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小さな恋のメロディなんて知らない
しおりを挟むめずらしく雪がちらついていた。
目の前で雪を見るのは何年ぶりだろうと考える。
その時もアイツはアタシと暮らしていた。
まだ十年は経っていないが五年はすぎているのだなぁ、なんて少し感傷的になる。
高校を出て、進学はしなかった。なぜ進学しなかったかなんて忘れてしまった。
あまり頭は良くないほうだ。かといってスポーツも得意ではない。自分で言うのもなんだが容姿だけはとびきり良い。
その容姿の良さも、子供の頃は助けになったが、中学も二年ぐらいになると災いすることの方が多くなる。
暮らしていた地域の問題でもあるのだろうけれど、あまり育ちのよろしくないお兄さんたちに交際を迫られる…いや交際を強要させられる。断ると面倒なので付き合う。すると、そいつの兄貴分に目をつけられる。また、交際を迫られる。が繰り返されるのである。
そんな負の連鎖も強面の姐さんと親しくなったことがきっかけでプツンと断ち切られた。
男なんて、懲り懲りだと思っていたのだが、どういうわけか幼馴染と付き合い結婚するのだが、その幼馴染のバンド時代の友人に見染められ、その熱意にアタシも感染してしまったのか家を飛び出し離婚をする。
そしてアタシはアイツと暮らしている。おそらく六年ぐらいは一緒にいる。
アイツは美形で王子様のような顔をしているが、無骨で不器用で無口な漢という感じの無頼漢。いや無頼漢を装ったマザコン野郎である。アイツは避妊具をつけてくれない。つけると立たないとか言われ泣きつかれる。おかげで二度も堕胎させられた。1度目はアイツも漢だ!責任をとって席を入れて真っ当な生き方をしてくれるのでは、なんて淡い期待をした。そんなアタシが甘かったと痛感させられる毎日は続くのである。
アタシはまともに働いたことがない。昔は男たちが小遣いをくれたが、アイツは稼ぎが少なく芸人気取りで金にもならない事をやっているので、今は親に小遣いをせびっている。
駅をでて部屋に帰ろうと思ったのだが、寒い!あまりにも寒い!昨晩は高校時代の友人の紗栄子の家に泊めてもらった。昨日は比較的暖かかったのでコートを持っていかなかったのである。
「寒い!死ぬ」と小さな声でぶつぶつと呟きながら歩く。ショッピングモールがあるのでアタシは迷う事なく、ショッピングモールにはいり暖をとる。暖かい!もう少し体を温めたら、部屋に戻って熱いシャワーを浴びよう。なんて考えながら店内を見て歩く。
昨日は紗栄子の出産祝いを持っていったのだ。紗栄子の旦那は、ウチのアイツの仲の良い友人だった。その旦那は数年前までは最悪のやつだった。酒癖も女癖も悪いし、よくワケのわからない理由で暴れる!アタシは紗栄子が結婚をすると言い出したときは、コイツ正気か!と思ったのだが、あの旦那が子供ができたと知ってから別人のように働き出したと聞いて驚いたし、少し旦那くんを見直した。
アタシは紗栄子が羨ましかった。
店内はバレンタインデーの装飾で、これでもかという程にハートで溢れていた。アタシはアイツのことが好きなはずだ。いや好きなんだ…確かに好きなのである。でも今は不安ばかりよぎる。自分の年齢、美貌の衰え、財布の中身、アイツの気持ち。
時間とともにアタシのハートも冷たく冷えていったのかも…
アイツの略奪愛は迷惑ではあったが、それよりも嬉しかった。あのときアイツは大学生で将来に何の保証もなかった。それでもアタシという女を連れ去りたいという子供じみた感情だとは思ったのだが、やはり嬉しかった。アイツは映画が好きで自分たちを『小さな恋のメロディ』という映画にたとえて浮かれていた。
そうアイツの幼さも可愛いと思った。いや今だって思っている……はずだ…
店内を見てまわる。以前はあったブランド店がほとんどなくなっていた。そんなご時世なのだと感じる。
可愛い雑貨店があったので小物を見る。アイツはそんなものには興味がないが、買い与えるとたまに喜ぶ。小物の値段を見て自分の財布の中身を思い出す。そんなご時世なのだと感じる。
店を出てまたモール内をうろうろと歩く。このショッピングモールの上に映画館があったことを思い出す。最近は映画も見ていない、アタシは小劇場で公開されているような映画が好きなのだが、ここのシネコンでは、いまどんなものが公開されているのかポスターを見たが興味が持てなかった。
店内はハートで溢れている。アイツにチョコレートでも買ってやろうかと思ったが、アイツは甘いものを食べない。チビチビと舐めるようにいつまでも酒を飲んでいるようなヤツで、酒盗や蟹味噌なんかの瓶に詰まったアテが好きだ。だが、バレンタインデーに酒のアテというのは、何かアタシの中で許せないものがあった。
食品コーナーを見てまわる。刺身も喜びそうだが違う気がした。まあ妥当なものでいいかとチョコレート売り場に足が向く。ゴディバか妥当である!だが、アイツがステレオタイプの選択だと嘲笑いそうな気がしてやめた。財布的にもこんなご時世ということもあり、菓子売り場を見てまわる。
ん!これだ。こんなご時世にピッタリでアイツも喜びそうなものを見つけた。
レジで支払いを済まし店の外に出る。駅を降りた時よりも少し気温が上がったような気がする。さあ、帰ってシャワーを浴びたら、アイツが帰るまでに晩御飯でも作ろうと思い、冷蔵庫に何が残っていたかを思い出そうとするが思い出せない。まあいい、あるもので多分なんとかなる。なんとかして見せようホトトギス!
