美神戦隊アンナセイヴァー

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第三章 第4・第5のアンナユニット編

●第16話【掃除】1/3

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 JR東京駅・丸の内中央口周辺の広場にて、とある奇妙な事件が起きた。

 夜遅く、行き交う人々も少なくなった駅構内を、猛烈な勢いで走り回る男が現れた。
 日本橋口方面から有楽町方面に向かい走るその男は、身体の前面の大半を真っ赤な血で染めている。
 だが何より奇怪なのは、その顔だ。

 男には、目が一つしかなかった。
 それも隻眼ではなく、額から鼻にかけて、通常ではありえないほど巨大な「眼球」が付いているのだ。
 それはさながら、古い怪談に登場する「一つ目小僧」そのものだ。

 数名の駅員に追われながら、一つ目小僧ならぬ一つ目男は、息を乱す様子もなく、通りすがりの幾人かの客を突き飛ばしながら全力疾走した。
 通路には、事態の異様さに感づいた客達が集まり、スマートフォンでその様子を撮影する者も居た。

 無論、男の「血の痕」「一つ目」などの奇怪さも目を引き、撮影された写真や動画は即座に各種SNS上にアップされていた。 


 だが、八重洲北口改札付近まで近付いた時。
 一つ目男は、新幹線乗り場方面から突然飛び出して来た、数名の男達によって取り押さえられた。
 正面からタックルするように飛び込んだ者に続き、全方向から飛び掛り、そのまま乱暴に床に押し倒す。
 それは一見公開リンチのようにも思えたが、特に殴ったり蹴ったりはしていないようだ。

 野次馬達が不安げに様子を見守る中、また別な男がその場に飛び込んできた。

「すみませーん! これ撮影でーす!」

 その声に、野次馬達の緊張感が瞬時に緩む。
 押さえつけた者達は、一つ目の男を優しく抱きかかえるように立たせてやると、「おつかれー」「いやーすげぇ迫真の演技!」などと、ねぎらいの言葉をかけ始めた。
 彼らに支えられて顔を上げた“疾走男”は、いつの間にか普通の人間の顔になっていた。

「すみませーん! YOUTUVEの動画撮影でしたー!」
「お騒がせしてすんませんっしたー☆」

 男達は、後から駆けつけた駅員達に頭を下げながら、何やら懸命に弁解している。
 そんな様子に、大勢の野次馬達は、それぞれの帰路へと戻って行く。
 駅員にこっぴどく叱られた男は、引き返す彼らに「バーカ」と小さく呟くと、駅の外に向かって行った者達の後を追って行った。



 先程、疾走する一つ目男を取り押さえた者達が、人気のなくなった丸の内ビジネス街でたむろする。
 そこに、遅れてやって来た男が合流する。
 それを待っていたかのように、水色のワンピースをまとった麦藁帽子の少女が姿を現した。
 小学生くらいに見えるその小柄な少女は、明らかにこの時間、この場所には不似合いだったが、男達は誰も何も言おうとしない。

 少女は、何も言わずに分厚い封筒を男達に手渡した。

「ご苦労様」

 先程、駅員に止められた男が、ひったくるように封筒を受け取った。
 その額を見て、「ほぉ!」と感嘆の声を漏らす。

「あの変なマスク被ったおっちゃん、あんたの言う通り適当に解放したけど、いいのかよ?」

「いいのよ」

「んで、あの気色悪いおっさん、何者?」
「そうだよ、なんか体がぶよぶよしててキモいしさ、血みたいなの付いてるし」

「詮索はしないで。
 その分それに充ててるでしょう?」

 そう言いながら、少女は封筒を指差す。

「あ、ああ……まあ、俺らは貰えるもの貰えりゃいいんだけどな!」

 自分よりずっと年下の少女の“迫力”に圧され、男達はそれ以上疑問を口にしなかった。
 まるで怯えるような態度で少女から遠ざかり、早足で姿を消していく。

 彼らの姿が完全に見えなくなったのを確認すると、少女はガラケーを取り出し、誰かに連絡を始めた。


「――もしもし。
 原宿駅の案件ですが、想定外な場所での発動となりました。
 ――東京駅構内です。
 はい、ええ……支障はありません」

 電話の向こうの声に、目を閉じながら静かに返答する。
 一切の感情を込めずに。

「――はい、一名の駅員が巻き込まれた模様です。
 しかし、ご安心ください。そちらの始末は既に」

 短い通話を終えると、少女は東京駅の方向をしばらく見つめ、オフィスビル街の暗闇に溶け込むように姿を消した。





 美神戦隊アンナセイヴァー

 第16話 【掃除】



 その晩、愛美は“石川ありさ”と名乗る少女の申し出で、一夜の宿にありつける事となった。
 もうかなり遅くなってしまったが、ありさは愛美を自分の住むアパートに連れて行った。

