美神戦隊アンナセイヴァー

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第一章:アンナローグ始動編

●第2話【来訪】1/3

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 美神戦隊アンナセイヴァー

 第2話 【来訪】



 時計は、午後8時を回った。
 午後から崩れ始めた天気の影響か、今日はいつもより早く暗くなった気がする。
 窓越しに外を眺めていた少女は、束ねた髪のほつれを手で直すと、薄暗い廊下の奥に目線を戻した。

 そこは、山奥に建てられた洋風の館。
 街から遠く離れ、周辺には民家なども全くない。
 明らかに人目を避けるように建てられたようなこの館は、まるで何かの昔話に出てくるような佇まいだ。
 白と黒を基調としたメイド服をまとった少女は、ため息を吐き出すと、誰も居ない廊下を黙々と掃除していく。
 まだまだ先は長い。
 しかし、少女は嫌がるような素振りは見せず、モップの柄を握る手に力を込めた。

「愛美、お疲れ!」

 不意に、視界の端にモップとローラーの付いたバケツを持った、短髪の少女が飛び込んでくる。
 “愛美”と呼ばれた少女は、小さく驚きの声を上げた。

「もえぎさん?」

「手助けに来たよ!」

 何故かモップを横向きに構える“もえぎ”という少女に、愛美は申し訳なさそうな顔を向けた。

「そ、そんな! もえぎさんまで巻き添えにする訳には参りません!」

「何言ってんの水臭い。
 いくら罰だからって、こんなバカ長い廊下を一人で掃除だなんて、ありえないって」

「でも、理紗さんのお言いつけでは、絶対に一人でやれって」

「アイツの言う事、まともに聞いちゃダメだよ。
 第一、難癖じゃんかあんなの。
 ランドリーの棚の補強なんて、絶対言ってなかったって」

「た、確かにそうですけど」

「アイツ、なんかアンタを目の敵にしてるっぽいしさぁ」

「は、はあ」

「とにかく、とっとと終わらせて早く休もうよ。
 明日はホラ、忙しくなるんだしさ」

「……はい、分かりました。
 申し訳ありません、もえぎさん!」

 そう言うと、愛美は90度近い角度で深々と頭を下げた。
 照れくさそうな態度でそれを制すと、もえぎは勢い良くバケツを床に置いた。

「よし、そうと決まれば、とっとと終わらせるよ!
 半分ずつやろうか。
 愛美、どこまでやったの?」

「はい、ホールまで行けばあと半分くらいです」

「えっ?! も、もうそんなにやったの?」

「は、はい!」

「じゃあ、反対側の廊下はあたしやるからね!
 ホールで合流しよう」

「あ、ありがとうございます!」

 もえぎは再びバケツを持ち上げ、廊下の反対側まで移動していく。
 結構な量の水が入っていたのを見止め、愛美は、彼女が本気で手助けに来てくれたことを実感し、感謝した。

 それから十分ほど経った頃。
 玄関前のホールをモップで拭いていた愛美は、突然鳴り響いた音に足を止めた。

 それは、玄関のドアを叩く音だ。
 外は暗いとはいえ、特に雨風が強く吹き付けているわけではない。
 明らかに、誰かが外から叩いている音だ。
 咄嗟に玄関ホールにある大きな柱時計を確認すると、もう午後9時に近い。

(こんな時間に、お客様?)

 ノックに気付いたのは自分だけのようで、もえぎは相変わらず、廊下の向こうで懸命にモップを操っている。
 妙な違和感と恐怖感を覚えながら、愛美は恐る恐る、ドアに近づいた。

 分厚いドア越しに、愛美は“来訪者”に声をかける。

「はい。どちら様でしょうか?」

『あ~良かった! 人が居たぁ!!』

 ドア越しに微かに聞こえてきたのは、妙に明るいノリの男の声だった。
 一瞬呆気に取られたが、愛美は気を取り直して再度呼びかけた。

「あの、こんな時間に、どのようなご用件でしょうか?」

『あっ、あっ! ちょ、良く聞こえないんだけどぉ~』

「え? あ、あの、ですから!
 どーいう、ご用件、で、しょおかー?」

『あー、あー聞こえた!
 すんません、説明するんで、ちょいドア開けてもらっていいですか?!
 ここ、声、すっげぇ聞こえづらいんですよぉ』

 相変わらず不信感が拭えなかったが、話がしづらいなら仕方ない。
 やむなく愛美は、分厚く古めかしい錠を開くと、玄関のドアを少しだけ開けた。
 と同時に、隙間からサングラスらしきものをかけた男の顔が覗く。

「きゃっ?!」

『おぉ! メイドさんだ! しかも可愛い!!』

「えっ? えっ?」

『山の奥のお屋敷に、可愛いメイドさん!
 こりゃまた、二十年くらい前のエロゲーみたいな展開ですなー!』

「?? ???」

 訳のわからない物言いに戸惑い、愛美は思わずドアを閉めようとする。
 だが男は、ハンディカメラのようなものを無理やり挟み込み、それを阻んだ。

『いやすんません! 怪しいもんじゃないんですよぉ!』

「と、とても怪しいのですけど……」

『ひぃ! メイドさんに不審者呼ばわりされた?!
 参ったな、こりゃタイトル変更か?
 “山奥の館でメイドさんに罵倒されてあわや遭難?!”みたいなー』

「え、ちょ……な、何ですか?!」

 戸惑う愛美の声を聞きつけたか、廊下の向こうからもえぎが駆け寄る足音が響く。
 ドアの向こうの男は、一旦カメラを引き下げると、今度は一枚の名詞のようなものを取り出した。

