美神戦隊アンナセイヴァー

敷金

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第一章:アンナローグ始動編

 第5話【実装】2/2

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「ひぇ……?!
 な、な、何が、何が起きてるの?!」

 顔を上げた愛美が見た光景は、惨憺たるものだった。
 大穴の空いた館の外壁、抉り取られたような庭、途中からボッキリ折れている木々、小さなクレーターを思わせる、陥没した地面、そして散乱する不気味な肉片……
 それが、自身のパワーによって引き起こされた影響だと、にわかには信じがたい。

「わ、私……なんてことを!」




 気が付くと、愛美の視界に、何か文字のようなものが映っている。
 それは、彼方に吹っ飛ばされた豚面の怪物の方にアラートを示しているようだ。
 
『聞こえるか……千葉愛美、聞こえるか?』

 と突然、聞き覚えのない男の声が届いた。

「えっ?! ど、どなたですか?!
 ど、どこから聞こえるの?!」

 困惑してきょろきょろ辺りを見回す愛美に、謎の男は、少し慌て気味に話し出した。

『左上腕に、手をかざせ』

「えっ?!」

『左上腕だ。二の腕といえば分かるか?
 そこに赤色のパーツが付いている筈だ。
 それを、手に取れ』

「ど、どういうことでしょうか?!
 あ、貴方はどなたですか?!」

『いいから、早くしろ!』

「ひぇ?! は、はいっ!」

 謎の声に怒鳴りつけられ、愛美は訳もわからずに左上腕に手を伸ばした。
 指先が、腕輪のようなものに触れる。
 こんなものを着けた覚えはないけど……と考えていると、その腕輪のようなものは、勝手に外れた。

「は、外れちゃいましたけど?」

『それを掴んで翳せ!
 転送兵器だ。
 今回だけ、こっちで操作する!』

「て、てんs……わわっ?!」

 男の声の直後、右手の中で突然腕輪が光輝いた。
 やがてそれは光に完全に溶け込み、形状を変化させる。
 数秒後、腕輪は消え、代わりに刃渡り25センチほどの赤い短刀のようなものが手に握られていた。

「か、形が変わりました!
 ほ、包丁ですか?!」

『アサルトダガー、だ。
 それで、XENO(ゼノ)にトドメを刺せ!』

「ぜ、ゼノ?」

『今、お前に迫っている、バケモノのことだぁ!』

「迫っ……ひえぇぇぇ?!」

 ブモオオオオオオォォォ!!

