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3章~勾玉荘~
継地空也
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目を開くと、私は学校の教室に居た。
掲示物やチラホラと見えるクラスメイトの顔から、ここが2年3組だと悟る。無論、私が中学生だったのは、もう随分と前なのだけれど。
そして、クラスメイトの席順から、気付く。私が居る位置がここならば、私の隣の席にいるのは………!
バッと左に顔を向けると
「うおっ!どうした、空也。凄い勢いで振り向いて来たな……。なんかあったのか?」
生きてる……?彼が、生きて……いる?
その姿を目にしただけで、眼には涙が溢れ、自然と口から嗚咽が零れてしまう。ヒックヒックと引き攣るように泣き始めてしまったけれど、そんな事どうでも良かった。
彼が生きていて、私の顔には傷跡が残されていない。それだけで、他に何もいらない。
私は、この世界にずっと居ることを望んだ。
クウヤは………いや、空也は、まだ目を覚まさない。あれから、もう1日が経ったというのに。でも、その寝顔(と呼んでいいのだろうか?)があまりにも幸せそうで。
空也が自分から目を覚ますのを待つ事にしていた。
泣きじゃくりながら寝てしまった空也を彼女の部屋へと送り届けた僕は、一度自分の部屋へと戻り、エプロン類を片付けて来た。ついでに、空也が目を覚ましたら食べさせるようにお粥も作って。
お盆に二人分のお粥とスプーンを乗せて。最大限の努力を注いで、笑顔を作って。再び空也の部屋を訪れた僕は。うまく表せないけれど。
単純かつ明快に言うと、絶望したんだと思う。
空也の部屋に戻った僕が目にしたのは、洗面台の鏡の前で立ち尽くす空也。僕には背を向けていたけれど、鏡に映っていたことで伺えたその顔には、身震いしてしまう程の恐ろしさを纏った『無』が称えられていた。
無表情ではない。だけど、どんな表情かは言い表せない。少なくとも、僕がこれまで見た事のない顔をした空也は、鏡越しに僕の存在に気付いて振り向いた。
そして、僕の顔を見て、恍惚したように頬を緩ませて言った。
「総司くん……。お帰りなさい。待ってたよ……?」
次の瞬間、僕はお盆を投げ捨て空也の手を取り、全速力で駆け出して、勾玉荘を出ていた。
行くアテなど無かった。だけど、空也がこれ以上ここに居る事は出来ない事だけは分かった。空也がこうなってしまった以上、空也はもう、勾玉荘には居られない事だけは。
しかし、僕に手を取られキャッキャッと喜んでいる空也を連れて長距離の移動は困難だ。今の空也の精神状態では、何をするか分からない。
結局、取り敢えずは最寄りのビジネスホテルに数日泊まることにした。常に胸元のポケットにクレジットカードを入れ持ち歩いていたので、お金の心配は無かった。
そして、今に至る。
今後の目処など何一つ付いてない。しかし、
勾玉荘において重要な役割を任されていた僕は、こういった事態の際にどのような行動を取り、どこに連絡をすべきかという事を伝えられている。
まずは、あの人に連絡をしようと思った。もしかしたら、勾玉荘の皆が心配して探してくれているかもしれない。
部屋の固定電話を使って電話を掛ける。3コールほどで、電話に出たのは
『はい。こちら、十六夜コーポレーションの深海詩帆でございます。ご用件は何でしょうか?』
「ご無沙汰してます、深海さん、僕です。カティです」
『あっ……!カティさん!?』
電話口の向こうからの声が、澄ましたものから一気に変わり、感情を感じさせるものになった。その事に、少し安堵する。まだ見放されてはなかったということに。
『今どこに居るんですか!?勾玉荘の皆さんも、我が社の特別社員の2人も、カティさんの事探してらっしゃるんですよ!? あ……空也さんも一緒ですよね?』
「はい。今は眠ってますけど、元気ですよ。ただ……ちょっと…」
自然と声のトーンが落ちてしまう。聡明な深海さんは、そういうのも全て察してしまって。
優しげで。それでいて、心の奥底まで全て見透かされているような不安感を覚える声が、受話器から返ってきた。
『そうですか……。分かりました。今は取り敢えず、勾玉荘に戻って下さい。いくら何でも、そんなにすぐには追い出されないと思いますから』
「本当にすみません。あの時は焦ってしまって、咄嗟に勾玉荘を飛び出してしまったんです。もっと冷静になってれば良かったです」
『大丈夫ですよ。自分を責める必要はありません。これから、そちらにうちの特別社員2名を迎えに行かせますから、もう少し待ってて下さいね。』
「はい、宜しくお願いします」
