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第4章 XENO編
●第76話【初號】
しおりを挟む『お前を迎えに来たのだよ、桐沢大』
「な?!」
影は、片目につけた眼鏡のレンズをギラリと輝かせ、酷くいやらしい微笑みを浮かべた。
「吉祥寺……ぃ!!」
目の前に立っているのは、一人の初老の小男。
身長は160センチを割り、痩せ細り、顔には深い皺を多く刻んでいる。
薄い頭髪にやや猫背の姿勢、そして特徴的な片眼鏡。
吉祥寺と呼ばれたその小男は、いやらしい笑みを浮かべ、しかして異様に鋭い眼差しを湛え、まるで桐沢を射抜くように見つめる。
部屋の入り口のドアは、先程から一切開かれていない。
にも関わらず、この男は、さも当然といわんがばかりにこの場に存在している。
『お前も、いい加減、分かっている筈だろう?
もはや、自分が助からない運命にあることを』
「ま、真莉亜のことか?!
真莉亜のことを恨んで、アンタは俺を――」
『そんな小さな事で、わざわざ新宿を破壊しようなどとは考えんよ』
震える声で唱える桐沢の言葉を、吉祥寺は指を振り否定する。
「新宿を、破壊?!
な、何を言ってるんだ?!」
『何度も言わせるなよ、桐沢。
私は、お前を向かえに来たんだ』
「ふざけるな!
アンタは、俺を殺しに来たんだろ!
あんな連中を使って、ホテルから誘拐までしといて、良くそんな事が言えたものだな!」
精一杯の虚勢を以って、声を張り上げる。
しかし、吉祥寺は不敵な笑みを崩そうともしない。
『それは誤解だ。
あの娘達は、私の意図を曲解している』
「曲解、だと?!」
『それについては、素直に詫びようじゃないか。
だがな、桐沢大。
私ほど、お前の能力と可能性を評価している者は、この世におらん。
お前はやはり、私の下にあってこそ、真価を発揮出来るのだ』
「真価?
この俺を研究所から追放し、あまつさえ他の連中共々、刺客を使って排除までしようとした癖に……」
『ああ、半分は正しい。
さっきも言ったが、そこも含めて、私はお前に詫びようと思っている』
そう言いながら、吉祥寺は、とある物を背後から取り出し、テーブルの上に置いた。
それを見た桐沢の表情が、みるみる強張っていく。
「そ、それは!!」
テーブルの上に置かれたものに、視線が釘付けになる。
それは、桐沢にとって、見覚えのあり過ぎる物だった。
『お前に、選択肢を与えよう思っている。
察しの良いお前なら、わかってくれるだろう?』
それは、桐沢が、かつて司や高原に見せたものだった。
栃木県佐野市にある廃墟、通称“金尾邸”。
その地下に存在する極秘研究施設にて、桐沢が生み出したもの。
――人間の手で生み出された、初の人工“XENO”が入れられた、小型冷凍ケース。
これを巡り、栃木県警の大勢の警官や科捜研のメンバーの命が奪われたという、忌まわしき物体。
「な、なんでこれが、こんな所に?!」
『お前自身が生み出した“コレ”を用いて、新たな運命を切り開くか。
それとも、人生の結末を迎えるか。
さあ、選ぶのだ』
「なんだと……」
吉祥寺の申し出に、目を大きく見開く。
全身は震え、冷や汗が流れ、筋肉が硬直する。
一気に極限状態に追い詰められた桐沢は、もはや、指一品動かせない程の緊張感と恐怖に苛まれていた。
そんな彼の様子をあざ笑うように、吉祥寺は、口の端を吊り上げる。
『私はこれで、お前に新しい仕事を授けたい』
「し、仕事?!」
『ああ、そうさ』
不気味な微笑みを浮かべながら、吉祥寺は、桐沢に圧をかける。
『真莉亜を護り、ひいてはXENO全体を護るという、大事な仕事をな』
「な、何をバカなことを?!
俺がそんな――」
『もう、そんなに時間はないぞ?
