美神戦隊アンナセイヴァー

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第三章 第4・第5のアンナユニット編

●第19話【思惑】1/3

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 午前0時。
 遅くまで遊び歩いていた少年は、帰路に着いていた。
 何があったのかはわからないが、非常に不機嫌そうで、道端に置かれた空き缶を怒り任せに蹴飛ばしている。
 その缶が転がった先、電柱に設置された街灯の明かりの下、誰かが立っている。
 丈の長い、黒のパーカーのようなものを羽織った者。
 性別はよくわからないが、体格からして小学生くらいに思える。
 足元に転がってきた空き缶をつま先で止めると、黒パーカーの人物は、突然少年を指差した。
 
 その態度が、癪に障ったか、少年は睨みを利かせて街灯の下へと歩み寄った。

 だが、次の瞬間。
 数メートル先に居た筈の黒パーカーの人物が、突然少年の目の前に立ちはだかった。
 まるでテレポートでもしたかのように、その姿は唐突に現れた。

「い――」

 少年が声を上げるよりも早く、黒パーカーの人物の右手が、彼の首を掴んだ。
 小柄な体格からは想像も出来ない程の、抗い難い強力!
 少年は、喉を完全に圧迫され、声を上げる事も出来ない。

 最期のその眼に映ったのは、パーカーの奥でニタリと微笑む、少女の笑顔だった。


 翌日早朝。
 都内某所の住宅街の細い路地の奥で、壁にもたれかかり眠るような姿勢で息絶えている少年が発見された。
 特に外傷や誰かと争った形跡などはなく、後に死因は「心臓麻痺」と特定され、事件性はないものとして処理された。

 ――先日、JR原宿駅にて、麦藁帽子を被った少女から紙袋を手渡され、それを山手線内に置き去りにした少年である。





 美神戦隊アンナセイヴァー

 第19話 【思惑】




 外から、小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 カーテンの隙間から差し込む陽光に、愛美はうっすらと瞼を開く。
 ここは、石川ありさのアパート。
 横並びに敷かれた隣の布団では、大口を開いたありさが呑気に眠り続けている。

 時計は、午前五時。
 愛美はまず、自分のお腹を撫でてみた。

 先日の、様々な意味でのバトルを経験し、愛美の世界観は徐々に変貌しつつあった。
 この世界には、自分のまだ知らない事、常識、価値観が、沢山ある。
 その中で、大勢の人々が各々の生活を営んでいる。

 そんな中に紛れ込み、人々の平和で大切な生活を蝕む存在がある。
 そして、それを撲滅するために、数多くの訓練と研究を重ねてきた者達も居る。
 そんな中に知らず知らずのうちに巻き込まれ、戸惑いながらも非日常な闘いを目の当たりにさせられた、自分のような者もいる。


『経緯はどうあれ、だから私は、愛美を仲間に加えることに反対だった』


(昨日の、未来さんのあの言葉は、いったいどういう意味だったんだろう?
 私を、どうしたかったの?何を伝えようとしたの?)

 もしあの時、XENOが出現しなかったら。
 未来の話は、どのように発展していたのだろうか。

(なんだろう。私、未来さんにもう一度、会わなければならないような気がしてきた)

 昨日、ありさが「休みはあと一日だけ」だと言っていた。
 学校という所に通わなければならないという。
 ありさだけではない、未来も、そして舞衣や恵も。

(だとしたら、今日しかない。
 未来さんに会えるとしたら、行く所は、あそこしかないのかな)

 再び、ありさの寝顔を見る。
 ピスピス音を立てながらでっかく膨らむ鼻ちょうちんに、愛美は思わず人差し指を伸ばした。





 ここは、地下迷宮(ダンジョン)。
 エレベーターを出てオペレーションエリアにやって来た北条凱は、自分より先に来ていた向ヶ丘未来の後ろ姿を見止めた。

「よぉ、おはよう。
 随分早いな、どうした?」

 出来るだけ優しい声で呼びかける。
 だが、振り返った未来の顔は、お世辞にも機嫌が良さそうには見えなかった。
 否、それどころか、物凄く不機嫌そうだ。

「おはようございます、凱さん」

「どうしたんだよ、滅茶苦茶顔色悪いぞ?」

「ちょっと、殆ど徹夜でして」

「夕べからずっとか?
 少し休め。身体を壊すぞ」

「ええ、仮眠室で寝ようとはしたんですけど、寝付けなくて」

「何かあったのか」

 そう言いながら、凱はオペレーションエリアの一番奥にある勇次のコーヒーメーカーを勝手に使い、コーヒーを淹れ始める。
 ドリップされたコーヒー豆の気高い香りに、未来の表情が僅かに緩んだ。

