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第三章 第4・第5のアンナユニット編
第18話【拉麺】2/3
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「店員さん! 訂正ぃ!!
――アブラカラメ野菜全部マシマシマシぃ!!」
「あ、ありささん?!」
「プ、無理しやがってw」
「うっせぇ! こうなったら勝負だこのブタ野郎!」
「ひ、ひえぇぇ?!」
短気極まりないありさも、悪魔の選択を自ら選んでしまった。
ここで言う「アブラカラメ野菜全部マシマシマシ」とは何か。
「アブラ」とは、背脂を追加するという意味。
「カラメ」とは、ラーメンスープのベースとなるタレのことで、これを追加し味を濃くするという意味。
「野菜」はそのままの意味だが、この場合は茹でたもやしとキャベツの束を指す。
「マシ」とは、これらを“通常より多めに”を指す用語だが、マシマシとは更に多めに、マシマシマシとはそれよりもっと多くして欲しいという意味になるのだ。
しかも「全部」と付くということは、背脂・タレ・野菜が全て三倍多めに盛られることを意味するのだ。
ただでさえ、馬鹿でかいラーメンの上に、だ。
数分後、思っていたよりも早く、注文したものが提供される。
「――私の知ってるラーメンと、違います」
愛美は、目の前にそびえ立つ「塔」を見つめ、唖然とした。
人間の顔がスッポリ入りそうなほど、巨大などんぶり。
その中に、なみなみと盛られた麺とスープ……は、殆ど見えない。
その上には、目測およそ30センチはあるだろう、野菜のタワー。
茹で野菜が構成する、神秘の遺跡、伝説の神殿。
その上には、なんとも表現しがたい、茶色いペースト状の物体がたっぷりぷりぷりとかけられている。
「――私の知ってるラーメンと、違います」
愛美は、大事なことなので、もう一度復唱した。
横では、同じくありさが硬直している。
その様子をチラチラ見ながら、先の男はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。
「素人が、お食事気分で来るからだ。バカめ」
(え?! お、お食事をするところじゃないの?! ラーメン屋さんって?!)
愛美は、男の呟きに困惑した。
しばらく呆然としていると、男はやがて愛美達から視線を外し、自身の「塔」攻略を開始した。
まるで猛牛のような勢いで、茹で野菜を攻める。
卓上に置かれた調味料を振り掛け、野菜に味をつけているようだ。
みるみるうちに野菜がなくなり、本来のラーメンの「水面」が覗く。
その間、僅か1分前後!
あまりの素早さに、愛美は、思わず小さく拍手をしてしまった。
男の頬が、赤く染まる。
「愛美! ぼうっとしてる場合じゃないよ!
後ろ詰まってるんだから、早く!」
「後ろ? ――って、ぐえっ?!」
言われて振り返った愛美は、尚も店外に並んでいる待ち客の姿を見て、驚愕した。
どの客も、殺気走った目で店内で食事中の客達を見つめている。
それは当然、愛美達も例外ではない。
早く食い終わって出ろ! という意志が、愛美にもはっきりと伝わってきた。
「あわわわ」
「以後、私語禁止! とにかく食うよ!」
「わ、わかりました!」
愛美は、大慌てでラーメンに取り掛かった。
まずは、野菜の塔だ。
ただ茹でただけなので、当然味は殆どない。
男が調味料をかけていたのも、納得だ。
愛美は、それを素直に真似ようとして、ある事に気付く。
(そういえば、この茶色いペーストは、なんだろう?)
それが、所謂「背脂」なのだか、愛美はまだ気付かない。
恐る恐るそれを野菜にまぶして口に入れてみると――
「まぁっ! これは♪」
愛美の背後に、お花畑が広がった。
(なんて美味しいのでしょう!
とろっとしてコクがあって、お野菜に馴染んで美味しさを膨らませてくれる!)
どうやら、背脂は愛美の舌に馴染んだようだ。たまたま。
これなら、無理に調味料を足す必要はないかな、と思いつつ、何気なしに男を方を見た愛美は、目玉が飛び出しそうになった。
“天地返し!!”
