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第一章 男の娘メイドと異世界の旅立ち編

ACT-13『とんでもない再会と、更にとんでもない再会』

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 奥沢譲おくざわ ゆずる
 高校時代からの付き合いのある、卓也にとって一番古い知り合いであり、親友。
 昔から、何かあれば相談し、あるいは相談され、お互い腹を割ってかなり突っ込んだ話が出来た間柄だ。
 優花と別れた時も、自身の失態を責めはしたものの、なんだかんだで慰めてくれたものだった。
 彼のおかげで、卓也は何度窮地から救われたかわからない。

 同じ会社の同じ営業所、同じ課に勤務するという、ちょっと凄いレベルの腐れ縁であったが、この世界での彼は、卓也の知る奥沢とは若干設定が違っているようだった。



『いやぁ、久しぶりに電話してみようかなと思ってさ。
 しばらく逢ってないし、どんな調子かなーって』

『なあ卓、結構いい店見つけたんだけどさ、今度飲みにいかねえか?
 さすがに奢れはしねーから、割り勘だけどさ、ギャハハ☆』


 以前、たまたまこちらに連絡してきた奥沢は、まるで久しぶりに逢うような態度だった。
 だがどうやら、関係が途切れてはいないらしい。
 であれば、彼は今の卓也達にとって、貴重な情報源だ。

 この世界が、卓也の元居た世界とどのように違うのか。
 もし、この世界に閉じ込められたとしたら、今後どのように対応していくべきなのか。
 それを知る手がかりとなる筈だ。


「よし、それじゃあ、早速メール投げてみる」

「う、うん」

「――と。
 よし、これで」

「後は、反応を待つばかりね」

「そうだね。
 今は就業中だから、返事はもう少s――」

 ピッピピ♪

 早くも、返信が来たようだ。

「早っ!」

「まさかの一分未満?!」

 奥沢からの回答は、

“おっけよーん♪ じゃあ今夜20時に新宿東口改札前の看板前でど?”

「アイツ、仕事してねーんじゃねーのか?」

「ププッ、なんか笑っちゃう♪」

 気持ち良いくらいに軽快に決まった「作戦」に、卓也と澪は、思わず揃ってガッツポーズをした。





  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■


 ACT-13『とんでもない再会と、更にとんでもない再会』




 夜のJR新宿駅は、たとえ平日であろうとも、人の行き来がとても激しい。
 人の出入りが世界一多い駅、というのは、この並行世界においても同じようだ。
 JR新宿駅東口改札前は、慣れていないと非常に間違いやすい待ち合わせ場所だ。
 すぐ近くに「中央東口」という別な改札があったり、また東口改札周辺自体が広いため、具体的なポイントを絞らないと、正しい改札を出たのに合流出来ないという事態に陥りがちだ。
 奥沢の待ち合わせ場所は、東口改札を出てすぐ右手の、案内用看板の手前を指しており、これは以前から共通のポイントなのだ。

「こういうとこは、変わらないんだな」

 卓也は、待ち合わせ時間の十五分前くらいに、待ち合わせ場所に辿り着く。
 周囲の雰囲気は、自分の知る新宿駅と殆ど変わりはないようだ。

 澪は、数時間前に別行動を取ると言って一人先に出て行ったが、スマホがないので連絡の取り様がない。
 卓也はふと、並行世界なのにちゃんとつながる自分のスマホを見て、首を傾げた。

「おっ、懐かしい顔だなぁ」

「よぉ。来たか」

 見慣れた顔、姿、妙にビシッと決まったスーツ姿。
 そこに立っているのは、紛れもなく、同じ部署で働いている奥沢そのものだった。

「いやあ、それにしても何年ぶりだぁ? 本当に懐かしいよな」

「すまんけど、俺はあんまりそういう感じじゃないんだ」

「お? どしたん、なんか機嫌悪いんか?」

「ああいや、そうじゃない。
 ともかく、来てくれてありがとう奥沢。助かったよ」

「あぁ? うん、まあなんか、俺が役に立てるんなら」

「それで、お前オススメの店って何処?」

「ああ、青梅街道沿いにな、宮崎料理のいい店見つけてさぁ~」

「おお、それは楽しみ!」

 立ち話のまま、奥沢は店の魅力を大いに語る。
 聞くほどにそれは楽しみが増すというものだが、卓也は、別なことを気にしていた。

(澪のヤツ、どうしたのかな?
 待ち合わせ場所、迷ってるのかな?)

