美神戦隊アンナセイヴァー

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第三章 第4・第5のアンナユニット編

●第17話【衝突】1/4

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「ありささん、本当に、未来さんと会われるのですか?」

 不安げに尋ねる愛美に、ありさはウィンクを返す。

「大丈夫だよ、もしアイツがなんかムカつく事言ったら、引っぱたいてやんよ!」

「そ、そんな事はなさらないでくださいね」

「それは、アイツ次第かな~」

「そ、そんなぁ~」


 “あの場所”なるところに、13時の待ち合わせ。
 かなり強引な呼び出しだったが、果たして本当に向ヶ丘未来むこうがおか みきは来るのだろうか。
 来たとして、アンナローグを辞めた自分はいったい何を言われるのか。
 かなり気の強いありさが味方になってくれるようなので、一対一で逢うよりかなりましだが、それでも不安と恐怖は拭えない。
 昼が近付くにつれ、愛美の胸中は、重苦しい気分で満たされていった。




 美神戦隊アンナセイヴァー

 第17話 【衝突】




 ありさの奢りで、またもあの蕎麦屋で昼食を済ませた愛美は、待ち合わせの場所に向かった。
 辿り着いたのは、とある大きな公園。
 そこは住宅街からやや外れた位置にある結構大きなところで、遊具等はそんなにないものの、遊歩道やランニングコース、果ては何かに使用出来るホールのような建物まであるようだ。
 子供達が遊べるような遊具エリアは少し離れた所にあるようで、微かに楽しそうな声が聞こえてくる。
 近くに流れる川のせいか、どこか清々しい空気を感じる。
 愛美は、都内にもこんなに落ち着ける優しい場所があることに、とても驚いた。

「ここですか? 待ち合わせは」

「そうだよ。アイツ時間には正確だから、もうじき来るよ」

「そ、そうですか。
 でも、こんなに広い公園ですし、ここがわかるのでしょうか?」

「ああ、その辺は大丈夫だよ。
 って、まだそんなに不安そうな顔してんの?」

「え、ええ、まあ」

「大丈夫だって!
 愛美が言ってることの方が正論なんだから。
 あたしがアイツとやりあうから、愛美はただ見てればいいよ」

「は、はい」

 しばしの沈黙が、場を支配する。
 もうすぐ約束の時間だ。

「愛美、そろそろ地響きが聞こえてくるから、注意しなよ」

 突然、ありさがおかしな事を言い出し、路面に耳を向けるようなポーズを取って見せた。

「地響き? それは何故ですか?」

「そろそろ近付いてくるからさ!」

「な、何がですか?」
 
「世界を揺るがす超爆乳・向ヶ丘未来」

「ば、ばくにう?!」

「そう! アイツのバカでかいのが揺れるもんだから、地響きが凄いんだ!」

「そ、そんな酷い……」

「でもさあんた、あの胸見て、なんか思わない?」

 線のように目を細め、ありさは酷くゲスい顔をした。

「は……え、えーと、とっても大きくて素敵な胸だと思います」

 純真無垢な笑顔で、素のまま返答する。
 その満面の微笑みが予想外だったのか、ありさは訝しげな表情で、一歩下がった。

「そういやあんたも、結構ムネ大きいじゃん」

「えっ? そ、そうですか?」

「いくつあんの? ホレ答えてみ?」

「え、えっと、84です」

「カップはぁ?」

「は、はい! え、え~と……し、C」

 周囲を気にしながら、愛美は顔を真っ赤にして告白する。
 だが、ありさの表情が急に険しくなった。

「C、シー、しぃ! Cだってぇ?!
 Cってったら、ひんぬー業界では巨乳の領域じゃん!」

「え? え?」

「愛美~この裏切り者がぁ~」

「は、はいっ?!」

「これは絶対に許されざるよなぁ~」

 なぜかありさの声のトーンが、どんどん低くなっていく。
 妙な雰囲気に怖気付きながらも、愛美はひきつった笑顔で回答した。

「そそそ、そんなことありませんよ!
 皆さんに比べたら、私なんか全然ですよ」

 
 ぷちっ


 何か、小さな音が聞こえた。
 ありさの額から、何か赤いものがプシューと噴き出している。
 ひきつった笑みを浮かべると、なぜか蛙のような低い声で呟き始めた。

「ま・な・みぃ~♪」

「は、はい?!」

 愛美の両肩をガッシリと掴み、正面から強張った笑顔を向ける。
 笑顔と言えど、ありさの目はまったく笑っていない。
 顔面の筋肉だけを動かして、さらに不自然な笑みを強調した。

