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勾玉荘の日常(番外編)
酒の無い夜
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食堂の壁に掛けられた時計は既に、10時を回っていた。ハン達が食堂を出て行ってから、結構な時間が経つが、まだ『ニキ』達は帰って来ない。
「今日はいつもより遅いんだな……」
会社勤めなどした事はないが、(というか、そもそも働いた事が無いが)毎日こんな時間まで仕事なんて、俺には出来ないと思う。
(心の中では頭下がりっぱなしだよ)
それをあえて口に出さないのが、俺。城島秋人=「ジョー」だ。
水のツマミに、カティが作ってくれた野菜の漬物を齧る。これは、カティが俺の為にわざわざ作ってくれた漬物で、様々な種類の野菜が塩で漬けられていて、とても美味い。
毎晩欠かさず食べてますよ。はい。これを食べ始めてから、病気になりにくくなりましたね。野菜の力、恐るべしです(個人の感想です)
と……。暇だな。広い食堂の数あるテーブルの一つにポツリと座っている俺。俺の他には厨房にいる二人しかおらず、カチャカチャと食器を洗う音が静かな食堂に響いた。
よく意外だね!と言われるのだが、俺は結構なさびしがりやだ。自覚できているのだから、確定だろう。
こんな風に、静かな空間に一人で居る事が苦痛で、その場から逃げ出したい衝動に駆られる。酒を飲むのは、酔うことによって衝動を抑え込むためだった。じゃなきゃ、独りきりの部屋になんて戻れない。
この事は、勾玉荘の誰にも言ってない。
自ら弱みを見せる必要なんて無いし、見せることによって憐れみの眼を向けられる事が嫌だった。
まあ、昔から一緒に居る事の多かったハンには、見透かされているのだろうが。
ハンは、昔から感が鋭かった。俺がどんな隠し事をしていても、たちまち暴かれてしまって、一時期うっとおしく思っていた頃もあった。
『ジョー?私が今日食べる為に残してたお菓子、食べたでしょ?』
『はぁ?なんで俺がお前のお菓子を食うんだよ?証拠でもあるのか?』
『ジョー、最近ご飯お代りすること多くなったでしょ?もう中学生だから成長期なんだろうね。それで、ちょっと小腹が空いて私のお菓子を食べてしまった……。当たり?』
『くっ………。ご名答。申し訳ございませんでした』
『別に気にしてない。お義母さんに、ジョーのご飯もっと増やしてもらうように頼んでくる』
『いや、待てよ!そんな事する必要無いって!』
『ジョーが良くても、私がよくない。またお菓子食べられたら、困るし』
ハンのニタリとした笑顔を思い出した。当時は嘘をついた事がバレて、恥ずかしさと憎たらしさで頭が一杯だったのだが、感情の起伏が穏やかなあいつが口角を上げて笑う姿は、今では愛おしさすら感じるものとなっていた。
うん……?語弊を招きそうだが、まぁ良いか。
そういえば、あいつは俺がどんな事をしても、決して怒鳴ったりはしなかった。そもそも、あいつが感情的になった所を見たことが無い。
ハンも人間である以上、生まれながらにして感情を持ち合わせている。はずだ。なのに、アイツは滅多にそれを面に出さない。ちょくちょく舌打ちはするけれど、それは癖のようなものだろう。
特にアイツは、人前で泣いたりしなかった。俺ですら、アイツが泣いている所を見たのは一回だけだし、俺も泣いていたからあまり覚えていない。
「もっと俺に頼って良いんだぞ………」
ボソリと呟く。それは、ハンに向けて言うべき言葉なのに。
それを面と向かって言えないのが、俺。
城島秋人なんだ。
「あ…ジョーさん?ニキさん達、今日はお取引先のおえらいさんと飲んでくるみたいで、帰り遅くなるって、さっき電話で言ってましたよ?」
突然、厨房のクウヤがカミングアウトしてきた。しかも、結構重要なカミングアウトを。俺は、誰を待っていたんですか?
「ちょっと…もっと早く言ってくれよ」
「ごめんなさい、何だか頭抱えて考え事してるみたいだったから、邪魔したら悪いなと思って。お酒、飲みますか?」
「いや……今日はいい。このまま部屋に戻るよ。あんまり、酒を飲むような気分じゃなくなってな。もう寝るわ」
「分かりました。お休みなさい」
「お休みー」
「ああ。お休み」
手を振りながら、食堂を後にした。
俺の部屋は一階にある。風呂と食堂に一番近い部屋だというだけの理由で選んだ。案外中が広かったので、
(友達呼んでパーティー出来るな!鍋パ!)