そこで、ブツリと電話が切られた。受話器を置き、十六夜コーポレーションの特別社員さんの2人が来た時の為に、身支度を整え始めた。
と言っても、殆ど何も持ってない状態でここに来たので、部屋のテーブルの上に放り投げておいたクレジットカードを懐に入れる事ぐらいしかすることはなかった。
程なくして、部屋の扉がガチャリと音を立てて開かれ、2つの人影が部屋の中へ入って来た。見た感じ、二人共僕より身長があるようだった。
「はい、こんにちわ!俺、品宮っていいます!気軽に『しなっち』と呼んでね!宜しく~」
「俺は呉島。残念ながら、愛称はないし、例えあったとしても呼んでもらいたいとは思わない。よろしく頼む」
左に立っている品宮と名乗った男は、茶色い髪の毛に、所々ダメージが見られるジーンズ。腰に付けたウォレットチェーン。等々、希里を彷彿とさせる格好。
右に立っている呉島と名乗った男は、艶めく黒髪にビシッと決まったスーツ。紺色のネクタイ等々、瑞希を彷彿とさせる格好だった。
あまりにも非対称的で、本当に深海さんの抱える特別社員のなのかを疑った。しかし、彼等が揃って渡してきた名刺には、まさしく『十六夜コーポレーション』の文字が記されていた。
呉島という男ならともかく、この品宮というチャラそうな男が特別社員とは……。深海さんのセレクトがいまいち分からなかった。
「深海詩帆の命令で、俺達はここに来た。目的は、カティと空也、2名の確保。お前が、カティだな?」
呉島の問に、コクリと頷く。
「じゃ、こっちが空也ちゃんって訳だ!懐かしいなぁ………久し振りだねぇ♪」
品宮がクルクルと回りながらベッドの上で寝ている空也の隣に立つ。そして、その顔を覗き込んだ。
「けっ…総司も、痛ましい事するもんだなぁ。顔は、女の財産だってのによ」
「その点に関しては、お前に同感だ。アイツは、真中総司は、許されない悪だ」
「真中総司……?」
話の見えない僕は、呉島に聞いた。
「あぁ……そうか、お前は知らないのか。あいつはな、」
「ちょい待ち!時間も無いからさ、その続きは車の中でしようよ。さぁ、行くよ?」
品宮が、寝ている空也を背負って立ち上がりながら言う。その言葉に呉島もハッとして、ドアの所へと向かい始めた。
僕に背を向けながら、呉島が言った。
「付いて来い。勾玉荘に向かうついでに、真中総司について教えてやる。空也とこれから接していく上で、知っておく必要がある事だ」
その言葉を聞いて、拒む理由なんて持ち合わせていない僕は、盲信的にその背中を追って部屋を出た。
掲示物やチラホラと見えるクラスメイトの顔から、ここが2年3組だと悟る。無論、私が中学生だったのは、もう随分と前なのだけれど。
そして、クラスメイトの席順から、気付く。私が居る位置がここならば、私の隣の席にいるのは………!
バッと左に顔を向けると
「うおっ!どうした、空也。凄い勢いで振り向いて来たな……。なんかあったのか?」
生きてる……?彼が、生きて……いる?
その姿を目にしただけで、眼には涙が溢れ、自然と口から嗚咽が零れてしまう。ヒックヒックと引き攣るように泣き始めてしまったけれど、そんな事どうでも良かった。
彼が生きていて、私の顔には傷跡が残されていない。それだけで、他に何もいらない。
私は、この世界にずっと居ることを望んだ。
クウヤは………いや、空也は、まだ目を覚まさない。あれから、もう1日が経ったというのに。でも、その寝顔(と呼んでいいのだろうか?)があまりにも幸せそうで。
空也が自分から目を覚ますのを待つ事にしていた。
泣きじゃくりながら寝てしまった空也を彼女の部屋へと送り届けた僕は、一度自分の部屋へと戻り、エプロン類を片付けて来た。ついでに、空也が目を覚ましたら食べさせるようにお粥も作って。
お盆に二人分のお粥とスプーンを乗せて。最大限の努力を注いで、笑顔を作って。再び空也の部屋を訪れた僕は。うまく表せないけれど。
単純かつ明快に言うと、絶望したんだと思う。
空也の部屋に戻った僕が目にしたのは、洗面台の鏡の前で立ち尽くす空也。僕には背を向けていたけれど、鏡に映っていたことで伺えたその顔には、身震いしてしまう程の恐ろしさを纏った『無』が称えられていた。
無表情ではない。だけど、どんな表情かは言い表せない。少なくとも、僕がこれまで見た事のない顔をした空也は、鏡越しに僕の存在に気付いて振り向いた。
そして、僕の顔を見て、恍惚したように頬を緩ませて言った。
「総司くん……。お帰りなさい。待ってたよ……?」
次の瞬間、僕はお盆を投げ捨て空也の手を取り、全速力で駆け出して、勾玉荘を出ていた。
行くアテなど無かった。だけど、空也がこれ以上ここに居る事は出来ない事だけは分かった。空也がこうなってしまった以上、空也はもう、勾玉荘には居られない事だけは。
