スキャンダラスで破滅的な恋を

ルルオカ

文字の大きさ
35 / 36
ぐうたらで享楽的な恋を

吉谷のぐうたらな生活②

しおりを挟む







目覚めたら、部屋は朱色に染められ、窓からは「蛍の光」の電子音が流れていた。

寝起きで呆けることしばし、「やばい!銭湯が!」ととたんに起き上がったものを、「あれ?」と置時計を見やる。
一日の半分以上が過ぎて今更、銭湯が休みの曜日なのを知り、ため息を吐いて、また畳に寝ころがった。

俳優業をこなすこと二十年。

二年先くらいまでスケジュールが埋まっているのは当たり前で、その予定を念頭にしないで、衝動的にセックスするなんてことは、一度もなかった。
それが今や、随分、ぐうたらな心と享楽的な体になったものだけど、大川曰く「世のぐうたらの基準を舐めている」とのこと。

大スキャンダルを巻き起こし、失踪して、下町の住宅街に身を潜め生活をするようになって三か月。

人生初めてバイト志願の電話をして、十秒も経たず素性がばれたのに、すっかり腰を引けたものの、今は正式雇用でないにしろ、お手伝いのようなことをしていた。
劇団「凡人」の事務仕事だ。

劇団「凡人」の団長とは十年来のつきあいがある。
きっかけを作ったのは団長のほうで、僕が立つ舞台公演を、たまたま観にきて、その数日後、事務所に手紙を送ってくれた。

手紙には、舞台の感想や評価はなく、「どうして、この仕草をしたのか」「ここの演出を、どこまで自分で考えたのか」「この台詞は、台本通りなのか」と質問が畳みかけられていた。

その返答をたしなめ返信したら、また手紙が寄こされ、謝意を述べるとともに、お礼として劇団のチケットが添えられていた。
早速、足を運んだ僕は、観賞後、やっぱり質問攻めの手紙を劇団に送った。

それからというもの、親交を深めたというより、舞台に関する質疑応答のやり取りをしつづけて十年。

失踪前後は、文通を絶っていたはずが、下町感あふれる木造アパートに住みはじめ、少しして、団長が訪問してきた。
団員の一人が、近くに住んでいるらしく、目撃情報を団長だけに耳打ちしたのだとか。

まともに顔を合わせるのも、プライベートな言葉を交わすのも、文通すること十年を経て初めてだったものを、久しく会った叔父甥のように、適度な距離感で打ちとけられた。
そのせいか、普段、あまり、愚痴っぽく内情を明かさないところ、「バイトで本名を名乗ってしまって」と口を滑らせてしまい。

自立して働く人で構成される「凡人」を運営する相手に、要らぬ口を利いたと、すぐにはっとして、謝ろうとしたら、見越してか、団長は首を振り、気分を害したようでもなく、ある提案をしてきた。

「ちょうど、今、劇団の事務員が辞めたばかりで、困っている」と。

「別に、ずっといてもいいし、すぐにやめてもいいから」と至れり尽くせりな条件で誘ってくれたからに、本当は人手不足で困ってはなく、恩情をかけたのかもしれない。

と思いつつも、考えなしに、一か月分の生活費くらいしか携えず、木造アパートにころがりこんだ僕に、「そんな」とかまととぶる余裕はなかった。

六畳一間の部屋に住み、生活に必要ない以外、さほど浪費しないとあって、事務員として働くだけで、なんとか一人で食っていけた。
が、復帰を目指し活動しつつ、たまに僕に会いきていた犬飼君が、もぐりこんだ布団からでてこなくなってしまい、そうもいかなくなった。

翌日、ラジオを聞いていて、犬飼君の事務所が、週刊誌と情報を提供した女性に訴訟を起こしたのを知った。

詳しくは分からないけど、似たトラブルに巻きこまれた、僕の知人がそうだったように、「裁判が終わるまで、どんな些細なことでも、不利に働く場合があるから、じっとしてろ」とおそらく弁護士と事務所に指示されたのだと思う。

