?」
「じゃあ……彼方?」
「いや、それはキモいわ」
「おい!」
「普通そこは名字でしょ!」
「わかってるって」
「なんかこう……龍泉寺ってズレてるよね」
「そうか?それを言うなら今の鷲崎もなかなかだと思うぞ……なんていうか……」

 言って、鷲崎の普段の様子を思い出してみる。
 クラスでの鷲崎はもう少し地味というか、もっと御淑やかなイメージだ。女の子らしいという表現がよく似合って読書が好きそう……個人的にはけっこう好きなタイプだと思っていたのだが、先のファミレスでのやり取りで感じたイメージから言うとなんていうか……

「……うん、そだな。なんか鷲崎って男友達っぽい!」
「えー……女の子に向かってそれ言うー?これでも髪型気をつけたり、ファッション誌頑張って読んだりしてるんだよー」
「なんか、そういうところ?」
「はぁ、龍泉寺にも言われるってことは大概なのね……」
「まあ、僕的には女の子女の子した奴より今の鷲崎みたいに砕けたタイプの方が話やすくて気が楽だけどな。プール裏のときとか緊張して話にくかったし、ちょっとズケズケ物言うなぁーとは思うけどこっちの方がいいよ」

 恋愛対象にはなりにくいけど……とは、言わないでおいた。
 少し落ち込んでそうなので、フォローしたのだが、なんで僕は鷲崎のフォローをしているのだろ?
 と、僕が自分の行動に疑問を持っている間に鷲崎は回復したようだった。

「ありがと……でもそれを言うなら龍泉寺もなかなかだよ?」
「なん……だと……?」
「クラスでいるときの龍泉寺って、何て言うの?やれやれだせ……ていう雰囲気とか、斜に構えているって言うか……超面倒くさいやつなんだろうなーて感じだったし……でも普通に話やすいし、わたしは今の龍泉寺の方が好きだよ」

 ちょっと腹黒そうだけど。
 そう小さく呟くと鷲崎は急に駆け出した。

「家もうそこだから!じゃあねーダブルドラゴン!明日からよろしくねー!」

 親愛の意を込めて鷲崎はそう言ったのだろうが、その不名誉なあだ名はさすがに恥ずかしい。
 鷲崎の後ろ姿に向かって叫ぶ。

「その呼び方は止めろ!!まじで!」
「クラスで流行ってるのにー?」

 まじっすか。全然呼ばれたことないから知らないんですけど。
 ていうかそれ、影で言われてるだけじゃない?
 鷲崎の一言に我がクラスの真実が暴かれていく。

「まじ止めろ!あだ名で呼ぶなら他のにしろよー!」

 と、僕に言われて鷲崎は一瞬立ち止まる。
 そして、振り返るとこう叫んだ。

「じゃあ!DDで!」
「え……?」
「またねー!」

 僕の疑問は届かなかったのだろう。
 鷲崎は手を振ると駆け出してしまった。
 その姿はどんどん小さくなって、曲がり角を曲がったところで消えてしまった。

「でぃーでぃー……?どっかで聞いたような……いつだっけ?」

 ま、いっか。
 そう呟いて踵を返す。
 頭の中に浮かんだ疑問は、次の日、赤羽と朝の挨拶をするまで消えなかった。

 

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