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第三章 第4・第5のアンナユニット編
第17話【衝突】3/4
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公園の西側では、大きなトラブルが起きていた。
先程、警官を襲って殺害した黒い毛皮の男は、追いかける警官や野次馬をものともせず、人間とは思えないスピードで逃走している。
まるで愛美達の居るところを目指しているように、真っ直ぐ向かって来ているようだ。
これまで楽しげだった人々の声が、突然悲鳴に変わる。
点在していた公園の利用客達は、もはや獣の如き動きになっている男の姿を見て、四方八方へ逃げて行った。
未来の表情が、先程とは違う意味で険しくなる。
「愛美、ありさと一緒に、向こうへ逃げなさい!」
「えっ?!」
「あれは――たぶん、XENOよ」
「ぜ、XENO?! どうしてこんな所に?!」
「そんなことはいいから、早く逃げて!」
「で、でも!!」
「やべえ! よくわかんないけど、バケモノみたいのがこっちに来てるって!」
ありさの叫びに、愛美は更に緊張感を高めた。
だが、未来はその場から動こうとしない。
毛皮の男――否、もはや上半身が黒い鼠のように変貌した“怪物”は、一心不乱にこちらへ向かって突進して来た。
あと一分もしないうちに、ここへ辿り着く!
愛美は、無意識に未来の前へ出ようとして、ありさに羽交い絞めにされた。
「何してんだ! 早く逃げるぞ!」
「で、でも!未来さんがぁ!」
「侮らないで」
叫ぶ愛美に振り返りもせず、未来はそれだけ呟くと、左腕を前方に翳す。
「――コード・シフト」
未来の左手首に嵌められていたブレスレットのようなものが、カチリと音を立てて展開する。
その内部には、細かな機器の放つ光が煌いていた。
「チャージアップ」
囁くような、詠唱。
それと同時に、 天を切り裂くような閃光と激しい轟音が、未来を包み込んだ。
「な、何だぁ?!」
「まさか、実装?!」
「えっ?!」
「未来さんが、アンナユニットを!」
「ま、マジであんのかよ!? あんななナントカ?!」
目も眩むような閃光と突風に巻かれ、愛美とありさは両腕で顔を庇いながらも、なんとか様子を窺おうとする。
やがて、竜巻のような光の粒が上空へと昇華し、突風が治まると、そこには――
「あ、あれが、あんなな?」
「――えっ?!」
ありさと愛美は、同時に目を剥いた。
そこに居たのは、全高約3メートル強、横幅約2メートル弱。
鈍く輝く黒と銀のボディに、鮮やかに走るオレンジのライン。
太くごつい四肢と、背中に背負う巨大なブースターパック。
そびえ立つのは、あの時地下迷宮で見た、アンナユニットの原型そのものだった。
愛美が想像していたような、カラフルなメイド服、ではない――
陽光を浴び、煌く頑強そうな鋼鉄のボディを、愛美とありさは、ただ呆然と見上げた。
先程の突風に進路を阻まれたのか、もはや殆ど“巨大ネズミ”と化している男は、その鐵の巨体を見つめ、いきり立ち始めた。
身体が徐々に膨張し、どんどん肥大化する。
男が身に付けていた衣服は破れ、もはや人のシルエットは残っていない。
2メートルほどの全長に及び、いつの間にか長い尻尾まで生やしたそれは、ネズミにしてもありえない程の巨大な口を開き、アンナユニットに襲い掛かった。
――かのように見せて、その脇から、背後に居る愛美とありさへと突き進んだ!
「わぁっ?!」
「きゃあっ!!」
何かを搾り出すような、奇怪な鳴き声を荒げ、巨大ネズミが一気に距離を詰める。
あと僅かで爪の先が触れる――というところで、激しい打撃音が鳴り響き、巨大ネズミは姿を消した。
しばらくの間を置き、遠くでバシャアン、という水音が聞こえた。
『愛美、ぐずぐずしないで、ありさを安全なところへ!』
「み、未来さん?! あの、じ、実装は――」
『いいから、早く!』
「は、はい!」
スピーカー越しに、未来の声が響く。
唖然とするありさの手を引き、愛美はひとまず安全と思われる方へ避難を開始した。
愛美が充分に離れたのを確認してか、アンナユニットは背中のブースターから光の粒子のようなものを噴き出し、空へ舞い上がった。
飛行機が飛び立つような音が、公園内に轟く。
未来は、川のある方向へ向かって飛翔したようだ。
「な、な、なんなのアレ?!
