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オタクの休日は忙しい
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鷲崎の鷲崎による赤羽のためのヤンデレ事件から数日後。
今日は世に言う土曜日だというのに、僕はというと休日出勤を余儀なくされ鷲崎の家を訪れていた。
理由は簡単。
鷲崎がオタクとして成長するよう手伝うためだ。
先日の件で学んだことだが、鷲崎が一人でオタクの勉強をしてしまうと、どうにも斜め上の方向へぶっ飛んでいくらしい。学ぶジャンルによっては、僕の黒歴史を軽く越える行動をしてきそうだ。真面目すぎるというのも考えものである。一応、彼女なりに一生懸命ヤンデレの萌えというものを考えた結果らしいですよ。あれ。……それにしても、ヤンデレをどう学んだらあんなことになるのやら。
鷲崎のヤンデレ適正に若干の恐怖を覚えながらコーヒーを啜る。
瞬間、コーヒー独特の香りが鼻腔をいっぱいにくすぐった。かつてはこの匂いも苦味も苦手だったが、年をとるとそれはとても味わい深いものになる。
もちろん、インスタントのそれでは少し不足してしまうものも、豆の選別や挽き方までこだわっている逸品だからこそ違いが出てくる。……やっぱりマスターのオリジナルブレンドは違うね!
僕の目の前では十数年来の付き合いになるマスターが、その見た目に似合わないチーズケーキを……
「……さっから黙りこんでどうしたの?」
……と、僕がコーヒーを味わっていると、隣に座る鷲崎が怪訝な顔つきのまま覗きこんできた。
長い黒髪は今日もゆるくウェーブかかっており、傾いた姿勢につられるようにさらりと流れる。服装は中学の頃のだろうか、ズボンには夏の、上には赤い冬の体操服を着ていた。女子力ゼロの格好だが、特筆すべきはずれ落ちそうになっている黒ぶちの大きな眼鏡だ。それだけでこのダサイ服装も萌えに変わる。元眼鏡フェチの僕的にはだけど……。
そんな油断しきった格好の鷲崎や、意外にも動物ものの人形が多いファンシーな部屋のせいもあって、僕の緊張感は半端なかった。……最近は、一位の四条とも少しは話していたから免疫ついたと思ったのになー。鷲崎も三位だし緊張するのもしょうがないのか?などと、相変わらず、クラスの三位と学校の一位は全然違うよね?という、簡単に出てくるはずの答えも出てこない始末だ。
せっかく色々見ないようにしていたというのに、覗きこんでくる鷲崎とレンズ越しに目が合い、現実に引き戻されていく。
「あー!もう!わかんだろー、緊張してんの!それとコーヒーおかわり!」
のけ反りながらそう叫ぶ。
一瞬にして妄想の世界は消し飛んでいった。
鷲崎の部屋の中なのだから、やけにスキンヘッドの似合うマスターなんていないし、オリジナルブレンドももちろんない。チーズケーキはあるんだけどそういう問題ではない。
実際のところコーヒーの味わいなんて緊張で全然わかってないのだが、誤魔化すようにして飲むこともあり本日六杯目を完飲していた。
鷲崎はそんな僕に、どんだけコーヒー好きなのよと、小言を言いながら僕からカップを受けとると、インスタントの粉を注いでいく。何度も僕がおかわりするものだから、大元のビンから給湯器まで全部持ってきており、あっという間に準備が進んでいった。
「ミルクと砂糖は?」
「鷲崎に任せるよ」
さすがにずっとブラックでは口元が苦くてたまらない。
そう意味で鷲崎に頼んだのだが、頼む相手を間違えた。
出来たコーヒーは砂糖とたっぷりのミルクが入っていた。コーヒーが可哀想になるくらいのミルクの量……忘れてたよ。あんた牛乳大好きっ子でしたね。
鷲崎の手元には僕のコーヒーと同じ、白いコーヒー?があった。
「あ、ありがと」
一応、お礼を言い飲んだコーヒーは、案の定、ミルクが強かった。……まあ、口元に残る苦味と合って意外と良かったんだけど。
と、一息ついたところで、鷲崎が思い出したように切り出してきた。
「で?DDはなぜに緊張してるのかなぁー?」
その顔には少し意地の悪い笑みが浮かんでいる。
わかってるくせに。
と内心毒づく。
「ほらほら言ってごらんー?」
「いや、なに……その、女子の部屋なんてそうそう来ないし、なんか思ったより可愛らしい部屋だなーとか、その格好もずるいよなーとか思うとですね」
「は、はあ……部屋の方はまあ、この年にしては子供っぽいていう気はするけど、格好?」
鷲崎は自分の服装を見ると、これが?と目で問うてくる。それが上目遣いになっているとも知らずに。
「キモいって言うなよ」
「え?うん」
鷲崎の曖昧な返事を聞きながら、僕は少しだけ勇気を振り絞る。
「世にはフェチというものが存在してだね」
「うん……あ!もしかして足フェチとかそうい……」
「違うわい!」
「は、はひっ!」
足なんていう、全くもって僕の守備範囲外を言われたので、つい叫んでしまった。フェミニストは似たレベルで好きなものがある割にはそうそう相容れないのだ。……僕は眼鏡!!とせいぜい髪とか匂いフェチくらいなので、足なんかを混ぜないでほしいね!