もうすぐ――この街は完膚なきまでに破壊されるからな。
このホテルも含めて』
意味深な言葉を吐き、吉祥寺は、カッと目を見開く。
その瞳は、ありえない程の真紅に染まっていた。
美神戦隊アンナセイヴァー
第76話【初號】
新宿中央公園の“跡地”には、直径約一キロ、深さ約八十メートルほどの巨大なクレーターが出現していた。
ここは、並行世界の西新宿。
爆風と飛散物が収まった頃合を見計らい、アンナミスティックは科学魔法を解除した。
「ブレイザー……ありさちゃぁん!!」
AIが、爆心地を推測して方向を示している。
フォトンドライブで飛び上がり、周辺を見回したミスティックは、想像を超える破壊規模に呆然とした。
「こ、こんなにスゴイことになっちゃったの……」
新宿中央公園はおろか、その周辺も、もはや元がどんな光景だったか窺い知れない。
大量の瓦礫と木々、そしてめくれ上がり波紋状に波打った地面。
その大きく陥没した中央部分に、アンナミスティックは静かに着地した。
「ありさちゃ――」
地面に埋もれた身体の一部が見える。
それを見たミスティックは、すかさず両腕をクロスさせた。
「はっ!」
気合の声と共に、周辺の瓦礫や土、石が、突然浮かび上がる。
両肩のバタフライスリーブが激しく波打ち、埋まっていたものが少しずつ地表に露出していく。
だが、出て来たものを見て、ミスティックは目を疑った。
「え、何? コレ?
あ……りさ……ちゃん?」
出て来たのは、アンナブレイザー――ではなかった。
全身がグレー一色に染まった、人間型のロボットのようなもの。
それはまるでマネキン人形のようにも見え、頭には、ヘルメットのような黒いゴーグル付きのマスクが付けられている。
ミスティックは、舞衣が好きで良く見ていた特撮番組の変身ヒーローに、良く似ていると一瞬思った。
「ぶ、ブレイザーは、何処に行っちゃったの?!」
慌てて更に現場を探ろうとするが、ある事に気付いて止める。
そのヒーロースーツのような、マネキンのような謎マスクには、右腕が付いていなかった。
そしてマスクの額の部分には、アンナブレイザーと同じ形をした、エメラルド色のマーカーが輝いている。
そして何より、アンナミスティックのAIが、この物体からアンナブレイザーの個体認識を確認していた。
「え? え?
……こ、これ、ブレイザーなの?」
良く見ると、さっき回収した右腕も、同じように全体がグレーのマネキンみたいに変化している。
ミスティックは、半信半疑のままそのマネキンのような物体を抱き上げると、少し離れた平たい場所に移動した。
(これ、全然違う姿だけど、ありさちゃんなんだ!)
「メディカルスキャン!」
右手を翳し、破損状況とパイロットの状態を診断する。
様々なデータがモニタ上に表示され、あらゆる所に危険を示す赤い文字が浮かんでいる。
それを即座に読み取ると、ミスティックは、改めて科学魔法を詠唱した。
“Execute science magic number C-005 "Cure-wonder" from UNIT-LIBRARY.”
「キュア・ワンダー!!」
ミスティックのライブラリに登録されている、最大最高の治療・修繕効果を持つ施術を施す。
右手から照射されたエメラルドグリーンの閃光が、辺り一帯を一瞬で染め上げる。
(お願い、ありさちゃん、生きててね!
ブレイザー、蘇って!!)
アンナブレイザーの破損率は、70%を越える危険な状態だ。
しかし、肝心のありさ自身のダメージが、何故かスキャンされていない。
だが、決して死んだわけではなく、生命反応はある。
複数種類のナノマシンを大量に投与し、機械修理と人体の治療を同時に進行させる科学魔法「キュア・ワンダー」。
効果は高いが、その分、ある程度結果が出るまでは、この場を動く事が出来ない。
(どうしよう、この状況、他の皆に伝えられないよぉ……心細いよぉ~……)
泣きながら、AIの指示に従って、アンナブレイザーの右腕を繋ぐ。
だがその時、ミスティックはある事に気付いた。
(あれ? そういえば、腕が千切れてるのに、出血が全然ない?)
