美神戦隊アンナセイヴァー

敷金

文字の大きさ
上 下
151 / 172
第4章 XENO編

●第68話【救援】

しおりを挟む
「しっかりしろ! アンナローグ! 死にたいのか?!」

「あ、あなたは……」

 アンナローグを抱いたまま降り立ったアンナチェイサーは、徒手空拳の構えで、大玄が転じたXENOと対峙する。
 アンナローグを、庇うように。


『ほぉ、いつの間にか蟲が紛れ込んでいたか』

 怪物に変貌した後も、あの声で語りかける。
 背後のローグの様子を気にかけながら、アンナチェイサーは、再び漆黒の剣を取り出した。

「サーチスキャン!」

 アンナチェイサーの目が輝き、額のマーカーが発光する。
 
「厄介だな、首の付け根の内側。
 一番攻撃が届き難い部分だ」

 アンナチェイサーは、横目で司と凱の位置を確認すると、肩越しにアンナローグへ振り返った。

「ローグ! あの二人を!」

「え? あ……」

「あの二人が死ぬぞ!」

「は、はいっ!!」

 怒鳴りつけられ、ようやくアンナローグが立ち上がる。
 その様子を見て、井村大玄――否、ベヒーモスは、気味の悪い声で笑い出した。

『外郭をまとって頑丈になっても、所詮中身は変わらずか。
 あんな気弱な小娘に、何が出来るというのか、見物ではないか』

 その言葉に、アンナチェイサーの表情が変わった。

 



 美神戦隊アンナセイヴァー

 第68話【救援】
 




 さいたま市の上空を、凄まじい速度で飛翔する二体の物体。
 音速を超えたそのスピードにより生じた衝撃波は、容赦なく地上の建造物や物体を破壊していく。
 ビルの窓が砕け、車が舞い踊り、中には家屋が半壊状態になる。

 しかし、人的被害は、ない。

 ここは異世界。
 パワージグラットで異世界に突入したアンナウィザードとアンナミスティックは、普段ではありえない程の低空を超高速で飛んでいた。
 マッハコーンが、二人を覆う。
 
「こここ、怖い怖い! 怖いよお姉ちゃあん!」

「少しの間の辛抱です! もうすぐ目的地ですよ!」

「ひぃぃぃぃ、あ、あっという間過ぎぃ!」

 地下迷宮ダンジョンのゲートから外に出てから、時間にしておおよそ一分強程度。
 二人の眼下に、赤城山が見えてきた。



「パワージグラット、解除確認。
 この所要時間、マッハ2軽く出てますやん!」

「最近の娘は凄いねぇ、あっという間にこんな事も出来ちゃうんだから。
 ハァ、そんな事言うようになっちゃあ、あたしも年かねぇ」

「普通の娘は、音速飛行なんかしないから安心しろ」

 地下迷宮ダンジョンで、二人の状況を確認していた今川とティノ、勇次は、よくわからないコメントを互いに述べ合った。




「たあぁぁぁぁっ!!」

 アンナチェイサーの猛攻が始まる。
 雄叫びを上げて、凄まじい勢いで刀を振るい、空中からの連撃を繰り返す。
 しかし、ベヒーモスの頑丈な体表は、致命的なダメージを負うことはない。
 細かな傷も即座に治癒し、決定打に至らない。
 それでも、移動を開始したアンナローグの邪魔をさせないよう、足止めとしての効果は充分発揮していた。 

「ブラックキャノン!」

 右手の人差し指と薬指の根元が点灯し、ブラックブレードが形状を変化させる。
 凱が持つブラスターキャノンに良く似た形状のハンドガンを握ると、アンナチェイサーは、滞空したままベヒーモスの顔面に数発撃ち込む。
 激しい爆発音が鳴り響き、ベヒーモスが後退した。
 しかし、倒れるまでには至らず、顔の傷もまた瞬時に治ってしまった。

「チッ!」

『おやおや、いきなり感情的になったな?』

「黙れ! 貴様に何がわかる!!」

 アンナチェイサーは、AIを通じて瞬時にモードを切り替える。
 振り払うように襲い掛かる巨大な爪の一撃を紙一重でかわし、銃口を向ける。
 真っ白なガスのようなものが噴き出し、ベヒーモスの全身を覆った。
 ピキピキと、急速に凍り付いていく大気。