鷲崎も僕の言動に驚いたのかピクッと、糸でも引かれてるように背筋をのばしていた。
「僕は眼鏡フェチなので……その……あ、言っても元ね!今は全然違うから!」
「いやいやー、そのもう大丈夫みたいな言い方してるけど、DDは結構アウト寄りな気がするよ?」
「僕は健全なレベルだから」
「ほんとにー?」
その一言がいけなかった。ついむきになってしまったのだから。
『拝啓 過去の僕へ。君はここで素直に「やっぱ僕けっこうな眼鏡フェチだな」と鷲崎に言うべきだ!絶対だ!分かったな!! 敬具』
そんな未来からの短い警告に僕が気づくはずもなく、自己の健全を証明すべく口を開いた。
「いいか鷲崎。眼鏡フェチのヤバい奴っていうのは、例えば、フレームのカラーリングだけでその娘の属性を想像できたり、眼鏡を一種の拘束具として見れたりする連中のことであって。鷲崎だったら無難な黒ぶちがいいよなーとか考えたり、いやでもよく考えてみたら攻めた赤も似合うよな?なんてことで三時間は使えるんだよ。僕の場合はそんなこともなくて、せいぜい眼鏡って漢字とひらがなとカタカナの表記があるけど、それぞれ漢字の場合はフォーマルなタイプのことを指してて、ひらがなは可愛い系で、カタカナは絶対シュッとしたやつだよなーて考えてたくらいだし……昔は眼鏡を外す瞬間の女の子が好きだったけど、今はむしろ眼鏡を着けている状態こそが至上じゃないか?っていうことに気づけたくらいなんだよ。あ、あとは普段コンタクトの奴が家ではコンタクトつけるのめんどいから老眼みたいなダサ眼鏡かけてると萌えるよ……ね……とか」
「それは……ちょっと、キモいよ?」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁーーー!!!
やってしまったあああぁぁぁ!!!
若干ーーいや、かなり引いている鷲崎を見て気づいた。
そこまで語れる時点で、充分アウト。
タイムマシンがあるなら過去に戻ってやり直したいくらいだ。
『拝啓 過去の僕へ。君はここで素直に「やっぱ僕けっこうな眼鏡フェチだな」と鷲崎に言うべきだ!絶対だ!分かったな!! 敬具』
無駄かなとは思いつつも過去への手紙を心の中で飛ばす。
くそ、こんなことなら、鷲崎の家ではなく僕の家に集合すべきだった。……ん、ちょっとまてよ。そう言えば、なんで鷲崎は今日の集合場所僕の家でもいいって言ってたんだ。教えてもないのに集合なんて無理じゃあ……?
ふと、浮かびあがった疑問を鷲崎に投げ掛ける。
「そう言えばさ、なんで鷲崎は僕の家を知ってるの?」
教えてないよね?