 林の向こうから、豚面の怪物が突進して来た。
 短刀を手にしたまま、愛美は怪物から逃げようとする。
 その時、再び足の周囲が光を放ち、身体が浮かび上がる。
 
『コラ、逃げるな! 怪物を倒せ!』

「そ、そ、そんなの無茶ですぅ!
 な、なんで私が、そんなことを?!」

 愛美がそう叫ぶのと同時に、肩と腰から、またも大量の光の粒が噴き出す。
 と同時に、彼女の身体は、上空まで一気に飛翔した。

「ひえぇぇぇぇぇぇぇぇ―――っっ?!?!?!!」

 まるで弾丸のような勢いで空中に飛ばされた愛美は、雨雲の中に飛び込んだ。
 ようやく停止した自分の状況に、彼女は言葉を失う。

「こ、こ、こ、ここ、どどど、何処ですか?!
 わ、私、飛んでる?! 浮かんでる?! なんで?!」

 視界の端に、「13,000m high」と表示されている。
 それに気付いたのと同時に、また男の声がした。

『アンナユニットを装備しているからだ』

 少し呆れたような口調で、またも男の声が響く。
 
『いいか、千葉愛美。
 今は細かな説明をしている暇はない』

「そ、そう言われても……」

『今のお前は、普通の人間にはない力を備えている。
 空も飛べるし、浮くことも出来る。
 そして、あのバケモノを倒せる力も持っている』

「――え?」

 半信半疑のまま、男の言葉に耳を傾ける。
 やがて、愛美の視界の端に長方形のウィンドウが展開し、そこに見知らぬ男の顔が表示された。

「ど、どなたですか?!
 は、初めまして!」

『挨拶など、どうでもいい!
 いいか、千葉愛美――いや、アンナローグ!』

「あん……ロープ?」

『ロー"グ"だ!
 今すぐ、館に戻れ!
 このままでは、あの怪物に皆が襲われてしまうぞ!』

「皆が……はっ、そうでした!」

 ようやく、自身が置かれていた状況を振り返る。
 愛美は、短刀を強く握ったまま、下界を眺め――戸惑った。

「あ、あの、つかぬことを伺っても、よろしいでしょうか?」

『なんだ?』

「どうやって、戻ればいいんでしょう?」

『行きたい所を思い浮かべろ!
 AIが察知して、ヴォルシューターを自動調整してくれる』

「ぼ、ぼるてっか?」

『ヴォルシューター!
 いいから、早よ行けいっ!』

「は、はいっ!!」

 画面の男は、青筋を浮かべて激しく怒鳴りつけ、画面から消える。
 愛美は、言われた通りに、館の光景を思い浮かべた。
 次の瞬間、彼女の背中からまた推進力が発生し、地上に向かって撃ち出された。

「ひ、ひえ―――っっ?!?!
 ま、またこれえぇぇぇぇぇぇぇぇ?!?!」

 雨雲を切り裂く勢いで、愛美は再び飛翔した。
 涙目で。



 豚面の怪物は、愛美が空けた大穴をくぐり、再び館の中に戻っていた。
 そこに、凱も辿り着き、対峙する。
 
「愛美ちゃん、どこ行ったんだ?!」

 仕方ない、といった態度で、凱は懐から大型の銃を取り出した。
 それは、先程北の棟で使った拳銃とは別物で、まるで鈍器を思わせるごついボディのものだ。
 円筒型で肉厚の銃身、グリップ上部に付いた小型のモニタ、レーザーサイト……
 それを怪物に向けると、凱は重心を落とし、脚を開く。

 爆発音にも似た発射音が轟き、銃身が火を噴く。
 小型の爆弾が破裂したような轟音が響き、怪物の周囲が一瞬真っ赤に照らされた。

 グモオォッ!?

 怪物は数メートルのけぞり、大穴手前まで後退する。
 弾が命中した左胸付近の肉は削ぎ落とされ、気味悪い肉と神経の塊のようなものが覗いている。
 その中心辺りに、巨大な"眼球"のようなものが見えた。

「核(コア)は、あそこか!」

 続け様に、銃を撃つ。
 だが怪物はそれを避けるように、西棟側に身をかわした。
 銃弾が、外に消えていく。

「やべぇ、そっちは!」

 凱は、誘い出すように近付く。
 だが、怪物は凱には目もくれず、西棟の入り口へ向けて逃げていった。
 そこは、東棟への入り口とほぼ同じ構造だが、扉は開きっ放しだ。
 どんどん先へ逃げていく怪物を見て、凱は、突然妙な違和感を覚えた。

(おかしい……確かこっちには、夢乃と他のメイド達がいる筈だ。
 なのに、誰も騒いでいる様子がない。
 これだけ大騒ぎになってるのに?)

 やむなく、凱はそのまま怪物を追いかけた。
 


「わわわ~!
 ぶ、ぶつかる~?!?!」

 大空の旅から戻ってきた愛美は、先程飛び立ったのとほぼ同じ地点に戻って来た。
 幸いにも何かに激突することはなく、その手前でふわりと停止し、安全に着地に成功する。
 
 不意に、館の壁の大穴から、何かが高速で飛んでくるのが見えた。

「えっ?」

 無意識に、それを手で掴む。
 手の中には、先端が丸く加工された金属製の円筒が握られていた。

「な、なんでしょう、これ?
 ――って、そ、それよりも、あのバケモノは何処に?」

 と言った途端、視界に大きな矢印が表示された。
 それは館の大穴の向こう、左方向を示している。

(私の疑問に、答えをくれているの?)

 愛美は、矢印の指し示す方向に向かって低空飛行すると、独り言を呟いた。

「この、漁るとだがーっていう包丁の使い方を、教えてください!」
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