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好きから好きへ
走れ
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「くそ……ぜんっぜん見つからねぇ。夕のやつどこに行ったんだよ」
天使と別れた後、俺は夕を探しに家を出たのだがなかなか見つけられずにいた。夕の荷物は俺の家に置いているがたぶん入れ違いにはなっていないだろう。
過去にケンカしたときも夕は荷物を部屋に置きっぱなしだったが、取りに戻ったりはしていない。確か、ケンカのことで頭がいっぱいだったとかで荷物のことをすっかり忘れていたのだ。今回も荷物のことなんて頭の外にあるのだろう。
「まあ……学校にはいないか」
教室に来てみたが、夕の姿は無かった。
いくつか心当たりはあるが……
「まだ夕とは行ってないんだよな……」
その場所で思い出を作るのはまだ先のことである。
そうなると、俺の心当たりもあまり当てにはならない。
「とにかく探すしかないか」
思い付く限りの場所に行く。
今はそれしか手がなかった。
「公園にもいないか」
学校近くの公園。
そこにも夕はいなかった。
初めてのデートで来た公園だが……
「次だ」
さらに別の場所へと走る。
「ここもダメか」
古い駄菓子屋さん。
そこにも夕の姿はなかった。
ここは夕が落ち込んだときによく来ていたのだが……
「……く、次だ」
記憶を探り、次の場所へと目指す。
「はぁはぁ……ここもか」
小さな神社。
夕はいなかった。
ここは前にケンカしたときに夕がいた場所なのだが……
「あぁ……どれもだめだ。今の夕は全部知らない……まだ思い出にすらなってない」
記憶をたどれば色んな思い出が甦る。
過去ならばそのどれかに夕がいるのだろう。けれど、今の夕とは思い出を作れていない。
今の夕がいそうな場所が思い付かない。
「俺って夕のこと全然知らないんだな……」
考えれば考えるほど、俺は夕のことを知らない気がした。
正確に言うならば俺と出会う前の夕のことを。
俺の知っている夕はどれも過去の夕で、もっと未来の夕だ。俺と一緒に過ごしてきた夕だ。
その夕のことならよく知っている。
おしゃべりで、元気で、なんにでも一生懸命で、笑顔がかわいくて、でもときどき悲しそうで、本当はすごく辛いのにそんなことを俺に感じさせないようにしていて……
同じ夕なのに、今の夕は俺が知っていることを知らなくて、俺の知らない夕がときどき出てくる。
それはきっと、俺が過去とはちがうからだろう。
だから、夕も過去とは少し違っている。
最初はその違いに戸惑って……いや、きっと今もその違いを受け入れられていない。
だから俺は過去の思い出ばかり考えてしまう。
だから、俺は今の夕のことを……
「一つだけあった。夕との思い出……」
分岐点で作った思い出。今さらながら一つ思い出した。
本来なら一番に思い付かなくてはならないことを……。
スマホを操作して地図を開く。
「遠いな……夕のやつ財布も持ってないだろうし、ここまで歩くとも……いや、こっちなら歩いてでもいけるか?」
知らない場所だが……ここの場所に夕がいる。
俺は確信を持ってそこに向かうことにした。
夕暮れ時。
何度も走って、スタミナが切れたら少し歩いて、スタミナが戻ったらまた走って……その繰り返しをしながらなんとか目的地の近くにたどり着いた。
その証拠に風にのった潮の香りが鼻腔をくすぐる。
鉛のように重たい足を進めると、夕陽で赤く染まった海が見えてきた。
シーズン前の海は静かで、いつもとは違う雰囲気を漂わせていた。
「ここにもいないのか……」
諦めかけたそのとき。
砂浜と海の間。
波打ち際に小さな影が見えた。
砂浜に入り、近づくにつれてその小さな影は見知ったシルエットへと変わっていく。
「……夕!」
小さな影に向かってその名を呼ぶ。
すると、びくりと肩を震わせたかと思うと俺の方を振り返った。
「優くん……どうしてここが」
「全然分からなかったよ。ったく、ここの海なんて初めて来たよ」
「あはは……なんかね。もう一度海に行きたくなって」
「それでここの海かよ」
「うん。ここの海が一番近かったみたいだから」
「そうか」
俺はまだ乾いている砂浜の上に座った。
波が足元までやってきては引き下がっていく。
俺が座るのを見ると、夕もちょこんと隣に座った。
俺と夕の間には人一人分入れるくらいの隙間があったが……
「夕……俺は」
「うん……ちょっと待って。まだ心の準備が」
「分かった」
それからしばらく沈黙が流れた。
俺はできるだけ何も考えずに、波を眺めていた。