 そこには、完全に凍結したベヒーモスの氷像が立っていた。
 しかし、その身体は微妙に振動しており、まだ息の根を止めたわけではない事が窺える。



「凱さん! 司さん!」

 切り落とされた腕を瞬時に再生させたオークとコボルドが、二人を追い詰める。
 だが、そこに飛んできたアンナローグがキックを加え、横向きで将棋倒しにしてしまった。

「す、すみません、大丈夫ですか?!」

「俺達は大丈夫だ!」

「むしろ、君の方が心配だな。
 顔が真っ青だぞ?」

「あ、そ、それは」

「アンナローグ! 早く脱出しろ!」

 その時、離れたところから、アンナチェイサーの怒号が飛んで来た。
 
「あ、はい! すみません!」

「脱出って、どうすりゃあいいんだ?」

「井村が凍り付いているようだから、この隙にエレベーターまで戻るしか……って、えっ?」

 司が話している最中、突然、床が激しく揺れ始めた。

「こ、こんな時に、地震?!」

「うわぁっ?!」

「きゃあっ?!」

 それは、かなりの震度に至る揺れだった。
 司と凱だけでなく、アンナローグすらも姿勢を崩して倒れ込む程で、向こうでも、アンナチェイサーが壁に手を付いて耐えている。

「浮かべ! ローグ!」

「はい!」

 アンナチェイサーとアンナローグは、フォトンドライブを始動させて浮き上がり、揺れから逃れる。
 
「そうか、その手があった!
 司さん、俺に掴まれ!」

「何をする気だ?!」

「浮かぶ!」

「えっ」

 司に肩を貸すような体制になると、凱は腕時計を通じて、足首の機器を作動出せる。
 すると、彼らもまたフワリと宙に浮かんだ。

「君も飛べるのか。もうなんでもありだな」

「いや、せいぜい浮かぶのとかジャンプする程度が限界だよ。
 それより、アレ、なんだ?!」

「む……?」

 いまだに激しく揺れ動く部屋。
 XENO達は激しい振動で身動きがままならず、またベヒーモスもどっさと倒れたままだ。

 一方、部屋の中央にある巨大な「人肉の樹」は、先程以上に全身を振動させ、もはや今にも抜け出して暴れ出しそうな程に荒れ狂っている。
 壁や床に付けられた枝は折れ、千切れ、そこら中に血の様な液体を撒き散らす。
 遥か上空にあった「実」も千切れ落ち、床の上にボトリと落下する。
 中には完全に潰れてしまうものもあり、もはやそこは地獄絵図のようですらある。

「な、なんてこと」

 思わず口元を押さえ、アンナローグは、眼下に広がる凄惨な状況を見つめる。
 アンナチェイサーですらも、呆然とその様子を眺めている事しかできない。

 だが、やがて……

「振動が、激しくなった?!」

 突然、大樹が沈み始めた。
 床に空いた穴から全体をそのまま引き込んでいくように、樹が少しずつ沈下していく。
 それと同時に、まるで巨大なドリルが複数回転するような、凄まじい轟音が鳴り響く。
 あまりにも大音響過ぎて、司と凱は、自分の耳を両手で塞ごうとする。

「……!!」

「………!」

 もはや、アンナユニットの聴覚システムですら、会話が聴き取れない。
 アンナチェイサーは、すかさず空中を移動し、司達を部屋の外にまで強制移動させた。
 その後に、ローグも続く。

 その間も、大樹はどんどんと、床下に沈み続けた。

「何が起きたんだ?!
 樹が、自分から地下に、逃げた?!」

「もう、何があっても驚かないつもりだったが。
 本当に虚を付く出来事ばかりだな、ここは」

 呆れるような口調で呟きながら、司は、ポッカリと空いた床の穴を見つめた。





「ふいぃ、鼓膜が破れるかと思ったぜ!」

 部屋を脱出し、フロアの末端部まで移動した四人は、ようやくまともに会話が出来る状況に落ち着く。
 しかし、音と微震はまだ止んだわけではない。

「ところで、アンナチェイサー。
 君はどうしてここに?」

 銃を懐にしまいながら、凱が尋ねる。
 今来た方向からの追跡を気にしていたチェイサーは、唐突な質問に、思わずぎょっとした。

「えっ」

「私達を助けに来てくれたのだな」

「そ、それは」

 何故か、顔を紅潮させる。
 その態度は、先日地下迷宮ダンジョンで見せたような、あの冷たさとはかけ離れた印象がある。
 一方のアンナローグは、まだ具合が悪そうで、今にも倒れてしまいそうな程生気が感じられない。

