89 / 172
INTERMISSION-03
第33話【決意】2/2
しおりを挟む“Execute science magic number M-002 "Asleep" from UNIT-LIBRARY.”
「アスリープ……」
錯乱し、叫び声を上げて抵抗する千鶴の母親を科学魔法で眠らせると、アンナウィザードはようやく一息ついた。
母親を後部座席に横たわらせると、凱は、どこか悲しげな様子のアンナウィザードに話しかけた。
「どうした?」
「この方は……見ず知らずの他人の命を犠牲にして、娘さんの姿のXENOを助けようとしていました」
「ああ、聞いていた」
「どうして、そんな事が出来るのでしょう?
死んでいった人達にも、同じように、家族や大切な人がいるというのに……」
目に涙を溜め、今にも泣き出しそうな表情のアンナウィザードの頭を、凱は優しく撫でた。
「どんな犠牲を払ってでも、“傍にいて欲しい”と思ってんだろうな。
だからこそ――ほんの少しだが、俺には、この母親の気持ちがわかるような気がする」
夜空を見上げながら、凱は、静かに尋ねる。
「舞衣」
「はい」
「もしお前が、この女性と同じ立場になったら。
――たとえば、俺がXENOになってしまったとしたら。
その時は、迷わずに俺を討て、いいな」
「……」
返事は、ない。
悲しそうに俯くアンナウィザードは、しばしの沈黙の後、掠れるような声で呼びかけた。
「お兄様」
「ん」
「もし、私が……いえ、なんでもありません」
涙を拭いながら、アンナウィザードがせつなそうに口籠もる。
あえてそれに気付かないふりをしつつ、凱は、今アンナミスティックが戦っているだろう方向を睨みつけた。
「ウィザード、ミスティックのフォローを頼む。
俺は、この人を安全な所まで運ぶ。
それに――俺の予想が正しければ、もう一波乱起きるはずだからな」
「わかりました」
アンナウィザードは、静かに応えると、即座に夜空へ飛び上がった。
視界の端に表示されている時計を見て、ため息を吐き出す。
恐らく、今頃はアンナユニットの誰かとXENOが、闘っているのだろう。
――誰、と?
思わず耳を両手で塞ぎ、強く目を閉じる。
“SAVE.”は、千鶴をXENOであるとほぼ認定し、それを確認するための作戦に出た。
無論、その内容は愛美にも伝えられ、協力を要請されたが、応じなかった。
凱達は、今日この晩のうちに決着を着けるつもりだったのだろう。
千鶴の家の事情も調べ尽くしているようだったし、こうなるのは時間の問題だった。
それは理解できるのだが、今回だけは、戦闘に加わりたくなかった。
否、できる事なら、全ての戦闘を避けたいのだが。
仲間達の手によって、千鶴が倒される光景を見る事が、耐え難い。
それ以前に、大切な友人である千鶴と闘わなければならないという現実が、どうしても受け入れられなかった。
ここは、西新宿・東京都庁の最上部。
ヘリポートを背にして端に腰掛け、アンナローグは、眼下に広がる広大な夜景をぼんやりと眺めていた。
「こんな所にいたの?」
突然、背後から声を掛けられる。
声の主が、未来・アンナパラディンだという事はすぐにわかった。
だが、そちらの方を向く気にはなれない。
「今、ウィザードとミスティックが交戦中よ。
ブレイザーも、現場待機してる」
「……」
「そんなに時間は、かからないとは思う」
「……っ」
アンナパラディンも、どうやら彼女なりに言葉を選んでいるらしい。
だが、伝える内容はどうしても限られる。
“もうまもなく決着は着くだろう”
そういう事だ。
「私、今まで、無理矢理戦ってきました」
ふと、呟きが洩れる。
「本当は、戦いたくなんかない。
誰かと争ったり、傷つけ合ったり。私、そんな事出来ないのに……」
ずっと鬱積していたものが、言葉になって吐き出されていく。
自分でも驚くくらい、その言葉は重く、湿っていた。
「でも、我慢して来ました。
闘う事で、誰かが幸せになるならって。
誰かの安全や幸せが守れるなら、そう言い聞かせてきました。
だけど、もう……限界です」
そこまで呟いて、顔を伏せる。
傍に立つアンナパラディンは、少し困った表情で見下ろしていた。
「愛美……」
愛美が、自分の胸中を語る事は意外に少ない。
嬉しかったり、楽しかったりする時はすぐ態度に示すが、悲しさや寂しさを露骨に表す事は、これまでは殆どなかった。
それなのに。
それだけ、今回の出来事は、彼女の心に負担を掛けている。
それが、少ない言葉の端々から伝わってくるようだ。
アンナパラディンは、かけるべき言葉が見つからなかった。
「私達は、いったい何のために戦っているのでしょう?」
「……」
肩が、微妙に震えている。
愛美は、思った。
そういえば、今まで誰ともそんな話をした事がなかったような気がする。
今までは、ただなんとなく闘っていたような、曖昧な気持ちが何処かにあった。
