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六
しおりを挟む四隅に松明が佇む中央で、色鮮やかで、きらびやかな装束を身につけた男が、勇ましく舞っている。
笛と太鼓と鈴の音に合わせて。
松明の明かりがぎりぎり届く、うす暗がりには、比べたら、みすぼらしい女が。
顔につけているのは、皺だらけで鬼のような形相をした仮面。
あちこち破れて色褪せた着物と、ざんばら髪をふり乱して、男に手を伸ばしながら、もがきくるしむような舞いを。
松明の火の粉が散り、彼女が腕を突きだすたび、奇天烈な装飾がされた異形のものが暗がりから跳びでて、襲いかる。
よけたり、いなりしたり、物を投げつけたりして、それらを男は退けると、そのうち女がいる反対側の暗がりから、岩が出現。
男が踏んばって岩を掲げたなら、すがるように寄ってきた女を阻むように、地面に落とそうとしたのだが。
そのまえに女は力なく倒れると、顔を伏せたまま、さめざめと告げたもので。
「醜くなった妾は、もう、いらぬというか・・・」
目を見開き、硬直した男は、ゆっくりと体のむきを変え、岩を暗がりに放った。
そして、さっき投げた桃を拾って齧ると、うずくまってしまい。
しばし悶えてから上体を起したなら、男の顔には女と同じ仮面が。
一段と姦しくなる笛と太鼓と鈴の音。
男が肩に手をかけると、やおら女は顔をあげて「ああ、ああ」と呻きながら立ちあがり、ひしと抱きつく。
情熱的に抱きかえしながら、男は朗々と告げるのだ。
「もう我は、そなたと同じく醜くなりけり。
故に、いらぬと思わなし」
年に一回、八月のお盆のころ、村で行われる祭り。
神社では、神楽が披露される。
内容はイザナギとイザナミの黄泉の国での一件だ。
神話ではバッドエンドだが、祭りではハッピーエンドに改変。
化物じみたイザナミを見て、逃げるイザナギに黄泉の国の者たちが襲いかかるところまでは同じ。
が、神楽ではイザナギは岩で出入り口をふさがない。
崩れて泣くイザナミに心打たれて、自分も化物に成りさがり、黄泉の国でとどまる選択をする。
あまりに不憫で救いようのないイザナミを慰めるのが祭りの主旨なのだろう。
(それにしても、黄泉の国を岩で塞がないままなのは、かなりの問題だと思うが・・・)
黄泉のうつろを利用し生業にしている神塚家にすれば、イザナミのごきけんをとる目的もあるのかもしれない。
だからか、祭りの主催でもあるし、かならずイザナミ役を一族が担った。
イザナギ役は神塚家と所縁の深い者に。
俺の子供のころは、渚の父親、宝達酒造の前当主がイザナギに扮して、松明の炎が揺れるなか、物物しく舞っていたもので。
渚が成人したとなれば、もちろん、その役を受け継ぐはずが、さっき鑑賞した神楽では、弟が華麗な舞を披露していた。
そして、イザナミ役には・・・。
もう神楽のお披露目は済み、今は川に灯籠を流している。
灯籠を流すのは、魂を乗せて、海の果てにある死者の国へ送るため。
黄泉のうつろがある、この村では、わざわざ川に流さなくてもいいように思うが、岩の隙間には結界が張られているというから。
イタコが出入りするとき以外、隙間を結界で埋めておかないと、なにが漏れでるとも知れないので。
まあ、封印がされていると知っていても、村人の大方は、祖母なども「代わりのうつろがあれば、居ついてしまう」と怯えて警戒していたが。
蛍のような灯籠の光が、ゆらゆらと川に流れる全体像を見えるここは、山の崖っぷち。
渚との待ち合わせ場所であり、祭りの中心から近く、人気がない、お忍びで会うのには絶好の場所。
子供のころも、祭りから抜けだした渚と、ここで落ちあったもので。
懐かしみながら、ぼんやりと灯籠流しを眺めていれば、背後の藪の揺れる音が。
振りかえれば、懐中電灯を持った渚が、全身葉っぱまみれに。
「ここは、いい場所だが、くるまで大変だな」とくすりとすれば「まあ、おかげで人に知られてないけ」と渚も苦笑。
俺のよこに並んで立ち「神楽、見たか?」と聞いたのに、すこし間を置いてから「ああ」と。
「弟が五年前からやってるんやけど、すっかり堂にはいっとるよな。
俺なんか、へたくそで、習得すんのにもっと四苦八苦したし、さまんならっかったけ」
神楽の舞いを再現してか、まぬけに腕を振るのに、笑おうとして、息をつまらせてしまい。