「古いアパートなんだけどさ。
 親戚が大家さんでね、特別に安く部屋貸してもらってるんだわ」

「そ、そうなんですか」

 ありさの言う通り、そのアパートは、どう見ても平成を通り越して昭和の時代からあるような、古めかしい複数世帯合同タイプだった。
 夜でもわかるくらいくたびれた外装、外付けの階段と錆が目立つ手すり。
 既に就寝している世帯が多いのか、殆どの部屋の明かりは点いていない。
 ありさの部屋は、二階の向かって一番奥。
 正直、あまり日当たりが良さそうには思えない物件だ。

「散らかってるけど、どーぞー」

 鍵を開け、ありさは愛美を自室に招き入れた。

「お、お邪魔いたしま――いっ?!」

 玄関に入った時点で、愛美の思考は、停止した。
 目が、点になっている。

「あはは! ごめんごめん、今朝ゴミ出し忘れちゃっててさぁ!
 だからこんなんなっちゃっててー」

 ありさが、照れ笑いを浮かべる。
 一方の愛美は、目の前に広がる凄まじい光景に、ただ硬直するしかなかった。

 積み重ねられた無数のごみ袋と、何時から積まれているのかわからないダンボール箱の山。
 洗い物がギチギチに詰め込まれたキッチンシンク、空のペットボトルが散乱する床。
 倒れて中身がこぼれているゴミ箱に、束ねられることもなくただ重ねられただけの雑誌類。
 脱ぎ捨てられた衣服、敷きっ放しと思われる布団、その周囲に散らばる漫画や携帯ゲーム機。
 そこには、一人暮らしという名の“暴力的な光景”が、力いっぱいに広がっていた。

 白目を剥いた愛美の頭から、プシューと音を立てて、何かが噴き出した。

「おーい、愛美?」

「……」

「だ、大丈夫だって!
 もう一組布団あるし! そっちはちゃんと綺麗な状態で押入れに入ってるから!」

「……ケ」

「ケ?」

「ケケケ」

「いっ?!」

 愛美は靴を脱いで上がり込むと、ワンピースの裾をまくって横で縛り、両手の指をワキワキさせ始める。
 その表情は、明らかに、普通じゃない。

「ま、愛美……? ど、どうした?!」

「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ」

「う、うわぁっ?!」

 ありさが呼びかけた途端、愛美が、キレた。
 目にも止まらぬ早さで、散らかったキッチンを片付け始めたのだ。
 散らかったものが一旦隣室に避けられ、散乱するゴミ袋が一箇所にまとめられ、足場を広げていく。
 キッチン前にひとまずの空間を空けた後、今度はシンクの汚れ物に取り掛かった。
 凄まじい速度で、汚れた食器が洗われ、重ねられていく。
 その鬼気迫る姿を、ありさは呆然と眺めているしかない。

「ケケケケケケ――!」

「な、な、なんだぁ?! この娘?」

 ――三十分後、下の階の住人から文句を言われるまでに、ありさの汚部屋は、おおよそ四割程度が「並程度に」掃除された。




 プシュー、という謎の排気音と共に愛美が正気に戻ったのは、もう日付が変わろうという頃だった。

「ハッ?! わ、私は今まで何を?!」

「乙ー。
 しかし、凄いな愛美!」

「えっ?」

「こんなに片付いたの、久々だよ!
 あざーす! おかげで二人分の布団敷けたよ」

「えっ? えっ?」

「もしかして、本当に、さっきのこと覚えてない?」

「は、はい……なんか、ここに来た途端、何かが、こう……弾けて」

「アンタ、いったい今までどういう生活してきたんだよ?!」

 かろうじて二人分の生活空間を確保し、畳の床に揃って座る。
 ありさは、冷蔵庫から冷えた炭酸水のペットボトルを取り出し、愛美に与えた。

「ありがとうございます!」

「それ飲んで、風呂入ったらとっとと寝ようか。
 もうこんな遅い時間だけどさ。
 どーせ、明日の予定もないんだろ?」

「ええ、そうですね」

「アハハ、あたしも明日は休みだから何もないや!
 せっかくだから、ゆっくりして行きなよ」

「お心遣い、本当に痛み入ります」

 そう呟くと、愛美は床に指をついて深々と頭を下げた。

「い、いやいや! そこまでしなくていいって!
 困った時はお高いサンマって言うじゃない」

「さ、秋刀魚ですか!」

「そう、サンマ」

「よくわからないけど、わかりました!」

「わかったんかい!」

 深夜にも関わらず、しかも逢ってまだそんなに経っていないのに、何故か会話が弾んだ。
 まるで、ずっと前から知り合いだったかのように。
 愛美は、そんな風に思わせる不思議な存在感を、ありさに対して感じ始めていた。
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