5 / 29
へべれけラブストーリー
しおりを挟む不運か幸運か、どちらなのか判断しかねるが、そういうのは立てつづけに起こるものだ。バズーカ砲を撃たれそうになった翌日、自転車での通学最中、いつになく爪が光るのに、たびたび余所見をしていたら、どぶに突っ込んだ。
怪我は大したことなくとも、コンクリートに擦った掌の無数の細かい傷が、とても絆創膏では間に合わずに、しかたなく保健室に向かった。煙草を吸うのが絵になっていた、おそらく、ヘビースモーカーの反骨精神あふれる保険医と、なんとなく顔を合わせたくなく、足取りは重かったとはいえ、艶のある爪を見ては、気を紛らわした。
ノックをして、扉を開けたら、「なんだ、お前か」と呆れたような顔をされただけで、煙草をすぐに灰皿に捻じ込んだし、昨日ほど威圧的な態度を見せなかった。拍子抜けするやら、昨日のように、また引っかかりを覚えるやらしつつ、掌を見せれば、まず手を洗うように指示してから、消毒し、塗り薬をつけ、ガーゼを被せ、テープで貼って、ネットまでつけてくれるなど、適切で丁寧な処置をしてくれた。
まともな対応をしてくれたからこそ、「昨日は一体?」と疑問が膨らんでいく。といって、口を挟む暇なく「他に痛いところはないか」と保険医のほうから質問攻めをされ、掌をひっくり返された。
それまで間を置かずに、話しかけていたのが、手の甲を見たとたん、息を飲んで、掴む指に力を込めた。目を見開いたまま、固まっているのを、「どうした?」と顔を覗きこんで、はっとする。
「いや、これは!」と咄嗟に、指を曲げると、保険医のほうもはっとしたように「骨は折れていなさそうだな」と手を放し、「もう、戻っていいぞ」と立ち上がった。稀な男のマニキュアとあって、見て見ぬふりをしてくれたのか。
「気遣いだけではないような・・・」と違和感を覚えながらも、自分から蒸し返すのもいやだったので、「ありがとうございます」と立ち上がり、リュックを背負う。どうしてか、保険医は傍に立ったまま、こちらを注視していたので、「まだ何か?」と聞こうとしたら「理系の棟のほう、お前の鬼門かもしれないから、あんま近づくなよ」と腰を叩かれた。
そう、どぶに落ちたのは、大学の外回りとはいえ、塀を隔てて向こうには、理系の棟があった。治療中、経緯を伝えたから、昨日の騒動と結びつけて、忠告したのだろう。
と、理解したはずが、うんともすんともなく、俺は保健室をでていった。廊下をしばし歩いて、そのうち、「よく、あんな怖そうな人に喧嘩を売るような態度を示したな!」「保健室、出入り禁止になるんじゃないか?」と震えあがったものの、どうして、突っぱねたのか、自分でも分からず。
とにかく、自転車を片そうと、建物からでたなら、出入り口付近に置きっぱになっているのに寄り、鍵を取りだそうとして「あれ?」と。ポケットが空だった。ふと、先ほど保険医に腰を叩かれたのを思い起こしたものを、頭を振って、建物内へと引き返す。
足元を注意深く見ながら、歩いていったが、見当たらなく、とうとう保健室付近まできた。近づくにつれ、足の運びが鈍くなったのは、再会が気まずいから。だけではない。
静まり返った暗い廊下に、扉の隙間から、明かりと共に、ただならぬ息遣いをはじめ、ぎしぎし、ぴちゃぴちゃといった、否応にも想像を掻き立てられる、ひそやかな響きが漏れていたからだ。「輩っぽくても、イケメンでモテそうだしな!」とすぐに察しがついて、「にしたって、女子学生に手をだしているんじゃあ」と妬ましいやら、助平な好奇心が疼くやらで、そっと隙間から覗いてみると。
ベッドの脇に腰かける相手の足の間に、しゃがんだ保険医が体をいれて、顔を埋めている。白衣やカッターシャツ、肌着を脱いで、背中を剥きだしにし、その肩に両足を乗っからせていた。
保険医の頭が揺れるたびに、水音が立って、太ももが跳ね、「は、あ、ああ」と相手は背を丸めて、熱く吐息する。相手のほうは、Tシャツと肌着をめくらせながら、白衣を着て、ズボンを脱いで素足。保険医の足元にジーンズが、無造作に放ってある。
限界が近いのか「あ、や、ああ、ん、やあ、あ!」と高く鳴きっぱなしに、保険医の頭を太ももで絞めつけ、足の指先を引きつらせる。肩を掴む指にも、力を込めて、爪を立てた。
遠目にも、その爪の表面が滑らかで、反射しているのが見える。無色透明に塗装された俺の爪と、同じきらめき。
昨日、目にした、影がかった研究室の光景が思い浮かぶ。記憶を甦らせた間もなく、「は、ああ、あ、やああ!」と甲高く叫んで、背中に爪を立てたまま、保険医の頭に額をつけるように、屈みこんだ。
荒い息や、体の痙攣がやむのを待たずして、両手首を掴んで、立ち上がった保険医は、倒れそうな相手を引っ張りつつ、口づけを落とした。精液に濡れた唇は、触れただけで、ねちっこい水音が立つ。
嫌がってか、顔を逸らしたのに、無理強いはしないで、耳に口を寄せて告げた。
「俺のため以外に、マニキュアを塗るんじゃねえよ」
囁きにしては、潜ませるようではなく、しっかりと俺の耳にも届いた声量。窓側でなく、廊下側に横顔を向けたのは、わざとなのだろうか。
下ろした瞼が、開ききって、にわかに、こちらに焦点を合わせたようで。次の瞬間、廊下を走りだしたから、気づいて追っぱらおうとしたのか、はじめから見せつけて威嚇したのか、分からなかった。
0
あなたにおすすめの小説
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。
もう観念しなよ、呆れた顔の彼に諦めの悪い僕は財布の3万円を机の上に置いた
谷地
BL
お昼寝コース(※2時間)8000円。
就寝コースは、8時間/1万5千円・10時間/2万円・12時間/3万円~お選びいただけます。
お好みのキャストを選んで御予約下さい。はじめてに限り2000円値引きキャンペーン実施中!
液晶の中で光るポップなフォントは安っぽくぴかぴかと光っていた。
完結しました *・゚
2025.5.10 少し修正しました。
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
残念でした。悪役令嬢です【BL】
渡辺 佐倉
BL
転生ものBL
この世界には前世の記憶を持った人間がたまにいる。
主人公の蒼士もその一人だ。
日々愛を囁いてくる男も同じ前世の記憶があるらしい。
だけど……。
同じ記憶があると言っても蒼士の前世は悪役令嬢だった。
エブリスタにも同じ内容で掲載中です。
思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?
【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~
上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。
ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。
「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」
そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。
完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか?
初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる