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2章~猫の手係~
女の意地
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「え……『猫の手係』…?なんすか、それ」
廊下でビラをバラ撒きながら騒ぐジョーさんを訝しげな眼で見ながら、床にまき散らされているビラの一枚を拾い見た。
『猫の手係、始めました!!何でもやります!詳しくは、詩島夕子まで!!』
と、黒いマーカーペンで殴り書きされていた。一つ一つの筆跡が微妙に違う事から、全て手書きだという事が伺える。
ホールにプリンターがあるのだから、それを使えば良いと思うのだけれど……。まあ、ジョーさんがこれで良いなら、特に俺にも異論は無くて。
なにより、また、『詩島夕子』か……。
このビラを見る限り、詩島夕子が『猫の手係』なのだろう。彼女にしては、随分と思い切った事をするな、と少し感心する。
結局、未だに勾玉荘で詩島夕子に会う事は出来ていない。何度か見掛けたことはあったのだが、声を掛ける事が出来なくて、その度に自分の弱さを呪った。
しかし、そもそもからして俺は、詩島夕子の人生には不必要な存在な訳で。このまま互いに平行線を保つ事が一番なのかも知れない。俺が細心の注意を払えば、決して難しい事ではない。
だけど、それは俺にとっては結構辛い事でもあるんだよな……。
と、逆接による堂々巡りの思案を続ける事が、最近増えてきたと思う。独り言みたいだから、嫌なんだけど……どうにもならない。
ジョーさんみたいに明るい性格だったら、こんなモヤモヤした気持ちも吹き飛ばせるんだろうな。
ジョーさんを羨みながら、俺は白雪さんの部屋に向かった。俺の部屋も、白雪さんの部屋同様二階にある。というか、詩島夕子の部屋の2つ右隣が俺の部屋なんだよな…。
よく気付かれないもんだ……。
白雪さんの部屋の扉の前まで来て、ふと気になって、ズボンのポケットに入れていたチューブ入りの紅い液体を取り出した。
妖艶的な煌めきをしたその液体が何に使われているかを知っているにも関わらず、これと同じ物が俺に部屋にあと十三本残っている。
全て、白雪さんに渡す為の物だ。
全て、白雪さんに渡したくない物だ。
だけど、渡さなかったからどうなるかは、俺が一番よく知っているから。右の拳で、部屋の扉をコンコンとノックする。
「うっすー。シンっすよー」
「あっ…はーい」
白雪さんのくぐもった返事を聞いて、俺は扉を開いた。
「フゥ………」
少し熱を帯びた息を吐きながら、額を伝う汗を拭った。11月の寒空のもと、農作業に励んでいるのだが、結構体が火照っているのを感じる。
そのせいか、時折吹いてくるそよ風が冷たく心地良くて、何時間でもこうして野菜を収穫していられる気がした。
『猫の手係』の初仕事を、勾玉荘の畑の野菜収穫に決定した私は、カティさんの指導のもとカボチャやサツマイモ、白菜。さらには季節をずらして栽培したというトウモロコシやトマトなどなど。たくさんの野菜を収穫していた。
新鮮で大きな野菜達は、頑丈そうなその見た目に反して簡単に収穫する事が出来た。カティさんいわく、どうやら収穫の仕方にコツがあるそうで、私はそれをきちんと出来ているから、簡単に収穫出来るらしかった。
昔から手先は器用だと言われていたが、そのスキルがまさか野菜収穫で活かされるとは。人生とは、何がどこで活きてくるか分からないものだ。
「そろそろ終わりにしようかー」
畑の反対側(と言っても、そんなに遠くはないけれど)から、間延びした声が聞こえてきた。左手首に巻いていた腕時計を見ると、既に収穫を始めてから三時間近くが経過しており、時刻は11時半を周っていた。
「はい!」
私は大きな声で返事をして、隣に置いていた籠を両手で持ってカティさんの方へ歩いて行った。
私が抱えなければならない程の大きさの籠には、たくさんの野菜が入っていて、
『野菜の宝石箱や~』と言わざるを得ない程の豪華だった。勿論、見た目通り結構な重さがあるので、途中で何度か籠を降ろして、仕切り直した。
その度に、カティさんの
「無理しなくて良いからねー。代わろうかー?」
という声が飛ぶ。あぁ……カティさんの優しさが胸に染みる……。しかし、女の維持というかなんというか。とにかく、この籠は自分自身の力で運びたかった。
(後に気付いたんだけれど、憧れていた農作業を、最後までやり遂げたかったんだと思う)
「持って……来ましたぁ…!」
「おー、よく一人で持って来れたねー。お疲れ様ー」
何とかカティさんのもとへ籠を持って来ることが出来た。再び、額を伝う汗を拭い、息を整える。
その間にカティさんは、籠から様々な野菜達を一つ一つ手に取って見ていく。野菜を傷つけないように優しく、かつ素早い手つきで全ての野菜を見終えたカティさんは、フゥッと息を吐いた。
「よーし。完璧だねー。これで、ひとまず収穫終了ー。よく頑張ってくれたね、夕子ちゃん」
「はい……。カティさんこそ、お疲れ様でした」
「じゃあ、これを食堂まで運ぼうかー。夕子ちゃん、出来るー?」
「えぇっ……正直キツイです……」
うん……。ここまで持って来るので既に両腕に限界がきているというのに、さらに食堂まで運ぶのは………肉体的にも精神的にもキツイ。
明らかに落胆した表情をしている私を見て、またもカティさんがニヤニヤする。
「正直でよろしい。後は僕に任せて、食堂で水でも飲んできたら?11月でも汗かいたら水分取らなくちゃいけないし、まだ、手伝って欲しい事もあるからねぇ?」
「あぁ……じゃあ、お言葉に甘えて……」
カティさんに背を向け、お先に失礼する。
痺れるように腕が痛むけれど、(労働って良いな)って思えるくらいには、この野菜収穫に私の心は踊っていた。
廊下でビラをバラ撒きながら騒ぐジョーさんを訝しげな眼で見ながら、床にまき散らされているビラの一枚を拾い見た。
『猫の手係、始めました!!何でもやります!詳しくは、詩島夕子まで!!』
と、黒いマーカーペンで殴り書きされていた。一つ一つの筆跡が微妙に違う事から、全て手書きだという事が伺える。
ホールにプリンターがあるのだから、それを使えば良いと思うのだけれど……。まあ、ジョーさんがこれで良いなら、特に俺にも異論は無くて。
なにより、また、『詩島夕子』か……。
このビラを見る限り、詩島夕子が『猫の手係』なのだろう。彼女にしては、随分と思い切った事をするな、と少し感心する。
結局、未だに勾玉荘で詩島夕子に会う事は出来ていない。何度か見掛けたことはあったのだが、声を掛ける事が出来なくて、その度に自分の弱さを呪った。
しかし、そもそもからして俺は、詩島夕子の人生には不必要な存在な訳で。このまま互いに平行線を保つ事が一番なのかも知れない。俺が細心の注意を払えば、決して難しい事ではない。
だけど、それは俺にとっては結構辛い事でもあるんだよな……。
と、逆接による堂々巡りの思案を続ける事が、最近増えてきたと思う。独り言みたいだから、嫌なんだけど……どうにもならない。
ジョーさんみたいに明るい性格だったら、こんなモヤモヤした気持ちも吹き飛ばせるんだろうな。
ジョーさんを羨みながら、俺は白雪さんの部屋に向かった。俺の部屋も、白雪さんの部屋同様二階にある。というか、詩島夕子の部屋の2つ右隣が俺の部屋なんだよな…。
よく気付かれないもんだ……。
白雪さんの部屋の扉の前まで来て、ふと気になって、ズボンのポケットに入れていたチューブ入りの紅い液体を取り出した。
