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「あのー……一城さん?であってますよね。あの、こんなところで寝てると風邪ひいちゃいますよ」
ゆさゆさと小さなぬくもりが体を揺さぶる。
控えめなそれでいてどこか強い意思を感じる少女の、心地よい鈴の音のような声で、俺の意識は深い眠りから徐々に覚醒していった。
「大丈夫大丈夫、うっ……気持ちわる……」
「大丈夫ですか!?とにかくお水とってきますね!」
慌てたような少女の声の後、バタンと扉を閉める音が鳴る。部屋の外からは少女のものだろうパタパタと何処かへ駆けていく足音が聞こえた。
「助かる……うっ」
言って、鈍い頭痛と強い吐き気に襲われる。
なんとか上半身だけ起こすと、グラグラと視界が揺れていた。
体の節々が痛い。それにさっきまで地面とくっついていた左頬がひどく冷たかった。
働かない頭を無理やり働かせてここまでの経緯を考える。
昨日は大学の入学式だったはずだ。そのあと同じ学課で集まって新歓飲みに行って……と、そこまではよく覚えている。
だが、そこから先が思い出せない。何か恐ろしい経験をした気もするが、記憶がさっぱりだ。せいぜい最初のビールが不味かったくらいしか覚えていない。
「……これが二日酔いってやつか」
一人ごちる。
よくよく考えてみれば、今の状況は噂に聞く二日酔いの症状と被る。頭はズンズン響くように痛いし、吐き気もある。息もアルコール臭かった。
二日酔い。そう自覚すると、喉の奥にアルコールの残滓だろうか、イガイガした嫌な塊が残っているような気がした。
とにかく水が欲しい。
体内のアルコールを薄めたい。
そう思った時だった。
先程の少女のものだろう。タイミングよく、パタパタと駆ける足音が近づいてきた。
「お水ありましたよ!」
そう言って元気に部屋の中に戻ってきた少女は、とても言葉では表せないくらいに可憐で美しい人だった。腰のあたりまで伸びた黒い髪は艶々した光沢を放つ漆黒。雪のように白く透き通った肌は瑞々しく、全体的に色素が薄いせいか白と黒のコントラストが美しい大和撫子といった印象を受ける。
まだアルコールが残っているせいかもしれないが、五百ミリペットボトルのミネラルウォーターを片手に佇む少女の姿が天使か女神のそれにしか見えなかった。
目の前に見たこともないほどの美少女。きっと彼女には芸能人も二次元のキャラクターですら太刀打ちできないかもしれない。そんな美少女がわざわざ二日酔いで死にかけている俺のために水まで持ってきてくれたのだ。で、あれば俺の言うべき最初の言葉は、もう一つしかなかった。
「好きです!俺と付き合ってください!!」
「えっ!?」
思いの丈を伝えた瞬間、彼女の真っ白なパレットに紅い花がぽうっと咲く。それはみるみるうちに広がっていき、気がつけば耳まで真っ赤に染まっていた。
「……あ、あのっ!?わたしたち始めましてですし、そんな急に」
「大丈夫っ!俺、面食いだから!」
「め……それって可愛ければ他はどうでもいいっていう……」
「まあ、割合は人それぞれだと思うけど、俺個人としては見た目百パーだから他のことはどうでもいいかな。ほら、可愛いは……うっ……可愛いは正義って言うし」
「と、とにかく水を飲んでください!話は落ち着いた後でいくらでも聞きますから」
────可愛いは正義。
こんなにも座右の銘を口にするのが苦しいのは初めてだった。苦しいのは精神面ではなく、肉体面だが……。
「えっと、少しは落ち着きましたか?」
水をもらってアルコールを薄めること数分。
水を飲んでいる間に、部屋に散らばっていた俺の荷物……財布、学生証、靴下、全財産二十三円。それらを甲斐甲斐しく全部集め終えると、少女は優しく微笑みながら俺の体調を心配してくれる。未だに地べたに座り込んでいる俺の隣に、服が汚れるのも気にせず座り込む。
ただの酔い潰れ。そんなダメダメ人間に成り下がった俺に水を持ってきてくれるだけでなく、散らばった荷物も集めてくれ、その上、体調の心配もしてくれる美少女。
そんな彼女にかける言葉は一つしかないだろう。
「はい、一目見たときから好きです。付き合って下さい」
「確かに!確かに落ち着いたら話を聞くって言いましたけど、いくらなんでも告白には早すぎです!……それに、わたしたち自己紹介もまだじゃないですか」
先の告白みたく少女は顔を真っ赤に染めていく。それに伴って声も小さくなっていた。
「確かに自己紹介がまだだったか、俺は一城……ってそう言えばなんで俺の名前を?」
