美神戦隊アンナセイヴァー

敷金

文字の大きさ
上 下
172 / 172
INTERMISSION-06

 第86話【適職】3/3

しおりを挟む
  

「ぬっ、もうこんな時間か。さすがにそろそろ寝ないとまずいな」

「はい! お布団の用意もしてありますので、どうぞ」

「おお、すまんな………って、待て」

「はい?」

 布団が一組しかなかった事を、今更ながら思い出す。
 パソコンデスク(という名のちゃぶ台)の後ろに敷かれている寝床を一瞥し、勇次は、にっこり微笑んでいる愛美の顔を見つめた。

「そこを使うのは、お前だ」

「えっ? そ、そんなわけには参りませんよ~」

「アホぬかせ。
 お前こそ、そんな薄着でどうするつもりだ。
 また畳の上で寝転がっていたら、間違いなく風邪を引くぞ」

「でも、メイドの私が旦那様を差し置いてそのような事をするわけには参りません」

 こういうパターンになると、愛美は意外に強情になる。
 勇次は、ボリボリ頭をかきむしると、厳しい目線で愛美を見据えた。

「お前、微妙にメイドのあり方を勘違いしてないか?」

「えっ?」

「お前を見ていると、自分の権利や主張を押し殺しているようにしか見えんぞ。
 そんなのが、お前の言うメイドなのか?」

「そ、それは」

 厳しい言葉に、愛美が目に見えて動揺する。

「凱も言ったはずだ。
 お前はもう、井村のメイドではない。
 一個人としての千葉愛美なのだぞ。
 以前のような、命令をただ受けるだけの存在ではないのだ」

「はい」

「私は、お前をメイドではなく、同じ目的を持つ仲間だと思っている。
 だから、もうそんな考え方はやめて欲しい」

「……」

 思わぬ反論だったのか、愛美は、返答もなくうなだれてしまった。
 なんとなくいたたまれなくなった勇次は、そっと愛美の頭を撫でる。

「あっ」

「よく、凱がこうして相模姉妹を慰めていた。
 私も真似してみた」

「旦那様」

「勇次、だ。
 これを機会に、もう間違ったメイドは卒業しろ」

「はい、まだよくわからないと思いますが、がんばってみます」

 ようやく顔を上げて、少しだけ強く言い切る。
 その言葉に、思わず勇次の頬に笑みが宿った。

「じゃあ、お前がこの布団を使う事。いいな」

「でも、それじゃ旦那さ……勇次さんは?」

「キッチンでごろんと」

「それじゃ風邪を引かれてしまうではないですか!
 私だって、勇次さんにそんな目にあわせるわけには!!」

 と、そこまで言って、言葉に詰まった。
 二人揃って、布団を眺める。
 再び顔を見合わせると、勇次と愛美は、揃って顔を真っ赤に染めた。

「――あの」

「言うな。
 そこから先は言うな」

「でも、今日は寒いですから、そうしないと」

「待て、待て待て!
 お前は結婚前の娘なのだぞ!
 そ、そそそそんな、軽率な事をしてはいかん!!」

「わかりました」

「そ、そうか、わかってくれたか」

「でしたら、勇次さん、私と結婚してください」

「なんでそっちに行くんだあ~っっ!!」

 
 



 美神戦隊アンナセイヴァー

 第86話【適職】3/3
 





  
 十数分後。
 二人は、一つの布団の中に居た。

 布団に入る直前から部屋の電気は完全に消され、しかも、それぞれ反対側に陣取っている。
 狭い布団なので背中がぶつかってしまっているが、お互いに顔を向けられる状況ではない。
 当然お互いの目は、暗闇の中でギンギンに見開かれていた。

「な、ななな、なんだか、さ、寒い、ですね。
 二人で入っても」

「ぬ、ぬぬぬぬ、そ、そそそそそ、そうだな」

「ど、どどど、どうしてでしょうね~?」

「ま、まあな。
 これだけ隙間が開いていれば、やむを得まい」

「ど、どど、どうしましょ~」

「頼む、これ以上俺を失血死させないでくれ」

「く、くっつかないと、ま、まずいですよね。
 あの、勇次さん、やっぱりもう少しくっつきませんか?」

「その前に、遺言を書いてもいいか?」

 愛美の言う通り、今夜はかなり冷える。季節が季節なら、まるで雪でも降りそうな冷え込みだった。
 そんな中、いくら同じ布団に入っているとはいえ、お互いが端っこに陣取っていれば、当然真ん中に大きな隙間が空き、冷たい空気が入り込む。
 これでは、せっかく思い切ったのに全然意味がない。
 勇次は覚悟を決めて、愛美の方を向く事を決意した。