「大丈夫か、ローグ?」

「す、すみません、とんだ失態を……」

「あんな凄惨な光景を間近で見せられたら、そうなるのも仕方あるまい。
 ――さて、これからどうする? 北条君。
 もうここまで来ると、我々普通の人間はお呼びではない気がしてくるな」

「ああ、同感だ。
 これ以上は、この子達の足手まといになっちまうし」

 そう呟いた時、アンナローグが、ハッとして耳に手を当てた。

「どうした?」

「通信です!
 ――救援が、もうすぐこちらに到着すると」

「救援? もしかして、新宿に現われた、他の娘達のことか?」

「そうだろうな、多分来るのは――」

 凱がそこまで呟いた瞬間、突然、数メートル先の天井が轟音と共に砕け落ちてきた。
 凄まじい埃が舞い上がり、四人は思わず腕で顔を覆った。

「な、なんだぁ?! またXENOかよ?!」

「ピンチの連続にも程があるな!」

「あれ? この反応は……まさか」




「ヤッホー☆ みすちっく、降臨だよ~っ!!」

「お兄様! 皆様、ご無事ですか!?」



 そこに現われたのは、薄暗がりと埃まみれの空間の中、ぼんやりとした光をまとって佇む、よく見知った姉妹だった。
 青色と緑色の、カラフルなコスチュームに、金色の装飾が映える姿。
 その様子に、四人はあんぐり口を開けて見入った。

「お、お前ら?!」

「これは、そのなんだ……またも目のやり場に困るのが来たな」

「えっち」

「すまん、つい」

「アンナウィザードに、アンナミスティック!
 来てくださったのですね?」

「うん、来たよー♪」

「あのな、二人とも。
 来てくれるのは嬉しいけど、もうちょっとこう、控えめにな?」

「も、申し訳ありません!
 急がないといけないと思って、つい!」

「あー、霞ちゃ……じゃなかった、チェイサーも来てくれたの?!
 ありがとう! うれしいー!!」

 アンナミスティックは、そう言うが早いか、アンナチェイサーに突然抱き付いた。
 ガツン! という、金属の塊同士がぶつかり合う音がする。
 抱き締められたチェイサーは、またも顔を真っ赤にして、硬直した。

「え、あ、その」

「もー♪ なんだかんだ言って優しいんだからぁ、チェイサーはぁ♪」

「ひぃ」

「お取り込み中すまないが、まず先に退出を優先させたい。
 この近くにXENOがまだ居るのでね」

「そ、そうなんです!」

 混乱を極める場をまとめようと、司とローグが進言する。
  
「そ、そうだ!
 しかも、強力で大型のXENOが一体居る!
 一時的に凍結させているが、じきに復帰する筈だ」

「それは危険ですね!
 ミスティック、一旦、パワージグラットを。
 先に皆さんを上の階に退避させましょう」

「りょうかーい!
 じゃあね、いっくよぉ!
 パワージグラットぉ!」

“Power ziggurat, success.  
 Areas within a radius of 500 meters have been isolated in Phase-shifted dimensions.
 Checking the moving body reaction in the specified range.
 --done.
 Motion response outside the utility specification was not detected.”

 アンナミスティックの詠唱と共に、一瞬、周りが青白い光に包まれる。

「それでは、上に逃げましょう」

 アンナウィザードは、そう言いながら先程空けた大穴を指差す。
 気が付くと、あれだけ濛々と舞っていた埃が、全て消え失せている。
 六人は、迷うことなく一気に上の階へ飛び上がった。

 居住エリアまで戻った六人は、ようやく安堵の息を漏らす。
 一番最初に入り込んだ娯楽室まで辿り着くと、凱と司は、疲れた顔でどっかとソファに座り込んだ。

「ここまで来れば、俺達だけでもなんとか脱出出来るだろう。
 済まないな、みんな」

「いえ、そんなことは」

 凱を見下ろすアンナウィザードの頬が赤らむ。
 座った姿勢で彼女を見上げようとして、凱は咄嗟に視線を逸らした。
 だが、ウィザードはその意味がわからないらしく、跪いて凱の顔を覗き込む。

