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第四章 誰もいない世界から脱出編
ACT-48『この世界、やっぱりおかしいです!』
しおりを挟む翌日、卓也は引き続き街の探索に向かい、沙貴と澪は麗亜と子供の埋葬の為に、山へ向かうことにした。
早々に朝食を済ますと、それぞれの目的に合わせて行動を開始する。
何故なら、今日はどちらもかなりの時間を要することになりそうだからだ。
澪と沙貴は、秋葉原探索の時のアーミールックに身を包み、厳重に持ち物をチェックしている。
「卓也ぁ、お昼は自分で済ませてもらってもいい?」
「ああ、大丈夫だよ。
それより、二人とも気をつけてね」
「ありがとうございます、ご主人様。
どうかそちらも、充分にご注意の程を」
「あ! そうだ、卓也ちょっとごめんね。
お願いがあるんだけど」
「ん? どうしたの?」
「あのノート、貸してくれない?」
澪は、両手を合わせてぺこぺこ頭を下げる。
不思議そうな顔の沙貴に、アイコンタクトで黙るように合図を送りながら。
「珍しいな、別に構わないけど、どうして?」
「うん、ホラ、初めて行く所だし、何か参考になること書かれてないかなって」
「ああ、そういうことか。
いいよ、でもなくさないでね」
「ありがとう、卓也♪」
卓也に抱きついて、頬にキスをする。
顔を真っ赤にしながら、卓也は例のノートを彼に手渡した。
「じゃあ、早速行って来ます!」
「それでは、また夕方頃に」
「はーい、気をつけるんだぞ~」
ザックを担いで張り切って出かける二人を、卓也は手を振って見送った。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-48『この世界、やっぱりおかしいです!』
「さて、準備完了!
沙貴、早く二人を弔ってあげましょうよ」
「ありがとう、澪。
本当に助かるわ」
「同じロイエだもんね!
あと、沙貴に話しておきたいこともあるの」
「話しておきたいこと?」
「うん……卓也には、ちょっと話しづらいことなんだけど」
「わかったわ」
何かを察したのか、沙貴は、それ以上追及はしなかった。
窓を開け放ったままで駐車していたせいか、遺体を置いていた割には、室内は特に臭くはないようだ。
澪は、横たわる二人の遺体を振り返りながら、沙貴に話しかけた。
「そういえば、ここで見つかる死体って、みんなミイラなんでしょ?
普通、腐ってこう、なんていうか、えげつないことになるんじゃない?」
澪が、よくわからない変顔をしながら呟く。
沙貴は、顎に人差し指を当てながら、しばし考える。
「実は私も、それが気になっていたの。
私が見て来た遺体は、全部同じような状態になっていたわね」
「そうか、沙貴は一番沢山見てるから」
「これは私の想像なんだけど、もしかしたらこの世界には、"物を腐らせる細菌"がいないか、極端に少ないのかもしれないわね。
だから、水分が抜けてミイラみたいになってしまうのかもしれないわ。
一部白骨化している遺体も見たけど、あまり大差なかったような」
「そっかあ……あ、そういえば、秋葉原のレストランの冷蔵庫の野菜とかも、なんだか変な状態になってたわね。
あれも、もしかしたらそういうことなのかも?」
「可能性はあるわね。
であれば、もしかしたらこの二人を埋めてあげても、土に還ることはないのかも……」
そう言いながら、車の後ろを振り返る。
どこか悲しげな表情を浮かべる沙貴に、澪は、わざと明るい声で呼びかける。
「でもさ、やっぱり、休ませてあげようよ!」
「そう……ね、そうだわ。
あのままにしておくのは、さすがにしのびないものね」
溜息を一つ吐き、エンジンをかける。
サイドブレーキを戻し、ゆっくりアクセルを踏むと、滑るように車体が動き出す。
澪は、遺体が揺れ過ぎないかを確かめる為、途中何度も後ろを振り返った。
「あきる野の方へ行ってみようと思うの。
高速を使えば、一時間くらいで山に入れるわ」
「了解、途中でお買い物して行こうね」
「わかったわ。
まぁ、お金は払わないんだけどね」
「そだね!」
車は順調に、西方面へと向かって走る。
沙貴は、運転に集中しながらも、澪が話を切り出すのを静かに待ち続けた。
コンビニで麦茶といくらかの菓子パンを調達した卓也は、マンションから少し離れた場所にこっそり置いておいた"ある物"を確認すると、ニンマリと微笑んだ。
「うっへっへ、これが手に入ったのはラッキーだったぜぇ♪」
ポケットから取り出したキーを差し込み、イグニッションを回す。
グリップを握ると、右手の親指でスタータースイッチを押す。
途端に、軽い排気音が響き、振動が手に伝わってくる。
「よしよし、エンジンは快調だね。
じゃあ、早速行こうか」
一旦エンジンを切ってスタンドをたたみ、"それ"にまたがると、卓也はもう一度キーを回した。
――スクーターの。
(よし、これで行動範囲はかなり拡がる筈だ。
今日は、いつもなら足を向けない方面を走ってみよう)
落書きの主は、以前は自分達が乗っているランドクルーザーで都内を移動していた筈だ。
であれば、行動範囲も機動力のあるもので追う必要がある。
その為、卓也は歩きがてら、自転車のようなもので乗れそうな……はっきり言えば「パクれそうな」ものがないかを物色し続けていたのだ。
そして昨日、帰り際に見つけたのが、この黒い「HONDA Dio」だった。
ラッキーなことに、キーが刺さりっ放しだったのはありがたい。
左側のミラーがないのが少々不便だったが、どうせ他に走る車は殆どないのだし、と納得することにした。
(これなら昔乗ってたことあるし、全然問題ないね!