「そうですね……凱さんになら、話してもいいかな」

「ん? どういうことだ」

「実は、昨日のXENOとの戦闘映像を、分析していたんです。
 そしたら、想像以上に色々な情報が出てきたので」

「それを生真面目にレポートにまとめてたのか!
 相変わらず、お前は凄いな」

「学校の休みも、今日で終わりですから。
 それまでにやる必要があったんです」

「ああ、そうか」

 高校生の未来、舞衣、恵は、ゴールデンウィークの休暇が終わり、明日から通常通りの平日生活が始まる。
 これまでも、学業と並行しての訓練は大変そうだったが、XENOの出現が本格化した以上、今後は更にきつくなっていくことだろう。
 それでも、彼女達はそんな生活に苦言も述べず、また愚痴一つ言おうとしない。
 彼女達が長年かけて培った決意の重さを、凱は改めて噛み締めた。

「凱さん、これを」

「ん?」

 未来が、動画を再生し凱に見せる。
 それはどうやら、先日のXENO「ジャイアントラット」との戦闘で、アンナパラディンが撮影した映像のようだ。
 高い視点から見下ろすような形で、ジャイアントラットの動きを常時捕捉している。
 川の水や泥で足場がかなり悪いとはいえ、それでも相当な早さで動くジャイアントラットを見逃さないアンナパラディンの操縦精度に、凱は思わず感嘆の声を漏らした。

「さすがだな、未来。素晴らしい操縦だよ」

「ありがとうございます。
 でも、それよりも……ちょっと聴き取りづらいですね、音量を上げます」

「ん? どういうことだ?」

「ちょっと、耳をすませて聴いてください」

 未来が唇に人差し指を沿えながら、呟く。
 その仕草に、凱は少しだけ可愛らしさを覚えた。

 激しい水音と、アンナユニットの駆動音、激突音。
 それらに混じり、微かに何か奇妙な何かが聞こえる。

「声……か?」

「ええ、この部分だけ音を抜き出したのが、これです」

 未来は別なアプリケーションを立ち上げ、編集したファイルを読み込ませる。
 すると、スピーカーから、明らかな「音声」が響いて来た。


 オーイキタゾノ

 ウギャアー

 ヒイバケモノ

 イテエウワー
 ヤメ

 コレサツエイデスー

 チョットトマリナサイ
 

 まるでボイスチェンジャーを通したような、違和感のある声。
 それが、僅かながらも確かに聞こえてくる。

「……これって、まさか」

「ええ、しきりに繰り返していたんです。
 あのXENOが、この言葉を」

「どういうことだ?
 XENOが喋ってるってのか? そんな話初耳だが」

「私も、今回のこの件で初めて気付きました。衝撃です」

 額に流れる冷や汗を手で拭うと、凱は懸命に平静さを保とうとする。

「“キタゾノ”って言ってるように聞こえるな。
 東京駅で無断欠勤したという駅員の一人が、確か“北園”って苗字だった筈だ。
 ってことは、これは――」

「こちらも聴いてください、凱さん」

 青ざめる凱に、未来は更に別なファイルを展開する。
 そこにも、同じような声が収録されていた。


 タスケター

 イヤダー

 シニタクナイー


「これは? 今の奴とは声が違う気がするけど」

 凱の質問に、未来は重いため息を吐き出し返答する。

「これは、アンナウィザードとミスティックが初めて実装した時に出現した、蜘蛛型のXENOの音声です」

「おい……それマジかよ?!
 これは、舞衣かメグが録画したものか?」

「いえ、これはアンナローグの視点映像です。
 彼女が、XENOに捕縛される直前で聞こえたものですね」

 未来は、渋谷ランプリングストリートのパンケーキ屋で起きた戦闘の動画を再生する。
 目の前に迫ったXENOに対し、アンナローグは


『えっ?! だ、誰?! 何処にいるのですか?』


 と反応していた。
 その直後に、彼女の悲鳴が響いている。

「愛美ちゃんはもしかして、このXENOの声を聞いて、怯んだところをやられたのか」

「そのようですね」

「えげつねぇ連中だな。
 XENOは、発声機能を身につけることが出来るってことか。
 でも今のとこは、犠牲者の断末魔を鸚鵡返ししているだけのようだな」

「それはどうでしょう」

「え?」

 未来は、アンナローグの動画ファイルを止め、またジャイアントラットとの戦闘場面に戻す。
 先程まで観ていたところより更に進め、ホイールブレードで止めを刺す直前にする。
 ここでも、ジャイアントラットが何かを叫んでいるように思えたが、激しい攻撃音にかき消され、はっきりとは聞き取れなかった。

「これじゃ全然わからないが、さっきまでの言葉とは違うみたいに聞こえるな」

「そう思いますよね。
 この場面の音声を、フーリエ変換で周波数スペクトル分析にかけてみました」

 そう言いながら、未来は更に別なアプリケーションを立ち上げ、ファイルを展開、操作していく。

「これが、あの時のXENOの断末魔だけを抜き出した音声になります」

「うん」

 ゴクリと唾を飲み込み、凱は、耳を端末のスピーカーに近づけた。
 マウスがカチリと鳴り、未来が編集ファイルを展開する。






      マナミマナミマナミィィィ―――ッ!!
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