美神戦隊アンナセイヴァー

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INTERMISSION-03

 第33話【決意】2/2

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“Execute science magic number M-002 "Asleep" from UNIT-LIBRARY.”

「アスリープ……」

 錯乱し、叫び声を上げて抵抗する千鶴の母親を科学魔法で眠らせると、アンナウィザードはようやく一息ついた。
 母親を後部座席に横たわらせると、凱は、どこか悲しげな様子のアンナウィザードに話しかけた。

「どうした?」

「この方は……見ず知らずの他人の命を犠牲にして、娘さんの姿のXENOを助けようとしていました」

「ああ、聞いていた」

「どうして、そんな事が出来るのでしょう?
 死んでいった人達にも、同じように、家族や大切な人がいるというのに……」

 目に涙を溜め、今にも泣き出しそうな表情のアンナウィザードの頭を、凱は優しく撫でた。

「どんな犠牲を払ってでも、“傍にいて欲しい”と思ってんだろうな。
 だからこそ――ほんの少しだが、俺には、この母親の気持ちがわかるような気がする」

 夜空を見上げながら、凱は、静かに尋ねる。

「舞衣」

「はい」

「もしお前が、この女性と同じ立場になったら。
 ――たとえば、俺がXENOになってしまったとしたら。
 その時は、迷わずに俺を討て、いいな」

「……」

 返事は、ない。
 悲しそうに俯くアンナウィザードは、しばしの沈黙の後、掠れるような声で呼びかけた。

「お兄様」

「ん」

「もし、私が……いえ、なんでもありません」

 涙を拭いながら、アンナウィザードがせつなそうに口籠もる。
 あえてそれに気付かないふりをしつつ、凱は、今アンナミスティックが戦っているだろう方向を睨みつけた。

「ウィザード、ミスティックのフォローを頼む。
 俺は、この人を安全な所まで運ぶ。
 それに――俺の予想が正しければ、もう一波乱起きるはずだからな」

「わかりました」

 アンナウィザードは、静かに応えると、即座に夜空へ飛び上がった。


 





 視界の端に表示されている時計を見て、ため息を吐き出す。 
  
 恐らく、今頃はアンナユニットの誰かとXENOが、闘っているのだろう。

 ――誰、と?

 思わず耳を両手で塞ぎ、強く目を閉じる。

 “SAVE.”は、千鶴をXENOであるとほぼ認定し、それを確認するための作戦に出た。
 無論、その内容は愛美にも伝えられ、協力を要請されたが、応じなかった。

 凱達は、今日この晩のうちに決着を着けるつもりだったのだろう。
 千鶴の家の事情も調べ尽くしているようだったし、こうなるのは時間の問題だった。
 それは理解できるのだが、今回だけは、戦闘に加わりたくなかった。
 否、できる事なら、全ての戦闘を避けたいのだが。

 仲間達の手によって、千鶴が倒される光景を見る事が、耐え難い。
 それ以前に、大切な友人である千鶴と闘わなければならないという現実が、どうしても受け入れられなかった。
 
 ここは、西新宿・東京都庁の最上部。

 ヘリポートを背にして端に腰掛け、アンナローグは、眼下に広がる広大な夜景をぼんやりと眺めていた。


「こんな所にいたの?」


 突然、背後から声を掛けられる。
 声の主が、未来・アンナパラディンだという事はすぐにわかった。
 だが、そちらの方を向く気にはなれない。

「今、ウィザードとミスティックが交戦中よ。
 ブレイザーも、現場待機してる」

「……」

「そんなに時間は、かからないとは思う」

「……っ」

 アンナパラディンも、どうやら彼女なりに言葉を選んでいるらしい。
 だが、伝える内容はどうしても限られる。

 “もうまもなく決着は着くだろう”

 そういう事だ。



「私、今まで、無理矢理戦ってきました」

 ふと、呟きが洩れる。

「本当は、戦いたくなんかない。
 誰かと争ったり、傷つけ合ったり。私、そんな事出来ないのに……」

 ずっと鬱積していたものが、言葉になって吐き出されていく。
 自分でも驚くくらい、その言葉は重く、湿っていた。

「でも、我慢して来ました。
 闘う事で、誰かが幸せになるならって。
 誰かの安全や幸せが守れるなら、そう言い聞かせてきました。
 だけど、もう……限界です」

 そこまで呟いて、顔を伏せる。
 傍に立つアンナパラディンは、少し困った表情で見下ろしていた。

「愛美……」

 愛美が、自分の胸中を語る事は意外に少ない。
 嬉しかったり、楽しかったりする時はすぐ態度に示すが、悲しさや寂しさを露骨に表す事は、これまでは殆どなかった。

 それなのに。

 それだけ、今回の出来事は、彼女の心に負担を掛けている。
 それが、少ない言葉の端々から伝わってくるようだ。
 アンナパラディンは、かけるべき言葉が見つからなかった。


