美神戦隊アンナセイヴァー

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第三章 第4・第5のアンナユニット編

●第25話【集結】1/2

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 雨が、こんなにも熱く感じた事はなかった。
 浴びた滴が、熱く絡みついてくるように感じられる。

 雨の中の、河川敷。
 男が5人。その全員が、身体をぴくぴくとけいれんさせて倒れ伏している。
 大量に吐血した者、おかしな方向に曲がった腕を押さえ、悲痛な呻き声を上げている者。
 川に下半身を沈めて気絶している者、ピクリとも動かない者、原型を留めない程に腫れた顔面を庇い、その場から逃げようと這いずり回る者

 ありさの腕は真っ赤な返り血に染まり、肘までも汚している。
 両肩を激しく上下させ、荒い息づかいを繰り返す。
 鬼神の如き怒りの表情と、雨粒をも蒸発させるかのように高まった体温は、まだ収まらない。

 少し離れた場所では、半裸の少女が、驚愕の表情でこちらを見つめていた。

 這いずっている主犯格の男を乱暴に掴み起こすと、ありさは、凶器と化した握り拳を再び構える。

「ひぃ! や、やめへ……もう、ゆ、許ひて……!」

 男の瞼は潰れ、鼻も曲がり、顔は倍程に膨らんでいる。
 それでも、容赦する気は一切なかった。
 圧倒的な武力で、二度と歯向かえない程の圧倒的恐怖感を植え付けてやるつもりだった。
 否、二度と立ち上がれない身体にしてやっても良いと、本気で思っていた。
 それだけのことを、こいつらはしでかしたのだから……と。

「ありさ! 止めて! もう止めて!!」

 突然、何者かが背後から抱きつき、振り上げた腕を掴んだ。
 掴んだとはいえ、あまりに非力。
 振り払うことなど、今のありさには容易だったが、それは出来なかった。

「もう、これ以上は止めて! 死んじゃう、これ以上やったら、死んじゃうから!」

「いいじゃねぇか、こんな奴ら……どうなっても」

「駄目よ! 絶対にダメ!
 お願い、ありさ! 私なら大丈夫だから、もう、許してあげて!」

 引き千切られ、ぼろぼろに乱れた衣服もそのままに、泣きながら必死で止めようとする少女。
 その足元では、割れた眼鏡が転がっている。

 この娘が、こんなに泣いているのは――必死なのは、初めて見た。

 打ちつけるような豪雨の中、ありさは、放り投げるように男を解放した。

「私なんかの為に……なんで、ここまでやるのよ……!」

「こいつらが……あんたにしようとしてたことを、許してやれってのかよ。
 あたしには、無理だ……。
 あんたを、こんな目に遭わされて黙ってろなんて! 出来るわけねぇだろ!」

 搾り出すような叫びに、少女は、眼鏡を拾いながら返す。

「ありがとう、ありさ。
 だけど、もう二度と、絶対にこんな事しないって約束して」

「平気なのかよ、未来?」
 
 動揺するありさに、少女は、真剣な眼差しで真正面から見据え、呟いた。

「平気よ。
 私はもう、何があっても、決して屈しないから」


 数年前。
 日本空手女子部門において、圧倒的な強さを誇り“百年に一人の天才”とまで評された少女が居た。
 
 彼女の名は、石川ありさ。

 瞬速にして正確な攻撃、完璧な防御、そして相手の動きを瞬時に察し対応する判断力。
 そこに、常人離れした忍耐力、耐久力、更には瞬発力が加わり、その実力は“並ぶものなし”とさえ云われた。
 幼い頃から空手一筋に努力を重ね、常に鍛錬を怠らず、今以上のものを追求し続けるその姿は、多くの関係者の期待を集めた。
 全日本空手道選手権大会女子組手個人戦に最年少で二年連続の優勝を果たし、女子空手の世界では「最大の壁」として君臨し、多くの選手達の目標にまでなった程だった。

 だが、三年前。
 彼女は、唐突に空手の世界から姿を消した。
 無敗・無敵の伝説を維持したまま。





 美神戦隊アンナセイヴァー

 第25話 【集結】





 

「あ~、もしもし? トレイン?
 うん、あたし。
 あんたの言ってた、あの……なんだっけ。
 あ、それそれ! “ガルガンチュア”!
 やっと体現出来た個体来たねぇ~!
 ――あ、ごめん。
 暗いから、写メ撮るのはちょっと無理そうだわ」

 高さ5~6メートルはある背の高い木の枝に座りながら、黒いパーカー姿の少女は、愉快そうに携帯で話をしている。
 その下では、膨張・巨大化を果たしたXENO“ワーベア”と、アンナパラディンが対峙していた。