「お兄様、大丈夫ですか? どこか具合でも悪いのですか?」

「い、いや、そうじゃない!
 それより、ローグの様子を見てやって欲しい」

「そうだな、さっき、ちょっと衝撃的なものを見てしまったので、ショックを受けているようなんだ」

「分かりました」

「おっけー! じゃあローグ、いったん実装を解除しようか。
 私が診てあげるねっ」

「そ、そんな、大丈夫です……けど、そんなことも出来るんですか?」

「うん! 出来るよー」

「アンナミスティックの科学魔法の中には、機械類だけではなく、人体の負傷の応急処置や、ナノマシン投与による急速な回復を促す効果のものもある。
 このユニットだけで、巨大な総合病院か、それ以上の規模の治療や検査を行う事が可能だ」

 今まで黙っていたアンナチェイサーが、壁に寄りかかりながら説明する。
 その言葉に、五人全員が目を剥いた。

「く、詳しいのですね、チェイサー……」

「ふええ、そなの? 私知らなかったあ!」

「いや、そこ、本人が言ってどーする!」

「あ、そっかぁ☆ テヘペロ」

「なんだか知らんが、それなら是非、彼女を診てやって欲しい。
 私達男連中は、席を外すから」

 気を利かせたつもりなのか、司が退室しようとする。
 だがその瞬間、ふと足を止め、窓の外を眺めた。

「って、そんな事をしている間に、奴がここへ上ってきたらどうする?」

「それなら心配ない。
 この世界に、奴はいないから」

「この世界? どういうことだ?」

「説明は後だ。
 それより、愛美の検査を」

 アンナチェイサーが、少々きつめの口調で指示をする。
 その言葉を合図に、男性陣は一旦娯楽室から非常階段のある位置へと退避した。


 
「ここに奴がいないとは、どういうことだ?」

 階段の踊り場の壁によりかかると、司は不思議そうな顔で尋ねて来る。
 凱は、ここがアンナユニットの力で強制転移した異世界であることを、簡単に説明した。

「――なるほどな、だから以前も、いきなり姿を消したのか。
 そうか、ここは異世界か。
 私も、所謂異世界転移ってものを経験してしまったんだな」

「つか、あんた本当に理解が早いな。
 どうしてこんな説明で、すぐ納得出来るんだよ?」

「一時期割と好きでな、良く読んでたんだ」

「何を」

「まあ、いいじゃないか」

「よくわかんねえなあ、あんた、本当に警官かよ?」

「それは、最初に尋ねたのと同じ意味でかい?」

「いや、違う意味」

「そうか」

 そこで、会話が途切れる。
 ふぅ、と息を吐くと、司は、声を潜めて囁くように語り掛けた。

「こんな時にする話ではないと思うが」

「なんだ?」

「あの子達についてだが、どやら本当に、XENOと真っ向から闘いを挑む事が出来るみたいだな。
 見た目はともかく、その性能は素晴らしい。
 ――しかし、このままでいい筈がない」

「何が言いたいんだ、あんた?」

 訝しげに尋ねる凱に、司は、真剣な表情を向ける。

「今インターネット上では、XENOだけでなく、あの子達のことも色々噂されている。
 無論、実際の写真もかなりアップされていて、考察も幅広く行われている。
 中には、個人特定を試みている者もいるようだ。
 このままだと、あの子達は、いずれ悪意ある一般人に追い詰められてしまうぞ」

「――言われるまでもない」

 言い辛そうに、目線を逸らす。
 そんな凱に、司は更に言葉を続ける。

「君も知っているだろう。
 一時期低迷化したとはいえ、SNSや動画配信サイト等の各ソーシャルメディアは、このXENO事件をきっかけに再び活気付き始めている。
 警察も、それを警戒してXENOにまつわる情報公開の制限や……緘口令を敷いている。
 いつ、どんな形で、人々がパニックに陥るような出来事が発生するか、わかったもんじゃないからな」

「それはわかるぜ。
 でも、やっぱり緘口令が敷かれていたのか。
 道理で、あれだけ事件が起きてる割に報道が少ないと思った」

「警察なんてのは、そういうもんだ。
 だがマスコミも嗅ぎ付けていて、隠された真実を暴こうなんて動きを見せ始めていてな、厄介極まりない」

「で? 本題は何だ?」

「警察に、全面協力する気はないか」

「……」

 懐から煙草を取り出すと、徐にそれに火を点ける。
 凱にも勧めるが、彼は手を振って断った。

「あの子らが嫌がるんでね、止めたんだ」

「そうか。
 ――しかし、考えて欲しい。
 先のSNSの話もそうだが、警察に協力すれば、君達“SAVE.”の秘密が世間に必要以上に漏れることはなくなる。
 しかし、今みたいな独立行軍な姿勢では、いずれ世間に存在を暴かれ、やがては君達の活動にも支障を来すようになるぞ」