アレが、あんた達の言ってた奴なの?!」
「そうです!
XENOと、未来さんが操縦されている、アンナユニットです」
「チッ、冗談や作り話じゃなかったってことかよ!」
「XENO、目黒川なかめ公園橋付近に着水確認。まだ稼動しています」
「アンナパラディン、現場到着まで3秒」
「周辺の人々は自主避難を開始しています」
「山手通りが近く、交通量も多いエリアの為、パワージグラットによる早急な戦場隔離が必要です」
ここは、地下迷宮(ダンジョン)。
オペレーター達の報告の声が、勇次のエリアに木霊する。
「よし、直ちに相模姉妹に連絡。
先行で実装させて、ただちに現地に向かわせろ」
勇次はオペレーターに指示を行うと、手元のコーヒーを煽り、苦々しい顔をする。
「未来のユニットは、従来のままで実装成功か。
まったく、訳がわからんな」
「どういうことなんでしょうね?
彼女のシステムだけ、アップデートなしですか?」
「わからんが――それより、何故突然、あんな場所にXENOが出たのか」
「被害惨いっすね。
移動中に警官一人食い殺してますわ」
隣の席にやって来た今川の声に、勇次は再び端末の画面に見入る。
「この度のXENOは、UC-03“ジャイアントラット”と命名する。
ジャイアントラットの移動経路を洗い出し、発生地点の分析・特定を急げ」
「了解」
若い女性の声が、即座に返ってくる。
今川は、そのやりとりを見て軽く口笛を吹いた。
「それにしても、ようやく本格的に稼動したって感じっすね、“SAVE.”も。
オペレーターさん達も、いきなりの初仕事なのに、慣れた感じでいいっすね!」
「相変わらず、何が起きてどうなりつつあるのか、全くわからん。
しかも今回のXENOは、元は人間の姿だっただと?」
「ええ。夕べ東京駅で変な事件が起きたんですが、もしかしたらそれとも関連があるかもしれないって話ですね」
「根拠は?」
『それについては、俺から説明する』
突然、誰から通信してくる。
北条凱――ナイトシェイド車内からの連絡のようだ。
『夕べ、東京駅で一つ目のマスクを被った男が駅構内を走って、取り押さえられるという事件があった。
怪我人はなかったが、この疾走者が取り押さえられた後の行方は不明だ。
この時目撃された一つ目マスクの男の服装と、その後に都内各所で発見された不審者情報が酷似しているな。
それと、同じ日に駅構内で駅員が二名、行方不明になっている』
「凱さん、フォローあざっす!
って、二名?」
『ああ、両方とも同じ部署の人間で、両者共に昨日の退社記録なし、加えて本日も無断欠勤している。
恐らく、両方またはどちらかが、犠牲になった可能性が高いな』
「て事は、そのマスク男がXENOだったってこと?
うひゃぁ! 人間型ついに出た?」
「その件と、ジャイアントラットを結びつける根拠は?」
『現状は可能性論でしかないがな。
夕べの事件だが、YOUTUVEへのアップ目的で撮影された迷惑系動画との説明がされたそうだが、現状それと思しき動画がアップされた形跡は一切ない。
加えて、その不審者の発見箇所が、東京駅から中目黒公園までの経路と殆ど一致している』
冷静な口調で、凱が報告する。
今川は「なるほど~」と腕組みしながら頷き、勇次は眉間に皺を寄せ、手を組んだ。
「分かった。
現状は、これらが同一個体だと判断するのが賢明のようだな。
相模達が、現場に到着するまでの推定時間は?」
『この距離なら、数分程度だ。
今、実装を始めるところだ』
「引き続き頼む」
通信が切られたところで、アンナユニットのドックから駆動音が鳴り響く。
見ると、ANX-02WとANX-03Mの機体が、青白い光に包まれ始めている。
相模姉妹によって、実装が行われた証拠だ。
「さすがに、アンナローグは動かない、ですね」
今川の呟きに、勇次は頷く。
「まあ――今回はもしかしたら、相模達も要らんかもしれんがな」
「ですか、ねえ」
今川はそう相槌を打つと、紙袋からハンバーガーを取り出した。
「勇次さん、あ~ん♪」
「いらん!」
先程、警官を襲って殺害した黒い毛皮の男は、追いかける警官や野次馬をものともせず、人間とは思えないスピードで逃走している。
まるで愛美達の居るところを目指しているように、真っ直ぐ向かって来ているようだ。
これまで楽しげだった人々の声が、突然悲鳴に変わる。
点在していた公園の利用客達は、もはや獣の如き動きになっている男の姿を見て、四方八方へ逃げて行った。
未来の表情が、先程とは違う意味で険しくなる。
「愛美、ありさと一緒に、向こうへ逃げなさい!」
「えっ?!」
「あれは――たぶん、XENOよ」
「ぜ、XENO?! どうしてこんな所に?!」
「そんなことはいいから、早く逃げて!」
「で、でも!!」
「やべえ! よくわかんないけど、バケモノみたいのがこっちに来てるって!」
ありさの叫びに、愛美は更に緊張感を高めた。
だが、未来はその場から動こうとしない。
毛皮の男――否、もはや上半身が黒い鼠のように変貌した“怪物”は、一心不乱にこちらへ向かって突進して来た。
あと一分もしないうちに、ここへ辿り着く!