そう、先程感じていた違和感の正体は、これだった。
ゴーゴンの攻撃を受けた時、落下して来たのが咄嗟に腕だとわからなかったのは、血が全く流れていなかったからだ。
アンナユニットは、搭乗者とほぼ同じ身長・体格のまま超装甲を身につけるという、良く分からない搭乗形式だ。
恵は今まで、自分達は素の肉体の上から、アンナユニットという薄衣のような装甲を纏っているものだと考えていた。
だがその場合、アンナブレイザーのような重大な被害を受けた場合、肉体の損傷と致命的なダメージは避けられない。
――だが、実際は。
(でも、AIが、修復可能って回答してくれてるもん!
だ、大丈夫! よくわかんないけど、ありさちゃんは絶対に助かるもん!)
祈るような気持ちで、アンナミスティックは、ブレイザーの回復を待ち続ける。
今は、そうするしかなかった。
新宿の騒乱は、一旦落ち着いた。
被害は甚大であるものの、XENOの姿は見受けられず、またそれと闘っていた少女達の姿も見られなくなった為、警察はそれぞれの建物内に閉じ込められた形になった人々を解放、改めて避難誘導を開始した。
だが警戒態勢自体はまだ解除されておらず、JR新宿駅西口から都庁周辺にかけての広大なエリアは、引き続き封鎖されることになった。
言うまでもなく、局所的とはいえ、これほどの大規模な封鎖は例を見ない。
ましてそれが、東京の中心都市とも云える新宿で行われるのだ。
「人体石化」という、これまで人類が体験したこともないような被害が、広い範囲で発生したのだ。
未曾有の危機に対する防衛線としては、現状の警察が打てる対策として、これが最良かつ限界であった。
久々に署に戻った司は、あの日のままになっている高原の机を一瞥すると、島浦の待つ部屋へと向かう。
「――状況を、確認したか?」
開口一番、島浦が尋ねる。
「ああ、いったい何が起きたらあんなことになるんだ?
目を疑うしかないぞ」
「新宿は当面、通常の昨日を失うことになる。
それだけでもえらい事だが、一番まずいのは、もはやXENOの存在を一般に隠す事が困難になってしまった事だ。
報道の連中にも、しっかり撮られちまったからな。
もう言い逃れは出来んぞ」
「緘口令を敷いていたのが、裏目に出るだろうな」
「ああ、全くだ……畜生、なんだって、こんな展開になって行くんだ!?」
苦々しい顔で、島浦が呟く。
机の端に座る彼に視線を向けながら、司はやや疲れた表情を浮かべた。
「新宿だけじゃない。
赤城山の例の研究所も、とんでもない事態が発生していた」
「どういう事だよ……
いったい、日本では何が起きようとしているんだ?」
司は、島浦に簡単に口頭報告を行う。
井村大玄の所有するものと思われる邸宅が、何者かによって痕跡を消されていた事。
その地下に、想像を絶する規模の巨大研究施設があり、その中ではクローン人間の製造や、XENOに関わる研究が実施されていた事。
長年行方を眩ませていた井村大玄がそこに滞在しており、しかもXENO化していた事。
XENOを生み出す、不気味な樹のような物体が存在する事。
そして、それらを“謎のコスプレ集団”とその仲間達が調査している事。
一通りの概要を聞いた島浦は、先程以上に困惑した表情を浮かべ、頭を揺さぶった。
「お前、その話――他の誰にもしてないだろうな?」
「無論だ。こんな荒唐無稽な話、お前以外に話しても信じはせんだろう」
俺だって、写真がなきゃ何処まで信じられるかって話だ。
この件は、迂闊に表には出せんぞ。
捜査本部の連中に嗅ぎ付かれても厄介だし、一旦俺が預かろう」
「わかった。
だが、これはまず俺が見る」
そう言うと司は、研究所内で回収して来たUSBメモリを取り出す。
「まあ、いいだろう。だが内容は報告しろよ。
……ああ、そうだ! それより、大事な話が」
「桐沢の話か、どうなった?」
島浦は、司が居なかった間の状況を伝える。
桐沢と匂坂は、新宿警察と捜査本部による検討の結果、少し離れた別なホテルへ移動が完了していた。
そのホテルは、ここから徒歩でも行ける程の近距離であり、警備要員の交代も容易となり、何より以前から警察御用達の場所でもあった為、何かと都合が良かった。
まして、以前の誘拐騒動で居場所を知られてしまったこともあり、これ以上ワシントンホテルに滞在させるわけにも行かなかったという事情もあった。
「――が、しかしだ。
移動した途端、アレだ。
俺はな、どうにも……今回のヤマは、桐沢達と無関係だとは思えんのだ」
島浦の呟きには、司も頷くしかない。
「捜査本部は、どういう見解を?」
「ぶっちゃけ、既に理解が及んでいないって様子だ。
せっかく、被害者が減って来たと思ったところに今回のコレだろ?