「あ、学生証に名前が合ったのでそれで……えっと、ダメでした?」
「うーん、人の秘密を勝手に知るのはどうかなーって」
「秘密って、ただの名前じゃないですか!」
「いやいや、名前だって俺の重要な秘密ですよ?これはフェアじゃないなー。悲しいなー。スリーサイズくらい教えてくれないと割りに合わないなー」
「……そんなぁ」
目の前の少女が本気で困ったように落ち込んでいく。
少しからかうだけのつもりだったのだが、あまりにコロコロと表情が変わるのが面白くて意地悪が過ぎたようだ。
「その……上から……」
「ストップ、ストップ!冗談だから!その情報は魅力的だけど冗談だから言わなくて大丈夫!代わりに君の名前を教えてよ」
「始めからそう言えばいいのに……一城さんは意地悪さんですね」
「あははは……男ってヤツは可愛い子に意地悪したくなるものだから、ごめんね」
「……ましろです」
「え?」
「平仮名でましろ。それがわたしの名前です」
「ましろちゃんかぁ……いい名前だね」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、自己紹介も終わったし、付き合って下さい!」
「……」
沈黙。
それが三度目の告白の返事だった。
最早、俺の告白には答える価値すらないのかましろは、口をぽっかり開けたまま固まっていた。
確かに、自分でもこの短期間に三回も告白するとは思っていなかったが、オッケーを貰っていないのだから仕方ない。世の中には百回も告白に失敗した人がいるとも聞くが、その人はこんな気持ちを百回も感じていたのだろうか……。
と、少し俺が現実逃避をしていると、ましろの開いたままだった口が動いた。
「あ、ごめんなさい。少し驚いてしまって……今日初めて告白されたのに、まさか同じ人から何回も告白されるとは思わなくて」
「普通は諦めるからなあ」
どこか他人事みたく呟く。
すると、俺を見たましろが小さく笑った。
「一城さんってかなり変わってますよね。たぶん、わたしが今の告白を断ってもすぐに告白しちゃうんですよね?」
「うーん……もうしないかも」
「え?」
「冗談。次もするよ」
「よかったです」
「あっ、もしかして今ほっとした?もしかして付き合ってくれるの」
「なんだかもう……付き合っていい気もしてきましたけど……」
「おおおおお!!!」
俺が喜ぶのも束の間。
ましろがピンと立てた指で制止する。
真っ直ぐに伸びた人差し指は俺の唇の前で止まっている。ほんのちょっとでも顔を動かせば触れてしまいそうだ。
「付き合ってもいいですけど、いくつか質問させてください。それ次第で一城さんと付き合うか考えますから」
「うんうん、何でも聞きなさい」
「えっと、では一つ目です。なんでわたしに告白したんですか?可愛い人なんてこの世にたくさんいると思いますけど……」
「ましろちゃんが俺の中で一番可愛かったから」
言った瞬間。ボンッと音をたててもおかしくないくらいにましろは、一気に顔を赤く染めた。
「じゃ、じゃあ次の質問です。わたしより可愛い人が現れたらどうしますか?」
「なるほど……勿体ないけど、ましろちゃんと付き合ってるならどうでもいいかな」
「え、わたしより可愛いんですよ?その人には告白しないんですか」
「いやぁ、信じられないかもしれないけど、俺ってこう見えて一途なんだよね。だから、どれだけ可愛い人が現れようと関係ないっていうか、どうでもいいかな……それと、そもそもましろちゃんより可愛い子って存在しないと思うんだけど」
「……あ、ありがとうございます」
あまり誉めなれていないのか、恥ずかしそうにお礼を言うましろ。
その後も色んな質問がいくつか飛んで来た。
好きな食べ物は何ですかとか。
寂しがり屋でも大丈夫ですかとか。
本当に色んな質問が飛んで来た。
そのたくさんの質問に俺は、真摯に、ときにましろをからかいながら答えた。
「では、これで最後の質問です」
────最後の質問。
そう言った瞬間のましろには、どこか並外れた気合いというか、覚悟のようなものが見えた気がした。
きっと、今からましろの言う質問こそが、ましろが本当に聞きたかった質問なのだろう。
あれだけ真っ赤に染まっていた顔も今は雪のような白に戻っており、その表情は真剣そのものだった。
────他の人には内緒でお願いしますね。
そう前置きして言った最後の質問は、
「わたし……今日死ぬんですけど、それでも付き合ってくれますか?」
およそ常人には理解できそうにもない、ましろの抱える爆弾だった。