「……だろうな」

 生返事を返し、煙に巻く。
 今の凱には、それしか答えようがなかった。
 
「あの子達は、自分達がどれだけ危険な役割を担っているのか、自覚しているのか?」

 まるで生徒に説教する教師のような口調で、司が呟く。
 その言葉に、凱は眉間に皺を寄せる。

「新宿の時もそうだが、あのような巨大で強力なパワーを持っているバケモノと闘っていては、いくら堅固な装備を有していたとしても、やがて命に関わってくる」

「わかっている」

「君達は、よくあんな年端も行かない女の子達を、戦闘員に出来るものだな」

「――るせぇ」

「何?」

「うるせぇって言ってんだよ!」

 突然、凱が立ち上がり、司の胸倉を掴み上げた。
 怒気を含んだ表情で睨みつけ、壁に追い詰める。

「そんな事、今更言われるまでもねぇ!
 俺達はな、そんな事、承知の上で闘って来たんだ!」

「……」

「俺達が代わってやれるなら、いつだって、いくらでも代わってやるさ!
 だがな! 出来ねぇんだよ!
 アンナユニットは、あの子達じゃないと使いこなせねぇんだ!」

「設計構想の段階から無理があるな、それは」

「……」

 司を解放し、数歩下がる。
 胸元を直しながら、司は、改めて凱に向き直った。

「さっき、お兄様と呼ばれていたな。
 妹なのか?」

「いや……血は繋がってない」

「なら、何故」

「あいつは……いや、あの二人は、俺が育てたんだ。
 あの子らがまだ物心もつかない頃からな、殆ど俺一人で」

「ほぉ。
 ならば殆ど、君の子供も同然じゃないか
 そんな大事な子達に、何故危険な真似をさせるんだ」

 目を細め、先程落としてしまった煙草を踏みつける。
 微かな紫煙の匂いに包まれた空間の中、凱は、無念そうな顔で司を睨む。

「ANNA-SYSTEMの設計者は、もうこの世に居ない。
 そいつが、あの子達を……俺の大事な妹達を、搭乗者パイロットに指定した」

「それは、設定変更は出来ないのか」

「ああ。
 今まで仲間達が何度も挑戦したが、完全なブラックボックスで、手の出しようがなかった」

「そうか」

「知らされた時は、あんたが想像する以上に戸惑ったよ。
 いや、仙川を……設計者をぶん殴ってやりたかった。
 だが、あの子達は、そんな馬鹿げた話を、二つ返事で快諾したんだ」

「なんだと?」

 二本目の煙草を取り出そうとして、手が止まる。
 階段の段差に腰掛けた凱は、まるで過去の罪を独白するかのような口ぶりで、ぼそぼそと話し続けた。

「あの子達は、XENOの存在と脅威を知った上で、言ったんだ。
 “知らない誰かが、知らないところで悲しい目に遭わされているなんて、許せない”ってな」

「……」

「それからだ。
 俺も退くくらいの決意で、訓練を始めたのは。
 真っ直ぐ過ぎて、俺ですら口を挟めないくらい、あいつらの覚悟は堅かった」

「それが、今のあの子達に繋がるのか」

「ああ。
 あの子達は、対XENO戦用の戦闘員になる事を、自ら志願したんだ。
 ――みんなに笑顔になって欲しいから、って」

「笑顔の、ため?」

「そうだ。
 俺は、自分でも知らないうちに、とんでもないお人好しを二人も育ててしまってたんだな」

 そう呟き、自嘲気味に笑う。
 そんな凱を見下ろし、司は、取り出したライターをまたしまった。

「甘すぎるな」

「……」

「そんな程度の決意で命の奪い合いに参戦するなんて、お人好しを通り越してただの世間知らずだ。
 よく、“SAVE.”の大人達は許したもんだな」

「てめぇ……」

「だが。
 ――いい子達だな」

「え」

 凱の横に、司が座る。

「そのドアの向こうにいる四人だけじゃなく、ここに居ない二人も、同じくらい良い子なんだろう。
 ばか正直で、素直で、使命に忠実で……今時ありえないくらい、純粋だな」