一部では、この石化事件と猟奇事件は別物ではないかって、切り分けて考えるべきだって意見も出ているようだ」
「ああ、また警察の悪いところが出てるな」
呆れた口調で、感想を呟く。
だがその報告で、捜査本部は本件に対し、ほぼ頼りにならないだろう事は窺い知れた。
「どうやら、桐沢達のことは、独立行軍で動くしかないようだな」
「いやいや、そう簡単にはいかんぞ?
アイツらは、桐沢を最重要参考人として注視しているからな。
まして、今は移動させたばかりだし、迂闊に手を出すことはできん」
「そうか。
じゃあ島浦、またお前に一役買ってもらう必要がありそうだな」
「な、なな、なんだと?!」
お約束のように慌てる島浦にウィンクすると、司は部屋を出て行こうとする。
だがそんな彼を、島浦は呼び止めた。
「待て司、話は終わってないぞ」
「まだ何かあるのか?」
「あのコスプレ集団の件だが、お前――もしかして、接触したのか?」
「ああ、一応な」
「なんということだ……」
島浦は、何故か呆然とした表情を浮かべる。
「しゃ、写真とか、撮って来たか?」
「んなわきゃないだろ。
まあ、いずれ話す。今はまだこちらも、良く分かってない状況だからな」
司の言葉に、島浦は何故か酷く残念そうな顔をする。
その真意を汲み取った司は、呆れた溜息を吐き出し、部屋を飛び出した。
向かう先は――桐沢のいるホテルだ。
その頃、幻覚地形で三井ビルと京王プラザホテルを繋ぐ橋の上まで移動し待機していたアンナパラディンは、先程測定した被害者の身体情報を送信し、地下迷宮)からの連絡を待っていた。
(ありさ、あれからどうなったのよ。
このままじゃ、迂闊に実装解除できないし。
困ったわね)
アンナバトラーは、パワージグラットの効果でミスティック共々、並行世界に居る。
しかし、そこにナイトシェイドが同行していない以上、彼女達がどのような状況なのか、今のパラディンには知る由もない。
パワージグラットの効果時間が切れるのを、今は待つしかなかった。
また、先程感じた強烈な殺気の正体も気になって仕方がない。
結局、あの後何事も起きていないが――
『――聞こえるか、パラディン』
不意に、地下迷宮から通信が入る。
「はい、聞こえます。
蛭田博士、何かわかりましたか?」
『ああ、ゴーゴンによる石化の症状だが。
確定ではないが、高い確率で……“珪素ガス”を使用した可能性が高い』
勇次は、緊張感のある声で、静かに告げる。
「珪素、ガス?」
『発生経緯は不明だが、肉体への浸透性が非常に高い珪素ガスを噴霧し、細胞内の水分を、珪素と酸素の化合物に瞬時に入れ替えたのではないかと思われる』
「そ、そんなことで、あれだけ大勢の人が石になるんですか?!」
パラディンの疑問の声に、勇次は唸りながら応える。
『ゴーゴンは、確か電気を発していたんだったな?』
「ええ、ツノから放電をしていました。
アンナユニットで防げる程度ではありましたが」
『であれば、やはり可能性は高いな』
「というと?」
『細胞内に入り込んだケイ酸に電気を流すことで、化学変化を起こして急速進行させたのかもしれん。
であれば、ゴーゴンが電気を用いた理屈もわかるな』
勇次の説明に、アンナパラディンは、思わず声を荒げた。
「そ、そんな!