タイムリミットまで
残り、47820秒……。
ゆさゆさと小さなぬくもりが体を揺さぶる。
控えめなそれでいてどこか強い意思を感じる少女の、心地よい鈴の音のような声で、俺の意識は深い眠りから徐々に覚醒していった。
「大丈夫大丈夫、うっ……気持ちわる……」
「大丈夫ですか!?とにかくお水とってきますね!」
慌てたような少女の声の後、バタンと扉を閉める音が鳴る。部屋の外からは少女のものだろうパタパタと何処かへ駆けていく足音が聞こえた。
「助かる……うっ」
言って、鈍い頭痛と強い吐き気に襲われる。
なんとか上半身だけ起こすと、グラグラと視界が揺れていた。
体の節々が痛い。それにさっきまで地面とくっついていた左頬がひどく冷たかった。
働かない頭を無理やり働かせてここまでの経緯を考える。
昨日は大学の入学式だったはずだ。そのあと同じ学課で集まって新歓飲みに行って……と、そこまではよく覚えている。
だが、そこから先が思い出せない。何か恐ろしい経験をした気もするが、記憶がさっぱりだ。せいぜい最初のビールが不味かったくらいしか覚えていない。
「……これが二日酔いってやつか」
一人ごちる。
よくよく考えてみれば、今の状況は噂に聞く二日酔いの症状と被る。頭はズンズン響くように痛いし、吐き気もある。息もアルコール臭かった。
二日酔い。そう自覚すると、喉の奥にアルコールの残滓だろうか、イガイガした嫌な塊が残っているような気がした。
とにかく水が欲しい。
体内のアルコールを薄めたい。
そう思った時だった。
先程の少女のものだろう。タイミングよく、パタパタと駆ける足音が近づいてきた。
「お水ありましたよ!」
そう言って元気に部屋の中に戻ってきた少女は、とても言葉では表せないくらいに可憐で美しい人だった。腰のあたりまで伸びた黒い髪は艶々した光沢を放つ漆黒。雪のように白く透き通った肌は瑞々しく、全体的に色素が薄いせいか白と黒のコントラストが美しい大和撫子といった印象を受ける。
まだアルコールが残っているせいかもしれないが、五百ミリペットボトルのミネラルウォーターを片手に佇む少女の姿が天使か女神のそれにしか見えなかった。
目の前に見たこともないほどの美少女。きっと彼女には芸能人も二次元のキャラクターですら太刀打ちできないかもしれない。そんな美少女がわざわざ二日酔いで死にかけている俺のために水まで持ってきてくれたのだ。で、あれば俺の言うべき最初の言葉は、もう一つしかなかった。
「好きです!俺と付き合ってください!!」
「えっ!?」
思いの丈を伝えた瞬間、彼女の真っ白なパレットに紅い花がぽうっと咲く。それはみるみるうちに広がっていき、気がつけば耳まで真っ赤に染まっていた。
「……あ、あのっ!?わたしたち始めましてですし、そんな急に」
「大丈夫っ!俺、面食いだから!」
「め……それって可愛ければ他はどうでもいいっていう……」
「まあ、割合は人それぞれだと思うけど、俺個人としては見た目百パーだから他のことはどうでもいいかな。ほら、可愛いは……うっ……可愛いは正義って言うし」
「と、とにかく水を飲んでください!話は落ち着いた後でいくらでも聞きますから」
────可愛いは正義。
こんなにも座右の銘を口にするのが苦しいのは初めてだった。苦しいのは精神面ではなく、肉体面だが……。
「えっと、少しは落ち着きましたか?」
水をもらってアルコールを薄めること数分。
水を飲んでいる間に、部屋に散らばっていた俺の荷物……財布、学生証、靴下、全財産二十三円。それらを甲斐甲斐しく全部集め終えると、少女は優しく微笑みながら俺の体調を心配してくれる。未だに地べたに座り込んでいる俺の隣に、服が汚れるのも気にせず座り込む。
ただの酔い潰れ。そんなダメダメ人間に成り下がった俺に水を持ってきてくれるだけでなく、散らばった荷物も集めてくれ、その上、体調の心配もしてくれる美少女。
そんな彼女にかける言葉は一つしかないだろう。
「はい、一目見たときから好きです。付き合って下さい」
「確かに!確かに落ち着いたら話を聞くって言いましたけど、いくらなんでも告白には早すぎです!……それに、わたしたち自己紹介もまだじゃないですか」
先の告白みたく少女は顔を真っ赤に染めていく。それに伴って声も小さくなっていた。
「確かに自己紹介がまだだったか、俺は一城……ってそう言えばなんで俺の名前を?」
「あ、学生証に名前が合ったのでそれで……えっと、ダメでした?」
「うーん、人の秘密を勝手に知るのはどうかなーって」