愛美は、無意識に未来の前へ出ようとして、ありさに羽交い絞めにされた。
「何してんだ! 早く逃げるぞ!」
「で、でも!未来さんがぁ!」
「侮らないで」
叫ぶ愛美に振り返りもせず、未来はそれだけ呟くと、左腕を前方に翳す。
「――コード・シフト」
未来の左手首に嵌められていたブレスレットのようなものが、カチリと音を立てて展開する。
その内部には、細かな機器の放つ光が煌いていた。
「チャージアップ」
囁くような、詠唱。
それと同時に、 天を切り裂くような閃光と激しい轟音が、未来を包み込んだ。
「な、何だぁ?!」
「まさか、実装?!」
「えっ?!」
「未来さんが、アンナユニットを!」
「ま、マジであんのかよ!? あんななナントカ?!」
目も眩むような閃光と突風に巻かれ、愛美とありさは両腕で顔を庇いながらも、なんとか様子を窺おうとする。
やがて、竜巻のような光の粒が上空へと昇華し、突風が治まると、そこには――
「あ、あれが、あんなな?」
「――えっ?!」
ありさと愛美は、同時に目を剥いた。
そこに居たのは、全高約3メートル強、横幅約2メートル弱。
鈍く輝く黒と銀のボディに、鮮やかに走るオレンジのライン。
太くごつい四肢と、背中に背負う巨大なブースターパック。
そびえ立つのは、あの時地下迷宮で見た、アンナユニットの原型そのものだった。
愛美が想像していたような、カラフルなメイド服、ではない――
陽光を浴び、煌く頑強そうな鋼鉄のボディを、愛美とありさは、ただ呆然と見上げた。
先程の突風に進路を阻まれたのか、もはや殆ど“巨大ネズミ”と化している男は、その鐵の巨体を見つめ、いきり立ち始めた。
身体が徐々に膨張し、どんどん肥大化する。
男が身に付けていた衣服は破れ、もはや人のシルエットは残っていない。
2メートルほどの全長に及び、いつの間にか長い尻尾まで生やしたそれは、ネズミにしてもありえない程の巨大な口を開き、アンナユニットに襲い掛かった。
――かのように見せて、その脇から、背後に居る愛美とありさへと突き進んだ!
「わぁっ?!」
「きゃあっ!!」
何かを搾り出すような、奇怪な鳴き声を荒げ、巨大ネズミが一気に距離を詰める。
あと僅かで爪の先が触れる――というところで、激しい打撃音が鳴り響き、巨大ネズミは姿を消した。
しばらくの間を置き、遠くでバシャアン、という水音が聞こえた。
『愛美、ぐずぐずしないで、ありさを安全なところへ!』
「み、未来さん?! あの、じ、実装は――」
『いいから、早く!』
「は、はい!」
スピーカー越しに、未来の声が響く。
唖然とするありさの手を引き、愛美はひとまず安全と思われる方へ避難を開始した。
愛美が充分に離れたのを確認してか、アンナユニットは背中のブースターから光の粒子のようなものを噴き出し、空へ舞い上がった。
飛行機が飛び立つような音が、公園内に轟く。
未来は、川のある方向へ向かって飛翔したようだ。
「な、な、なんなのアレ?!
