美神戦隊アンナセイヴァー

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第三章 第4・第5のアンナユニット編

●第15話【邂逅】1/2

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 美神戦隊アンナセイヴァー

 第15話 【邂逅】



 あれから、どれくらい歩いただろうか。
 もうすぐ夕方、陽は沈み始めており、気温の高さも幾分落ち着きを見せ始めた。
 通りがかった公園の腕時計を見ると、もう5時を回っている。
 炎天下の中随分長くさ迷ったので、既に疲労困憊、空腹の上、喉もからからだ。
 何の計画性もなく、突発的にマンションを飛び出した事を、愛美は心底後悔していた。

 今は、全く見覚えのない場所に佇んでいる。
 どこかの駅前のような、少し賑やかな場所。
 以前舞衣や恵美と訪れた、渋谷に似ている……気がするが、確信が全く持てない。

(えーと……ど、どうしよう。
 ここ、何処なんだろう?)

 完全に現状を把握出来なくなり、だんだん心細さが膨らんでくる。
 迷子になった小さな子供のように、愛美は瞳に涙を一杯溜めながら、キョロキョロと周りを見回した。


「おい、アレ」

「へぇ、結構いいじゃん?」

「誰が行く?」

「じゃ、俺行くわ♪」

「また今度もダメなんじゃねーの?」

「っせーな。 いいからそこで見てろよ」


 不意に、何者かに肩を叩かれ、びくっと身を振るわせる。
 振り返ると、そこには細身で背の高い青年が満面の笑顔を向けていた。
 見覚えは、全くない。

「どしたの、こんな所で?」

「え? あ、あの」

「一人なの? 待ち合わせ?」

「あ、いえ……そういうわけでは」

 優しい声を掛けられ、思わず溜まっていた涙が零れ落ちる。
 その泣き顔に一瞬面食らうが、青年はニヤリと口元に笑みを浮かべた

「良かったらその辺でさ、少し話しない?
 ね、いいだろ?」

 青年は、妙に早口でまくしたてる。
 落ち付きの全くないその態度も、今の愛美には、とても頼り甲斐がある存在に思えた。

「わ、私、行くところがなくて、その……」

「もしかして、家出したの?」

「いえ、そういうわけではないのですが」

「だったら俺が、泊まれる場所教えてあげるからさ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、ホント。じゃ、いいだろ?」

 勢いに押され、コクリと頷きを返す。
 青年の目がギラついている事に、愛美は全く気がつかなかった。


 青年の知り合いと名乗る男達が、どこからともなく四人集まってきた。
 彼らに導かれ連れてこられたのは、裏通りの薄暗い喫茶店風の店だった。
 喫茶店というよりは、工場の倉庫といった方がしっくり来るようなレイアウト。
 そんな中、先程の青年は、何故か自慢げに周りの男達に語り、悦に入っている。
 愛美は、かなり居心地の悪さを実感していたが、提供されたお冷でかろうじて喉の渇きは癒すことが出来た。

「あー彼女、なんか飲まない?
 酒もあるよぉ?」

 そう言いながら、別な男が馴れ馴れしく肩に置く。
 気のせいか、時々胸の辺りをまさぐるような動きをする。
 居心地の悪さに加え、周りの人間の好奇の視線に、いつしか愛美はすっかり怯えてしまっていた。

「リュウジ、その娘さぁ。
 良く見ると、スタイル良くねぇ?」

「つーかさ、よく見るとヤらしい身体つきしてんよな」

「お前にしては、いい娘ゲットしてきたなー?」

「わかってて付いて来たんだろ?
 結構遊んでんじゃないの?」

「オイ、いつまでもうらやましがってんじゃねーよ!
 散れやうぜぇから」

「そう言うなって。なぁ、後で俺らにも回せや」

 意味不明な言葉と、クスクスという嫌らしい含み笑いが、狭いボックス席に充満する。
 愛美は、これ以上ここに居てはいけないのでは、という気持ちで一杯になった。

「あ、あの、私、やっぱり帰らないと」

「えー? 帰るって、何処へ?」

 肩に置かれた手が、ガッシリと身体を掴む。
 その男の反対側に座った青年は、彼女の太股に手を載せ、身体を密着させながら執拗にまさぐり始める。
 男達の粘着質な視線が絡みつき、不安さが増大する。
 しかし、愛美はとても反抗できる状態ではなかった。