 アンナブレイザーが飛ばされた方向を一瞥すると、アンナパラディンは一呼吸置き、力強く剣を構えた。

「来なさい!」

 ホイールブレードの超高速振動ホイールが、激しく唸りを上げる。
 その姿と声に挑発されたのか、ワーベアは再びいきり立ち、両腕を振り上げて突進して来た。

 突進しなからの、力任せの爪攻撃。
 アンナパラディンは――否、向ヶ丘未来は、先程までの戦闘の場面を思い返し、爪攻撃の軌道を脳内で確認した。 
 巨大化しているとはいえ、ワーベアの攻撃パターンは変わることはない。
 案の定、右・左の順番でおおよそ斜め45度の角度から振り下ろす。
 その起動を予め予測していたアンナパラディンは、ワーベアの懐に飛び込み、ホイールブレードを下腹部に突き立てた。
 と同時に振動が激しくなり、刀身に稲妻のようなスパークが発生する。
 切っ先がめり込む程度のダメージに過ぎなかった筈が、この追撃により、傷口が激しく焼け爛れた。
 悲鳴を上げてアンナパラディンを払いのけようとするワーベアだったが、その攻撃は先程発生させた“七色に光る盾(プラズマティック・イージス)”に遮られた。
 すかさず、身体を横に回転させ、切り裂く。
 そして更に激しく回転を続け、そのまま両脚を斬りつけていく。
 まるで、巨大な回転ノコギリのように。

 雷光をまといながら高速回転するその攻撃は、ワーベアが庇い難い部分を執拗に攻め立て、遂には左脚を切断してしまった。
 ドズン! という激しい音を立て、ワーベアは倒れた。
 しかし、なんとワーベアは切断された脚を掴み取り、それを接続した。
 瞬時に繋がった脚で即座に立ち上がったワーベアは、間髪入れずにアンナパラディンを横殴りに攻撃した。

「ぐっ!」

 想像以上の打撃力に、アンナパラディンの身体も打ち倒される。
 そこに、強烈なストンピングが襲い掛かった。
 激しい激突音が鳴り響き、アンナパラディンは、ワーベアの足の下敷きにされてしまった。




『――以上だよ。
 どう、いけそう? ありさちゃん?』

 今川が、不安げに尋ねる。
 膝立ちの体勢で押し黙っていたアンナブレイザーは、キッと顔を上げた。

「えーっと、要するに。
 自分の好きなように、攻撃方法つか、必殺技を作り出すことが出来るってことでいんだよね?」

『そうそう! アンナブレイザーは、他のユニットより武装が少ないからね。
 それを補うために、突発的にでも必殺技が繰り出せるようにって、オレが調整したってわけさ。
 どう、使い方わかった?』

「全っ然、わかんない!」

『へ?』

 懸命に説明した今川の苦労は、その一言で無残に引き裂かれた。

「よくわかんないけど、とりあえずやってみるわ!
 あたし、実践で覚える主義だから」

『え? へ?』

 今川が作成した、“Annihilation attack training program”――通称「必殺技エディタ」のインストールは完了した。
 しかし、今川のレクチャーを受けたにも関わらず、ありさはぶっつけ本番に賭けることにしたようだった。

『お、お~い、ありさちゃん……』

「悪いけど、通信切るね、あっきー!」

『ちょ、ちょっ待っ』プツン

「難しいことはわかんないから、とにかく実践あるのみだっつーの!」

 説明書を読まないで組み立て始めるタイプのありさは、今回もそれでイケるだろうという、根拠ゼロの自信を振り翳した。


 アンナパラディンを踏み潰したワーベアは、そのまま更に押し潰そうと力を込めたが――その足は、物凄い力で押し上げられていく。
 いつの間にか、ワーベアの身体は薄蒼色の光のヴェールで包まれていた。
 そのヴェールを、アンナパラディンが真下から押し上げている。
 アンナパラディンは、右腕一本だけで、十メートル近い巨体を余裕で持ち上げた。
 肩から伸びているバタフライスリーブが、まるで突風に吹かれているかのように、激しくたなびいている。

 「これが、反重力制御装置(ヴォル・グラヴィティ)……
  想像以上の力ね」 

 呟きと同時に、アンナパラディンは、手首のスナップだけでワーベアを投げ飛ばした、
 小さな地震を思わせる程の音を立て、漆黒の巨体は大地に叩きつけられる。
 肩の土をパッパッと手で払いながら、アンナパラディンは右手首をワーベアの方向に翳した。

“Completeion of pilot's glottal certification.
 I confirmed that it is not XENO.
 Science Magic construction is ready.MAGIC-POD status is normal.
 Execute science magic number C-017 "Search-scan" from UNIT-LIBRARY.”