妖艶的な煌めきをしたその液体が何に使われているかを知っているにも関わらず、これと同じ物が俺に部屋にあと十三本残っている。
全て、白雪さんに渡す為の物だ。
全て、白雪さんに渡したくない物だ。
だけど、渡さなかったからどうなるかは、俺が一番よく知っているから。右の拳で、部屋の扉をコンコンとノックする。
「うっすー。シンっすよー」
「あっ…はーい」
白雪さんのくぐもった返事を聞いて、俺は扉を開いた。
「フゥ………」
少し熱を帯びた息を吐きながら、額を伝う汗を拭った。11月の寒空のもと、農作業に励んでいるのだが、結構体が火照っているのを感じる。
そのせいか、時折吹いてくるそよ風が冷たく心地良くて、何時間でもこうして野菜を収穫していられる気がした。
『猫の手係』の初仕事を、勾玉荘の畑の野菜収穫に決定した私は、カティさんの指導のもとカボチャやサツマイモ、白菜。さらには季節をずらして栽培したというトウモロコシやトマトなどなど。たくさんの野菜を収穫していた。
新鮮で大きな野菜達は、頑丈そうなその見た目に反して簡単に収穫する事が出来た。カティさんいわく、どうやら収穫の仕方にコツがあるそうで、私はそれをきちんと出来ているから、簡単に収穫出来るらしかった。
昔から手先は器用だと言われていたが、そのスキルがまさか野菜収穫で活かされるとは。人生とは、何がどこで活きてくるか分からないものだ。
「そろそろ終わりにしようかー」
畑の反対側(と言っても、そんなに遠くはないけれど)から、間延びした声が聞こえてきた。左手首に巻いていた腕時計を見ると、既に収穫を始めてから三時間近くが経過しており、時刻は11時半を周っていた。
「はい!」
私は大きな声で返事をして、隣に置いていた籠を両手で持ってカティさんの方へ歩いて行った。
私が抱えなければならない程の大きさの籠には、たくさんの野菜が入っていて、
『野菜の宝石箱や~』と言わざるを得ない程の豪華だった。勿論、見た目通り結構な重さがあるので、途中で何度か籠を降ろして、仕切り直した。
その度に、カティさんの
「無理しなくて良いからねー。代わろうかー?」
という声が飛ぶ。あぁ……カティさんの優しさが胸に染みる……。しかし、女の維持というかなんというか。とにかく、この籠は自分自身の力で運びたかった。
(後に気付いたんだけれど、憧れていた農作業を、最後までやり遂げたかったんだと思う)
「持って……来ましたぁ…!」
「おー、よく一人で持って来れたねー。お疲れ様ー」
何とかカティさんのもとへ籠を持って来ることが出来た。再び、額を伝う汗を拭い、息を整える。
その間にカティさんは、籠から様々な野菜達を一つ一つ手に取って見ていく。野菜を傷つけないように優しく、かつ素早い手つきで全ての野菜を見終えたカティさんは、フゥッと息を吐いた。
「よーし。完璧だねー。これで、ひとまず収穫終了ー。よく頑張ってくれたね、夕子ちゃん」
「はい……。カティさんこそ、お疲れ様でした」
「じゃあ、これを食堂まで運ぼうかー。夕子ちゃん、出来るー?」
「えぇっ……正直キツイです……」
うん……。ここまで持って来るので既に両腕に限界がきているというのに、さらに食堂まで運ぶのは………肉体的にも精神的にもキツイ。
明らかに落胆した表情をしている私を見て、またもカティさんがニヤニヤする。
「正直でよろしい。後は僕に任せて、食堂で水でも飲んできたら?11月でも汗かいたら水分取らなくちゃいけないし、まだ、手伝って欲しい事もあるからねぇ?」
「あぁ……じゃあ、お言葉に甘えて……」
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