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第一章:アンナローグ始動編
第3話【潜入】3/3
しおりを挟む「――もういいぞ。
光学迷彩、解除」
館の姿が見えなくなった辺りで、凱は、何もない林の陰に向かって声をかける。
すると、突然空間の一部が歪み始めた。
やがて、そこには一台の漆黒の車が姿を現す。
それはまるで、虚空から湧き出て来たかのようだ。
周囲を見回すと、凱は素早く運転席側のドアを開け、身を滑り込ませる。
それを合図にしたかのように、車内各所に配されたモニターや計器、様々な色のライトが点灯した。
“お疲れ様でした、マスター。
今後の指示を、お願いします”
車内に、女性のボイスが響く。
だが、中には凱以外に誰も乗っていない。
フロントウィンドウが瞬時に暗転し、そこに3Dマップのようなものが表示される。
それは、先程まで凱が居た館のものだ。
真上から見たらほぼ正方形、同じく正方形型の中庭を囲むように、東西南北にほぼ同じ大きさの棟が建てられている構造だ。
凱達が訪れたのは、南側の棟。
そこから、まるでゲームのオートマッピングのように、空間が北方面に向かって広がっている。
しかし、東側・北側の棟は、ブラックアウトしたままだ。
「館の内部からは、北と東の棟には行けそうにないな。
東棟はでっかい扉で入り口が塞がれてたし、西側には別なメイドが近くに常駐しているから、入れやしねぇ」
マップを指で辿りながら、凱は少し悔しそうに呟く。
「おまけに、北の棟には外側に向いた窓が一切ない。
南棟以外には、誰も入らせたくないって意図を感じるな」
“南棟廊下と西棟入り口の付近に監視カメラを確認しています。
ジャマーで、マスターの姿を消した映像情報を送信しました”
「助かるぜ、ナイトシェイド。
――さて、と」
そう呟くと、凱は欠伸をしながらシートを倒した。
「“地下迷宮”に、連絡は?」
“蛭田様の方から先に衛星通信が届きましたので、その際に報告いたしました。
千葉愛美の各種データをご確認頂けたそうです”
「勇次の奴、なんて言ってた?」
“事は早急を要する。
本日中に、千葉愛美を奪還せよ、との事でした”
「あの野郎、人任せの癖に、エラそーに」
“あと、これを千葉愛美に渡すようにとの事です”
女性の声がそう言うと同時に、コンソールパネルの一部が自動的に開く。
窪んだ部分には、薄蒼色の光を放つ、宝石のようなものが入っていた。
「おいおい、ブラックボックス解禁かよ!」
驚いた表情で、凱はコンソールの中から宝石のようなものを取り出した。
それは、金色の金属に周囲を覆われた、直径4センチ程度の半球型の宝石――というより、ブローチのようなものだった。
濃い藍色の宝石の内側には、光の加減で白い模様のようなものがうっすらと見える。
「うまく、渡せるといいんだがな」
大きさの割にずっしりとした手応えのあるそれをポケットに突っ込むと、コンソールの蓋が自動的に閉じた。
「これを解禁するってことは、それなりの危機感を覚えてるってことか。
“地下迷宮”の連中は。
つか、いいけどよ。本当に使えるのか、これ?」
“私の装備では、こちらの解析は不可能です”
「ああ悪い、そういう意味じゃないんだ。悪かった」
疲れたため息を吐き出すと、凱は助手席に置いたリュックから愛用のアイマスクを取り出し、“女性の声の何か”に更に話しかけた。
「よし、今夜再潜入だ。
行動開始時間は、後でこちらから指示する」
“任務了解”
「ナイトシェイド、もう一度光学迷彩だ。
そのまま館の監視を続けろ」
“了解。
変化があれば報告します”
「ああ、頼む。
悪いが、夜に備えて俺はちょっと寝るぜ」
“Have a good nap.”