「よし、こっちを向け。
 もっと寄るんだ」

「は、はい。わかりました」

「言っとくが、私は何もしないぞ。
 絶対に何もしないぞ」

「わ、わかってますよ~。
 信用していますから」

「うむ、で、では……だ、だだだだだ、だだ、抱きつくといい」

「はい、では、失礼します」

 むにゅっ
 勇次の懐に、暖かく柔らかで、そしてなめらかな感触が広がる。

 パジャマ越しに愛美の素肌が触れる。遠慮がちに擦り寄る肢体が、隙間を埋めていく。
 愛美は、ぴったりと身体を密着させた。
 勇次も、それに対して愛美の身体を抱き寄せる。

 が。
 伸ばした手の感触が、何かおかしい。

 勇次の指は、愛美の寝巻きに触れている筈だが、やたらと生地が薄い。
 その為、愛美の肌のぬくもりがダイレクトに伝わってくる。
 パジャマ、ではない。
 ではいったい、愛美は何を?!

「お前、いったいどんな格好で寝てるっ!?」

「ふ、ふぇっ?!」

 まどろみの中に落ちようとしていた所を呼び戻され、愛美は、思わず身体を上げた。
 その瞬間、愛美の背に回していた指がすべり、腰からヒップラインにかけてスライドした。
 その間、指のすべりを止める摩擦は、どこにもない。