さて、今日はどっち方面に行ってみようか)
四ツ谷基準で移動方面を考えると、まず一番最初に思いつくのは、やはり新宿だ。
新宿では、過去に駅の南口で落書きを発見したことがある。
ここまでの調査で、落書きの主は、一度書き込んだ場所の周囲に別な落書きを行うケースも多いことが分かっている。
(であれば、やっぱり新宿だな)
卓也の、ひとまずの行き先は決定した。
ノーヘルで原付を乗り回す、ちょっとした背徳感と、風の流れが気持ちいい。
卓也は、新宿通りを西に向かい、トンネルを潜り抜けてJR新宿駅南口方面へ向かって走り出した。
十分程で辿り着いた新宿駅は、相変わらず静寂に包まれており、特にこれといった大きな変化は見当たらない。
南口の適当な場所に原付を停めた卓也は、改めて新宿駅の中を探索してみることにした。
とはいえ、新宿駅の中はとてつもなく広く、当て所なく落書きを探すとしたら、何時間あっても足りないだろう。
(さぁて、どうしたものかな。
とりあえず、気の向くままに歩いてみようか)
卓也はまず、以前一度見た南口をざっと周り、改札の中に入ってみる。
自動改札を通り抜けるのが意外に手こずるが、人目を気にする必要がないのが幸いだ。
なんとか乗り越えると、まずはホームへと続くフロアを流してみる。
(――おっ、早速あった)
今回も、柱の一部に、割と大きな字で書きこまれている。
前回来た時は、券売機の傍と、改札手前の柱に書き込みがあったのだが、今回もその流れで書き込んだようだ。
"果たして俺の書き込みは 誰かの目に止まることがあるんだろうか"
「見てるぞー、それどころか、追っかけてるぞー」と、小さな声で無意味に呟く。
ここでの落書きはまだあり、更には目立つところに書かれているだろうという傾向を見出した卓也は、、更に調べ回る。
数分後、総武線の入る16番ホームへの階段手前で、またも落書きを発見した。
"以前はこれに乗って自宅に帰っていた
なんだかもう 随分と昔の話のように感じる
なんだろう 景色も建物もあの時のままなのに
人が誰もいないってだけで とてつもなく長い時間が経ってしまったような気がする"
(……なんか、だんだん自分に酔って来てないか? この主は?)