 卓也が辺りをきょろきょろ見回すと、それを気にしたのか、奥沢が話題を切り替える。

「そうそう、待ち合わせ時間までまだちょっとあるけどさ、もうしばらく待っててもらっていいか?」

「ああ、構わんけど。何かあるの?」

「ああ、久々にお前から誘ってくれたからさ、今日は実は、グレートなゲストを呼んでるんだ」

「へぇ、他にも来るのか。
 実はな、俺も――」

「おお、連れが居るのか?
 新しい彼女出来たん?」

 “新しい彼女”という部分で、無意識に卓也の眉がピクリと蠢く。
 どうやらこちらの世界の“神代卓也”にも、自分と似た様な「設定」が付加されているらしい。
 さぁ、今日はどうやって話を切り出そうかと考えていると――

「卓也ぁ、ごめんなさ~い!」

 どこからともなく、少々慌てた感じの女性の声が聞こえて来た。
 と同時に、奥沢を含め、周囲を行き交う人達が、一斉に顔を向ける。

 そこには、紺色のロングドレスと白色のヴェールを羽織り、小さな皮製のハンドバッグを提げた、サイドポニーテールの美女が立っていた。
 ハイヒールで走り難いのか、息を切らしながらゆっくり迫ってくる。
 そのあまりの美しさに、誰もが目を奪われていた。

「はぁ、はぁ、ごめんなさい。
 色んなところで声かけられて、巻くのに苦労しちゃって……」

「あ、え、だ、誰?」

「えっ! 何それ酷い!」

「え~とさ、タク? お知り合い?」

「え、あ、いや……」

 全然見覚えのない美女に親しげに声をかけられ、うろたえる卓也をよそに、そのロングドレスの美女は、奥沢に向かって深々と頭を下げた。

「初めまして。
 卓也がお世話になっている、奥沢さんですね?」

「あ、はい」

「私、卓也の婚約者の澪と申します。本日はよろしくお願いします」

「こ、婚約者ぁ?」

「ええっ?!」

 思わず大声を上げて驚く二人の男。
 ドレス姿の澪は、卓也に向かって「あなたまで驚いてどうするの?!」といった表情を向けた。



 十数分後、三人は駅から移動し、目的の店に辿り着いた。
 席は四人席で、後からもう一人追加。
 奥沢のスマホに、ゲストなる人物から、少し遅れるから先に入っているようにとの連絡があった為だ。
 かけつけの中生を二つ、そしてウーロン茶を一つ注文すると、三人は改めて挨拶を交わした。

