美神戦隊アンナセイヴァー

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INTERMISSION-05

 第38話【神隠】4/4

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 前回訪問した時の部屋番号は、覚えている。
 坂上もかなたも、基本的にはここを住処としているとの事なので、二回目以降の訪れはスムーズに行えた。
 チャイムを押してさほど時間を置かずに、ドアの向こうから元気な声とバタバタという足音が聞こえて来た。

「はーい☆ いらっしゃー……い?」

 ドアを開けてくれたかなたは、直ぐ目の前に立っていた凱を見て、硬直した。

「こんばんは。
 かなたちゃん、かい?」

「う、うん……おじさん、誰?」

「お、おじさん……」

 のっけから食らった強烈なパンチに、凱は全力で怯んでしまった。
 アンナウィザードが、首を振りながら彼の肩に触れる。

「かなたちゃーん☆ ばわー♪」

「こんばんは、こんな時間にすみません」

「あー! お姉ちゃん達! こんばんはー!」

 凱の背後からひょこっと顔を出したアンナウィザードとミスティックを見て、かなたはようやく安堵の表情を浮かべる。
 しばらくすると、奥からエプロン姿の坂上が現れた。



「夕飯のご準備中に、申し訳ありませんでした」

「いえいえ、お気になさらないでください。
 なんとなく、いつもより早めに始めていただけですので。
 むしろ、人が居ないこの世界でお客様がいらしてくださるなんて、こんなに嬉しいことはありません」

「恐縮です」

 自己紹介と、訪問の理由を簡単に説明すると、坂上とかなたはすぐに凱達を受け入れてくれた。
 どうやら鍋料理の準備をしていたようで、キッチンを見たアンナウィザードとミスティックが反応した。
「あの、差し支えなければ、お手伝いさせて頂いても宜しいでしょうか」

「え? いえそんな、お客様にそんな事をさせてしまっては」

「大事なお話を伝えに参りましたので、お手を止めてしまうことになりますから、どうかご遠慮なく。
 二人とも料理は得意ですので」

「そ、そうですか!
 いや~、なんか悪いなあ。
 ではせめて、ご一緒にどうですか?」

 坂上の勧めに、凱は首を振って断った。

「いえ、私達はこちらの世界のものを持ち帰ることが出来ませんので。
 お気持ちだけ頂戴いたします」

「そうですか……残念ですが、仕方ないですね」

「ミスティックは、かなたさんとお話をしてあげてください」

「は~い! じゃあウィザード、お願いねー!」

「やったぁ! お姉ちゃん、遊ぼうよ!」

「うん、いいよ! 何して遊ぼうか」

 かなたは、嬉しそうにアンナミスティックの膝の上に乗って甘えてくる。
 そんな彼女の頭を優しく撫でながら、ミスティックは先程の凱の話を思い出し、複雑な心境になった。


 坂上と向かい合った凱は、タブレットを取り出すと、早速本題を切り出す。

「先日の坂上さんのご依頼を受けて、私共で、お二人に関する調査を行わせて頂きました。
 ――この先、大変お伝え辛いお話をせざるをえませんが、構いませんか?」

「ええ、是非。
 覚悟は出来ております」

「わかりました。
 ではまず、坂上さんのご自宅についてですが」

 そう言いながら、凱はタブレットを操作し、とある一枚の写真を表示した。

「これがタブレットですか。
 存在は知っておりましたが、実物を操作するところは初めて見ました」

 タブレットに表示されたのは、とある一軒屋の様子だった。
 敷地はまるで林のように木と雑草で覆われ、庭と一階の区別がつかないほど、自然に侵食されている。
 建物は部分的に見えてはいるものの、あまりの緑の多さに、殆ど形状がわからない。
 しかし、一部が傾いた屋根や、半壊したガレージなどから、そこが相当長い間放置されている廃墟だということがわかる。

 それを見た坂上の目が、カッと見開かれる。

「もしかして、これは」
 
「お察しの通り、新潟県長岡市の、坂上さんのご自宅の様子です。
 権利者である坂上さんが所在不明の扱いですので、解体もされず放置状態です」

「……なんということだ」

「坂上さんの失踪については、こちらの世界でも事件として取り扱われています。
 旅行先から一向に戻らないということで、当時ご近所の方が不振に思われ、警察に届け出たそうですが。
 現在でも、未解決事件として扱われています」

 出来るだけ感情を込めず、淡々と説明に努める。
 そんな凱の態度を見つめ、アンナミスティックは、少し表情を曇らせた。

「しかし、もう四十年くらい経ってしまったんですよね。
 それなら、こうなるのも仕方ないか……ハハハ」

 諦めたような力なく笑う坂上に、凱はふと疑問を覚える。

「どうして、四十年近く経っていることをご存知で?」

「はい、それは新聞や本の情報からです」

「新聞?」

 坂上は、凱に丁寧な口調で説明を始める。
 この世界では、理由はわからないが人がいないにも関わらず、店先の商品や書籍、家電や嗜好品、衣料品など様々なものが、いつの間にか入れ替わっているのだという。
 その為、彼らは日々の食事でも新鮮な食材を用いることが可能なのだ。
 当然、新聞も新しいものがコンビニの入り口などにチャージされている為、それで本来の世界が西暦何年で、どういった出来事や事件が起きているかを知ることが出来るのだという。