「いいよ。話しても……」
「もしかしたら俺が言ってることはわかないかもだけどさ……少しだけ聞いてほしい」
「うん」
「俺は……」
それから少しだけ、俺は昔話をした。
夕と出会う前の自分の話を。
夕と出会えて楽しかったことを。
そして、もう一つ言わなければならないことがある。
「俺は、これから先も夕と一緒にいたい。だから……俺と付き合ってくれ」
夕からの返事はなかなか帰ってこない。
もしかしたら困惑しているのかもしれないし、さっきは断ったくせにと怒っているのかもしれない。
夕が何を思っているのかは分からないが、俺は夕の返事をそのまま待つことにした。
何度も波が足元にやってきては引き下がっていく。
遠くで赤く輝いている太陽も半分ほど沈んでしまっていた。
「……いいの?」
「うん」
「本当に私でいいの?」
「ああ、夕がいい」
「その……私は病気だし」
伏し目がちにそう言う夕の姿はとても弱々しかった。
こんな姿初めて見た。
夕は寿命が迫っていたあのクリスマスでもこんな風に弱気なことなんて言わなかったのに……
「確かに、病気のことは怖い。たぶん俺はそのことから逃げていたんだ。だから、さっきはあんなことをいってしまったんだと思う。……けど、もう逃げないから」
「優くん私は……」
「……」
「私は怖いよ」
夕の言葉に返す言葉は思い付かなかった。
迫り来る死の恐怖は、とてつもないものだろう。俺の想像できないほどに……。
一度夕を失っているから分かる。
その恐怖はどんな言葉をかけたところで救うことはできない。
けれど、何もしないのは嫌だった。
だから、俺は震える夕の体を抱き寄せるようにして抱きしめた。
「優くん」
「夕は頑張ってる。だから、たまには泣いたっていいんだよ。俺の前では強がらなくていいから、好きなだけ泣いていいから」
「……優くん」
「夕は頑張ったよ。本当に頑張った」
この言葉は過去には言えなかったことだ。
夕が俺の前で弱いところを見せなかったのは、強がっていたからだ。最後の最後まで頑張り続けていたから。だから、俺の前でも弱音をはかなかったし泣くこともなかった。
けれど、言ってあげるべきだったんだ。
頑張ったって……
泣いてもいいんだって……
じゃないと、本当の意味で一緒にいるなんてできない。
「優くん……ゆうく、うわああぁぁぁーーー!!」
その日、夕は初めて俺の前で泣いた。
天使と別れた後、俺は夕を探しに家を出たのだがなかなか見つけられずにいた。夕の荷物は俺の家に置いているがたぶん入れ違いにはなっていないだろう。
過去にケンカしたときも夕は荷物を部屋に置きっぱなしだったが、取りに戻ったりはしていない。確か、ケンカのことで頭がいっぱいだったとかで荷物のことをすっかり忘れていたのだ。今回も荷物のことなんて頭の外にあるのだろう。
「まあ……学校にはいないか」
教室に来てみたが、夕の姿は無かった。
いくつか心当たりはあるが……
「まだ夕とは行ってないんだよな……」
その場所で思い出を作るのはまだ先のことである。
そうなると、俺の心当たりもあまり当てにはならない。
「とにかく探すしかないか」
思い付く限りの場所に行く。
今はそれしか手がなかった。
「公園にもいないか」
学校近くの公園。
そこにも夕はいなかった。
初めてのデートで来た公園だが……
「次だ」
さらに別の場所へと走る。
「ここもダメか」
古い駄菓子屋さん。
そこにも夕の姿はなかった。
ここは夕が落ち込んだときによく来ていたのだが……
「……く、次だ」
記憶を探り、次の場所へと目指す。
「はぁはぁ……ここもか」
小さな神社。
夕はいなかった。
ここは前にケンカしたときに夕がいた場所なのだが……
「あぁ……どれもだめだ。今の夕は全部知らない……まだ思い出にすらなってない」
記憶をたどれば色んな思い出が甦る。
過去ならばそのどれかに夕がいるのだろう。けれど、今の夕とは思い出を作れていない。
今の夕がいそうな場所が思い付かない。
「俺って夕のこと全然知らないんだな……」
考えれば考えるほど、俺は夕のことを知らない気がした。
正確に言うならば俺と出会う前の夕のことを。
俺の知っている夕はどれも過去の夕で、もっと未来の夕だ。俺と一緒に過ごしてきた夕だ。
その夕のことならよく知っている。
おしゃべりで、元気で、なんにでも一生懸命で、笑顔がかわいくて、でもときどき悲しそうで、本当はすごく辛いのにそんなことを俺に感じさせないようにしていて……
同じ夕なのに、今の夕は俺が知っていることを知らなくて、俺の知らない夕がときどき出てくる。
それはきっと、俺が過去とはちがうからだろう。