「いやぁ、それにしても、澪さんすっげぇ美人だな!
 俺、マジでこんな美人に逢ったことないよ?! どこで知り合ったんだよー?」

 ウリウリ顔で尋ねてくる奥沢は、なんだかとても嬉しそうだ。
 いささか予想外の態度で攻めて来る奥沢に、卓也はどう対処すべきか戸惑った。

「ああ、この子は――」
「卓也さんとは、SNSで知り合ったんです。私が卓也さんのフォロワーになった縁で」

「えーっ、ネットで彼女なんて、都市伝説並のめぐり合わせじゃない?!
 すげぇな卓、お前、こんな素敵な彼女サン見つけて、羨ましいぞコンニャロ!」

「あ、あはは、と、とりあえず、乾杯しよう」

「おーし、久々の再会と、素晴らしい出会いに、かんぱーい!」

「か、乾杯」

「カンパーイ♪」

 三つのジョッキとグラスが重なり合い、笑顔と笑い声が席に満ちる。
 卓也は、こんな雰囲気は本当に久しぶりだなと、少々懐かしい気分に浸った。

「んで、最近調子どうなの?
 こんな彼女サンいるんだから、色々忙しいんだろうけど……」

「それなんだが、奥沢。
 申し訳ないけど、俺達の話を聞いて欲しい」

「ん? なんだよあらたまって」

「実は、俺達、ちょっとややこしい事情を抱えてしまってな」

「ややこしい事情? なんだそりゃ」

「はい、実は私達、この世界の――」

 澪がそこまで行った時、三人の席に、誰かが近づいて来た。
 店員に案内されながらやって来た人物は、女性だ。
 大きな丸い眼鏡に、服の上からでもはっきりとわかるメリハリの利きまくったボディ。
 そして、人懐っこそうな笑顔に、後ろで束ねた長い髪。

 その姿を見た途端、卓也の顔色が変わった。

「――た、卓也? どうしたの?」

「……!!」

「お待たせぇ! ごめんねぇ、残業ど~しても脱け出せなくってさあ」

「いやいや、まだ始まったばっかだから大丈夫!
 あ、ほら卓也と、その彼女さんだよ。
 久しぶりだろ?」

「あ~、卓也さん! おひさー!
 彼女さん、すっごい美人! びっくりした」

「あ、ありがとうございます」
(ど、どうしたのよ、卓也?! 怖い顔して?!)

 いきなり黙り込む卓也と、彼の雰囲気の豹変ぶりに戸惑い始める一同。
 心配そうに顔を覗き込む澪に、卓也は、搾り出すような声で呼びかけた。

「――帰るぞ」

「えっ?!」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!
 どうしてぇ?」

「おい卓、いったいどうしたんだ?
 コイツも久々だろ? ほら、 朱河優花あけがわ ゆうかだよ。
 サークル時代に一緒だった」

「悪い、奥沢。
 せっかくだが、俺はもう――」

「え? え? ちょっとぉ、あたし、何か悪い事しちゃった?」

 動揺しつつ、きょろきょろ周囲を見回す“優花”は、だんだん泣き出しそうな顔つきになって来た。
 そして卓也は、上着を引っつかみ、財布から金を取り出すと、叩きつけるようにテーブルに置いた。

「じゃあ、俺帰る」

「待てって、卓」

「ちょ、卓也ぁ!」

「お前がそこまでふざけたヤツだとは思わなかった。
 こんなヤツと、一緒に飲めるわきゃないだろ」

「はぁ? ね、ねぇ卓也さん!
 あたし、あんたに何したってのよぉ!」

「そうだぜ卓、なんでいきなりキレんだよ?!
 お前、彼女と仲良かったじゃん? それなのに――」

「――!!」

 怒りの形相で一歩踏み出した卓也の腕を、澪が咄嗟に掴んだ。

「待って! 卓也!!」

「離せ、澪! もう我慢ならねえ、一発殴らせてくれ」

「だめーっ! そんな事、絶対だめー!!」

「な、殴る? なんで?」

「ちょ、卓也さん、おかしいよ?!
 いったい何があったの?!」

 あまりに異様な雰囲気になったせいで、周囲の席の客や、店員達まで何事かとこちらを見ている。
 立ち上がり、両肩を怒りに震わせている卓也を必死で止めながら、澪は極力冷静な声で話しかけた。

「ここにいるお二人は、卓也の知っているお二人じゃないのよ。
 冷静になって!」

「――!」

「え?」

「知っている二人じゃないって……な、何? どゆこと?」

 突然の発言に、目をパチクリさせる二人。
 澪は、慌ててフォローに入ろうとする。

「卓也、今はまず落ち着いて座って!
 ――すみません、お二人とも。
 実は、ちょっと変なお話をしなければならないんですけど」

 半ば無理やり卓也を席に戻らせると、澪はウーロン茶をぐいっと煽り、一息ついた。

「すみません、実はお二人に相談したいことがあるんです」

 ここからは、澪が仕切る。
 不貞腐れたようにそっぽを向く卓也をあえて無視して、澪は、複雑な顔つきで向かい合う奥沢と優花に、自分達の事情を打ち明け始めた。




 十数分後。

「――その話、マジ?」

「マジです。
 作り話じゃないんです」

 一通りの事情を話した澪は、二人の驚きの表情を交互に見回した。
 最初は信じられないといった表情だった二人だが、澪による説得力充分かつ丁寧な説明に、だんだん信憑性を感じ始めたようだ。
 そして決め手になったのが、先程卓也が怒り出した原因――“佐治優花の離反”についてだった。