アレが、あんた達の言ってた奴なの?!」
「そうです!
XENOと、未来さんが操縦されている、アンナユニットです」
「チッ、冗談や作り話じゃなかったってことかよ!」
「XENO、目黒川なかめ公園橋付近に着水確認。まだ稼動しています」
「アンナパラディン、現場到着まで3秒」
「周辺の人々は自主避難を開始しています」
「山手通りが近く、交通量も多いエリアの為、パワージグラットによる早急な戦場隔離が必要です」
ここは、地下迷宮(ダンジョン)。
オペレーター達の報告の声が、勇次のエリアに木霊する。
「よし、直ちに相模姉妹に連絡。
先行で実装させて、ただちに現地に向かわせろ」
勇次はオペレーターに指示を行うと、手元のコーヒーを煽り、苦々しい顔をする。
「未来のユニットは、従来のままで実装成功か。
まったく、訳がわからんな」
「どういうことなんでしょうね?
彼女のシステムだけ、アップデートなしですか?」
「わからんが――それより、何故突然、あんな場所にXENOが出たのか」
「被害惨いっすね。
移動中に警官一人食い殺してますわ」
隣の席にやって来た今川の声に、勇次は再び端末の画面に見入る。
「この度のXENOは、UC-03“ジャイアントラット”と命名する。
ジャイアントラットの移動経路を洗い出し、発生地点の分析・特定を急げ」
「了解」
若い女性の声が、即座に返ってくる。
今川は、そのやりとりを見て軽く口笛を吹いた。
「それにしても、ようやく本格的に稼動したって感じっすね、“SAVE.”も。
オペレーターさん達も、いきなりの初仕事なのに、慣れた感じでいいっすね!」
「相変わらず、何が起きてどうなりつつあるのか、全くわからん。
しかも今回のXENOは、元は人間の姿だっただと?」
「ええ。夕べ東京駅で変な事件が起きたんですが、もしかしたらそれとも関連があるかもしれないって話ですね」
「根拠は?」
『それについては、俺から説明する』
突然、誰から通信してくる。
北条凱――ナイトシェイド車内からの連絡のようだ。
『夕べ、東京駅で一つ目のマスクを被った男が駅構内を走って、取り押さえられるという事件があった。
怪我人はなかったが、この疾走者が取り押さえられた後の行方は不明だ。
この時目撃された一つ目マスクの男の服装と、その後に都内各所で発見された不審者情報が酷似しているな。
それと、同じ日に駅構内で駅員が二名、行方不明になっている』
「凱さん、フォローあざっす!
って、二名?」
『ああ、両方とも同じ部署の人間で、両者共に昨日の退社記録なし、加えて本日も無断欠勤している。
恐らく、両方またはどちらかが、犠牲になった可能性が高いな』
「て事は、そのマスク男がXENOだったってこと?
うひゃぁ! 人間型ついに出た?」
「その件と、ジャイアントラットを結びつける根拠は?」
『現状は可能性論でしかないがな。
夕べの事件だが、YOUTUVEへのアップ目的で撮影された迷惑系動画との説明がされたそうだが、現状それと思しき動画がアップされた形跡は一切ない。
加えて、その不審者の発見箇所が、東京駅から中目黒公園までの経路と殆ど一致している』
冷静な口調で、凱が報告する。
今川は「なるほど~」と腕組みしながら頷き、勇次は眉間に皺を寄せ、手を組んだ。
「分かった。
現状は、これらが同一個体だと判断するのが賢明のようだな。
相模達が、現場に到着するまでの推定時間は?」
『この距離なら、数分程度だ。
今、実装を始めるところだ』
「引き続き頼む」
通信が切られたところで、アンナユニットのドックから駆動音が鳴り響く。
見ると、ANX-02WとANX-03Mの機体が、青白い光に包まれ始めている。
相模姉妹によって、実装が行われた証拠だ。
「さすがに、アンナローグは動かない、ですね」
今川の呟きに、勇次は頷く。
「まあ――今回はもしかしたら、相模達も要らんかもしれんがな」
「ですか、ねえ」
今川はそう相槌を打つと、紙袋からハンバーガーを取り出した。
「勇次さん、あ~ん♪」
「いらん!」
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