なんと男は、スープの中に沈んでいる麺と、その上に載っている野菜を反転させたのだ。
つまり、野菜はスープの底に沈み、逆に麺は浮上することになる。
あっという間の早業に、愛美は思わず見とれてしまった。
が、驚いたのはそれだけではない。
(う、うどん?! これは、う、うどんなのでは?!)
男のどんぶりから見える麺の太さが、尋常ではない。
それはもはや“うどん”と呼んでも差し支えのない太さの麺であり、愛美の知識にはないものだった。
(どういうことなのですか?! わ、私達は、ラーメンを食べに来たのでは?!)
「あ、ありささ――」
思わずありさに尋ねようと振り返ると、当の本人はとっくに野菜を食べ終え、既にラーメンと云う名の“うどん”を啜っていた。
「ぬわにぃ~?」
「な、な、なんでもありません」
愛美は、まるで異世界に紛れ込んでしまったかのような衝撃を受けた。
以前、そう、それは井村邸でのこと。
青山理沙に言いつけられた片付け物がようやく終わり、そろそろ風呂に入って就寝しようとしていた頃、先輩メイドの元町夢乃がキッチンに姿を現した。
「あ、愛美ぃ~。こんな時間までお疲れ~」
「御疲れ様です、夢乃さん。
まだお休みにならないのですか?」
「うん、実はちょっと、コレをね♪」
そう言いながら、夢乃は袋に入った何かを取り出した。
袋の表面には、「サッポロ一丁うまいねん」と書かれている。
「これは何ですか?」
「インスタントラーメン♪
愛美、もしかして食べたことない?」
「生まれて初めて見ました。
これ、御料理の材料なのですか?」
「ううん、これは手軽に簡単に作れる料理そのものなのよ。
ちょっと見ててね」
そう言うと、夢乃は小鍋を取り出して水を張り、ガスコンロに火を点けた。
小鍋を加熱し、湯が沸騰した頃合で、服を開けて乾燥麺を取り出す。
その工程を、愛美は興味深そうに眺めている。
「この硬い麺の塊をね、お湯の中に……と」
「ふわぁ! 麺がほぐれて来ました!
これが、ラーメンというものなのですね!」
「そうよぉ、後は火を止めて、スープの粉を、チョイっとね!
野菜や卵を入れてもいいんだけど、あたしは素ラーメンが好きだから☆」
「す、すごいです!
ああ~、いい香りがしますね! とても美味しそうです!」
目を閉じ、うっとりしながら匂いを嗅ぐ愛美に、夢乃は優しく微笑んだ。
「愛美、あんたも少し食べる?」
「あ、いえ! それは夢乃さんが買われたものですから!
どうか、私に遠慮されずにお楽しみください!」
「ありがと! でも、あんたも真面目だね~、ホントに」
「ありがとうございます、夢乃さん!」
それ以来、町に買い出しに出た夢乃が、たまに買ってくるインスタントラーメンを、愛美は自ら申し出て代わりに作って提供した。
インスタントラーメンの香りの素晴らしさと、それを食べて喜ぶ夢乃の顔を楽しむために。
それが、愛美のささやかな楽しみの一つだった。
――のだが。
(め、麺が太い! し、しかも、硬い!
こ、これが“腰が強い”と言うのでしょうか?!
あ、顎が筋肉痛になるかも?!)
ある程度野菜を片付け、ようやく麺を引っ張り出した愛美は、その食感に大いに戸惑っていた。
味は、悪くない。
否、むしろこのスープの味は、愛美の舌に良く合うようだった。
それはいいのだが、あれだけ長くスープの中に浸っていたにも関わらず、全く伸びる気配を感じさせない剛なる麺の力強さに、愛美はようやく“後悔”の念を抱き始めていた。
(む、むむむむむむ!! ひっ! あ、あの男の方! もう半分以上食べてる?!)
焦ってありさの方を向くと、彼女も、初めて見るような真剣な表情で、剛麺と格闘していた。
なんとも表現し難い唸り声を立てながら、無限に湧いてくるが如き麺を、口の中に収めようとしている。
他人事ではない!