目を逸らしつつ、口を開こうとしたが、渚が先んじて「イザナミ役、南やなかったやろ?」と切りだした。
「じつは、五年前に南、亡くなったんや」
「え」と呟いたきり、息を飲んで硬直。
放心する俺をちらりと見てから「ついでに、じつはなあ」と意外とあっけらかんと告白を。
「宮沼が村をでてったあと、すこしして、俺と南、つきあいだしてん」
南の死を告げられた以上に、心が砕けるような衝撃を受けたが、できるだけ表情にださないよう。
「そ、そっか」と無難な反応をすれば、渚はほっとしたのか、口調を和らげ、語りだした。
「あんま、驚かんいうことは、俺、ばればれやったんかもな。
そりゃあ、南から告白されて舞いあがったけど、つきあいだしてからは、気が重くなることばかりやったよ。
なにせ、俺も南も、歴史的、伝統的に重みがありすぎる老舗の跡とりや。
将来を考えたら、憂鬱になるだけやったし。
とくに南の素質は歴代のイタコを凌駕するといわれとった。
なんたって黄泉のうつろに踏みいって、口寄せする成功率がほぼ十割らしいから。
神塚家の血筋でも黄泉のうつろにはいって正気を失うのや、帰ってこない者もいる。
口寄せできたとして、何回も黄泉のうつろに身を置くうちに、心身が蝕まれて、病気になったり気が狂ってしまういうしな。
そういった支障が南にはまったくない。
病弱なんは生まれつきで、もし黄泉のうつろの影響受けてたら、もっと早く亡くなってたやろ。
そら、神塚家にしたら、その逸材の能力を受け継ぐ子供を欲しくてたまらん。
そうやって期待したうえに、屋敷に軟禁状態で仕事させてたから、南は大変やったと思う。
やからか、よく癇癪を起して暴れて、俺を罵倒したり責めたりしたけ。
もともと、きつい性格で、高飛車なのは百も承知やったけど、それでも、なかなか、まいった。
物心つくまえから、子供の人権もくそもなく、時代錯誤な神塚家に束縛されて哀れやったし、なんとか俺が助けてやろうって、奮起もしたけどな。
鬼でもとりついたように南が情け容赦なく、むごい八つ当たりをしたけ、正直、傷ついたり、苛ついたり、鬱になったり、何回もくじけそうになって・・・」
渚が酒造や村の変革を望んだのは、今の時代では、虐待といっていい神塚家の仕打ちから、南を救いだすため。
なんとなく、察していたものを、渚の口から聞かされると、胸が絞めつけられる。
呻きを飲みこみ、横目で見やれば、懐中電灯に照らされる渚の顔はうつろに。
ついさっきまで、惚気話をするように、頬を緩めていたのが。
灯籠流しを眺めているようでいないような遠い目をして「南の死については、あの神塚家のことやから」とつづきを。
「死因は知らされんかったし、葬式も内内にやって、神塚家以外のもんは参ることができんかった。
死に顔を見れんで、きちんとお別れができんかったせいかな、現実感がないんや。
今も、まだ受けいれきれてないけ。
ほんとうは、子供のころから夢見とったように、もっと村の外にでて、商売を広げたりしたいいうに、どうしても南のことが引っかかって、一歩を踏みだせんくて。
お互い難しい立場やから、交際してても、うまくいかんで衝突することが多かったし、南の自由が利かんくて、恋人らしいこと、なんもできんかった。
今から思いかえすと、いつも、あんな憎みあうように喧嘩ばっかしとって、心から南が好きやったんかも、よお、分からん。
そんな半端な思いのまま、今生の別れをしたせいか、今一、悲しみや寂しさを覚えんのや。
それにな、神塚家が俺を放置しているのが気になる。
もしかしたら南との交際がばれたんやないかと思うんや。
なんに、南が死んだのはおまえのせいやって文句をつけてこんのは、おかしいやろ。
だまっているのは、南が生きているからやないかと。
俺との交際がばれて、もちろん許さんかった神塚家は、南が死んだことにして、完全な監禁をした。
秘儀を行う以外、一生、外にださんいう処罰をしたんやないか・・・。
やとしたら、南を助けたいと思うけど、神塚家はもともと畏れおおい存在やし、守りが鉄壁で調べようもない。
そもそも、そんな気力もなくてな。
南が亡くなったと聞いてから、胃潰瘍なって、見てのとおり身も心もどんどん衰弱していって。
病院通って、点滴打ってもらうて、どうにかこうにか酒造の仕事をしとるざまや」
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