「ああ……そんなとこだ」

「であれば、益々、彼女達のことを護らなければならないだろう。
 闘いを直悦フォローできないなら、それ以外の面で」

「……」

「考えておいてくれ。
 君達“SAVE.”は、警察と共にあることで、真価を発揮する。
 そして、あの子達の生活も、より確実に護ることが出来るだろう。
 私は、そう信じている」

「司さん……」

 そこまで話したところで、ドアがノックされる。
 僅かに開いたドアの隙間から、アンナローグではない、愛美が顔を覗かせた。

「すみません、ご心配をおかけしました!」

 先程よりいくらか顔色が良くなった愛美が、はにかんだ笑顔を向ける。
 その様子に、男達は心底ほっとした。

「もう大丈夫なのか、愛美ちゃん?」

「はい、たぶん、ですが」
「愛美ちゃんに、栄養剤を投与して、短時間睡眠の施術をしたんだよー!」

 脇から、緑色の髪を揺らしてアンナミスティックが口を挟む。
 その顔を見て、凱は少しだけ複雑な表情を浮かべる。

「本当なら、もう少し休んでいて欲しいんだけどね」

「大丈夫です! 私、行きます!
 私、あのお爺さんに、どうしても、もう一度聞かなければならないことがあるんです!」

 必死の表情で食い下がる愛美に、ミスティックが面食らう。
 すると、更にその後ろから、アンナチェイサーが顔を覗かせた。

「行かせてやろう」

「え? チェイサー?」

「いずれは知らなくてはならないことだ。
 いい機会になるだろう」

「え? それって、どういう……」

 アンナチェイサーの含みのこもった言葉に、その場の全員が首を傾げる。
 だが、時間はもうあまり残されていない。

「皆さん、そろそろパワージグラットの効果時間が切れます。
 次の行動に移りましょう」

 ドアの向こうから、アンナウィザードが呼びかける。
 それを合図に全員が気を引き締めた。

「ひとまず、私、チャージアップしますね。
 ――コードシフト!」

 愛美の掛け声と共に、胸元のペンダント「サークレット」が起動する。
 その様子を眺めていた司は、何かを言いかけて、止めた。








 同じ頃。
 ここは、JR新宿駅西口・バスターミナル付近。
 そこでは、誰もが予想し得ないような珍事が発生していた。

 新宿エルタワー前の都道414号線を、南方向に向かい、“ある者”が悠々と歩いていた。


 ――それは、一頭の「牛」。


 いつ、何処から現われたのだろうか。
 車が走る道路にも関わらず、そんなものお構いなしをいった態度で、呑気にゆっくりと、真ん中を歩いている。
 当然、車の流れは遮断され、近くを移動するバスも含め、多くの車両が足止めを食らう。
 クラクションを鳴らす車も多いが、牛は全く反応することはない。

 牛は、乳牛のような白と黒の斑点模様の種類ではなく、アメリカなどに居そうな、所謂バッファローに近いタイプの野牛だ。
 黒っぽい体表に、大きな弧を描いた角が二本、そして体長は三メートル程もある。
 明らかに、こんな所に居るはずがない動物だ。

 あまりにも奇妙な光景に、多くの野次馬が集まり、スマートフォンでその様子を撮影し始める。
 いつしか元スバルビルのあった周辺は、かなりの人だかりが出来てしまった。
 やがて、警察も現場にやってくる。

 牛は、交差点の真ん中で足を止めると、欠伸をするように、大きく口を開けた。


 次の瞬間、その口から、灰色のガスが大量に噴き出し始めた。
 それは一瞬のうちに周囲を包み込み、牛の様子を見ようと近付いた者達を包んでいく。
 それだけでなく、近くで停まっていた車も、トラックも、バスも、全て呑み込まれる。
 ガスは、一頭の牛が吐き出す息の量を遥かに超えており、まるでガスボンベと噴霧器を内部に備えているようにすら思えた。


 そして、数分後。

 牛の周りは、一斉に静かになった。
 誰も喋らず、誰も動かず、誰も悲鳴すら上げない。


 灰色のガスが霧散した後の現場には、無数の「石像」が佇んでいた。
 歩道にも、車の中にも、バスの中にも。

 つい先程まで生きて動いていた人々は、全て、物言わぬ「石」にされてしまったのだ。



 
しおりを挟む

処理中です...