身の程を弁え、忠告に従いつつも、積極的で行動派の彼なので、居ても立っても居られないのだろうと、察しられた。
ので、すこしでも気が紛れるよう、犬飼君を同居人として扱わず、ペットとして飼いはじめた。

「飼う」となれば、無一文で跳びこんできた迷い犬から、生活費の徴収をするわけにいかず、全面的に養わなければならない。

といって、バイトをしようにも「面接で素性がばれそうだしなあ」と悩んでいたところ、同アパートの住人で親交のある芳江さんに「銭湯の親父さんが倒れたらしいわよ。で、今日は休みだって」とさらに踏んだり蹴ったりな情報がもたらされた。

風呂なしアパートで、たまにセックスもするとなれば、近くの銭湯を利用できくなるのは死活問題。
下町生活に慣れて、すっかり銭湯愛好家になったこともあり、心のダメージもすさまじかった。

「休みっていつまで・・・?」とおそるおそる聞いてみると、「親父さんが薪割って、ボイラーの管理してたからねえ。そう、すぐには代わりは」とまったく、見通しが立っていなさそう。

「なんてこった」と肩を落としかけ、でも、すぐにはっとして「あ、あの、同居人が資格を持っているし、経験もあるんですよ!」と前のめりに訴えかけた。

ドラマ共演時、二人で談笑したのを思い起こしたのだ。

まだ、ぴちぴちのプードル系男子だった犬飼君は「これまで、どんな端役でも、一からなりきって演じてきたんです」と胸を叩き、例として、ボイラーを扱う役を担ったときは、資格をとり、研修までしたと教えてくれた。

風呂なし家が多い町の危機を救う、おあつらえ向きな人材が、時機良くして、よくもまあ身近にいたものだけど、犬飼君の素性を正されては、困るところ。
婦人会のボスであり、町の顔利きの芳江さんが、「まあ!ちょうどいい!もし、あの子がいいっていうんなら、早速!」と手を叩いてはしゃいだことから、ノー問題になった。

犬飼君は、芳江さんと顔見知りで、でくわせば会釈するも、まともに会話したことがない。
僕もあらためて紹介せずにいて、芳江さんが、どう捉えているのか知れなかったものを、僕らを銭湯に紹介するのを、躊躇わなかった。

もちろん、今は忠犬の犬飼君は、僕の頼みを断るわけがなく。

翌日から、銭湯の親父さんの指示を電話で受けながら、作業しだした犬飼君は、合間に薪を割りつつ、ボイラーの調節をこなしていった。
僕もまた、事務員の仕事を終えたなら、遅れて銭湯に赴き、女将さんの手伝いをした。

女将さんが女湯の見回りや掃除をしている間は、僕が受付に座り、僕が男湯の見回りと掃除をしている間は、女将さんが受付をと、かわりばんこに席を立つ。

他に男手が必要な作業に駆りだされたり、たまに犬飼君を窺いにいき、湯加減とボイラーの調子との情報交換をして、差し入れのスポーツドリンクとアイスを、しばしの休憩に、肩を並べ口に含んだ。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

初恋の実が落ちたら

ゆれ
BL
オメガバースの存在する世界。スキャンダルが原因でアイドルを辞め、ついでに何故かヒートも止まって、今は社会人として元気に働く千鶴。お相手である獅勇は何事もなかったかのように活動を続けており、いちファンとしてそれを遠くから見守っていた。そしておなじグループで活動する月翔もまた新しい運命と出会い、虎次と慶はすぐ傍にあった奇跡に気づく。第二性に振り回されながらも幸せを模索する彼らの三つの物語。※さまざまな設定が出てきますがこの話はそうという程度に捉えていただけると嬉しいです。他サイトにも投稿済。

処理中です...