「それはぁ、言っちゃあ、いけない事、だぁねぇ~」

「は、はい……?」

 肩を掴んだ手に、さらに力がこもる。
 まるで万力で締め付けられるような激痛が走るが、ありさの不気味な笑顔とドス黒いオーラが、それを麻痺させる。

「愛美ぃ~~~」

「は、はぁ」

「ど~せあたしゃ、AAAの75だよ!」

「ひえ?!」

「あんたみたいに、女の子らしい身体してないんだよ。
 こちとら、しょっちゅう男に間違われるんだよコンチクショウ!」

「ありさ……さん?!」

「い~よね、あんたみたいな手頃なサイズの奴はさ! 汎用性高そうでさ、目も引くしさ、可愛いしさ! 羨ましいよ、羨ましいよホントに! その上美人でさ、何その天は二物も与えちゃいます的な! これが格差なの? ねぇ、これが格差っていうの?! どうしてこんな差がついちゃったわけ? あたしが何したっていうのよ、ねぇ! ちょっとそこの川で泳いでこようかぁ~?!」

「ひぃ~! ありささん! 落ち着いてくださ~い!!」

 その瞬間、愛美は、気付いてしまった。
 薄く開かれたありさの瞼の奥で、殺意の波動が今にも飛び出しそうな程に渦巻いていることを!

「いいかい~?
 世の中には、絶対に触れてはならない、禁断の領域ってもんがあるんだぁ」

「え? え?」

「今度から、その話したら……」

「は、話し、たら?」

「……へへ、へへへ……
 その時はね、その時は……
 ウヘ、ウヘヘヘヘ……ケケケケ……♪」

「は、はう~~っ!! ご、ごめんなさい~!!」
 
 指をワキワキさせながら迫るありさの凍りつくような笑顔に、愛美は生命の危機を感じ取った。




 その頃、ここはとある閑静な住宅街。

 黒っぽい毛皮のようなものを上半身にまとった謎の男は、まるで酔っ払ったようなよたよたした動きで、街中を歩き回っていた。
 その顔は前方にやや伸び、長い髭のような毛が伸び始めている。
 目には白目の部分がなくなり、全体が真っ黒だ。
 気のせいか、口も裂けて横に広がっているように見える。

 もはや彼の顔は、人間のそれではない。
 否、顔だけではない。
 その手の甲にもびっしりと短い毛が生え、爪は鋭く伸び、もはや“獣人”と呼ぶのが相応しい感すらある。
 背中を丸めるような姿勢で、今にも両手を地面についてしまいそうだ。
 その姿は、無論行き交う人々に不安を与える。
 誰かが通報したのだろうか、やがてパトカーが近くに止まり、二名の警官が小走りに近付いてきた。

「ちょっと、あなた」

「大丈夫ですか? いったい何をしてるんです?」

 男の放つ異様な雰囲気に、警官達は少し距離を置いて話しかける。
 警官達を無視したまま、男は、まるで何かに導かれるように更に歩き続けた。

「ちょっと、止まりなさい!」

「少し話を聞かせてもらいたいんですけど?」

 露骨に無視されてイラついたのか、警官の一人が男の肩に手をかけ、引きとめようとした。

「ひっ?!」

 警官は、思わず手を引っ込めた。

「どうしたんです?」

「い、いや……なんだこれ、身体がぶよぶよだぞ? 骨、あるのか?!」

「なんなんですか、それ」

 もう一人の警官が、男の真正面に回り込み、歩みを止めようと立ちはだかる。
 だがその途端、男が、突然視界から消えた。

「え……」

 ぶしゅっ、という耳障りな音が耳に届いた次の瞬間、警官は、ゴン、という鈍い音を立て、路上に倒れた。

「おいいいいいいい!! な、何をするんだぁ!」

 先程肩に手をかけた警官が、悲鳴にも似た大声を上げる。
 
 男は、立ちはだかった警官にタックルをかけ、そのまま首筋に噛み付いて押し倒した。
 アスファルトに突き倒された警官は、首からどくどく溢れ出る血で、道路ごと真っ赤に染まっていく。
 噛み付いた男は、周囲のことなど気にせずといった具合に、倒れた警官に馬乗りになると――

 首の肉を食いちぎり、租借し始めた。

 もう一人の警官と、それをたまたま見ていた通行人達のおぞましい悲鳴が、閑静な住宅街に響き渡った。
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