「場所変えようよ。わかるだろ?」

「え? あの、どういうことでしょうか?」

「泊まれるところに案内するっていったじゃん。
 今から、そこ行こうって話さ」

 周りからは、また罵声のような冷やかしの声が上がる。
 青年の優しそうな言葉の中には、抵抗を許さぬ迫力も秘められていた。
 完全に怯えてしまい、声を出せなくなった愛美に、青年は急に声色を変えて来た。

「ここまで来たんだからホントはわかっているんだろ? ん?」

(まさか、この人達は……私を……?)

 その言葉で、彼らの要求が何か、察しが付いた。
 今更判断が甘かった事に気付くが、もう遅い。
 悲しくもないのに、また涙が溢れそうになる。 

 しばらく間を置いて、愛美は、うつろな表情のままで小さく頷いた。





「なに?! 愛美が消えただと?!」

 地下迷宮(ダンジョン)の研究班フロアに、勇次の怒声が響き渡る。
 その声に驚いて、上のエリアに居た今川が覗き込んできた。

「どうしたんすかー? 勇次さん?」

「凱から連絡があった!
 千葉愛美が行方をくらませた!」

「えーっ?! な、なんでですか?!
 オレ、まだ逢ってなかったのに!」

「あの時、ハンバーガー買いに外出してなければ、逢えたんだがな」

「そんなん、どーでもいいじゃないですか!
 それより、どうすんですか!
 捜すんです? 捜すんです?」

 頭上から降り注ぐ耳障りな声に、勇次は思い切り嫌そうな顔をする。

 その後、いつまで経っても反応がない愛美に疑問を抱いた舞衣と恵は、凱に依頼しマスターキーで中に入った。
 万が一、室内でトラブルが起きていた場合を想定していたのだが、そこに愛美の姿はなかったのだ。
 しかも、ご丁寧にパーソナルユニットであるペンダントが置き去りにされていた。

 愛美は、自分の意志でここを去った。
 そう結論付けるしかない。

 舞衣は言葉を失い、恵は何か気に障るようなことをしたのではないかと自分を責め、悲しんでいる。
 そして凱も、なんとも言い難い感情を、彼女に対して抱き始めていた。

 愛美行方不明の情報は、その後すぐに“SAVE.”全体に通達された。
 無論、未来の所にも。

 勇次は、現在地下迷宮(ダンジョン)の中に居るスタッフを緊急招集し、対策会議を行うことにした。
 それと連携を取り、凱はナイトシェイドで出動する。
 土地勘のない愛美が、そう簡単に遠くへ行ける筈はない。
 それはスタッフ全員の共通認識だが、問題は別な所にある。

 万が一、愛美がXENOに遭遇してしまったら――

「なんとしても、それだけは阻止せねばならん!
 あいつの損失は、この“SAVE.”の存在意義の消滅を意味するからだ!」

 勇次の言葉が、組織全体に広がる。
 大規模な捜索劇が、開始されることになった。


「――承知しました。
 私も、捜査に加わります。はい、では……」

 スマホを切ると、未来はすぐに着替えを始める。
 呆れたため息を吐くと、窓の外の景色を眺めた。

「千葉、愛美――」

 誰に言うでもなく静かに呟くと、未来は左腕に嵌められたブレスレットを確かめた。

 彼女の、パーソナルユニットを。
   







    
 時間は、もう21時をとっくに回っていた。
 時間感覚が麻痺するような店を出て、愛美は青年に抱き寄せられたまま、いくつかの路地を巡って人通りの少ない通りに出た。
 辺りには無数の看板と、似たような建物が乱立する。
 いずれも入り口付近に背の高い壁があり、中の様子は見えない。
 愛美は、以前舞衣や恵と来た場所にも、似たようなところがあったことを思い出す。