『あ、マジで失礼しました!
 俺、実はこういう者でしてぇ』

 受け取ろうとした瞬間、横から伸びて来た手が名詞を奪い取る。

「YOUTUVER……北条、凱……?」

「もえぎさん!」

「YOUTUVERが、こんな時間にこんなとこで、何してんのよ!?」

『あっ、可愛いメイドさん一人追加っ?!』

 妙にテンションが高い態度を改める様子もなく、“北条凱”を名乗った男は、更に身を寄せようとする。
 片足が隙間に差し込まれ、ドアが閉じられないようにされてる事に、愛美はその時ようやく気がついた。

『実はね、動画の撮影に来たんですよぉ。
 んで、道に迷っちゃって、全然麓に降りられなくなっちゃいましてぇ!』

「動画? YOUTUVEの? 今時ぃ?!」

 いぶかしげな態度のもえぎは、あからさまに怪訝な表情を浮かべて凱を睨む。
 だが愛美は、彼女達が何を言っているのか、全く理解出来なかった。

「んで? ココに来てどうしたいの?」

『た、旅の者です……どうか、一夜の宿を…って奴ですわ!』

「何処の昔話よ!」

「え、え~と、あの……もえぎさん、どうしましょう?」

 予想外の展開に愛美は、先輩メイドのもえぎに意見を求めるしかない。
 ふぅ、と呆れたため息を吐くと、もえぎは「仕方ないなあ」と呟いた。

「先輩達に、伺いを立ててくる。
 悪いけど愛美、この人を待たせておいて」

「え? あ、はい!」

 「すぐ戻る!」 と言うが早いか、もえぎは素早く二階への階段を駆け上っていった。
 心細くなった愛美は、まるで檻の向こうの猛獣を見つめるように、凱へ目線を向ける。

『へぇ、いきなりビンゴ』

「え?」

『あ、いや、こっちのこと』

 凱の口調から、先ほどまでの妙な明るさが、一瞬途絶えた気がした。

 もえぎが戻るまでの間、凱は、ドア越しに愛美へ色々な質問を振って来た。
 いつからここで働いているのか、どんな仕事をしているのか、他に働いている人はいるのか、など。
 愛美は弱々しい口調で、無難な回答を返すしかない。
 あまり外部の人間との接触経験がなかった愛美は、ここから離れたい気持ちを必死に抑えて、凱が勝手に中に入らないように見張り続けるしかない。
 だがそんな彼女の気持ちを察してなのか、凱は無理やりに入ろうとまではしなかった。

 北条凱は、インターネットの動画サイトにて、自主撮影した動画を公開して広告収入を得ている者だと自己紹介した。
 かつては一大ブームでもあった動画サイトの需要は今や薄れて久しい。
 彼のような活動を続けている者は既にかなり減少しているらしいが、その分、一旦注目を集めた時の反響は凄まじいものになるそうだ。
 そんな活動をしていると懸命に説明する凱だったが、あいにく愛美には、その内容の半分も理解出来ていなかった。

 しかし、少なくとも彼が何かしらの悪意を以ってここに来ているわけではなさそうだ、という気配を感じてもいた。

 しばらくして、もえぎが、もう一人のメイドを連れて玄関へ駆けつけた。
 愛美やもえぎより少し背が高く、メイド服では隠し切れないボディラインが特徴的な、セミロングの女性。
 彼女はドアの向こうに居る凱を一瞥すると、何故かニヤリと微笑んだ。

「あ、あの、夢乃さん?」

 恐る恐る見上げるように顔色を窺う愛美に、夢乃と呼ばれた三人目のメイドは、今度は優しい微笑みを彼女に向けて来た。

「愛美、もえぎ。
 この方を、中に入れて差し上げて」

「えっ?」

「よろしいのでしょうか?」

 頭の上にハテナを浮かべてるような二人の後輩に、夢乃はやれやれなポーズを取りながら言った。

「だって、もうこんなに遅い時間よ?
 麓の町まで歩いたって一時間以上かかるんだし、ましてこんな夜じゃあ危険じゃない」

『そ、そうそう! わかってらっしゃる!』

 どこか眠たそうな目つきの夢乃は、ドアの向こうから応援する凱に冷ややかな目線を向けると、愛美の肩をポンと叩いた。

「私から、奥様と先輩達には説明しておくから。
 愛美、掃除は切り上げてこの方をおもてなしして。
 もえぎも、愛美をフォローしてあげてね!」

「は、はい!」

「ありがとうございます、夢乃さん!」

『やったぁ、お宿にありつけたぁ♪ あざーす、あざーす!』

 はしゃぐ凱を中に招き入れると、夢乃は愛美に、使っていい部屋を指示する。
 率先して掃除道具の片付けに向かったもえぎの後ろ姿を一瞥すると、夢乃は未だ不安げな愛美に優しく声をかけた。

「大丈夫、何か変なことをされそうになったら、大声を上げてすぐに逃げなさい」

「えっ?! は、はぁ」

「いやちょっと待って夢乃チャン!
 俺、そういうことする奴に見える?!」

「初対面の人間に、いきなり馴れ馴れしくチャン付けするような人は、気をつけるに越したことないわよー」

「ひ、ひでぇ!」

 夢乃と凱の、妙に呼吸の合ったやりとりに、愛美は思わず吹き出しそうになる。 

 ぐうぅ~……

 そして、続けて鳴り響いた凱の腹の虫の音で、愛美はとうとう耐え切れなかった。
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