だから、夕も過去とは少し違っている。
最初はその違いに戸惑って……いや、きっと今もその違いを受け入れられていない。
だから俺は過去の思い出ばかり考えてしまう。
だから、俺は今の夕のことを……
「一つだけあった。夕との思い出……」
分岐点で作った思い出。今さらながら一つ思い出した。
本来なら一番に思い付かなくてはならないことを……。
スマホを操作して地図を開く。
「遠いな……夕のやつ財布も持ってないだろうし、ここまで歩くとも……いや、こっちなら歩いてでもいけるか?」
知らない場所だが……ここの場所に夕がいる。
俺は確信を持ってそこに向かうことにした。
夕暮れ時。
何度も走って、スタミナが切れたら少し歩いて、スタミナが戻ったらまた走って……その繰り返しをしながらなんとか目的地の近くにたどり着いた。
その証拠に風にのった潮の香りが鼻腔をくすぐる。
鉛のように重たい足を進めると、夕陽で赤く染まった海が見えてきた。
シーズン前の海は静かで、いつもとは違う雰囲気を漂わせていた。
「ここにもいないのか……」
諦めかけたそのとき。
砂浜と海の間。
波打ち際に小さな影が見えた。
砂浜に入り、近づくにつれてその小さな影は見知ったシルエットへと変わっていく。
「……夕!」
小さな影に向かってその名を呼ぶ。
すると、びくりと肩を震わせたかと思うと俺の方を振り返った。
「優くん……どうしてここが」
「全然分からなかったよ。ったく、ここの海なんて初めて来たよ」
「あはは……なんかね。もう一度海に行きたくなって」
「それでここの海かよ」
「うん。ここの海が一番近かったみたいだから」
「そうか」
俺はまだ乾いている砂浜の上に座った。
波が足元までやってきては引き下がっていく。
俺が座るのを見ると、夕もちょこんと隣に座った。
俺と夕の間には人一人分入れるくらいの隙間があったが……
「夕……俺は」
「うん……ちょっと待って。まだ心の準備が」
「分かった」
それからしばらく沈黙が流れた。
俺はできるだけ何も考えずに、波を眺めていた。
「いいよ。話しても……」
「もしかしたら俺が言ってることはわかないかもだけどさ……少しだけ聞いてほしい」
「うん」
「俺は……」
それから少しだけ、俺は昔話をした。
夕と出会う前の自分の話を。
夕と出会えて楽しかったことを。
そして、もう一つ言わなければならないことがある。
「俺は、これから先も夕と一緒にいたい。だから……俺と付き合ってくれ」
夕からの返事はなかなか帰ってこない。
もしかしたら困惑しているのかもしれないし、さっきは断ったくせにと怒っているのかもしれない。
夕が何を思っているのかは分からないが、俺は夕の返事をそのまま待つことにした。
何度も波が足元にやってきては引き下がっていく。
遠くで赤く輝いている太陽も半分ほど沈んでしまっていた。
「……いいの?」
「うん」
「本当に私でいいの?」
「ああ、夕がいい」
「その……私は病気だし」
伏し目がちにそう言う夕の姿はとても弱々しかった。
こんな姿初めて見た。
夕は寿命が迫っていたあのクリスマスでもこんな風に弱気なことなんて言わなかったのに……
「確かに、病気のことは怖い。たぶん俺はそのことから逃げていたんだ。だから、さっきはあんなことをいってしまったんだと思う。……けど、もう逃げないから」
「優くん私は……」
「……」
「私は怖いよ」
夕の言葉に返す言葉は思い付かなかった。
迫り来る死の恐怖は、とてつもないものだろう。俺の想像できないほどに……。
一度夕を失っているから分かる。
その恐怖はどんな言葉をかけたところで救うことはできない。
けれど、何もしないのは嫌だった。
だから、俺は震える夕の体を抱き寄せるようにして抱きしめた。
「優くん」
「夕は頑張ってる。だから、たまには泣いたっていいんだよ。俺の前では強がらなくていいから、好きなだけ泣いていいから」
「……優くん」
「夕は頑張ったよ。本当に頑張った」
この言葉は過去には言えなかったことだ。
夕が俺の前で弱いところを見せなかったのは、強がっていたからだ。最後の最後まで頑張り続けていたから。だから、俺の前でも弱音をはかなかったし泣くこともなかった。
けれど、言ってあげるべきだったんだ。
頑張ったって……
泣いてもいいんだって……
じゃないと、本当の意味で一緒にいるなんてできない。
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その日、夕は初めて俺の前で泣いた。
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