「よーし、ここでいいか」

 青年は、その壁に掛けられた価格表のようなものを物色し、呟いた。

「いいんじゃねえの? ここにしようぜ」

「おいおい、お前らまで一緒に来るのかよ?」

「何言ってんだ、その子それでOKしたんだろ?」

「あー、そういうことかよ!
 いいねえー、全員でマワすってのも♪」

 男達の意味不明な会話に、益々恐怖感が高まっていく。

「あ、あの……どうしても、行かなきゃだめですか?」

 恐る恐る尋ねるが、青年は睨みつけるような怖い顔を向けて来た。

(……えっ? また、誰か?)

 遠くから、こつこつと誰かが迫っている足音が聞こえたような気がした。
 だがそれに注意を向けるよりも早く、愛美は青年に抱きこまれるように、壁の裏側へと連れ込まれた。

「あっ、痛っ! ら、乱暴にしないでください!」

「悪い悪い! な、ここでいいだろ? いいよな? な?」

 執拗な誘惑者にもはや観念した愛美は、力無く青年に身を任せるしかない。
 軽く舌なめずりをし、青年と男達は、自動ドアへ進もうとした。

「ねー、ちょっとお」

 その時、突然、背後から聞き覚えのない声が響いた。
 男達の動きが、止まる。

「さっきから見てんだけどさぁ。
 その子、めっちゃ嫌がってない?」

 声は、女性だ。
 それも、かなり若い。
 驚いて振り返ると、それより先に男達が声に反応していた。

「あぁ? なんだてめぇ?」

「いやあ、ただの通りすがりだけどね。
 あんたら、大勢で女の子引っ張ってってるからさ、すっげー目立ってたよ?
 気付かんかった?」

「うるせぇな、消えろや」

 そう言いながら、男の一人が声の主に向かって、右腕を振るい上げた。
 だが――

「おっと」

「ぬぇっ?!」

 どすん! という激突音と共に、男は空中で一回転して倒れた。
 一瞬、何が起きたのか分からず、全員の動きが止まった。

「あれれ? 大丈夫~?」

「こ、このやろぉ!」

 続けて、もう一人の男が挑みかかる。
 だが、ズン! という鈍い音が響いた途端、その場で崩れ落ちた。
 もはや何がどうなっているのか、愛美には全く理解が及ばない。

 声の主の姿が、ようやくはっきり見える。
 それは、髪の短い少年だった。
 赤色のTシャツを着て、下はデニム。
 スレンダーな体格で、一見した限りでは、とてもこの男達と対峙出来る様には思えない。

「あらよっと!」

 少年は、見たこともない体さばきで残る三人の許へ飛び込むと、肘打ち・裏拳と連発で打ち込み、更に反対の手で掌底突きを繰り出す。
 トドメとばかりに、最後に腹部に重い膝蹴りを叩き込む。
 人間を叩いて出るとは思えないような、重く響く音を鳴らし、男達は声もなく地面に倒れた。

 残っているのは、愛美と彼女の肩を掴んでいる青年だけだ。

「な、な、何だよ、お前?!」

「はいはい、そこまでね~!」

 あっさりと腕を捻られ、青年は愛美から引き剥がされる。

「い、いてーっ! いてててて?!」

「ちょっと折っとこか? この悪い腕?」

「ちょ、や、やめ……!!」

「だったら、最初からやるんじゃねえよ」

 手を離した次の瞬間、青年の鳩尾に、容赦ない正拳突きが叩きこまれる。

「ぐ……ほっ!!」

 何の抵抗も出来ず、青年は白目を剥いてその場に倒れた。
 まさに、一瞬の出来事。
 五人の男達は、全身を痙攣させながら呻き声を上げている。

「何ぼぅっとしてんだ! 行くよ!」

「え? あ、きゃあっ?!」

 愛美の腕を掴むと、少年は強引に外へ連れ出した。
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