 慌てて枕元のスタンドライトを点けると――愛美は、極薄生地の白いシャツだけをまとっていた。
 両脚が剥き出しになっていることから、所謂「彼シャツ」状態だとわかる。

「おぐわぁぁぁっ!!
 お、お前は、いったい何を考えておるのだ!」

「え? え? あの、どうされたのですか?」

「その格好はなんだ?!
 なぜ、普通のパジャマを着ないのだ?!」

「え、あの、これは先日、ありささんが勧めてくださったもので」

「石川が?」

「はい、殿方はこれだけを着た状態だと、凄く喜んでくださるとのことだったので」

「あ、あ、あいつはぁ!
 ろくでもない事を教え込みおってぇ!」

「でも舞衣さんは、これをやったみたいで」

「なにっ」

「先日も、凱さんにべったりでしたよ。
 もう、恋人同士って感じでした」

「石川と凱は、今度小一時間問い詰めなければならんな。
 だが! それより先にまず! その格好をなんとかしろ!」

 井の字を額に浮かばせながら、勇次が怒鳴る。

「ひえぇぇっ、す、すみませぇん!!」

「そんな格好では、寒くて当然じゃわい!
 それに、いい年の娘が、そんな格好で男の布団に潜り込むな!」

「あ、あわわわわ、も、申し訳ありません!」

「少しは、疑問を抱かんか疑問を!」

「で、でも、勇次さんは真面目な方ですし、先ほども、何もしないとおっしゃって下さいましたから」

「それとこれとは話が違うわっ!!
 まったく! なんでもいいから、とにかくまともな服を着ろっ!!」

 勇次の迫力に押されて、愛美は慌てて布団を抜け出した。

「あ、でも、私がここまで着てきた私服は洗濯してしまったので、まだ乾いていませんし。
 ど、どうしたらいいでしょう?」

「し、仕方ない。こんな時は、故事に習って」

 布団から飛び出すと、勇次は手探りで、タンスからジャージを取り出した。

「む、これでよし。
 愛美、これを着ろ」

「勇次さんの服、ですか?」

 愛美の顔が、紅くなる。
 しかし、勇次は気付かずに更に続ける。

「ちゃんと上下とも着ろよ。
 生地も厚めだから、ワイシャツよりは遥かに温かい筈だ」

「あ、ありがとうございます……」

「身体を冷やすなよ」

 珍しく優しい物言い、愛美が更に顔を赤らめる。
 勇次は、溜息を吐き出すと、再び布団を整え始めた。




  
「勇次さん、もう寝ましたか?」

 愛美の囁き声が、耳に届く。

「寝付けないのか?」

「すみません。
 私、誰かと一緒のお布団で寝た事がないので、なんだかドキドキしてしまいまして」

「鮮血に染めるぞ、そんな事言うと。
 で、なんだ?」

「はい、お尋ねしたい事があるんですが、いいですか?」

 頭を勇次の肩にすり寄せながら、遠慮がちに尋ねてくる。なんとなく眠るタイミングを逃してしまった気がして、勇次は、ふぅと息を吐いた。

「私に答えられる事ならな」

「勇次さんは、どうして今のお仕事をされているんですか?」

「何故、そんなことを?」

「いえ、なんとなくですけど。
 なんだか勇次さん、地下迷宮《ダンジョン》でずっとお仕事ばかり続けておられるように思えまして」

 愛美の言葉に、ふと過去の事を思い出す。
 脳裏に、ある女性の姿が浮かぶ。

「――逃げるため、かな」

「逃げる?」

「ああ。現実逃避だ」

「よく、わかりませんが」

「仕事をしていると、嫌な事を思い出さなくて済む。
 私はそれで、スケジュールを隙間なく埋める癖がついた」

「はぁ……」

「まあ、わかる必要などない。つまらんことだ」

 身体の下敷きにしていた腕を伸ばし、その上に愛美の頭を乗せてやる。
 腕枕の格好だ。

「私などが言える事ではないのですが、疲れませんか?
 そのような生活だと」 

「一番疲れていた時期は、とっくに過ぎた。
 あの頃に比べれば、今の生活など楽すぎるほどだ」

「そういうものなんですか」

「もう、寝ろ」

 そう言いながら、勇次は、愛美を抱きしめる。
 大出血を警戒して愛美は身をすくめるが、今回はそんな様子はない。

「勇次さん、変な事を聞いてごめんなさい。
 おやすみなさい」

「おやすみ」

 暗闇の中、天井をじっと見つめる。
 すでに、布団の中は二人の体温でかなり暖かくなっていた。
 なんだか、この暖かさに、言いようのない安心感を覚えた気がする。



  
 翌朝。
 随分早く眠ったせいか、久しぶりにすっきりとした目覚めだった。
 勇次は、起き上がり身体をコキコキ鳴らすと、思い切り背伸びをする。

「ん? ま、愛美?」

 布団の中に、愛美がいない。
 ふと見ると、脇にあるテーブルの上に、一枚の紙が置かれていた。
 それは、愛美の書置きだった。

“おはようございます。
 私がこちらにお邪魔すると、勇次さんにご迷惑をかけてしまうという事を、今回の件でとても実感しました。
 大変失礼ではありますが、勇次さんがお目覚めにならないうちに部屋に戻ります。
 朝食と昼食を冷蔵庫に入れてあります。
 その他、保存の効くものを冷凍庫にしまってありますので、どうぞお召し上がりください。
 本当にお世話になりました。

                                愛美”


「むぅ…これではまるで、実家に帰ってしまった奥さん状態ではないか」

 何度も死の淵を見せられたとはいえ、居なくなってしまうと、それはそれで寂しいものだ。
 ガランとした部屋の中をぐるりと見渡し、勇次は、なんとも言えないむなしさを覚えていた。

(人恋しさというのは、こういう事を言うのだろうな。きっと)

 せっかく片付けてもらった部屋を散らかさないよう、注意を払いながら寝床を片付ける。
 愛美の用意してくれた食事を取り出しながら、勇次は、ちょっとだけ気を引き締める事にした。

 食事を終えた勇次は、愛美が片付けてくれた室内を見回すと、小さな本棚の奥から分厚い本を取り出す。
 それはかなり年季の入っている茶ばんだハードカバーの本で、表紙には意味不明な文字のようなものが書かれている。

(さて。
 出かける前に、こいつの解析を少しでも進めておくか)

 愛美の朝食のおかげでやる気が出て来たのか、勇次はノートPCを展開すると慣れた手つきでとあるアプリケーションを立ち上げる。
 その画面内には、先程の本の表紙に書かれていたような、謎の文字がずらりと並んでいた。

 それはルーン文字に似ているが、既存の言語に使用されているものではない。

 勇次が先の本を数ページめくると、そこにはモニタに表示されているものと全く同じ文章が記されていた。

 どこか拙さを感じさせる、それでいて一生懸命に手書きしたような文字。
 勇次はそれを横目に眺め、今日初めての溜息を吐き出した。

(仙川の遺したこの本……ここに、必ずあの“予知”に関わる何かが秘められている筈だ。
 なんとしても、それを解析しなければ)

 AIプログラムを使用し、画面情報の分析指示を行う。
 凄まじい速度で流れ始める文字を眺めながら、勇次の表情はいつしか険しいものになっていた。








「愛美ちゃん、ゆーじさんの所はどうだった?」

「はい、とっても楽しかったですよ!
 今度また、お邪魔させていただこうかと思います」

「それは良かったですね!
 愛美さんが元気になって、本当に安心いたしました」

「すみません、その節は」

「それにしても、メイドかぁ。
 メグ、お前も行ってきたら?」

「えー、いいの?
 お兄ちゃんヤキモチ焼かない?」

「なんでやねん」

 どうやら、溜まったストレスは完全に吹き飛んだようだ。
 とても朗らかな気持ちで、凱の部屋に居る事ができる。
 いつものメイド服を嬉しそうに翻して、愛美は凱と相模姉妹に微笑みかけた。

「あ、でもメグさん、行くならパジャマをご持参された方がいいですよ」

「ん~? どゆ事?」

「彼シャツは拒絶されてしまいましたので」

「「「 いったい何やって来たの!? 」」」

 顔を真っ赤にして凱の背中に隠れる舞衣と、話が理解出来なくて凱の顔を窺う恵。
 困惑する凱達に向かって、愛美は、屈託のない笑顔を向けた。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...