そう意味を込めて視線を送る。
「えーと……」
「なんで?」
すると、問い詰められた鷲崎は居心地悪そうに目をそらした。
その様子を見るに、鷲崎は正当な方法で僕の家を特定していないことは明らかだった。
「た……たまたま、近くを通りかかってねー」
「ふーん……たまたまねえ?」
「あー、もう!嘘!ウソですー!ヤンデレの練習してるときに興にのっちゃってDDの家までついていきました!」
「……さいですか」
ストーカーの才能も開花してるじゃん。
そう心の中でツッコミをいれるころには、自分がやらかしたことやら鷲崎のストーカーとしての素質を知ったりと、何やらぐちゃぐちゃに混ざってしまい……
緊張感なんてものはとっくの昔にどこかへ飛んでいた。
今日は世に言う土曜日だというのに、僕はというと休日出勤を余儀なくされ鷲崎の家を訪れていた。
理由は簡単。
鷲崎がオタクとして成長するよう手伝うためだ。
先日の件で学んだことだが、鷲崎が一人でオタクの勉強をしてしまうと、どうにも斜め上の方向へぶっ飛んでいくらしい。学ぶジャンルによっては、僕の黒歴史を軽く越える行動をしてきそうだ。真面目すぎるというのも考えものである。一応、彼女なりに一生懸命ヤンデレの萌えというものを考えた結果らしいですよ。あれ。……それにしても、ヤンデレをどう学んだらあんなことになるのやら。
鷲崎のヤンデレ適正に若干の恐怖を覚えながらコーヒーを啜る。
瞬間、コーヒー独特の香りが鼻腔をいっぱいにくすぐった。かつてはこの匂いも苦味も苦手だったが、年をとるとそれはとても味わい深いものになる。
もちろん、インスタントのそれでは少し不足してしまうものも、豆の選別や挽き方までこだわっている逸品だからこそ違いが出てくる。……やっぱりマスターのオリジナルブレンドは違うね!
僕の目の前では十数年来の付き合いになるマスターが、その見た目に似合わないチーズケーキを……
「……さっから黙りこんでどうしたの?」
……と、僕がコーヒーを味わっていると、隣に座る鷲崎が怪訝な顔つきのまま覗きこんできた。
長い黒髪は今日もゆるくウェーブかかっており、傾いた姿勢につられるようにさらりと流れる。服装は中学の頃のだろうか、ズボンには夏の、上には赤い冬の体操服を着ていた。女子力ゼロの格好だが、特筆すべきはずれ落ちそうになっている黒ぶちの大きな眼鏡だ。それだけでこのダサイ服装も萌えに変わる。元眼鏡フェチの僕的にはだけど……。
そんな油断しきった格好の鷲崎や、意外にも動物ものの人形が多いファンシーな部屋のせいもあって、僕の緊張感は半端なかった。……最近は、一位の四条とも少しは話していたから免疫ついたと思ったのになー。鷲崎も三位だし緊張するのもしょうがないのか?などと、相変わらず、クラスの三位と学校の一位は全然違うよね?という、簡単に出てくるはずの答えも出てこない始末だ。
せっかく色々見ないようにしていたというのに、覗きこんでくる鷲崎とレンズ越しに目が合い、現実に引き戻されていく。
「あー!もう!わかんだろー、緊張してんの!それとコーヒーおかわり!」
のけ反りながらそう叫ぶ。
一瞬にして妄想の世界は消し飛んでいった。
鷲崎の部屋の中なのだから、やけにスキンヘッドの似合うマスターなんていないし、オリジナルブレンドももちろんない。チーズケーキはあるんだけどそういう問題ではない。
実際のところコーヒーの味わいなんて緊張で全然わかってないのだが、誤魔化すようにして飲むこともあり本日六杯目を完飲していた。
鷲崎はそんな僕に、どんだけコーヒー好きなのよと、小言を言いながら僕からカップを受けとると、インスタントの粉を注いでいく。何度も僕がおかわりするものだから、大元のビンから給湯器まで全部持ってきており、あっという間に準備が進んでいった。
「ミルクと砂糖は?」
「鷲崎に任せるよ」
さすがにずっとブラックでは口元が苦くてたまらない。
そう意味で鷲崎に頼んだのだが、頼む相手を間違えた。
出来たコーヒーは砂糖とたっぷりのミルクが入っていた。コーヒーが可哀想になるくらいのミルクの量……忘れてたよ。あんた牛乳大好きっ子でしたね。
鷲崎の手元には僕のコーヒーと同じ、白いコーヒー?があった。
「あ、ありがと」
一応、お礼を言い飲んだコーヒーは、案の定、ミルクが強かった。……まあ、口元に残る苦味と合って意外と良かったんだけど。
と、一息ついたところで、鷲崎が思い出したように切り出してきた。
「で?DDはなぜに緊張してるのかなぁー?」
その顔には少し意地の悪い笑みが浮かんでいる。
わかってるくせに。
と内心毒づく。
「ほらほら言ってごらんー?」
「いや、なに……その、女子の部屋なんてそうそう来ないし、なんか思ったより可愛らしい部屋だなーとか、その格好もずるいよなーとか思うとですね」
「は、はあ……部屋の方はまあ、この年にしては子供っぽいていう気はするけど、格好?」
鷲崎は自分の服装を見ると、これが?と目で問うてくる。それが上目遣いになっているとも知らずに。
「キモいって言うなよ」
「え?うん」
鷲崎の曖昧な返事を聞きながら、僕は少しだけ勇気を振り絞る。
「世にはフェチというものが存在してだね」
「うん……あ!もしかして足フェチとかそうい……」
「違うわい!」
「は、はひっ!」
足なんていう、全くもって僕の守備範囲外を言われたので、つい叫んでしまった。フェミニストは似たレベルで好きなものがある割にはそうそう相容れないのだ。……僕は眼鏡!!とせいぜい髪とか匂いフェチくらいなので、足なんかを混ぜないでほしいね!
