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第二章 アンナウィザード&ミスティック登場編
第9話【不安】2/3
しおりを挟む初めてのショッピングは、想像以上に楽しかった。
雑貨店を巡り、ロフトに並ぶ様々な商品を眺め、姉妹の説明を受けて様々な商品に感銘を覚える。
マンションで使う日用品は、二人の提案を基に自分で選び、決済は舞衣がカードで行う。
かなり沢山の品物を購入したが、その殆どを発送処理にしてしまった。
一時間もする頃、愛美は、だんだん不安になって来た。
「あ、あの、もう結構購入したと思うんですけど……だ、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ、ご心配なさらないでください」
「で、ですが」
「無駄遣いはしてないし、ちゃんと経費で出してるから、問題ないんだよ!」
「け、けーひ?」
「そうです、愛美さんの生活の必要経費は、全部それでお支払いしていますから」
「え? え? ちょ、ちょっと待ってください?!
だんだん、わけが分からなくなってきたんですけど」
「ねえ、お姉ちゃん。
そろそろ、愛美ちゃんに説明してあげた方がいいんじゃないかなあ」
「でも、勇次さんが」
「だけどさぁ、愛美ちゃん、すっかり困っちゃってるよぉ」
「う~ん、そうですねえ」
愛美の困惑する顔を見て、舞衣は顎に指を当てて少し考えた。
「それじゃあ愛美さん、この後、どこかでお茶でも飲んで、そこで説明させて頂いてもよろしいですか?」
「はい、是非……って、お茶ですか?
それでしたら、マンションに戻って私が」
「お茶、って言ってるけどね、本当は、何か美味しいスイーツとか食べに行こうってことね」
「す、スイーツですか?」
(スイーツ? って、いったいなんだろう?)
「せっかくですから、色々なところを回りましょう」
「は、はい!」
舞衣と恵は、とても嬉しそうに愛美を案内する。
二人が、とても楽しんでいることは、愛美にも良く理解できた。
だが、先程から言い知れぬ不安が拭えないのも、また事実だった。
(なんで、私ごときが、こんなに厚待遇を受けられるの?!
もしかして、その分、とんでもなく大変な仕事をさせられるのでは?!)
その疑問は、もはや彼女達に直接聞くしかない。
相模姉妹の申し出は、ある意味愛美にとっても好都合だった。
「じゃあねえ、メグのオススメのお店が十軒くらいあるから、どういう順番で回ろうかな?」
「えっ?」
「そうね、でもお昼ご飯も食べなければいけませんから、 今 回 は 一軒だけにしましょう」
「そうだねー」
「え、ちょ」
「とっても美味しいお店を紹介するから、楽しみにしてね、愛美ちゃん♪」
「ひえ……」
愛美の背中に、冷たいものが迸った。
その頃。
都内のとある場所、地下深くに存在する“SAVE.”の施設。
そこに、とある少女が姿を現した。
腰まである長い髪を首の後ろで結び、やや幼さの残る顔に、目を見張るほどの大きな胸。
そして、メリハリのあるボディに、女性にしては高い身長。
丸く大きな眼鏡を指で押さえると、少女はエレベーターを降り、人気のない暗いエリアに立ち入った。
ゲートをくぐり、青いランプが点くと、エリアの照明が灯った。
「来ました」
長身の少女は、薄暗い室内に呼びかける。
すると、奥の方で靴音が聞こえて来る。
やがて、暗闇の向こうから白衣の男・蛭田勇次が姿を現した。
「良く来た、向ヶ丘未来(むこうがおか みき)」
頭をボリボリと掻きながら、勇次は睨むように少女を見つめてくる。
それに臆することなく、少女はよく通る声で返答した。
「今日呼ばれた理由は、先日の件ですか?」
「そうだ。
知っての通り、既に千葉愛美がガーデンプレイスに入室している」
“千葉愛美”という所で、向ヶ丘未来と呼ばれた少女は、眉を潜めた。
「今は、相模姉妹が対応している。
やがて、こちらにも通わせることになると思うので、実働班リーダーであるお前にも、彼女の事を伝えておこうと思ってな」
「必要なデータは既に頂いてますが、それ以外にも?」