「サーチ・スキャン」

 右手首に付いている宝珠のようなパーツが発光し、科学魔法が発動される。
 ゆっくり起き上がろうとするワーベアの体表を、青白い光が駆け巡る。
 スキャンの結果が、アンナパラディンのモニタに投影された。

「胸骨上部の奥、か」

 巨大化したワーベアの核(コア)は、首の付け根の奥辺りにあった。
 しかし、その大きさは巨体に比べて極小で、ホイールブレードの刀身を根元まで差し込んだとしても、届くことはないだろう位置にある。
 どうやら、巨大化を果たしても核(コア)の大きさは変わらないらしく、そのせいでかえって攻撃しにくい奥まった所に移動したようだ。

「さっきは惜しいところまで攻めてたのにね。
 まったく、厄介だわ」

 起き上がったワーベアは、激昂しているのか、先程よりも素早くかつしつこいくらいに、両手による乱打攻撃を繰り返した。
 外れた攻撃が、周囲の木々をなぎ倒していき、その度に大きな倒木の音が鳴り響く。

(これ以上戦闘を長引かせたら、異音に気付いた周囲の人々が騒ぎ出すわね)

 そう察したアンナパラディンは、通信回線を開いた。

「聞こえる? ブレイザー。
 これ以上、戦闘を長引かせられないわ。
 一気に決めたいんだけど、動けて?」

 回答は、即座に返って来た。

『おっしゃ! 今行く!』

「大丈夫なの?」

『ああ、さっき大丈夫になった!
 あのクソ熊野郎、一気にブッ倒してやんぜ!!』

「期待してるわ」

 途切れることのない乱打は、全て虹色に輝く盾(プリズマティック・イージス) とホイールブレードによって遮られている。
 とはいえ、アンナパラディンに攻撃の隙を与えず、かつ後退させつつある状況だ。
 次第に森の深部へと追い詰められ始めたアンナパラディンは、ワーベアが両腕を一気に振り下ろそうとした瞬間、

 グボワァァッ?!

 凄まじい回転音、塊を穿つ破壊音。
 黄金の螺旋が、突如ワーベアの眼前に出現し、両手を刺し貫いた。
 怒涛の旋回による攻撃は、ワーベアの手首を弾き飛ばし、肉塊を周囲に飛び散らせていく。

 アンナパラディンの胸元に垂れていた、カールヘア――に見えたもの。
 それが突如として屹立し、巨大なドリルと化して攻撃を繰り出したのだ。

 即座に回復が始まるが、一時的にとはいえ、隙が生じる。
 そのタイミングを見計らっていたかのように、何者かが上空から飛来し、地面がめくれ上がるような衝撃を放って着地した。

「おーまた!」

「遅いわよ、何やってたのよ」

「へへ、ちょっと“微調整”をね」

「?」

 立ち上がったアンナブレイザーは、両手を素早く振り構えを取る。
 と同時に、両手首に装着されていた機器がスライドし、両拳に被さるような形状に変化した。

「よっしゃ、こっからは本気モードで行くぜ!」

 と叫んだ途端、アンナブレイザーの両拳が発火した。
 まるで火球のようになった両手に臆することなく、アンナブレイザーはゆっくりと目を閉じる。
 両手首の損傷が回復したワーベアは、またも両手を振り回すパターンで飛び掛ってきた。

「ブレ……」

 アンナパラディンが声をかけるより僅かに早く、アンナブレイザーは前に踏み出していた。
 軽く開いた両手を旋回させ、迫り来るワーベアの両手を、片っ端からさばいていく。
 数撃の連打の果て、一瞬途切れた猛攻の隙を突いて、更に前に踏み出したアンナブレイザーの拳がダイレクトヒットした。
 途端に、爆発!

 グオッ?!

 突然の爆発に怯んだワーベアに、更なる攻撃が襲い掛かる。
 
「だぁりゃああああああああああ!!」

 炎をまとった拳による、連打、連打、連打!

 一秒間に数回、重く響く衝撃音と共に、破壊の旋律がワーベアを蹂躙する。
 それは、数倍もの体格差などものともしない勢いで、あらゆる防御能力を突き破るかのようだ。

「とぉっ!」

 更に強烈な勢いのパンチが、ワーベアの脚の付け根に炸裂する。
 前方に倒れるワーベアに向かって、突き上げるようなアッパーを叩き込む。
 と同時に、アンナブレイザーは上方に向かって全力で飛び上がった。
 体格差などおかまいなしと云わんがばかりに、遥か上空まで吹っ飛ばされるワーベア。

 アンナブレイザーは、アンナパラディンに呼びかけた。

「一緒に決めるよ、未来!」

「わかったわ!」

 二人は、同時に地面を蹴る。
 背中と腰のブースターが噴射し、光の粒子が推進剤のように噴き出した。

 上空に舞う、黒い巨体と、それを追う二体の光。

 アンナパラディンは、雷光をまとわせた大剣を。
 アンナブレイザーは、炎の拳を。

 それぞれ最大限にパワーを高めて、目も眩むような閃光を放つ。


「たぁ―――っ!!」
「でりゃああぁぁぁぁぁ!!」

 二人の叫びが重なる。
 稲妻と炎がクロスし、巨体を刺し貫く。


 夜の空に、巨大な「X」の文字が、描かれた。


 二人の攻撃は、漆黒の巨体を破砕し、その奥深くに秘められた核(コア)を破壊するのに充分な破壊力を発揮していた。
 いや、それどころか。
 ワーベアの全身は一瞬のうちに打ち砕かれ、木っ端微塵にされた。


 ズン! という大地を叩く音と共に、着地する二体のシルエット。
 それは、赤とオレンジの光を湛えていた。

 激しい爆発音が天空に轟いたのは、その僅か1秒後だった。
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