それではもう、大量殺戮兵器じゃないですか!」
『そうだ、まごうかたなき大量殺人兵器だ』
「では、あの犠牲者達は……」
『無論、元に戻す事は難しかろう。
全身の細胞が、どんどん硬質化していくわけだからな。
今はまだ、生物学的には生きていると云えるだろうが、それも時間の問題だ』
「……」
アンナパラディンは、その場に跪いた。
石床のブロックに、僅かにヒビが入る。
『さっきも言った通り、今回のXENOの行動目的が不可解だ。
まだ何かを仕掛けるつもりかもしれん。
パラディン、今しばらくそこに待機して、次の出方を警戒して欲しい。
他のメンバーとは、連絡が付き次第、そちらに向かわせる』
「わかりました……」
悔しそうな表情で、通信を切る。
アンナパラディンの科学魔法では、今回の犠牲者を救う事は難しい。
より強力な回復術を持つアンナミスティックですら、困難が伴うだろう。
パラディンは、みすみす見捨てざるを得ない命が、すぐ目の前にある事を悔やみ、改めてXENOに対する怒りを感じた。
だが、その時。
「人間って、本当に脆弱ね。そうは思わない?」
突然、真横から声をかけられ、驚く。
今のアンナパラディンは、周辺に光学スクリーンを張り、そこに風景を映し出すことで“誰からも見えなくなっている”状態だ。
にも関わらず、ごく自然に話しかけられたのだ。
気が付くと、いつの間にか、そこには黒いゴスロリ風ドレスを着た女性が佇んでいた。
「高い空には昇れない、深い海には潜れない。
ちょっとした環境変化ですぐに死に掛けるし、強靭さなんか微塵もない。
地上の生物の頂点に立っているなんで、傲慢にも程があるわ」
手すりに両腕を乗せ、遠くを眺めるように、視線をこちらに向けないまま呟く。
だがアンナパラディンは……否、向ヶ丘未来は、彼女の横顔に見覚えがあった。
顔色が、みるみる青ざめていく。
「あなたは……!
どうして、ここに?!」
科学魔法を、パージする。
否、もはや意味などないと観念したのだろう。
アンナパラディンは、ゴスロリの女性に向かって、緊張感に満ちた表情を向ける。
額に、冷や汗が流れる。
「久しぶりねぇ、未来。
しばらく逢わないうちに、ずいぶん偉くなったみたいねぇ」
独特の、ねちっこい口調が耳に障る。
それは、とても聞き覚えのある、出来れば二度と聴きたくない声だった。
「――優香、さん……?」
弱々しく呟くパラディンに、女性は、まるで睨みつけるような視線を叩き付ける。
その瞬間、先程の殺気の正体が、分かった気がした。
「へぇ、それがあんたのアンナユニットなんだ?
相変わらず、みっともないデカ乳よねぇ~。
あんたさぁ、ソレ益々デカくなったんじゃないのぉ?」
「……」
嘲るような上目使いと、苛立ちを煽る嫌らしい口調。
それでも、アンナパラディンは堪えた。
「ご回復、おめでとうございます。
全然知りませんでした、ご退院なされてたなんて」
「そうよぉ? でもアンタ、ど~せ忘れてたんでしょ? あたしのこと。
あ、そっか! あんたが忘れるわけないもんね!
記憶力 だ け はいいんだし」
「それは……」
「フン、まあ、いいわ。
それより、あんたもおめでとう。
アンナユニットの実装に成功したなんてねぇ。
すごいじゃない」
「ありがとうございます」
感情のこもらない礼を述べる。
ゴスロリの女性は、眉間に皺を寄せながら、品定めでもするようにパラディンを眺めた。
こんなところで辱めを受けるなんて……と考えていたパラディンは、ある事に気付き、ハッと顔を上げた。
「でも優香さんは、どうしてここに?