落書きは、発見次第撮影して保存する。
卓也は、なんだか自分の行こうと思う先々に落書きがある気がして来て、もしかしたら落書きの主は、自分と近い思考か似たような行動習性があるのではないか、などと考え始めた。
総武線ホームに下りて数分、自動販売機の側面に、またしても落書きが発見出来た。
(なんかこう、俺が"ここかな?"と思う部分に書かれてるって感じになって来たな)
16番線の総武線は、千葉方面から来て三鷹方面へ向かう、東京を東から西に走り抜ける列車で、山手線の環状ラインをほぼ真横に通り抜ける。
という事は、落書きの主の自宅或いは拠点の最寄り駅は、大久保から三鷹までの九駅のどこかである事になる。
しかもこの先の駅は、他路線が乗り入れていたとしても結局新宿も経由している為、他の乗り入れ路線は殆ど気にする必要がない。
もっとも、そこからバスなどを併用したらもうわからないが、その時はきっと何か手がかりを残しているのではないか、という淡い期待もある。
(となると、まずは大久保、中野辺りから探索が賢明かな)
卓也は、落書きの主が自身の拠点としている地域に何かしらの痕跡を残している可能性を考え、当面の目的地を定めることにした。
だが念の為、他の場所もじっくり確認することにする。
――三時間後。
「ふう、ちょっと休憩しようかな」
途中コンビニで回収した食料を食べながら、卓也は、西口の東京メトロ丸ノ内線へと降りていく階段に腰掛けた。
外からうっすらと光が入りはするものの、ここから先はほぼ暗闇で、東口と西口を繋ぐ連絡通路は、もう殆ど地下迷宮の様相を呈している。
この先の探索は、恐らくもう意味がないだろうと判断する。
新宿駅構内を歩き回った卓也は、落書きは"主が主に利用していたと思われるルート上に書かれている"のではないかと仮定した。
(やっぱり、次の目的地は中野方面確定だな。
何かいい情報が見つかるといいんだがなあ)
持って来た麦茶をぐいっとあおると、卓也はきちんと手持ちの袋にごみをまとめ、腰を上げた。
ここは、あきる野市秋川渓谷。
午前中に良さそうな場所を特定し、到着したのはいいものの、やはり女性並の力で二人分の遺体を運搬するのは、かなりの重労働だった。
澪の判断により、多めに持ち込んだ水分と塩分タブレット、そしてタオルが効果を発揮する。
二人の美しい髪も、汗ですっかりべとついてしまった。
出来るだけ掘り返し易そうな土壌の場所で、尚且つ木々で覆われていない所を探すのは、なかなか骨が折れる作業だ。
更に、携帯用のシャベルで二人分の墓穴を掘るのは、想像を絶する難行で、二人とも、途中で何度も諦めそうになった程だった。
その為、想定の何倍も時間がかかってしまった。
汗だくで埋葬を終えた二人は、近くで見つけた大きな丸い石を上に置き、それを墓石代わりとする。
いずれ、ちゃんとしたものを添えてやろうという約束の下に。
ロイエと、名も知らない幼い男の子。
誰も居ない世界で力尽きたこの二人は、果たして、どんなことを想いながら眠りについたのか。
最期の瞬間まで、子供を護るように抱き締めていた麗亜の姿。
深い愛情を、命消え行くその時まで忘れなかった心意気に、澪と沙貴は、深く心を打たれた。
両手を合わせ、冥福を祈る。
一陣の爽やかな風が、二人の間を通り抜けて行った。
「澪、あのね」
突然、沈黙を破り、沙貴が話し出す。
「うん、どうしたの?」
「私、ずっと考えてることがあるの。
これから先、私は――」
「これから先?」
「……ううん、やっぱりなんでもない。
忘れてよ、澪」
「へ? あ、ああ、うん」
良く判らないやりとりに、澪は小首を傾げながらも、深くは追求しないことにする。
だが、沙貴の表情はどこか悲しげで、それでいて酷く強い決意を抱いているようにも感じられた。
午後三時を回り、疲労の極限状態になった二人は、景色の良さそうなところに移動して身体を休めていたが、その際、澪は"夕べ気付いたこと"を沙貴に報告した。
「ノートの二冊目?!」
沙貴は、思わず大きな声を上げた。
「そう、多分これが、卓也の探しているものだと思うの」
澪は、そう言いながらザックから例のノートと、麗亜が持っていファイルを取り出す。
沙貴は両方の内容をパラパラと確認し、溜息を吐いた。
「――さすがね、澪。良く気付いたわ。
確かにこのファイルのコピーのいくつかは、ノートからコピーされたものっぽいわね」
内容の記述が全く同じ部分を指でなぞりながら、唸る。
見比べてみると、ファイルのコピーは、ノートの前半の一部と終盤の辺りが片面印刷でプリントされているようだ。
しかし、ノートから直接コピーされたものではなく、コピーを元に更にコピーを重ねたようなもので、文字や図の一部が、ほぼ解読不可能な程に掠れている。
しかし、それ以外に奇妙なものが散見される。
「ここから先、このノートの何処にも記述がないわ。
もしかして、これが二冊目のノートってこと?」
「そうじゃないかって思うのよ!