無理矢理闘わされたから、頼まれたから。
そんな言い訳が心の何処かに巣食っていた。
だからこそ、自分の中に決意はなく、何かがぶれていた。
しばしの、沈黙が流れる。
ふぅ、と息を吐くと、アンナパラディンは、彼女と背中合わせになるように座った。
ぴくり、とアンナローグの身体が反応する。
「“SAVE.”って言葉の意味、知ってる?」
「?」
「SAVE――“救う”という意味よ。
私達は、たとえ非合法であろうとも、XENO脅威から人々の生活と平穏を守り、被害に遭う人達を救いたい。
そんな願いが込められて、“SAVE.”って名前の組織になったんだって」
髪をそっと手で払いながら、アンナパラディンは、どこか懐かしそうな表情で夜空を眺めつつ呟く。
「私は、この名前が好きよ。
誰か特定の人を守るとか、“正義”とか“規律”を守るというのとは違うけど。
私は、それぞれの信じるものを守るって意味も含まれてるって思う」
「それぞれの、信じる、もの?」
「そう。
マイやメグも、ありさだって、それぞれ違う“守りたいもの”があると思うわ。
もちろん、私や愛美にも」
「……」
「私はね、両親を、XENOに殺されたの」
突然の告白に、愛美はハッと顔を上げた。
「私がまだ小さい時だけどね。
そのせいで私は、殆ど付き合いのない親戚の間を、たらい回しにされたわ。
ありさが居て支えてくれなかったら、今こうして、ここに居ることもなかったかも」
「そう、だったんですか……」
軽い口調で語ってはいるが、それは凄まじく重い話だ。
アンナローグは、いつしかパラディンの方に顔を向け始めていた。
「でもそのおかげで、私はXENOの被害に遭っている人々の気持ちが、わかるようになったと思ってる。
だからこそ、もうこれ以上、私が味わった悲しみを、他の人に味わわせたくない」
その言葉に、胸がどきっとする。
アンナパラディンの言葉は、何故かアンナローグの心を強く打った。
「だから、私は志願したの。
アンナユニットの搭乗者に」
自分の手を見つめながら、独り言のように呟く。
優しげな、それでいて、どこか悲しげなまなざし。
そんな彼女の姿に、アンナローグ・愛美は、今までとは違う何かを感じた気がした。
「パラディン……未来、さん」
「私は、アンナパラディンになった。
この力で、人々の生活の秩序を守りたい。
XENOの存在に、大勢の人々が気付くより早く、彼らを止めたい。
――私の決意は、そんなものなの」
「決意、ですか……じゃあ、私は」
アンナローグも、自分の手を見る。
「愛美、あなたはきっと、まだアンナセイヴァーとして闘う決意が、固まってないかもしれない。
だからこそ、悩んでるんだと思う。
それは、みんなもきっと判ってる」
「……」
「でも、少しだけ考えてみて。
今こうしている間にも、何処かでXENOの被害に遭っている人が居るかも知れない。
なら……あなたは、どうする?」
「私なら、ですか」
「そうよ。
あなた個人の悩みと、あなたが成すべき決意、そのどちらを優先させるべきか。
愛美が今考えるべきなのは、それじゃないかしら」
アンナパラディンの言葉が、心の中に深く染みた。
「どちらを、優先……それは……私は」
アンナローグは、ゆっくりと顔を上げた。
「教えてください、パラディン。
私は、今からでも、誰かを救う事が出来ますか?」
自分でも驚くくらい、その言葉は、はっきりと述べられた。
アンナパラディンは頷きを返す。
「出来るわ。
あなたが今、一番先に救わなければならないのは――千鶴さんよ」
「ちづる、さん?」
「XENOの呪縛に捕らわれた千鶴さん。
大切な友達なら、愛美、あなたが救ってあげなくちゃね」
その言葉が、アンナローグを、愛美を立ち上がらせた。
「わかりました!
私、救います、千鶴さんを!
アンナセイヴァーとして!」
すっくと立ち上がったアンナローグに、満足そうな笑顔を向けると、アンナパラディンはすぐに通信回線を開いた。
「蛭田博士、凱さんに連絡願います。
これから現場に向かうので、一旦パワージグラットの解除を伝え……って、えっ?!」
「ど、どうしたのですか?!」
強い風が吹き抜ける都庁の屋上。
その真ん中に立ち尽くしながら、二人は顔を見合わせた。
アンナパラディンの表情は、先程までの優しいものではなく、厳しく引き締まったものに変わっていた。
「ローグ、今すぐ私と来て。
緊急事態が起きたの」
「えっ? い、いったい何が起きたのです?」
アンナローグの質問に、パラディンは、思い切ったような口調で呟いた。
「――新たなXENOが出たわ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
22
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる