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五月七日 外

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番外編

未来彼女 後日談

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 私、一城マコの十数年はとても充実した人生だった。
 私は当時大学院に通っていたパパとママの元に産まれた。
 私自身あまり覚えていないが、子供の頃のママは記憶の関係で私のことを少しでも忘れないように必死だったのだという。よく本を読む人。それが昔のママのイメージだ。
 それから暫くして、私が中学に入学したころだろうか。そのときが一番色んなことが起きた。まずは、ママが普通の人みたく生活できるようになったのだ。それまでも少しずつ良くなっていたらしいのだが、長沢先生とパパの研究が上手くいって、記憶が消えてしまうなんてことは無くなった。
 私はそれだけで満足だった。
 別に私にとってのママは記憶が消えてしまうから大変……なんてイメージのない普通の……いや、友達から羨まれるような美人のお母さんというイメージしかない。
 だから、ママが良くなったと言われてもそこまで感じるものは特にはなかった。
 だけど、パパは少し違ったみたいだ。ママのことをずっと見てきたあの人はママを幸せにするために大きなドッキリを仕掛けていた。
 それはタイムマシン?を作ってママに過去の体験を……過去の記憶を取り戻させようとすることだった。
 だけど、あまり上手くはいかなかったみたいで帰りの遅い日も続いた。
 それまでも帰って来られないことは多かったパパだけど、ママも良くなったのに帰ってこないパパに当時の私はものすごい怒っていた。タイムマシンなんて私にとってどうでもいいのだから。
 まあ、当時の私はパパの小さな嘘に気づけなかったのだから勘違いするのも仕方がない。

 ある日のことだ。その日は久しぶりに家族みんなでピクニックに出かけていた。パパは前日の夜遅くに帰ってきてたせいで朝寝坊をしていた。私はそんなパパに怒っていて、少し距離を取っていた。それが幸いしたのか災いしたのか……今でもそれはよくわからないが、その日の帰り道で私たちは交通事故に遭った。私とママが信号待ちしているところに車が突っ込んで来たのだから避けようがない、私たちからしたらどうしようもない事故だったのだが、少し離れたところにいたパパはいち早く私とママの危険を察知し、二人を助けることができたのだ。私たちと入れ替わるように飛び込むことによって。もしものこと……を考えると可能性にきりがない嫌な事故だった。
 そして、その事故によってパパは意識が未だに戻っていない。
 ただ、私の知らなかった真実がいくつかあった。
 まず一つ、何故パパは家に帰るのが遅かったのか。実は、パパは研究の途中で病を患っていたのだ。おそらくは根を詰めて頑張りすぎたのだろう。ただ、別に急ぐ必要はなかったらしく、パパにとってのキリがいい段階、つまりはママが良くなるまでは本格的な治療をしなかったらしい。だから、パパが帰るのが遅かったのは別にタイムマシンなんてものを作る為ではなく、自分の治療のために病院にいっていたからだ。ママだけじゃない、自分もいい状態になろうと……じゃないとママが心配するから、頑張っていたのだ。そうとも知らずに私はあの人に対して怒っていた。ママのことを考えろと。パパの小さな嘘に気づけずに怒っていた。
 もう一つは、何でパパはタイムマシンを作ろうとしていたのか。その意味を本当の意味で理解していなかった。ママの記憶を取り戻す。その意味を本当の意味で理解できていなかった。ママの記憶を取り戻すのは昔パパが約束した過去のママを救うことだ。本を読むことでかなりそれはできていたが、本から学ぶのと実際に経験するのでは情報量がちがう。だから、パパは今いるママだけでなく死んでいった、消えてしまったママたちも助けようとしていたのだ。

 真実を知ってからの私は、何かが変わってしまっていた。どこに向けていいのか分からない感情だけがこの胸に残っていた。
 だからだろうか、あの日からずっと私はあの人に「おかえりなさい」を言えずにいた。
 けれど、それはあくまで今までの話、あれから少し未来では少し違ったものになっていた。




 タイムスリップ?から帰って来て数日。
 その間に色々なことが起きた。
 
「いいなー!あたしもイケメンのパパに会いたいー!」
「じゃあ、会いに行ったら?」
「だってタイムマシンとか持ってないしー!ていうか、本当にこれタイムマシンなの?」

 奈々の手には充電器ほどの大きさの「タイムマシン」が乗せられている。ただ、充電がないのかあれからは一度も起動していない。電源がどこかも分からなければ充電方法もわからないので、今のところ使いようがない。