「え、えっと、あたしが卓也さんの……彼女? んで、同棲? え? え?」

「いつの間にそんなとこまで」

「いやいやいやいやいや、あたしら、全然そんな関係じゃなかったじゃん!
 第一あたし、ずうっとユーイチ一筋じゃん? それで結婚までしたんだしー」

「え? じゃあ、卓也とは全然」

「そうよー! それに卓也さんだって、そんな風に見てなかったと思うよ、あたしのこと」

「……でも、そこの卓也にとっては、優花っちがかけがえのない恋人だったって……?」

「ああ」

 ようやく、卓也が反応する。
 三人は、気まずそうに顔を見合わせた。

「あ、あのさ、ちょっと信じられない話だけどさ。
 た、卓也さんが、その、あ、アタシ?
 あたしを見て怒り出した理由は、わかったよ。
 でもね、あたし、卓也さんの知ってる佐治? 優花じゃないからね。
 そこは信じて欲しい」

「そうだよ卓、俺だって、お前との関係が違うって聞いてショックだぜぇ。
 とりあえず、さっきのはもう水に流そうや、こっち向いてくれ」

「ほら卓也、皆さんもああ言ってくださってるんだから」

「……」

 ようやく、卓也が三人の方を向く。
 ふぅ、と一息つき、また澪が話を始めた。

「すみません、いきなりおかしなことに巻き込んでしまいまして」

「いやぁ、びっくりしたけど、もう過ぎた話はやめましょ。
それより、飲もうよ!」

「そそ、それにここ、飯も美味いんだよ!
 なあ卓、澪さんも一生懸命フォローしてくれてるんだからさ、ひとまず機嫌直してくれ」

「あ、ああ」

「ああ、最後に一つだけいいかな?」

 遅れてやって来たのに、既に四杯目になる中生ジョッキを空にすると、優花は何故かえっへん! と胸を張った。
 見惚れるような巨乳が、ぶるん! と震えた。

「あたしの名前、今は朱河だけど、旧姓は“御陵みささぎ”ね」

「え?」
「へ?」

「だから、そもそもあんたの言ってた“佐治優花”って淫売野郎とは、まぁったくの別人なの!
 つか、勝手にあたしの存在を使っといてその有様って、こっちも聞いてて怒るわ!
 なんなのその女、ここに連れて来てくれたら、明後日の朝まで説教しちゃるわよ!」

「おーおー、だいぶ回ってんな優花っち。
 ――まぁ、そういうことだ卓。
 お前は、本当に俺達の知ってる神代卓也じゃないのかもしれないけど、これも縁だ。
 俺達に出来ることがあれば、なんでも協力するぜ」

 先程あのような展開になったにも関わらず、二人は気を悪くすることもなく、卓也を慰め協力を申し出る。
 そんな態度に卓也は思わず目頭が熱くなり、そして澪は、二人の人柄に感動を覚えた。

「二人とも、なんか、ゴメン……ありがとう」

「ありがとうございます、お二人とも!
 私達、とっても困っていて、少しでも協力して頂ける方が欲しかったんです。
 本当に嬉しいです!」

 卓也と澪は、何杯目かになる飲み物を揃ってグイーと開けると、交互に頭を下げて詫び、礼を述べる。
 
 そんな二人に、奥沢と優花は、少し強張った笑顔を向けた。





(何があったの、卓也さん――相当、イッてんじゃん?
 並行世界って、何言い出すのかと思ったわ)

(ああ、多分あの澪って娘に、おかしな事吹き込まれてんじゃないのかな。
 なんかこう、新興宗教的な……)


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