見たところ、これもコピーみたいだけど、なんか妙な事が書いてあってね」
「妙な、こと?」
沙貴は、澪が指差す部分を集中的に読み込む。
そこには、一冊目のノートには見られなかった、奇妙なものについての記述が成されていた。
バ グ エ リ ア
この世界では、普通の世界では考えられないような異常な状況に変化している場所がある。
そこは、現実世界では、あまり人の多くない地域に発生しやすい。
何故"バグエリア"なのか?
それは、そこだけこの世界の常識が適用されず、更には、どう見ても「バグった」ようにしか思えないような異常事態が起きるからである。
「どういうことなの? これって」
「バグエリアって言われて、思い当たるのは何処?」
「それは……秋葉原しかないわよね?」
「そうでしょ、沙貴。
ってことは、このノートを書いた人も、ああいう異常なことになっている場所について知ってて、研究したんだよ」
「なんてことなの……それを、麗亜が持っていたってことは」
「麗亜も、バグエリアから逃れようとして行動してたんじゃないのかな」
「それなのに、秋葉原に?」
「うん、だから、そこが凄くひっかかるの。
旨く言えないんだけど、なんとなくこう、奇妙な何かを覚えるって感じの……」
「なんとなくわかるわ、その気持ち」
沙貴は、麗亜達の眠る墓標の方に視線を向ける。
だが、今となっては、彼らがどのような事を想い、行動判断していたのかは、わからない。
「このノート、もしかしてこの世界に迷い込んだ人達の間で、回覧されてるんじゃないかな?」
突然の澪の言葉に、沙貴がハッと顔を上げる。
澪の表情は、正に真剣そのものだ。
「そうね、確かに。
相当コピーが出回っているみたいだから」
「ということは、私達と麗亜達以外にも……あの落書きをしていた人以外にも、もっともっと大勢の人が、このノートの内容を知っている事になるよね」
「そうだわ。
――だとしたら、その人達は、いったい何処へ行ってしまったの?!」
夕暮れ時が近付き、空が赤みを帯び始める。
二人は、帰り支度を進めながらも、少し怯えた顔で話を続ける。
「ボクね、このファイルのこと、卓也には黙っていた方がいいと思うの。
沙貴は、どう思う?」
「同感よ、澪。
ご主人様には悪いけど……
いえ、ご主人様の為にも、はっきりしたことが分かるまでは、この事は内緒にしましょう」
「うん、そうしよ!」
二人の意志は、あっさりと統一される。
澪は、かつてその存在を恐れた沙貴という人物と、ここまで信用を交わし合うことになるなんてと、不思議な気持ちになっていた。
「――何、これ」
卓也は、思わず原付を止め、目の前に広がる光景に呆然としていた。
そこは、中野坂上。
青梅街道と山手通りが交わる交差点から、西に進み、しばらく行ったところ。
反対車線側にある、とあるスーパー。
その店内が、外から見てもはっきりわかる程に、異様な状況になっていた。
卓也は、思わず原付で道路を横切り、駐輪場に停車させる。
入り口のウインドウに近付くと、すぐ手前に置かれている"あるもの"に見入った。
「これ、何のだよ……恐竜か、怪獣か?!」
ガラス張りの自動ドア。
その向こうには、とてつもなく巨大な――"肉"があった。
推定直径及び幅約二メートル以上、包丁で綺麗にカットされた断面を入り口側に向け、所謂「ミディアムレア」の状態になっている。
この巨大肉塊が邪魔をして、中に入ることが出来ないようだ。
良く見ると、奥の方にも何かがある。
ライトを照らしてみると、なんと巨大肉の奥には、いったいどうやって育てたのかと言いたくなる程の、巨大な"キャベツ"が置かれているのが見えた。
「なんだよこれ……いったい、何人分あるんだ?」
それ以外の空間にも、様々な巨大食材が詰め込まれているようだ。
(四ツ谷駅の川の件といい、これといい……いったい、この世界で何が起きているんだ?)
卓也は、慌てて原付に乗り込むと、更に西に走り、鍋屋横丁の交差点を目指す。
そこで右折して北に向かえば、JR中野駅のある方面だ。
なんとなく大久保をスルーしてしまったが、そんなことはどうでもいい。
卓也は、本来の目的である落書き探しも忘れ、ただひたすら、当初の目的地の一つでもある、JR中野駅を目指した。
そしてそこで、更なる衝撃の事実を知る事になるのだが――
応援ありがとうございます!
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