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INTERMISSION-03
●第30話【暗闇】1/2
しおりを挟むその翌日も、愛美はアンナローグとなって、ちづるの部屋を訪問していた。
ほんの一時間少々しかない貴重な時間に、二人はそれぞれの思っている事、考えた事を語り合った。
ちづるが、自分の病気について具体的な事を教えられていないという事も、ようやく知った。
毎日楽しく通っていた小学校。
登校中に突然倒れ、緊急入院させられたのをきっかけに、彼女はもう一年以上も学校に行っていない。
以前はクラスメート達が見舞いに来てくれたものだが、もうそれも昔の話となりつつある。
今では日々病床の時を過ごし、退屈に耐えているだけだという。
「入院しても意味ないんだって。
だから、お家で“りょーよー”するんだってママが言ってた」
「“りょーよー”?
そうなんですか?」
「うん。たまにママが本とか買ってきてくれるんだけど、もう全部読んじゃってつまらなくて」
「そうですか~。
じゃあ、今度私が何か貸してあげましょう」
「ホント?」
「はい。私がお世話になっているご姉妹が、色々な本をお譲りくださったので、今度お持ちますね」
「ふーん、じゃあ、お願いしまーす!」
「うふっ♪ はい、わかりましたー」
愛美はいつしか、ちづるとのおしゃべりの時間を何よりも大事にしていた。
ほとんど毎晩のように部屋を訪れるようになり、そのたびに本や漫画、そして恵から教わり始めたビーズアクセサリーの道具や材料、簡単な資料などを少しずつ提供していった。
ちづるも、何日かするときちんとそれを返し、そしてご自慢の手作りビーズアクセサリーを披露してくれた。
一週間が過ぎようとした頃には、二人の間でいくつもの本やアクセサリーが交換されるほどになった。
そして二週間が過ぎる頃、ちづるの提案で二人は交換日記を始めるほどになっていた。
美神戦隊アンナセイヴァー
第30話 【暗闇】
「最近、愛美ちゃんにお友達が出来たんだよー」
ミーティングルームでおやつのホットケーキを焼きながら、恵は紅茶を嗜む未来に話しかけた。
気高い香気が鼻腔に流れ、未来はふぅ、と息を吐いた。
「いいことじゃないの。
私達以外にも友人を作るのは、とても良い事だわ」
「小学生の女の子なんだって~……よいしょっと!」
器用にフライ返しでホットケーキをひっくり返すと、恵は脇に用意していたキッチンタイマーを起動させる。
フライパンに蓋を被せると、腰に手を当て、楽しそうに頭を振り始めた。
「ねー、未来ちゃん」
「なに? メグ」
「愛美ちゃんって、どういう人なのかなあ?」
唐突な質問に、面食らう。
「それは、どういう意味?」
「うん、メグ達はね、愛美ちゃんがどうしてメイドさんをしてたのかとか、その前は何処で何してたのかとか、全然教えてもらってないの」
恵の言葉に、ハッとさせられる。
言われてみれば、未来にも、愛美の詳細は殆ど知らされていない。
恵より知っている情報といえば、井村邸での勤務期間や身体的特徴くらいのものだ。
「愛美には、直接聞かなかったの?」
「もちろん聞いたよぉ。
でもね、“それは秘密です☆”って言って、いつもごまかしちゃうの」
「確かに、それは気になるわね。
あの子、妙に世間知らずだったり、普通なら知ってそうなことを知らなかったりするし」
「そうなのー。
だから、ちょっとだけ聞くんだけど、なんだか言いたくないことがあるみたいだからね。
メグも、それ以上は聞かないようにしてるんだー」
そう言いながら、恵は蓋をちょいと開けて、焼け具合を確認する。
バニラエッセンスの温かな香りが、キッチンに充満していく。
「もうすぐ出来るよ! 待っててねー未来ちゃん♪」
「えっ? それ、私用だったの?」
「うん、そうだよ!
これね、愛美ちゃんに習った焼き方なんだよ! とっても分厚くて美味しく焼けるのー♪」
「そ、そう。
メグは、食べないの?」
「メグも食べるよー!