「そうだ。
特に、アンナユニットとの適正に関しては、重要だろうと思ってな」
「分析が終わったということですか」
未来は、勇次の定位置である席のモニタを覗き込む。
勇次は、先日凱に説明したような、アンナローグ初始動の状況と性能に関する情報を伝えた。
一通りの情報を聞かされた未来は、眉一つ動かさず、勇次に向き直る。
「確かに、驚くべき性能差ですね」
感情のこもらない声で、淡々と呟く。
「そうだ。
これだけの性能差が出るとなると、06とそれ以外の機体の性能差が開き過ぎるだろう」
続けて勇次は、未来に上から吊り下げられている大型モニタを観るように促す。
「これを見ろ」
ウィンドウ内のファイルを開き、動画を再生する。
そこには、暗い林のような光景が映った。
「これは?」
「井村邸で、アンナローグのマーカーが自動撮影した動画だ。
見ていろ」
「……」
動画は、一瞬館の壁に開いた穴を見て、その後すぐに林に向き直る。
その瞬間、手袋のような残像が一瞬画面を横切った。
「今のは、アンナローグの手ですか?」
「そう。
問題は、次だ」
「――っ!?」
未来は、思わず息を呑んだ。
動画の視点は、次にアンナローグの右手の中に移動する。
そこには、金属製の円筒が握られていた。
「これ……まさか」
「そうだ。
凱が撃ったブラスターキャノンのブラスト弾だな」
井村亭にて、アンナローグが外へ吹っ飛ばしたオークが館内に戻って来た時、凱はブラスト弾を二発撃った。
一発目は左胸に命中したものの、二発目は外れ、壁の穴を通り抜けて行ったのだ。
「それを、咄嗟に手で掴み取った、と?」
「そうだ。
しかも、たまたま向いた方向から飛んできたものを、だ。
こんな事、オリジナルのアンナユニットのごついマニピュレーターでは、到底不可能な芸当だ」
「……」
「仮に、この実装ミスでアンナローグの性能が向上したとしても、パイロット自身の視認性や動体視力を向上させることは不可能だ。
だが、実際にはこの通りだ」
「確かに、これを観てしまうと、性能の向上は認めざるを得ませんね。
それで、私にこれを見せた理由は?」
「アンナユニットへの搭乗経験が、最も多いお前に尋ねる。
もしこれだけの性能を、今のアンナパラディンに適用した場合、どのような問題が考えられる?」
「恐らく、急激な性能差に操縦感覚は完全に狂ってしまうでしょうね。
繊細な操作が求められますから、運用に大きな支障を来す可能性は無視出来ません」
間髪入れずに、回答する。
満足そうに頷くと、勇次は横目で未来を見た。
「そんな事が、実現可能なのですか?」
「恐らく、という想定の範囲に過ぎんがな。
メカニック班の今川の提案で、アンナローグのOSを他のユニットに上書きコピーする」
「待ってください、蛭田博士。
確かにアンナユニットは共通のOSですが、アンナローグはOS自体にも変化が生じたのですか?」
思わず身を乗り出す未来に、勇次は静かに頷いた。
「詳しくは、今川の解析待ちだ。
だが今聞いている情報だと、あらゆるシステムデータが更新されていて、しかもそれまでになかったファイル構成も加えられている。
無論、ウイルスによる影響などではない」
「要するに、これまでのOSがアップデートされたようなものですか?」
「さすがだな向ヶ丘」
「まさか、そんな」
未来は、無意識に眼鏡のブリッジを指先で摘む。
「恐らくだが、ブラックボックスの干渉で書き換えられた可能性が高い」
「それはありえなくないですか?
それでは、ブラックボックスを作られた仙川博士は、何年も先の未来を見越したアップデータプログラムを、過去に用意していたことになりませんか?」
未来の言葉に、勇次は眉間に皺を寄せて俯いた。
「俺も、向ヶ丘と同意見だ。
だが――もはや、そうとしか考えられん」
「そんな……
仙川博士は、いったい何者なんですか?!」
「あれは……怪物だ」
二人の脳裏に、今はもうここに――否、この世にいない男・仙川の姿が浮かんだ。
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