勾玉荘と愉快な仲間たち

井傘 歩

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3章~勾玉荘~

目を見据えて

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「じゃあ……俺はここまでで」

 俺は、扉の前に立った白雪さんの隣から、一歩引いた。白雪さんが、「へ?」と振り返る。

「シン君は、ホールには行かないの?皆居るのに……」

「だからっすよ…。皆居るんすよね?って事は、そこには詩島夕子も居る。だとしたら、俺はホールには行けないっす」

 俺の言葉に、白雪さんはハッとした。多分、今の言葉で気付いたのだろう。俺にとって詩島夕子が、どのような存在であるかを。

「じゃあ…夕子さんは、シンくんの」

 白雪さんの言葉を遮るように、俺は言った。

「多分、今、俺が夕子の前に現れたら、アイツはかなり戸惑うと思うんす。今は、俺よりもクウヤさんの事に集中して欲しいっすから。町中でカティさん達を探してた時のアイツ、それまで見たことないくらい必死な顔だったすから」

 白雪さんに背を向け、俺は螺旋階段のもとへと歩いて行った。結局、自分の部屋に戻るまで、『ギギギ』というホールの扉を開く音は聞こえてこなかった。






 突然、ダン!と音を立てて玄関へと続く扉が開かれた。ホールに居た全員が、反射的に扉の方に振り向いた。

 誰もが、カティさん達の帰還を期待していたが、そこに立っていたのはチャラチャラした格好の人で。 

「お邪魔しまーす!品宮です!お宅のカティくんと空也ちゃんを連れて来ましたー!」

 その後ろから、スーツ姿の男性と、その背中に背負われたクウヤさん。そして、カティさんが現れた。

「品宮!呉島!どうして、お前達が!?」

 ジョーさんが驚いて、椅子をガタンと鳴らしながら立ち上がった。近くに居た私も、ジョーさんの隣に駆け寄る。目の前に居るのは、確かにカティさんとクウヤさんだった。

「深海から頼まれてな。カティと空也をここに送り届けさせてもらった」

「そうだったのか……。また、喜介の世話になっちまったな…。そろそろ、きちんとお礼しねぇといけないな」

 そう言ってカティさん達の方へジョーさんは歩み寄って行った。私は、その場で大人しくしていることにしていた。

 すると、カティさんと人ひとり分くらいの間を空けた位置で、ジョーさんはピタッと立ち止まった。私もカティさんも、「ん?」と首を傾げた。
  
 そんな私達には目もくれず、突然ジョーさんが握られた右の拳をそれ見よがしに掲げ、叫んだ。

「カティ!歯ぁ食いしばれぇぇ!!」

バキィ!!

 未だかつて聞いた事が無いほどの炸裂音がホールに鳴り響いた次の瞬間、カティさんは4~5メートルほどぶっ飛び、床を転がった。

 日頃から鍛え上げられてきたジョーさん自慢の右の一撃は、カティさんの左の頬を捉え、ふっ飛ばした。

 勾玉荘の住民達がザワザワし始めるも、ジョーさんは構わず、呻き声を上げ倒れ込んでいるカティさんの所へ歩み寄り、その胸ぐらを掴んで激昂した。

「馬鹿野郎が!なんで勾玉荘を出て行った!」

 その声に、住民達も静まり返った。ホールに静寂が訪れた事で、カティさんの声がよく聞こえた。正直言って、この時だけは、勾玉荘の皆さんが居なければ良いとも思った。

 痛みに顔を歪めながらも、カティさんはジョーさんの目をしっかりと見据えて、ジョーさんに言った。

「だって……空也がこうなってしまったから、これ以上、勾玉荘には居られないと……。空也が見捨てられてしまうと……思ったから…。」

 殴られた時に口の中が切れたのだろう。カティさんの口の端からは一筋の血が流れていた。喋る時に見える歯茎は、真っ赤に染まっていた。

 そんなカティさんに、ジョーさんは。

 悲しそうな顔をして。カティさんの目を見据えて。

「そうか……。お前の目には、俺達はそういう風に映ってたか………」

 カティさんから手を離したジョーさんは、踵を返してカティさんと一緒に来ていた二人組の男達に話し掛けた。

「品宮、呉島。取り敢えず、一旦クウヤを部屋まで連れていってくれるか?その後の事については、こっちで話し合っておくからよ」

「もっちろん♪さ、行こうか呉島?」

「待て、お前は手伝ってくれないのか?」

「当たり前じゃん?俺、非力だも~ん♪」

「お前なら、てっきり『やった~空也ちゃんと触れ合える~』なんて言ってはしゃぐと思ってたんだがな」

「俺だって空気くらいは読めるよ?さぁ、行こうよ?空也ちゃんも、寝るなら呉島の背中じゃなくて、あったかいお布団の上の方が良いだろうしね♪」

「その点に関しては、お前に同意する。俺は、誰かの寝床になる為に生きてきた訳じゃないからな」

 二人は、軽快にお喋りをしながら、ホールを去って行った。

 二人と空也さんが去ったホールは、再び静寂によって支配された。ホールに集まっていた誰もが、声を発する事が出来ずに俯いていた。

 その時、ホールの扉の一つがギギギと音を立てて開いた。全員の目が、先程と同じようにその音のした一点へと集中した。

 扉を開き現れたのは……。

「あ……居た。カティ…お腹空いた……」

「え……。ハン………?」

 寝ぼけ眼を擦るパジャマ姿のハンさんが、そこに立っていた。

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