美神戦隊アンナセイヴァー

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INTERMISSION-05

 第40話【齟齬】3/4

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 十年前。
 相模姉妹が、まだ小学一年生だった頃。

 恵の同級生に、いつも一人ぼっちの女の子が居た。
 特に苛められているわけではなく、また自分から話しかけないわけでもないのだが、上手く友達が作れないようだった。

 その子は、恵にも何度も懸命に話しかけ、その都度恵も対応した。
 しかし、恵はそこまで親しさは感じておらず、誘われても家に遊びに行くことなどはなかった。
 まだ幼かった彼女は、兄と姉の方を大事に思っていたので、彼らと共に居る方を望んだ。
 決して嫌いではなく、学校では仲良く遊んだりもしたが、ある程度以上踏む込むことはなかったし、本人もそこまでは思っていなかった。

 そんなある日、突然、その子が転校することになった。
 一緒に遊んでくれた数少ない友達ということで、その子は恵にお礼を言い、ずっと忘れないでねとお願いをして来た。
 そして恵も、その願いに頷いた。
 特に、深く考えることもなく。
 きっといつか、また逢える日が来ると信じて。


 だが、後日。
 恵は、あの同級生は転校したのではなかったことを知らされた。
 
 生徒達達には知らされていなかったが、彼女は不治の病に冒されていた。
 余命もあと僅かと診断されており、本人と家族も、既に覚悟は出来ていたようだった。
 本人の希望で、出来る限り学校生活を楽しんでいたが、それも限界が近づいたことで、最後の手術を受けるために、長期入院を余儀なくされたのだ。

 だが――僅か三ヶ月後。

 もしかしたら、恵を一番の友達と思っていたかもしれない彼女は、もう二度と逢えない存在となってしまった。


 恵は大きなショックを受け、それから数日の間、ひたすら泣き続けた。

 もっと、仲良くしてあげれば良かった。
 おうちに遊びに行って、楽しい時間を過ごせば良かった。
 自分も、大事なお友達だと思ってあげるべきだった。

 子供を失ったご両親は、どれだけ悲しんだだろうか。

 何度も後悔し、詫びた。
 拙いコミュニケーション能力を精一杯に駆使して、勇気を振り絞って誘ってくれた彼女の気持ちを、踏みにじった自分が憎かった。
 どうして彼女を友達と認めてあげなかったのか、己の我が侭、傲慢さが許せなかった。

 別な意味で、彼女は、恵にとって忘れられない存在となった。


 ――恵が、積極的に友達を作るようになったのは、それからしばらく経ってからだった。

 友達を作り、それぞれに精一杯の大好きを伝え、そしてありったけの気持ちをぶつけて仲良くなる。
 絶対に、妥協はしない。
 妥協をしたら、それは、あの子との約束を破ることに繋がる。
 想いは形を変えて、恵の決意となった。

 恵は、もう二度と戻らない「友達」への想いを、胸に深く刻み込んでいく。

 もう、こんな悲しい想いをしないため、させないため。
 
 それは、彼女が“SAVE.”に入り、アンナセイヴァーの搭乗者パイロットになる動機にも繋がっている。


 恵は猪原かなたに、あの同級生のイメージを重ねていた。





 ナイトシェイドに、猪原夫妻からの電話連絡が入ったのは、その日の午後二時頃だった。
 先日渡した名刺の電話番号にかけて来たのだろう。
 ナイトシェイドが転送してくれた通信を受け、凱は、二度目の訪問の約束を交わした。

「――ふう」

 スマホを切り、足を止めた凱は、手近な壁にもたれかかり、空を見上げる。

(やっぱ、昨日のこと……言わなきゃダメなんだろうなあ)

 パワージグラットを使用すればするほど、かなたの居る並行世界は遠ざかる。
 そして、やがてはパワージグラットを使っても、逢いに行けなくなってしまう。
 それは今回が最後になるかもしれないし、更に次の機会かもしれない。
 誰にも、「その時」を見極めることは出来ない。

 夕べ恵は、泣きじゃくった。
 十年前、友達を失った時のように。
 あの時は事後だったが、今回は、これから確実に起きること。
 だが、それを防ぐ手立てはない。
 恵は、悲しい別れを、避けることも出来ずに再び受け入れなければならないのだ。

(辛ぇなあ……)