横たわり目を閉じるのと同時に、黒い車は再び、空間に溶け込むように姿を消した。
夕刻が過ぎ、夜の帳が降り始める。
夕食時を過ぎた辺りから、空模様が少々怪しくなり始めたようだ。
遠くで、雷の音がする。
「奥様の話って、いったいなんだと思う?」
キッチンの片付けをした後、もえぎが不意に尋ねた。
皿を収めた棚の戸を閉めた愛美の手が、止まる。
「正直なところ、良くわかっておりません」
「だよね。もしかしたらさぁ、カルト宗教っての?
そういうところに入信しましょう! みたいな話されるのかなー」
「カル……ト? えっと、お湯で温める」
「それ、レトルト」
「はぅっ?!」
「もしそういう話だったら、あたしココ辞めようかな」
「えっ、そんな!
私、もえぎさんが居なくなるなんて、絶対イヤです!」
「え? あ、ああ、ありがとう……」
予想外の反応だったのか、もえぎは顔を赤らめ、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「奥様のお話がどんなものか、まずは伺ってみましょうよ。
きっと奥様は、私達には及ばないような、何か深いお考えがあるのではないでしょうか」
「そ、そうかな~」
不満げなもえぎだが、彼女の気持ちは理解できた。
確かに、今朝の婦人の様子は、いつもと違っていた。
今にも死んでしまいそうなほど、自身の身体のことや病気のことを先日まで嘆いていたのに、今朝は全く正反対の態度だった。
愛美には、そこまで彼女を急変させる要因が、全く思いつかない。
約束の時間まで、あと二時間。
いつもより早くやるべきことを一通り終えたメイド達は、集合時間まで自由にして良いという指示を受け、それぞれの時間を過ごしていた。
もえぎは自室に戻り、愛美は一人、館の戸締りの確認を自主的に行っていた。
外は雨が少しずつ降り出しており、時折稲光が周囲を照らす。
愛美は傘を持ってくると、外に出しっ放しになっている道具などがないかを、点検しようと考えた。
(えっと、確か、芝刈り機が)
今日の昼間、もえぎが芝刈りを担当していた際、理沙に呼ばれて中断していたことを思い出す。
外に出てみると、案の定、芝生の上に手押し芝刈り機が野ざらしになっていた。
半身を雨に濡らしながら、芝刈り機を道具小屋に収めた愛美は、勝手口に向かおうとして、はたと足を止めた。
(……車?)
玄関の方から、車のブレーキ音が聞こえた気がした。
また急な来客かと、急いで玄関の方に向かうが、そこには変わったものは何もない。
(雨の音で、何かと聞き間違えたのかな?)
だが踵を返そうとしたその時、今度は明らかに、車のドアの閉じられる音がした。
改めて玄関前を見るが、強まってきた降りのせいで視界が悪く、はっきりとは見えない。
車の姿は相変わらず見えなかったが、代わりに、誰かが玄関前に立っているように感じた。
そう、まるで、突然何処かから現れたかのように。
その人影は、傘も差さずに愛美とは反対の方向へ走っていく。
無意識にその後を追おうとしたが、その時、玄関からまた別な誰かが出て来た。
影しか見えないので、誰かはわからない。
(誰だろう? メイド服じゃないみたいだけど?)
愛美達のまとうメイド服は、脛の中央辺りまで丈のあるロングスカートタイプなのだが、その影はスカートではなくパンツスタイルのようで、両脚の形がはっきり見えた。
(も、も、もしかして、どどど、泥棒さん?!)
慌てた愛美は、助けを求めに、急いで中に戻った。
「――うん、わ、わかった!」
フンスと鼻息を荒げ、もえぎは、何故かモップを肩に担いで“武装”した。
梓と理沙は婦人の部屋に篭り切りのようで、とても入り込む雰囲気ではない。
夢乃は、何処にいるのかわからない。
頼れるのは、愛美の一個先輩にして大親友でもある、もえぎだけだ。
ただその本人も、泥棒という言葉にすくんでいるようで、よく見ると脚が震えている。
愛美は懐中電灯と、何故か長ネギを一本携え、神妙な面持ちで“影の消えていった方角”へ向かうことにした。
外の雨は、先程より更に強さを増している。
もはや傘は役に立たず、二人はレインコートを羽織って臨むことにした。
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