「秘密って、ただの名前じゃないですか!」
「いやいや、名前だって俺の重要な秘密ですよ?これはフェアじゃないなー。悲しいなー。スリーサイズくらい教えてくれないと割りに合わないなー」
「……そんなぁ」
目の前の少女が本気で困ったように落ち込んでいく。
少しからかうだけのつもりだったのだが、あまりにコロコロと表情が変わるのが面白くて意地悪が過ぎたようだ。
「その……上から……」
「ストップ、ストップ!冗談だから!その情報は魅力的だけど冗談だから言わなくて大丈夫!代わりに君の名前を教えてよ」
「始めからそう言えばいいのに……一城さんは意地悪さんですね」
「あははは……男ってヤツは可愛い子に意地悪したくなるものだから、ごめんね」
「……ましろです」
「え?」
「平仮名でましろ。それがわたしの名前です」
「ましろちゃんかぁ……いい名前だね」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、自己紹介も終わったし、付き合って下さい!」
「……」
沈黙。
それが三度目の告白の返事だった。
最早、俺の告白には答える価値すらないのかましろは、口をぽっかり開けたまま固まっていた。
確かに、自分でもこの短期間に三回も告白するとは思っていなかったが、オッケーを貰っていないのだから仕方ない。世の中には百回も告白に失敗した人がいるとも聞くが、その人はこんな気持ちを百回も感じていたのだろうか……。
と、少し俺が現実逃避をしていると、ましろの開いたままだった口が動いた。
「あ、ごめんなさい。少し驚いてしまって……今日初めて告白されたのに、まさか同じ人から何回も告白されるとは思わなくて」
「普通は諦めるからなあ」
どこか他人事みたく呟く。
すると、俺を見たましろが小さく笑った。
「一城さんってかなり変わってますよね。たぶん、わたしが今の告白を断ってもすぐに告白しちゃうんですよね?」
「うーん……もうしないかも」
「え?」
「冗談。次もするよ」
「よかったです」
「あっ、もしかして今ほっとした?もしかして付き合ってくれるの」
「なんだかもう……付き合っていい気もしてきましたけど……」
「おおおおお!!!」
俺が喜ぶのも束の間。
ましろがピンと立てた指で制止する。
真っ直ぐに伸びた人差し指は俺の唇の前で止まっている。ほんのちょっとでも顔を動かせば触れてしまいそうだ。
「付き合ってもいいですけど、いくつか質問させてください。それ次第で一城さんと付き合うか考えますから」
「うんうん、何でも聞きなさい」
「えっと、では一つ目です。なんでわたしに告白したんですか?可愛い人なんてこの世にたくさんいると思いますけど……」
「ましろちゃんが俺の中で一番可愛かったから」
言った瞬間。ボンッと音をたててもおかしくないくらいにましろは、一気に顔を赤く染めた。
「じゃ、じゃあ次の質問です。わたしより可愛い人が現れたらどうしますか?」
「なるほど……勿体ないけど、ましろちゃんと付き合ってるならどうでもいいかな」
「え、わたしより可愛いんですよ?その人には告白しないんですか」
「いやぁ、信じられないかもしれないけど、俺ってこう見えて一途なんだよね。だから、どれだけ可愛い人が現れようと関係ないっていうか、どうでもいいかな……それと、そもそもましろちゃんより可愛い子って存在しないと思うんだけど」
「……あ、ありがとうございます」
あまり誉めなれていないのか、恥ずかしそうにお礼を言うましろ。
その後も色んな質問がいくつか飛んで来た。
好きな食べ物は何ですかとか。
寂しがり屋でも大丈夫ですかとか。
本当に色んな質問が飛んで来た。
そのたくさんの質問に俺は、真摯に、ときにましろをからかいながら答えた。
「では、これで最後の質問です」
────最後の質問。
そう言った瞬間のましろには、どこか並外れた気合いというか、覚悟のようなものが見えた気がした。
きっと、今からましろの言う質問こそが、ましろが本当に聞きたかった質問なのだろう。
あれだけ真っ赤に染まっていた顔も今は雪のような白に戻っており、その表情は真剣そのものだった。
────他の人には内緒でお願いしますね。
そう前置きして言った最後の質問は、
「わたし……今日死ぬんですけど、それでも付き合ってくれますか?」
およそ常人には理解できそうにもない、ましろの抱える爆弾だった。
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