なんて考えていたのだが、そもそも勾玉荘の外に友達なんて居なかった。
今日はシラフだ。アルコールは一滴も飲んでいない。正直言って、部屋に戻りたくなかった。だが、仕方が無いし、諦めは良い方だから大人しく部屋に戻った。
ドアノブを回し、ドアを開けて部屋に戻った。ん……?明かりが点いている?
部屋の中は、電気が点けられていて明るかった。あれ…?電気は消して来たはずだが。もし点けっぱなしにしていたなら、電気代が大変な事になる!
冷や汗をかきながら部屋の中に入っていくと………!
「遅い。いつまで何やってる?」
寝間着姿のハンがソファーに座っていた。その手には映画館とかでよく見るビックサイズのポップコーン。部屋のテレビでは、何年か前に話題になった映画が映っている。
「明日までに返さなくちゃいけない映画があるんだけど、私の部屋のDVDプレーヤー壊れちゃって。ここで見させてもらってもいい?」
「いや…もう準備しちゃってんじゃねぇか。ポップコーンまで用意して…」
「安心して。ポップコーンは私の部屋で作ったから。ジョーの電子レンジは借りてない」
「そういう問題じゃ……はぁ、別にいいか」
俺は抗議することを止め、ハンの隣に座った。差し出されたポップコーンを、有難く頂戴する。
「あ…美味え。塩味なんだな」
「ジョーは塩味が好きだから。ただ、塩分の取り過ぎには注意する事。今は良くても、将来困る」
「分かってるよ…。だが、止められないし止まらないんだよなぁ………」
「私も分かってる。ジョーが塩っぱいもの好きな事も、ジョーが、ホントは独りで居るのが寂しい事も」
「ハン……?」
案の定、見透かされていたみたいだ……。やはりハンには敵わない。
「さっきはごめん。仕事の話して……」
珍しくハンが、申し訳無さそうな顔をして俯いた。
「いや…俺の方こそ悪かった。機嫌悪くしちまったからな。お前相手に、大人気なかったな!」
俯くハンの黒い髪を、ワシャワシャしてやる。ハンが驚いて右ストレートを繰り出して来るが
パシィ!
「惜しかったな……!」
やはりハンの拳は、俺の掌により防がれていた。ハンはチッと舌打ちをして、テレビの方に顔を向け直し、ポップコーンを食べ始めた。
俺もハハッと笑って、ハンと一緒にポップコーンを食べる。
酒も飲んでないのに楽しい夜は、久しぶりだな……。
「今日はいつもより遅いんだな……」
会社勤めなどした事はないが、(というか、そもそも働いた事が無いが)毎日こんな時間まで仕事なんて、俺には出来ないと思う。
(心の中では頭下がりっぱなしだよ)
それをあえて口に出さないのが、俺。城島秋人=「ジョー」だ。
水のツマミに、カティが作ってくれた野菜の漬物を齧る。これは、カティが俺の為にわざわざ作ってくれた漬物で、様々な種類の野菜が塩で漬けられていて、とても美味い。
毎晩欠かさず食べてますよ。はい。これを食べ始めてから、病気になりにくくなりましたね。野菜の力、恐るべしです(個人の感想です)
と……。暇だな。広い食堂の数あるテーブルの一つにポツリと座っている俺。俺の他には厨房にいる二人しかおらず、カチャカチャと食器を洗う音が静かな食堂に響いた。
よく意外だね!と言われるのだが、俺は結構なさびしがりやだ。自覚できているのだから、確定だろう。
こんな風に、静かな空間に一人で居る事が苦痛で、その場から逃げ出したい衝動に駆られる。酒を飲むのは、酔うことによって衝動を抑え込むためだった。じゃなきゃ、独りきりの部屋になんて戻れない。
この事は、勾玉荘の誰にも言ってない。
自ら弱みを見せる必要なんて無いし、見せることによって憐れみの眼を向けられる事が嫌だった。
まあ、昔から一緒に居る事の多かったハンには、見透かされているのだろうが。
ハンは、昔から感が鋭かった。俺がどんな隠し事をしていても、たちまち暴かれてしまって、一時期うっとおしく思っていた頃もあった。
『ジョー?私が今日食べる為に残してたお菓子、食べたでしょ?』
『はぁ?なんで俺がお前のお菓子を食うんだよ?証拠でもあるのか?』
『ジョー、最近ご飯お代りすること多くなったでしょ?もう中学生だから成長期なんだろうね。それで、ちょっと小腹が空いて私のお菓子を食べてしまった……。当たり?』
『くっ………。ご名答。申し訳ございませんでした』
『別に気にしてない。お義母さんに、ジョーのご飯もっと増やしてもらうように頼んでくる』
『いや、待てよ!そんな事する必要無いって!』