この場所は今、封鎖されている筈ですが?」
「あ~、そうなんだぁ?
まあ、そんなの関係ないけどねぇ」
「まだ、XENOが来るかもしれないんです。
どうか、安全な場所に避難なさってください!
ここは――」
「へぇ、アンタみたいな無能の代表みたいなのが、このあたしに指図するわけぇ?」
凄まじい嫌悪感を覚える、蔑みの言葉。
三年前まで、毎日のように浴びせかけられていた記憶が、蘇る。
「優香さん、真面目に聞いてください!
あの時と今では――」
「ハッ!
あんたまさか、たった三年ぽっちで、このあたしに追いついたつもりでいんの?
随分、調子に乗るようになったねぇ」
「そ、そういうわけではありません!
本当に、ここは危険なんです!
優香さん、お願いですから、ここから――」
「あんたのさ、そーいうトコが、昔っからウザくて嫌いなんだよねぇ」
そう言うと、優香と呼ばれた女性は、右手でアンナパラディンを突き飛ばした。
「?!」
アンナパラディンの重量は、アンナセイヴァー中最大の、二千百三十六キロ。
フォトンドライブで浮遊しているとはいえ、乗用車二台分以上の重量がある。
それが、僅かとはいえ、人間に突き飛ばされてよろめいたのだ。
倒れこそしなかったが、アンナパラディンは、掌を叩き付けられた場所を、信じられないといった顔で押さえた。
「ゆ、優香さん……この力!
あなた、まさか?!」
「フフン♪
未来、あんたがどんだけ無能で役立たずでクソ弱い雑魚か、久々に思い知らせてあげるよぉ」
「!?」
ふと見ると、彼女の右足首に何かが光っているのに気付く。
それは、アンクレット。
少々大きめなストーンがぶら下がった、特徴的な形状だ。
だが、それを見た瞬間、アンナパラディンの表情が強張った。
「そ、それは……まさか?!」
「ハハ♪ 察しの悪いあんたにしちゃあ、よく気付いたじゃない。
そうよ、そうだよ……そういうことさ」
「そ、そんな! そんなことって!」
アンナパラディンが、数歩後ずさる。
殺気が、強まっていく。
睨み付けるような視線は更に毒々しさを増し、もはや“射抜く”レベルにまで高まっている。
右足を一歩踏み出し、アンクレットを揺らすと、優香はニヤリと微笑んで呟いた。
「コード・シフト」
アンクレットのストーンが、展開する。
それと同時に、待機音が鳴り響く。
風が動き始め、優香の下へと集まり始める。
風はやがて旋風になり、ゴオォ、という音が響き始めた。
「そんな! ど、どうしてあなたが?!」
大きく目を見開き、絶望の表情を浮かべる。
そして、彼女の視界から情報を得ている地下迷宮でも、同じようにスタッフが動揺したいた。
「こ、これは?!」
「え?! え?! な、何なんです、この女?!」
「Shit! まさか、ユウカの奴!」
「駒沢……あいつ、やってくれたな!!」
勇次が、怒り任せに机を叩く。
それと同時に、優香は“言ってはならない言葉”を、呟いた。
呟いてしまった。
「チャージ・アップ!!」
優香を中心に、突風が巻き起こり、アンナパラディンを遠ざける。
天を切り裂くような閃光、大気を振るわす轟音。
真っ直ぐに屹立する光の帯は天使の羽を思わせる細やかな光の粒を撒き散らし、優香を覆い尽くした。
直視など不可能な程の光量は、やがて少しずつ集束し始める。
光の竜巻が消え去った後、優香は、美しくも恐ろしい笑顔を湛え、その場に立ち尽くしていた。
「そ、そんなバカな……」
アンナパラディンは、膝から崩れ落ちる。
ガコッ、と激しい音が鳴り、石床が砕け散る。
そこには、あってはならない“者”が、存在していた。
“Switch the system to fully release the original specifications.
Each part functions normally, and the support AI system is all green.
Reboot the system.
ANX-01S ANNA-SONIC, READY.”
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