鉄筋青春ロマンス

ルルオカ

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鉄筋青春ロマンス

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古いビルが解体されて、更地になったところにすぐに鉄筋の骨組みが設置されだした。

春に工事ははじまり、夏の初めくらいには、その全容がお目見えし、階数は十階で、前のより一回り大きな建物だ。

見上げれば、多くの従業員が鉄筋の骨組みを行き交い、怒鳴り声がしょっちゅう響き渡っていた。
日が暮れるころには、従業員の姿も声も消えるとはいえ、橙色の照明は灯されたままでいる。

下から橙の照明が当たる鉄筋の骨組みには、柱の影と明かりのコントラストが模様のようになって刻まれ幻想的に見えた。
そう見えたのは心身ともに疲弊しきっていて、逃避したい思いもあってなのかもしれない。

といって、現実に逃げこもうと思ったことはない。

敷地の前には「関係者以外立ち入り禁止」とでかでかと書かれた看板が立てかけてあったし、普段の俺ならそういった文言に逆らおうとはしない。
そう、普段の俺なら。

そのときの俺は切羽詰りすぎていて、とても看板を目にいれる暇がなかった。

後方から砂煙が立たんばかりの足音が迫っているとあっては、道を曲がる猶予も惜しく、真っ直ぐ突っ切って敷地内に踏みこんだ次第だ。

そして一番に目に飛びこんできた階段を上っていった。
鉄筋の骨組みを上り下りするのに設置された仮の階段は、簡素な作りで壁などなく吹きさらし状態だった。

おかげで駆け上る俺は丸見えで、追いかけてくる集団も階段の段の隙間からばっちり覗けたもので。

半分の五階分くらい上ったところで、いい加減体力が尽きそうになりフロアのほうに入った。
フロアのほぼ全面に床が敷かれている一方で、壁などの仕切りはなく三百六十度、柱が遮る他は外の景色が見通せた。

こうも見通しが良くては、多人数をまくことができるものかと、不安がりつつ隅のほうに行こうとして見つけた。

外に顔を向けながら、宙に足をぶら下げて鉄筋の端っこに座る背中を。

重量級のプロレスラーのような肩幅、肩の盛り上がりに背中の広さ。
頭に黒い布を巻いて、つなぎの作業服を着ているからに工事現場の従業員の一人だろう。

男が向いている反対の方向から俺が走ってきたからか、侵入者に気づいていないようで夕焼けに染まる景色を眺めている。

声をかけるべきか。
だとして、何と言うべきかと戸惑っているうちに、階段を駆け上る複数の足音が耳につきはじめ、男もさすがに振り返った。

重量級のプロレスラーのような体つきに見合った、顎鬚の似合う厳つい顔つきをして、煙草をくわえている。
工事現場のベテランといった風情を漂わせながらも、意外に顔の皺は目立たず肌に艶があって黒光りをしていた。

つい自分にはない肉体美を誇る男に見惚れたのもつかの間、「逃げんなコラ!」「逃げても無駄だ!」と連中の怒鳴り声が耳を打って、階段のほうを振り返る。
すぐに前に向き直って、隠れるところがないものかと見渡したら、立ち上がった男と目が合い、顎をしゃくられた。

男は仏頂面のまま言葉もなかったので、意味が飲みこめずに突っ立ったままでいたら、苛立しそうに歩み寄ってきて俺の腕を掴んで押した。

ぶつかりそうになった柱にしがみつき、顔を上げようとしたところで、足音と怒号がフロアに流れこんできた。

柱にしがみついたことでちょうど隠れることができ、「どこだ、おらあ!」「出てこいや、臆病者があ!」とがなりたてている連中の目に留まらないで済んだようだ。

一気にフロアに殺気が立ちこめ、俺は固唾を呑み、傍では男が煙草をポケットから出した携帯用灰皿に押しこんだ。
ポケットに携帯用灰皿をしまったころで、連中が男の存在に気がついて「あんだ、てめえ?」とわらわらと寄ってきた。

連中が男の横を通り過ぎてしまえば、俺は丸見えだ。

まだ建設中の建物とあって、今、駆け上ってきた階段以外にフロアを出入りできるところはない。
連中らの背後にその階段があるともなれば、たどりつく前に捕まってしまうのは必至。要は逃げ場がない。

果たして柱から飛びでて、フロアを走り回り連中らをかく乱できるか。

階段を押さえられたらお終いだけど、頭に血が上った連中ならうっかり階段のことを失念するかもしれない。

一か八か懸けてみるかと、柱から出ようとしたところ「犬の糞をなすりつけんじゃねえ!この糞餓鬼が!」との一喝が体を痺れさせた。
俺がつい自分の足元を見たくらいなので、柱から覗けば連中の何人かが、足を持ち上げて靴底を確認している。