 その説明に、凱は感嘆の声を上げた。

「なるほど、そういうことだったんですね! お見それしました」

 凱の声に、かなたがびくっと身体を震わせて反応した。

「おじちゃん、どうしたの? びっくりしたの?」

「ううん、大丈夫だよ、かなたちゃん!
 ねぇねぇ、このゲーム、お姉ちゃん知らないんだぁ。
 教えてくれる?」

「うん☆いいよぉ! このゲームはね……」

 数年前に流行った携帯型コンシューマゲーム機の画面を見せながら、かなたがしきりに今やっているゲームの説明をする。
 それを正座しながら聞くミスティックは、横目で凱とアンナウィザードの反応を気にしていた。

「仰る通り、本来の世界では昭和が終わり、平成を経て、今では令和という元号に変わっています。
 もしかしたら、この世界は現実世界と時間の流れ方が異なるのかもしれませんね」

「そのようですね。
 すみません、こうは言うものの、まだ現実を受け入れ切れていない部分もありまして」

「お察しいたします」

 坂上によると、この世界は朝昼夜の概念は普通にあり、季節も変わりなく訪れるのだが、曜日感覚や日数の感覚が非常に把握し辛いようだ。
 その為、現在は「だいたい○月○日」と判断し、それに伴って生活をしているという。
 その影響もあり、坂上は、この世界でもう何年暮らしているのかすら、忘れかけているようだった。

「では、かなたちゃんの方は、どうなのでしょう?」

「ええ、こちらも、私達の基準では十年前に、東京江東区での女児行方不明事件として扱われておりました。
 無論、現在でもご家族が情報を求めていますね」

 十年――それは、かなたが舞衣や恵とほぼ同年代にあたることを意味する。
 もし彼女がこの世界に来て居なければ、今頃は同じ世代として、同じような生活を営んでいた筈なのだ。
 アンナミスティック……恵は、先程車内でその話を聞かされた時、激しく動揺した。

「そうですか、かなたちゃんのご家族はご健在でしたか!
 それは良かった!」

 坂上は、かなたと凱の顔を交互に見比べ、まるで自分のことのように喜ぶ。
 その態度に、凱はなんとも言えない複雑な想いを抱いた。

「北条さん、重ねがさねで申し訳ありませんが、またお願いを聞いて頂けないでしょうか」

 そう言うと、坂上はかなたに声をかけ、傍に来させる。
 アンナミスティックも、それに合わせて凱の脇に移動した。

「どうか、かなたちゃんを、ご両親と逢わせてやってもらえないでしょうか」

「えっ?!」

 予想外の言葉に、凱は思わず喫驚する。

「えっ? パパやママに逢えるの?
 だったら、逢いたい、逢いたいよ!」

「そ、それは……」

 戸惑うアンナミスティックと凱に、坂上は更に付け加える。

「私の親族や知人は、恐らくもう、私達のことなど忘れて久しいでしょう。
 ですが、この子のご家族がまだこの子の行方を求めているのなら、どうか伝えてあげて欲しいのです。
 そして、願わくば、せめて一目だけでも……」

「お願い、おじさん!
 パパとママと逢わせて!
 かなちゃん、パパとママに逢いたいの! え~ん!」

「か、かなたちゃん」

「わわわ、泣かないで、かなたちゃん!」

 慌ててかなたを抱きしめ、あやし始める。
 アンナミスティックは、彼女を抱きながら、キッチンよりこちらを覗き込んでいるウィザードに、大丈夫と目配せをした。

「向こうの世界で十年も経ったとはいえ、かなたちゃんからすれば、ほんの数ヶ月前に離れ離れになったばかりなのです。
 まだこんなに幼いですし、ご両親に逢いたがるのも当然です。
 夜、ご家族を思い出して泣いていることもあるくらいなんです」

「そうですか……」

「代わりと言ってはなんですが、私の方で何かお力添え出来ることがあれば、どんなことでもご協力します!
 ですので、どうか!」

「……」

 坂上の懇願に、さすがの凱も即答は出来ない。
 どう答えるべきか、と悩んでいると――


「うん、わかりましたぁ!
 私、かなたちゃんとご両親を、必ず逢わせてあげますっっ!!」


 アンナミスティックが、鼻をピスーと鳴らしながら、即答した。

「ちょ……!?」

「め、メグちゃん?!」

「やったぁ♪ お姉ちゃん、ありがとう! 大好きぃ☆」

「おお、本当ですか! それは嬉しい! ありがとうございます!!」

 想定外の反応にうろたえる凱と、様子を窺っていたキッチンのアンナウィザード。
 そして、飛び跳ねながら喜ぶかなたと、涙を浮かべながらミスティックの手を取る坂上。
 一瞬のうちに、後戻りが出来ない状況になってしまった。

「任せて! 絶対に、約束守るからねっっ!」

 満面の笑顔で、アンナミスティックは、坂上とかなたにVサインを向けた。
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