『ジョーが良くても、私がよくない。またお菓子食べられたら、困るし』
ハンのニタリとした笑顔を思い出した。当時は嘘をついた事がバレて、恥ずかしさと憎たらしさで頭が一杯だったのだが、感情の起伏が穏やかなあいつが口角を上げて笑う姿は、今では愛おしさすら感じるものとなっていた。
うん……?語弊を招きそうだが、まぁ良いか。
そういえば、あいつは俺がどんな事をしても、決して怒鳴ったりはしなかった。そもそも、あいつが感情的になった所を見たことが無い。
ハンも人間である以上、生まれながらにして感情を持ち合わせている。はずだ。なのに、アイツは滅多にそれを面に出さない。ちょくちょく舌打ちはするけれど、それは癖のようなものだろう。
特にアイツは、人前で泣いたりしなかった。俺ですら、アイツが泣いている所を見たのは一回だけだし、俺も泣いていたからあまり覚えていない。
「もっと俺に頼って良いんだぞ………」
ボソリと呟く。それは、ハンに向けて言うべき言葉なのに。
それを面と向かって言えないのが、俺。
城島秋人なんだ。
「あ…ジョーさん?ニキさん達、今日はお取引先のおえらいさんと飲んでくるみたいで、帰り遅くなるって、さっき電話で言ってましたよ?」
突然、厨房のクウヤがカミングアウトしてきた。しかも、結構重要なカミングアウトを。俺は、誰を待っていたんですか?
「ちょっと…もっと早く言ってくれよ」
「ごめんなさい、何だか頭抱えて考え事してるみたいだったから、邪魔したら悪いなと思って。お酒、飲みますか?」
「いや……今日はいい。このまま部屋に戻るよ。あんまり、酒を飲むような気分じゃなくなってな。もう寝るわ」
「分かりました。お休みなさい」
「お休みー」
「ああ。お休み」
手を振りながら、食堂を後にした。
俺の部屋は一階にある。風呂と食堂に一番近い部屋だというだけの理由で選んだ。案外中が広かったので、
(友達呼んでパーティー出来るな!鍋パ!)
なんて考えていたのだが、そもそも勾玉荘の外に友達なんて居なかった。
今日はシラフだ。アルコールは一滴も飲んでいない。正直言って、部屋に戻りたくなかった。だが、仕方が無いし、諦めは良い方だから大人しく部屋に戻った。
ドアノブを回し、ドアを開けて部屋に戻った。ん……?明かりが点いている?
部屋の中は、電気が点けられていて明るかった。あれ…?電気は消して来たはずだが。もし点けっぱなしにしていたなら、電気代が大変な事になる!
冷や汗をかきながら部屋の中に入っていくと………!
「遅い。いつまで何やってる?」
寝間着姿のハンがソファーに座っていた。その手には映画館とかでよく見るビックサイズのポップコーン。部屋のテレビでは、何年か前に話題になった映画が映っている。
「明日までに返さなくちゃいけない映画があるんだけど、私の部屋のDVDプレーヤー壊れちゃって。ここで見させてもらってもいい?」
「いや…もう準備しちゃってんじゃねぇか。ポップコーンまで用意して…」
「安心して。ポップコーンは私の部屋で作ったから。ジョーの電子レンジは借りてない」
「そういう問題じゃ……はぁ、別にいいか」
俺は抗議することを止め、ハンの隣に座った。差し出されたポップコーンを、有難く頂戴する。
「あ…美味え。塩味なんだな」
「ジョーは塩味が好きだから。ただ、塩分の取り過ぎには注意する事。今は良くても、将来困る」
「分かってるよ…。だが、止められないし止まらないんだよなぁ………」
「私も分かってる。ジョーが塩っぱいもの好きな事も、ジョーが、ホントは独りで居るのが寂しい事も」
「ハン……?」
案の定、見透かされていたみたいだ……。やはりハンには敵わない。
「さっきはごめん。仕事の話して……」
珍しくハンが、申し訳無さそうな顔をして俯いた。
「いや…俺の方こそ悪かった。機嫌悪くしちまったからな。お前相手に、大人気なかったな!」
俯くハンの黒い髪を、ワシャワシャしてやる。ハンが驚いて右ストレートを繰り出して来るが
パシィ!
「惜しかったな……!」
やはりハンの拳は、俺の掌により防がれていた。ハンはチッと舌打ちをして、テレビの方に顔を向け直し、ポップコーンを食べ始めた。
俺もハハッと笑って、ハンと一緒にポップコーンを食べる。
酒も飲んでないのに楽しい夜は、久しぶりだな……。
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