男の一喝で気が削がれたのを「犬の糞がなんだってんだ!」とリーダー格の男が怒鳴り返したことで、連中らの屈めていた背筋が伸ばされた。

相手は高校生といっても多人数で皆、体格がよく凄みも堂に入っている。
それがどうしたとばかりに「これだから、頭の悪い餓鬼は嫌いなんだ」と男は忌々しそうに言った。

「『関係者以外立ち入り禁止』ってえのが目に入んなかったのか?
ろくな漢字も読めねえ、猿並の頭をしやがって。

さっさと家に帰ってママのおっぱいでも吸っとけ糞猿ども」

「ああ?立ち入り禁止つったって、看板があるだけだろうが。
看板ごときに従うほうが馬鹿だし、猿並だボケ」

「・・・・猿並なんて猿に悪いことを言ったな。

猿のほうがお前らよりよほど利口ってもんだ。
躾がまだできる猿に比べて、ほんと不良は救いようがねえ」

人を猿呼ばわりして煽りながら、呆れて物が言えないとばかりに肩を竦めてみせる男。
意外に口数が多く皮肉や嫌みを混ぜた言葉で連中を翻弄している。

話を掴めない何人かは怒るよりも、「結局、猿なのか猿ではないのか?」と聞きたそうな顔をしていたけど、さすがにリーダー格は「うっせえな!糞親父!」と噛みついた。

「てめえだって、俺らのこと言えないほど柄が悪いだろうが!」

「はあ?てめえらみたいな甘ったれて無生産にオラついた糞餓鬼と一緒にすんな。
大体、糞親父ってえのが的外れだ。

手前らの目が曇って視野が狭い証拠だな」

「糞親父が的外れだ?

お前のほうが脳みそ腐ってんじゃねえか!
若者ぶりやがってさみい!」

「非行に走っても許される時期だと勘違いをして、高をくくっているお前のほうが痛いだろ。

世の中の大人は更正ができるとか何とか言いやがるが、俺はそんなにお優しくない。
真面目な奴の足を引っ張るような奴は社会のクズだし生きる価値なんかねえよ」

「社会のクズ」「生きる価値がない」と言われては、そりゃあ黙っていられなく「うるせえ糞親父!」「ぶっ殺すぞ!」「突き落としてやる!」と連中らは血走った目をしてじりじりと寄ってくる。

男が立つのは建物の端から五歩ほど。
崖を背に血気盛んな連中に追いつめられているような状況ながら、男は澄ました表情を崩さず、逃げも後ずさりもしない。

男の動じないさまを見て思い直したのだろう、騒ぐ連中を尻目にリーダー格は落ち着き払って「おい、スマホで動画を撮れ」と指示をした。
その一言に男は眉尻を微かに跳ね、連中らは喚くのをやめて、にやけだす。

「あんたが言う社会のクズは、結構な数がいるんだよ。
そいつらに『良い人間サウンドバック見つけたww』って動画付きの情報を流したらどうなるだろうなあ?

毎日、どっかの社会のクズに痛めつけられて、仕事できなくなんじゃねえの」

男は顔色を変えなかったけど、俺は全身の血の気が引く思いがした。

単なる言葉だけの脅しではないらしく、連中の一人がスマホを掲げて、数人が鉄パイプを手に前に歩みでている。

もう十分だ。
本格的にあの人を巻きこむわけにはいかない。

連中の性質の悪さを身に染みて知っているだけに放っておけずに、柱から踏みだそうとしたら、気づいた男は目だけこちらに向け、睨みつけてきた。

「出てくるな」と目で言われたのに戸惑っているうちにも鉄パイプが迫って「反撃したいならしろよ」とリーダー格の勝ち誇った声が聞こえてくる。

「そしたら一般の奴ら向けに『未成年に手を上げた工事現場の輩』って動画を拡散してやっから。
問題なったらあんたがクビになるだけじゃねえ、現場や会社にも迷惑がかかるだろうな?」

高校生ながら脅迫の仕方に隙がない。

やっぱり俺が出ていくしかないのではないかと思いつつ、あまりに男がどこ吹く風とばかりに平然としているので迷ってしまう。

何が策があるのなら下手を打つわけにはいかない。

リーダー格も策があるか否かを疑って、慎重に揺さぶっているようだったけど、血の気の多い一人が痺れを切らして「何とか言えってんだよ!」と鉄パイプを振りかざした。




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