鷲崎も僕の言動に驚いたのかピクッと、糸でも引かれてるように背筋をのばしていた。
「僕は眼鏡フェチなので……その……あ、言っても元ね!今は全然違うから!」
「いやいやー、そのもう大丈夫みたいな言い方してるけど、DDは結構アウト寄りな気がするよ?」
「僕は健全なレベルだから」
「ほんとにー?」
その一言がいけなかった。ついむきになってしまったのだから。
『拝啓 過去の僕へ。君はここで素直に「やっぱ僕けっこうな眼鏡フェチだな」と鷲崎に言うべきだ!絶対だ!分かったな!! 敬具』
そんな未来からの短い警告に僕が気づくはずもなく、自己の健全を証明すべく口を開いた。
「いいか鷲崎。眼鏡フェチのヤバい奴っていうのは、例えば、フレームのカラーリングだけでその娘の属性を想像できたり、眼鏡を一種の拘束具として見れたりする連中のことであって。鷲崎だったら無難な黒ぶちがいいよなーとか考えたり、いやでもよく考えてみたら攻めた赤も似合うよな?なんてことで三時間は使えるんだよ。僕の場合はそんなこともなくて、せいぜい眼鏡って漢字とひらがなとカタカナの表記があるけど、それぞれ漢字の場合はフォーマルなタイプのことを指してて、ひらがなは可愛い系で、カタカナは絶対シュッとしたやつだよなーて考えてたくらいだし……昔は眼鏡を外す瞬間の女の子が好きだったけど、今はむしろ眼鏡を着けている状態こそが至上じゃないか?っていうことに気づけたくらいなんだよ。あ、あとは普段コンタクトの奴が家ではコンタクトつけるのめんどいから老眼みたいなダサ眼鏡かけてると萌えるよ……ね……とか」
「それは……ちょっと、キモいよ?」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁーーー!!!
やってしまったあああぁぁぁ!!!
若干ーーいや、かなり引いている鷲崎を見て気づいた。
そこまで語れる時点で、充分アウト。
タイムマシンがあるなら過去に戻ってやり直したいくらいだ。
『拝啓 過去の僕へ。君はここで素直に「やっぱ僕けっこうな眼鏡フェチだな」と鷲崎に言うべきだ!絶対だ!分かったな!! 敬具』
無駄かなとは思いつつも過去への手紙を心の中で飛ばす。
くそ、こんなことなら、鷲崎の家ではなく僕の家に集合すべきだった。……ん、ちょっとまてよ。そう言えば、なんで鷲崎は今日の集合場所僕の家でもいいって言ってたんだ。教えてもないのに集合なんて無理じゃあ……?
ふと、浮かびあがった疑問を鷲崎に投げ掛ける。
「そう言えばさ、なんで鷲崎は僕の家を知ってるの?」
教えてないよね?
そう意味を込めて視線を送る。
「えーと……」
「なんで?」
すると、問い詰められた鷲崎は居心地悪そうに目をそらした。
その様子を見るに、鷲崎は正当な方法で僕の家を特定していないことは明らかだった。
「た……たまたま、近くを通りかかってねー」
「ふーん……たまたまねえ?」
「あー、もう!嘘!ウソですー!ヤンデレの練習してるときに興にのっちゃってDDの家までついていきました!」
「……さいですか」
ストーカーの才能も開花してるじゃん。
そう心の中でツッコミをいれるころには、自分がやらかしたことやら鷲崎のストーカーとしての素質を知ったりと、何やらぐちゃぐちゃに混ざってしまい……
緊張感なんてものはとっくの昔にどこかへ飛んでいた。
応援ありがとうございます!
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