この後に焼くから、お先にどーぞっ☆」
「あ、ありがと……って、わっ」
恵が皿に載せて出してきたのは、厚みがなんと三センチくらいもある、分厚いホットケーキだった。
そこに、バターとホイップクリームが添えられ、メイプルシロップがたっぷりかけられている。
料理上手な恵が作ったものだし、味は保障されているようなものだが、未来にとって、いささかカロリーが心配だ。
しかし、せっかくの好意を無駄にするわけには行かない。
「あ、ありがとう、いただくわね」
「はい、どーぞっ!」
無邪気な笑顔を浮かべ、恵が見つめてくる。
彼女とは古い付き合いになるが、いつもこうして、他人に何か施そうとしてくれる。
そんな姿勢に、未来は何度も助けられ、支えられてきた。
アンナセイヴァーのメンバーという以前に、とても大切な親友だ。
舞衣もそうだし、ありさもそうだ。
そして、“SAVE.”のメンバーも、自分にとってかけがえのない仲間達だ。
振り返れば、未来を取り囲む大勢の人々によって、自分はここまで生かされて来たようなものだ。
――だが、愛美だけは、違う。
彼女のことを良く知っている者は、“SAVE.”内でも、果たしてどれだけ居るのだろう?
勇次や今川、凱にしても、彼女がここに来た時に初めて知り合ったようなものだ。
唯一、愛美との関わりが深いのは元町夢乃だが、そんな彼女でも、せいぜい一年間程度のつきあいしかないという。
愛美の周囲に居る人は、誰も彼女のことを良く知らないまま。
未来は、何故か心が少し締め付けられる感覚に捉われた。
「私達は、もっと愛美のことを知る努力が必要かもね」
「ん~? 何か言った?」
不思議そうな表情で、恵が顔を覗き込んでくる。
ナイフとフォークを持ったまま動きが止まっていた未来は、慌てて笑顔を作った。
「ううん、なんでもないわ。
じゃあ、いただきます」
少し慌てながら、ホットケーキをカットし、メイプルシロップとクリームをたっぷり付けて口に運ぶ。
久々に味わう深い甘味と、それを膨らませる生地の信じ難いほどの柔らかさに、未来は一瞬意識を飛ばしそうになった。
「お、美味しい……すご」
「よかったぁ! 未来ちゃんのお口に合って♪」
「ふわっふわで凄く美味しいわ!
これ、下手な専門店のより美味しいんじゃないの?!」
未来は、褒める時は徹底的に褒めるタイプだ。
いつもは寡黙で余計な発言はしないように心がけているが、激しく心が動くと、意外に口数が増える。
「わぁ♪ ありがとー!
でもね、愛美ちゃんにも言ってあげてね!」
「そうね――
ねえ、メグ?」
フォークを置き、未来は、真剣な顔つきで恵を見た。
「あなたは愛美のこと、どういう風に思ってる?」
「ん~? そうだねぇ。
可愛いし、素直だし、優しいし、とっても気遣いが出来るし、すごく良い娘だと思ってるよ!」
「それはわかるわ。
その……なんていうのかな、昔どんなことをして来たか、とか」
「う~ん、メグ、そういうの詮索するの好きじゃないから……」
困り顔で、小首を傾げる。
素直で優しい恵ならではの、当然と云える答えだ。
聞くだけ野暮だったと反省し、「ごめんなさいね」と言おうとした、その時。
「あのね、でもね。
前にね、“ずっとお友達が居なかった”って言ってたことがあるの」
「そう」
「もえぎさん、だったかな?