「どうなんだろ……けど色々と不思議じゃない?」
「うんうん、パパもまだタイムマシンなんて完成してないって言ってるし、でもそのラベルの字は間違いなくあたしの文字みたいだし、しかもあたしそんなの書いた覚えがないんだよねー」
「もっと未来から送られてきたとか?」
「まぁー使えないならどうでもいいけどねー。あぁーもうっ、気になるなー!イケメンのパパー」

 と、奈々の興味はタイムマシンなんかではなく、自身の父親のイケメン具合である。さすがは面食いを自称していただけはあるなあと、少しだけ私が感心していると何か思い付いたのか、奈々の顔にはほの暗い笑みが浮かび上がっていた。

「過去に行けないなら、今のパパにイケメンになってもらえばいいんだよ……」
「そ、そうだね」

 どうやら、長沢先生があのコーラ生活を止めるときが来たようだ。その原因が彼女ではなくて娘だったとは流石の長沢先生も気づけなかっただろう。
  
「……それで?なんでマコはそんなスポーツ感丸出しなカッコなの?」
「朝練したから」
「ほほうー、マコが朝練とは……どれどれ?熱はないね」
「ないから……それと暑いから、そんなに引っ付くな!」
「えぇー!マコのいけず」
「そういえばさ……」
「うん、なになに?」
「駆に告られた」
「げふっ!?なんですとぉー!?」
「そんなにビックリしないでよ、私まで変な目で見られるから」 
「いやいや!マコにもついに春が訪れたんだねー、お姉さん感激だよー!そういえば呼び方も三島くんから変わってるしね?」
「う、……まあ別に……二人の時とかは前からそう呼んでたし」

 言ってて、自分でもどんどん顔が赤くなっていくのが分かる。頬は熱っぽいし、やっぱり奈々に言うのは止めとくべきだったかもしれない。

「で!?でっ!?付き合うの?」
「近い近い!その……一応……オーケイはしてもいいかなーって……あ、でもでも!今度の大会で私よりもいい結果出したらっていう条件つき」
「ははーん、それでマコは朝練……と……なかなかえげつないですなー」
「べ、別にいいじゃん。これくらい乗り越えてもらわないと困るし」
「うんうん、やっぱりマコは可愛いのー」
「だから近いってばー!」

 隙を見て抱きついてくる奈々をかわしながら、ふと窓の外を見てみる。
 私は先に終わらせたけど、やはりというか駆はまだトラックを走っていた。ここからは遠くて顔までは見えないが、きっと、いつもの真面目で緊張感を持った顔をしているに違いない。ほんの少し満足気な笑みを浮かべて。……星空の下で見たあの人のような顔を。

 少し先のことを言っておくと、とんでもない力を大会で発揮した駆と私が付き合い始めるのは案外すぐだったりするのだが、それはまた別の話。




「マコがお見舞いに来てくれるなんて、パパも喜ぶわよ」
「まあ、たまには」

 放課後、病院に行く途中でママとばったりエンカウントしていたこともあり、二人で見舞いに行くことになった。
 私は過去でパパにすべてを伝えられなかった。事故を予め防ぐことはできなかった。それは、未来を変えられないと分かっていたので、受け入れられているつもりだ。それでもあの人なら……とどこかで期待している自分がいたのも本当だ。
 しばらく、今晩の献立など他愛のない話をしながら病室へと向かった。
 そのときからだろうか、妙な胸騒ぎがしたのは。  

「ママどうしたの?」

 病室について早々、扉を開けたママが体を震わして固まっていた。その視線の先にはパパの眠る寝具があるはずだ。
 ……まさかっ!?
 瞬間、強い鼓動が脈を打つ。
 さっきよりも強くなる胸騒ぎを押さえながら、病室に入る。
 すると、そこには病室から窓の外を眺める男の人の姿があった。
 数日ぶり……実際にはもっと空いているが再開を果たした人物だ。
 
「あ……」

 その人は私とママの姿に気がつき、こちらを向く。
 何かを言おうとしているが、口が上手く回らないのか言葉になっていなかった。
 それでもなんとなく私たちには彼が何を言おうとしているのか伝わっていた。
 だから、本当だったら色々と言いたいことが山ほどあるけど、まずは、この一言が一番だ。
 溢れる涙をこらえながら言葉をふり絞る。

「おかえりなさい!」

 
 
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