しかし、僕に手を取られキャッキャッと喜んでいる空也を連れて長距離の移動は困難だ。今の空也の精神状態では、何をするか分からない。
結局、取り敢えずは最寄りのビジネスホテルに数日泊まることにした。常に胸元のポケットにクレジットカードを入れ持ち歩いていたので、お金の心配は無かった。
そして、今に至る。
今後の目処など何一つ付いてない。しかし、
勾玉荘において重要な役割を任されていた僕は、こういった事態の際にどのような行動を取り、どこに連絡をすべきかという事を伝えられている。
まずは、あの人に連絡をしようと思った。もしかしたら、勾玉荘の皆が心配して探してくれているかもしれない。
部屋の固定電話を使って電話を掛ける。3コールほどで、電話に出たのは
『はい。こちら、十六夜コーポレーションの深海詩帆でございます。ご用件は何でしょうか?』
「ご無沙汰してます、深海さん、僕です。カティです」
『あっ……!カティさん!?』
電話口の向こうからの声が、澄ましたものから一気に変わり、感情を感じさせるものになった。その事に、少し安堵する。まだ見放されてはなかったということに。
『今どこに居るんですか!?勾玉荘の皆さんも、我が社の特別社員の2人も、カティさんの事探してらっしゃるんですよ!? あ……空也さんも一緒ですよね?』
「はい。今は眠ってますけど、元気ですよ。ただ……ちょっと…」
自然と声のトーンが落ちてしまう。聡明な深海さんは、そういうのも全て察してしまって。
優しげで。それでいて、心の奥底まで全て見透かされているような不安感を覚える声が、受話器から返ってきた。
『そうですか……。分かりました。今は取り敢えず、勾玉荘に戻って下さい。いくら何でも、そんなにすぐには追い出されないと思いますから』
「本当にすみません。あの時は焦ってしまって、咄嗟に勾玉荘を飛び出してしまったんです。もっと冷静になってれば良かったです」
『大丈夫ですよ。自分を責める必要はありません。これから、そちらにうちの特別社員2名を迎えに行かせますから、もう少し待ってて下さいね。』
「はい、宜しくお願いします」
そこで、ブツリと電話が切られた。受話器を置き、十六夜コーポレーションの特別社員さんの2人が来た時の為に、身支度を整え始めた。
と言っても、殆ど何も持ってない状態でここに来たので、部屋のテーブルの上に放り投げておいたクレジットカードを懐に入れる事ぐらいしかすることはなかった。
程なくして、部屋の扉がガチャリと音を立てて開かれ、2つの人影が部屋の中へ入って来た。見た感じ、二人共僕より身長があるようだった。
「はい、こんにちわ!俺、品宮っていいます!気軽に『しなっち』と呼んでね!宜しく~」
「俺は呉島。残念ながら、愛称はないし、例えあったとしても呼んでもらいたいとは思わない。よろしく頼む」
左に立っている品宮と名乗った男は、茶色い髪の毛に、所々ダメージが見られるジーンズ。腰に付けたウォレットチェーン。等々、希里を彷彿とさせる格好。
右に立っている呉島と名乗った男は、艶めく黒髪にビシッと決まったスーツ。紺色のネクタイ等々、瑞希を彷彿とさせる格好だった。
あまりにも非対称的で、本当に深海さんの抱える特別社員のなのかを疑った。しかし、彼等が揃って渡してきた名刺には、まさしく『十六夜コーポレーション』の文字が記されていた。
呉島という男ならともかく、この品宮というチャラそうな男が特別社員とは……。深海さんのセレクトがいまいち分からなかった。
「深海詩帆の命令で、俺達はここに来た。目的は、カティと空也、2名の確保。お前が、カティだな?」
呉島の問に、コクリと頷く。
「じゃ、こっちが空也ちゃんって訳だ!懐かしいなぁ………久し振りだねぇ♪」
品宮がクルクルと回りながらベッドの上で寝ている空也の隣に立つ。そして、その顔を覗き込んだ。
「けっ…総司も、痛ましい事するもんだなぁ。顔は、女の財産だってのによ」
「その点に関しては、お前に同感だ。アイツは、真中総司は、許されない悪だ」
「真中総司……?」
話の見えない僕は、呉島に聞いた。
「あぁ……そうか、お前は知らないのか。あいつはな、」
「ちょい待ち!時間も無いからさ、その続きは車の中でしようよ。さぁ、行くよ?」
品宮が、寝ている空也を背負って立ち上がりながら言う。その言葉に呉島もハッとして、ドアの所へと向かい始めた。
僕に背を向けながら、呉島が言った。
「付いて来い。勾玉荘に向かうついでに、真中総司について教えてやる。空也とこれから接していく上で、知っておく必要がある事だ」
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