メイドさんしてた時の先輩が、初めて優しくしてくれたんだって。
あと、夢乃お姉ちゃんも。
それからは、メグ達全員がお友達なんだって! えへへ♪」
「じゃあ、それまでは」
「う~ん、愛美ちゃんの性格なら、お友達いっぱい居そうなんだけどなあ。
不思議だね~」
そう言うと、恵は次のホットケーキを焼くために、フライパンを熱し始めた。
その態度は、「この話はここまでにしよう」という、彼女なりの合図なのだろうと解釈する。
濡れ布巾に乗せたフライパンが、ジュ~っと悲鳴を上げた。
未来は、愛美の新しい友達に、強い関心を覚え始めた。
その日の夜、不可解な事件が発生した。
場所は、豊島区目白四丁目。
閑静な住宅街、道幅も狭く、付近には西武池袋線が行き交う線路が伸びている環境。
事件は、そんな場所で起きた。
警察による、犯行推定時刻は未明頃。
被害者は、恐らく女性と思われる人物約一名。
何故“恐らく”なのかというと、現場周辺に、女性の物と思われるハンドバッグや身分証が散らばっていたためだ。
細い路地の端に佇む街灯の根元に、明らかに致死量に達しているだろう大量の血痕が残留し、被害者自身は行方不明。
これは、翌日のニュースで判明した情報であり、“SAVE.”が独自入手したものではない。
しかし、現場が前回“サーベルタイガー”が出現したポイントから、さほど離れていないということもあり、スタッフ間に緊張が走った。
ここは、地下迷宮研究班エリア。
もはやここは、問題が起こった際に主要メンバーが自然に集う、一種のたまり場的な様相を呈していた。
オペレータースタッフの女性達が不思議そうな目線を送る中、蛭田勇次と北条凱、今川義元の三人が、複雑な表情でモニタを見つめていた。
「どういうことだ? 別個体がいたということか?」
「可能性はないとは言い切れないが……」
「これ、XENOじゃなくて普通の人間がやった犯行って可能性はないっすかね?」
三人は、それぞれの思惑を述べる。
しかし呟かれるのは、いずれも三人の共通見解のみだ。
「人間がやったのなら、被害者を運ぶ時に血痕が点々と付く筈だ。
そうすれば、少なくとも運ばれた先の推論くらいは挙がるだろうな。
だが、そういったニュースはないし、情報も確認出来ないな」
勇次の言葉に、凱が頷きながら補足する。
「それに、現場で犯行がバレるような証拠を露骨に残すバカがいるとも思えないしな。
普通に考えたら、殺す目的でもまず場所を移してから……ってなるだろう。
被害者の持ち物だって回収するだろうし」
「ああ、そうかあ。
ってことは、やっぱり――」
「断末魔を上げる間も、逃走の余地すらも与えず、尚且つ短時間で一気に捕食された。
そう見るのが、我々的には一番筋が通るだろうな」
「でも、車でさらわれた可能性とかは?」
今川の質問に、今度は凱が答える。
「それは厳しいな。
現場はかなり狭い脇道でな、自転車やスクーターが関の山って程度だ。
誘拐運搬用の車を回せる余裕はないよ」
「うげげ、じゃあもう、殆ど確定事項じゃないですか!」
勇次が、前回のアンナセイヴァーの戦闘記録をまとめたフォルダを展開し、資料を示す。
モニタに、三人の視線が集中する。
「前回も話したが、サーベルタイガーは、上から被害者に襲い掛かり、牙で一気に刺し貫く手法を用いていた可能性が高い。
しかし、その際長い牙が路面や周囲の塀などに傷をつけるケースも多かった」
「一メートルくらいの長さがあったんだもんね」
勇次と今川の話を聞き、凱は、静かに目を閉じて熟考した。
「――警察が撤収したら、現場検証をして、その痕の有無を確認した方がいいかもな」
「頼めるか、凱」
「ああ、早速今夜にでも行ってみる」
そう言うと、凱は席を立ち、そそくさと研究エリアを後にする。
残された勇次と今川は、改めて顔を見合わせた。
「XENOセンサー的なもの、なんとか作れないもんっすかねー、勇次さん?」
「それには、XENOが発する何かしらの“情報”が必要だな。
仮に発見出来たとしても、果たしてそれを検知出来るかどうかの実験も必要だから、XENOの全面協力が必要になるだろう」
「ぐはぁ、やっぱり無理かあ!」
頭を抱えたジタバタする今川を尻目に、勇次は、ふと何かを思いついた。
「だが、XENOが変態する瞬間を観察し、周囲環境への影響を測定できれば、何か手がかりが得られるかもしれないな」
「おっ、おっ? 可能性はあるってことっすか?」
「例えばだが、XENOが擬態状態から変態する際、周囲に何かを分泌または放出しているとすれば、その成分などを予め記録しておくことで、今度はそれをサーチ出来るようになるかもしれんな」
「でも、それって科学魔法の領域じゃないっすかね?」
訝しげな今川に、勇次は目を閉じながら応える。
「所詮これは仮定に過ぎない話だが、トライアンドエラー的な見地なら、試してみる価値はあるかもしれん。
それに、現場にも何か目に見えないものが僅かに残留している可能性も否定できん」
「ナイトシェイドに、調査してもらいます?」
今川が、何故か両手の指で車の形を描きながら尋ねる。
しかし、勇次は首を振った。
「ここは、あいつに頼む方が適正だ」
そう言うと、勇次は先程退出した凱に、再度連絡を繋いだ。
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