「私達は、いったい何のために戦っているのでしょう?」

「……」

 肩が、微妙に震えている。
 愛美は、思った。
 そういえば、今まで誰ともそんな話をした事がなかったような気がする。
 今までは、ただなんとなく闘っていたような、曖昧な気持ちが何処かにあった。
 無理矢理闘わされたから、頼まれたから。
 そんな言い訳が心の何処かに巣食っていた。
 だからこそ、自分の中に決意はなく、何かがぶれていた。


 しばしの、沈黙が流れる。

 ふぅ、と息を吐くと、アンナパラディンは、彼女と背中合わせになるように座った。
 ぴくり、とアンナローグの身体が反応する。

「“SAVE.”って言葉の意味、知ってる?」

「?」

「SAVE――“救う”という意味よ。
 私達は、たとえ非合法であろうとも、XENO脅威から人々の生活と平穏を守り、被害に遭う人達を救いたい。
 そんな願いが込められて、“SAVE.”って名前の組織になったんだって」

 髪をそっと手で払いながら、アンナパラディンは、どこか懐かしそうな表情で夜空を眺めつつ呟く。

「私は、この名前が好きよ。
 誰か特定の人を守るとか、“正義”とか“規律”を守るというのとは違うけど。
 私は、それぞれの信じるものを守るって意味も含まれてるって思う」

「それぞれの、信じる、もの?」

「そう。
 マイやメグも、ありさだって、それぞれ違う“守りたいもの”があると思うわ。
 もちろん、私や愛美にも」

「……」

「私はね、両親を、XENOに殺されたの」

 突然の告白に、愛美はハッと顔を上げた。

「私がまだ小さい時だけどね。
 そのせいで私は、殆ど付き合いのない親戚の間を、たらい回しにされたわ。
 ありさが居て支えてくれなかったら、今こうして、ここに居ることもなかったかも」

「そう、だったんですか……」

 軽い口調で語ってはいるが、それは凄まじく重い話だ。
 アンナローグは、いつしかパラディンの方に顔を向け始めていた。

「でもそのおかげで、私はXENOの被害に遭っている人々の気持ちが、わかるようになったと思ってる。
 だからこそ、もうこれ以上、私が味わった悲しみを、他の人に味わわせたくない」

 その言葉に、胸がどきっとする。
 アンナパラディンの言葉は、何故かアンナローグの心を強く打った。

「だから、私は志願したの。
 アンナユニットの搭乗者パイロットに」

 自分の手を見つめながら、独り言のように呟く。
 優しげな、それでいて、どこか悲しげなまなざし。
 そんな彼女の姿に、アンナローグ・愛美は、今までとは違う何かを感じた気がした。

「パラディン……未来、さん」

「私は、アンナパラディンになった。
 この力で、人々の生活の秩序を守りたい。
 XENOの存在に、大勢の人々が気付くより早く、彼らを止めたい。
 ――私の決意は、そんなものなの」

「決意、ですか……じゃあ、私は」

 アンナローグも、自分の手を見る。

「愛美、あなたはきっと、まだアンナセイヴァーとして闘う決意が、固まってないかもしれない。
 だからこそ、悩んでるんだと思う。
 それは、みんなもきっと判ってる」

「……」

「でも、少しだけ考えてみて。
 今こうしている間にも、何処かでXENOの被害に遭っている人が居るかも知れない。
 なら……あなたは、どうする?」

「私なら、ですか」

「そうよ。
 あなた個人の悩みと、あなたが成すべき決意、そのどちらを優先させるべきか。
 愛美が今考えるべきなのは、それじゃないかしら」

 アンナパラディンの言葉が、心の中に深く染みた。

「どちらを、優先……それは……私は」

 アンナローグは、ゆっくりと顔を上げた。

「教えてください、パラディン。
 私は、今からでも、誰かを救う事が出来ますか?」

 自分でも驚くくらい、その言葉は、はっきりと述べられた。
 アンナパラディンは頷きを返す。

「出来るわ。
 あなたが今、一番先に救わなければならないのは――千鶴さんよ」

「ちづる、さん?」

「XENOの呪縛に捕らわれた千鶴さん。
 大切な友達なら、愛美、あなたが救ってあげなくちゃね」

 その言葉が、アンナローグを、愛美を立ち上がらせた。

「わかりました!
 私、救います、千鶴さんを!
 アンナセイヴァーとして!」

 すっくと立ち上がったアンナローグに、満足そうな笑顔を向けると、アンナパラディンはすぐに通信回線を開いた。

「蛭田博士、凱さんに連絡願います。
 これから現場に向かうので、一旦パワージグラットの解除を伝え……って、えっ?!」

「ど、どうしたのですか?!」

 強い風が吹き抜ける都庁の屋上。
 その真ん中に立ち尽くしながら、二人は顔を見合わせた。

 アンナパラディンの表情は、先程までの優しいものではなく、厳しく引き締まったものに変わっていた。

「ローグ、今すぐ私と来て。
 緊急事態が起きたの」

「えっ? い、いったい何が起きたのです?」

 アンナローグの質問に、パラディンは、思い切ったような口調で呟いた。



「――新たなXENOが出たわ」
 


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