愛美も、ありさに倣い、また男の脅威に晒されながら、もっと頑張ることにした。
既に、胃の中は限界が近かったが。
――アブラカラメ野菜全部マシマシマシぃ!!」
「あ、ありささん?!」
「プ、無理しやがってw」
「うっせぇ! こうなったら勝負だこのブタ野郎!」
「ひ、ひえぇぇ?!」
短気極まりないありさも、悪魔の選択を自ら選んでしまった。
ここで言う「アブラカラメ野菜全部マシマシマシ」とは何か。
「アブラ」とは、背脂を追加するという意味。
「カラメ」とは、ラーメンスープのベースとなるタレのことで、これを追加し味を濃くするという意味。
「野菜」はそのままの意味だが、この場合は茹でたもやしとキャベツの束を指す。
「マシ」とは、これらを“通常より多めに”を指す用語だが、マシマシとは更に多めに、マシマシマシとはそれよりもっと多くして欲しいという意味になるのだ。
しかも「全部」と付くということは、背脂・タレ・野菜が全て三倍多めに盛られることを意味するのだ。
ただでさえ、馬鹿でかいラーメンの上に、だ。
数分後、思っていたよりも早く、注文したものが提供される。
「――私の知ってるラーメンと、違います」
愛美は、目の前にそびえ立つ「塔」を見つめ、唖然とした。
人間の顔がスッポリ入りそうなほど、巨大などんぶり。
その中に、なみなみと盛られた麺とスープ……は、殆ど見えない。
その上には、目測およそ30センチはあるだろう、野菜のタワー。
茹で野菜が構成する、神秘の遺跡、伝説の神殿。
その上には、なんとも表現しがたい、茶色いペースト状の物体がたっぷりぷりぷりとかけられている。
「――私の知ってるラーメンと、違います」
愛美は、大事なことなので、もう一度復唱した。
横では、同じくありさが硬直している。
その様子をチラチラ見ながら、先の男はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。
「素人が、お食事気分で来るからだ。バカめ」
(え?! お、お食事をするところじゃないの?! ラーメン屋さんって?!)
愛美は、男の呟きに困惑した。
しばらく呆然としていると、男はやがて愛美達から視線を外し、自身の「塔」攻略を開始した。
まるで猛牛のような勢いで、茹で野菜を攻める。
卓上に置かれた調味料を振り掛け、野菜に味をつけているようだ。
みるみるうちに野菜がなくなり、本来のラーメンの「水面」が覗く。
その間、僅か1分前後!
あまりの素早さに、愛美は、思わず小さく拍手をしてしまった。
男の頬が、赤く染まる。
「愛美! ぼうっとしてる場合じゃないよ!
後ろ詰まってるんだから、早く!」
「後ろ? ――って、ぐえっ?!」
言われて振り返った愛美は、尚も店外に並んでいる待ち客の姿を見て、驚愕した。
どの客も、殺気走った目で店内で食事中の客達を見つめている。
それは当然、愛美達も例外ではない。
早く食い終わって出ろ! という意志が、愛美にもはっきりと伝わってきた。
「あわわわ」
「以後、私語禁止! とにかく食うよ!」
「わ、わかりました!」
愛美は、大慌てでラーメンに取り掛かった。
まずは、野菜の塔だ。
ただ茹でただけなので、当然味は殆どない。
男が調味料をかけていたのも、納得だ。
愛美は、それを素直に真似ようとして、ある事に気付く。
(そういえば、この茶色いペーストは、なんだろう?)
それが、所謂「背脂」なのだか、愛美はまだ気付かない。
恐る恐るそれを野菜にまぶして口に入れてみると――
「まぁっ! これは♪」
愛美の背後に、お花畑が広がった。
(なんて美味しいのでしょう!
とろっとしてコクがあって、お野菜に馴染んで美味しさを膨らませてくれる!)
どうやら、背脂は愛美の舌に馴染んだようだ。たまたま。
これなら、無理に調味料を足す必要はないかな、と思いつつ、何気なしに男を方を見た愛美は、目玉が飛び出しそうになった。
“天地返し!!”
なんと男は、スープの中に沈んでいる麺と、その上に載っている野菜を反転させたのだ。
つまり、野菜はスープの底に沈み、逆に麺は浮上することになる。
あっという間の早業に、愛美は思わず見とれてしまった。
が、驚いたのはそれだけではない。
(う、うどん?! これは、う、うどんなのでは?!)
男のどんぶりから見える麺の太さが、尋常ではない。
それはもはや“うどん”と呼んでも差し支えのない太さの麺であり、愛美の知識にはないものだった。
(どういうことなのですか?! わ、私達は、ラーメンを食べに来たのでは?!)
「あ、ありささ――」
思わずありさに尋ねようと振り返ると、当の本人はとっくに野菜を食べ終え、既にラーメンと云う名の“うどん”を啜っていた。
「ぬわにぃ~?」
「な、な、なんでもありません」
愛美は、まるで異世界に紛れ込んでしまったかのような衝撃を受けた。
以前、そう、それは井村邸でのこと。
青山理沙に言いつけられた片付け物がようやく終わり、そろそろ風呂に入って就寝しようとしていた頃、先輩メイドの元町夢乃がキッチンに姿を現した。
「あ、愛美ぃ~。こんな時間までお疲れ~」
「御疲れ様です、夢乃さん。
まだお休みにならないのですか?」
「うん、実はちょっと、コレをね♪」
そう言いながら、夢乃は袋に入った何かを取り出した。
袋の表面には、「サッポロ一丁うまいねん」と書かれている。
「これは何ですか?」
「インスタントラーメン♪
愛美、もしかして食べたことない?」
「生まれて初めて見ました。
これ、御料理の材料なのですか?」
「ううん、これは手軽に簡単に作れる料理そのものなのよ。
ちょっと見ててね」
そう言うと、夢乃は小鍋を取り出して水を張り、ガスコンロに火を点けた。
小鍋を加熱し、湯が沸騰した頃合で、服を開けて乾燥麺を取り出す。
その工程を、愛美は興味深そうに眺めている。
「この硬い麺の塊をね、お湯の中に……と」
「ふわぁ! 麺がほぐれて来ました!
これが、ラーメンというものなのですね!」
「そうよぉ、後は火を止めて、スープの粉を、チョイっとね!
野菜や卵を入れてもいいんだけど、あたしは素ラーメンが好きだから☆」
「す、すごいです!
ああ~、いい香りがしますね! とても美味しそうです!」
目を閉じ、うっとりしながら匂いを嗅ぐ愛美に、夢乃は優しく微笑んだ。
「愛美、あんたも少し食べる?」
「あ、いえ! それは夢乃さんが買われたものですから!
どうか、私に遠慮されずにお楽しみください!」
「ありがと! でも、あんたも真面目だね~、ホントに」
「ありがとうございます、夢乃さん!」
それ以来、町に買い出しに出た夢乃が、たまに買ってくるインスタントラーメンを、愛美は自ら申し出て代わりに作って提供した。
インスタントラーメンの香りの素晴らしさと、それを食べて喜ぶ夢乃の顔を楽しむために。
それが、愛美のささやかな楽しみの一つだった。
――のだが。
(め、麺が太い! し、しかも、硬い!
こ、これが“腰が強い”と言うのでしょうか?!
あ、顎が筋肉痛になるかも?!)
ある程度野菜を片付け、ようやく麺を引っ張り出した愛美は、その食感に大いに戸惑っていた。
味は、悪くない。
否、むしろこのスープの味は、愛美の舌に良く合うようだった。
それはいいのだが、あれだけ長くスープの中に浸っていたにも関わらず、全く伸びる気配を感じさせない剛なる麺の力強さに、愛美はようやく“後悔”の念を抱き始めていた。
(む、むむむむむむ!! ひっ! あ、あの男の方! もう半分以上食べてる?!)
焦ってありさの方を向くと、彼女も、初めて見るような真剣な表情で、剛麺と格闘していた。
なんとも表現し難い唸り声を立てながら、無限に湧いてくるが如き麺を、口の中に収めようとしている。
他人事ではない!
愛美も、ありさに倣い、また男の脅威に晒されながら、もっと頑張ることにした。
既に、胃の中は限界が近かったが。
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