 ただ見守ることしか出来ないという、何度目かになる苦悩。
 大切な妹が、自分の子供も同然の妹が、大きな悲しみを抱えるだろう事態に、何も出来ない無力感。
 凱は、彼なりの絶望感の中に居た。

(だが、きちんと事実は、伝えてやらないと)

 そっと目を閉じ、頭を掻く。
 凱は、近くにあった自動販売機でコーヒーを一本買うと、とぼとぼと路を歩き始めた。



 もうすぐ夕方という頃。
 学校を飛び出した恵は、舞衣と合流してナイトシェイドに乗り、SVアークプレイスを目指す。
 日中に凱から入ったメール連絡で、また中野新橋のマンションに向かうためだ。
 だが、

「えっ、今回は顔を出していいの?」

『ああ、かなたちゃん達とあと何回逢えるかわからないからな。
 逢える時に、少しでも逢っておくんだ』

「うん、でも……」

『お前達のことは、俺からフォローを入れておく。
 だから、猪原さん達のことは気にするな』

「うん、ありがとう、お兄ちゃん」

 車内で通信を終えると、助手席に座る恵は、悲しげな瞳で舞衣を見つめる。
 運転席の舞衣は、そんな彼女の頭を優しく撫でた。

「大丈夫、きっと、まだまだ沢山逢えますよ」

「うん……そうだといいね」


 
 先日のように、枝川まで迎えに行った凱は、昨日とは全く違う猪原夫妻の態度に驚いた。

「かなたの好きな料理を、お弁当に詰めて持ってきたんです!」

「すみません、ちょっと匂いがもれるかもしれないですが……」

「ああ、大丈夫ですよ。気にしないでください」

 昨日とは違い、どこか明るく謙虚な二人。
 やはり、自分達の子供が元気で生きているという確証を得たことが、気持ちに張りを与えたのだろうか。
 二人は、まるでどこかにデートに行くかのような、嬉しそうな様子だ。

(おいおい……こんな状況で、俺は昨日の話をしなきゃならねーのか?)

 運転しながら散々悩んだ結果、ひとまず、行きではパワージグラット関連の話はしないことにする。
 凱は、アンナミスティックとウィザードの説明だけを簡潔に行い、軽く理解を促すだけに留め、首都高を目指した。

 夜の帳が折り始める頃、ナイトシェイドはようやく中野新橋に到着する。
 先日と同じ段取りで、パワージグラットの施行を待つ。
 もう流れを把握しているのか、猪原夫妻は、周囲に人や車が居なくなった瞬間、すぐに車を降りた。
 早足でマンションに向かおうとする時、背後に、二人の少女が舞い降りた。

「こ、こんにちは!」
「あ、あの、初めまして……」

 振り返った夫妻は、アンナウィザードとミスティックの姿を見て、一瞬凝固した。

「先程話した、うちのエージェントです。
 彼女達の協力で、私達はこの並行世界に来られるようになっています。
 格好は……その、気にしないでください」

「そ、そうですか……ありがとうございます!」
「いつも、かなたがお世話になっております」

 いささか戸惑いつつも、二人はアンナミスティック達に深々と頭を下げる。
 凱は、少しでも時間を稼ぐため、四人に移動を急かした。

 マンションの入り口に入った時、アンナミスティックは、管理人室の窓際に置いておいたノートが少し膨らんでいることに気付いた。
 見てみると、いつの間にか、沢山の書き込みがされている。
 かなたが、自分に向けて色々と書き込んでくれているようだ。

「かなたちゃん、一生懸命、いっぱい書いてくれたんだー♪」

 嬉しそうに内容を眺め、映像に記録しようとするが、ふと、ある記述を見止め、手が止まる。
 次の瞬間、アンナミスティックの顔色が変わった。



 インターホンを押し、声が返って来てから、どたどたと足音が響いてくる。
 ドアを開けた途端、涙目のかなたが飛び出してきた。

「うえぇ~ん、ママぁ、パパぁ! 逢いたかったよぉ!」

「ごめんね、かなちゃん! でも、また逢いに来たよ」

「おうちに入ってもいいかい?」

 優しく尋ねる夫妻に、かなたは泣きながら頷く。
 続けて玄関にやって来る坂上に頭を下げた凱は、何故かいささかの違和感を覚えた。

 青ざめた顔のアンナミスティックが遅れてやってきたのは、その直後だった。
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