アパートの近くまで戻ると、近所の安売りスーパーが空いていた。ホトトギスとは言ったものの冷蔵庫がストライキを起こしていると大変なことになるので、しばしスーパーの前で考える。
よくよく考えると冷蔵庫と洗濯機が第三次世界大戦を開演し、食材が阿鼻叫喚のパーティー状態になっていては眼も当てられない、というワケのわからない理由で、自己正当化をしてスーパーで玉子と豚バラを買う。
郵便受けかをチェックするが不要なものしかなかったが、ゴミとして処分するために食材を入れたエコバッグの中に入れて、自分たちの暮らす二階の部屋に階段で上がる。
鍵を開けて部屋に入ると黒猫のシュバちゃんがミャアと出迎えてくれる。
「にゃにゃにゃ、どちたのシュバちゃん」とアタシは猫を見ると、なぜだか猫撫で声になる。
シュバちゃんは、飼えなくなったというクソみたいな理由で愛猫を手放すようなクズみたいな友人から、もらい受けた猫で、本当の名前はツェラーシュバルツカッツェレゼルヴェというらしいのだが、そんな長ったらしい名前で読んだこともないし、呼ぶ気もないのでシュバちゃんと呼んでいる。本人も自分はシュバちゃんだと理解しているようなので問題はない。
それよりアタシは玄関に問題を見つけた。見覚えのあるゴスロリがはきそうなエナメルのシューズと仕事に行っているはずのアイツの靴が仲良く並んで置いてあった。
「またか!」アタシは小さく呟くとエコバッグから卵を取り出し四つ並んだ靴に一個づつ卵を割って入れてから豚バラも添えておく。
アタシが入ると寝室にしている奥の部屋は、真っ暗にしてブラックライトがつけてあった。そしてアタシの嫌いな葉っぱの匂いがした。アタシが部屋に戻ってきたことを知ってか知らずか、二人は仲睦まじく男女の営みを続け獣のような声を出していた。アタシが百歩譲って浮気を許せたとしても、この女の顔が許せないのだ。
だって、この女はブスなのだ!こんなに火の打ち所のない綺麗なアタシと、家畜以下の顔面偏差値を対等に扱うこと自体が、人類への冒涜だと世界中の校長先生は朝礼で語るはずだ。
アタシはタンスからお気に入りのコートとマフラーを引っ張り出すと、
「お邪魔しました」と嫌味なほどの笑声で言って部屋を出た。
残りの卵は全部アイツらのいる部屋のドアに投げつけて、空になったエコバッグにシュバちゃんを入れる。
この部屋の鍵はアイツの靴の中に入れた。バラ肉の上に置いておいた。こうすればアイツも靴と一緒に美味しく鍵を食べる事ができるだろう。でも、あんなブスと一緒になるほど落ちぶれてしまったアイツは、今はもう靴なんか食べれないよと、世界中の校長先生がアタシにエールを送っているように思おうホトトギス。
アタシは駅のホームで電車を待っている。実家に帰ろう、他に行くあてもない。
きっと父さんも母さんも喜んでくれるだろう。なんせ自慢の放蕩娘なのだから、文無しで着る身気のままで帰って参りましたと言ったら、全米も泣くだろう!お供の猫だっている!
「ご立派になられて!」と町中のホトトギスも称賛してくれるだろう。
なんて、馬鹿な妄想をしていたら電車がやってきた。エコバッグの中でシュバちゃんがニョオと鳴く。アタシは少し尿をだしたいが、ホトトギスは鳴かなかったホトトギス。
コートのポケットを探ると、ブラックビターの板チョコが出て来た。
「あれ?」アタシは昨日から着ているジャケットのポケットを探る。さっきショッピングモールで買ったブラックビターの板チョコが出てきた。
そうだ去年のバレンタインも同じものを買ってアイツに渡せなかったんだ。
死ぬまでに一度ぐらいは『小さな恋のメロディ』を観てみようと思う。
「でも、多分忘れちゃうんだろうな」なんだか笑いが込み上げてきた。
アタシの頭の中にアイツがよく聞いていたビージーズのメロディフェアが流れる。
泣き顔のあの子は誰?
無数の標識に迷いながら
彼女は知ってる
人生は走り続けるレースだと
彼女の顔にシワは似合わない
美しいメロディ
髪を梳かしてごらん
君も綺麗になれるから
素敵なメロディ
覚えていて 君も一人の女性なんだよ
可愛いメロディ
覚えていて 君も一人の女の子なんだよ
窓辺のあの子は誰?
雨が降るのを見ている
メロディ 人生は雨みたいじゃない
メリーゴーランドみたいなものさ
美しいメロディ
髪を梳かしてごらん
君も綺麗になれるから
素敵なメロディ
覚えていて 君も一人の女性なんだよ
可愛いメロディ
覚えていて 君も一人の女の子なんだよ
泣き顔のあの子は誰?
無数の標識に迷いながら
彼女は知ってる
人生は走り続けるレースだと
彼女の顔にシワは似合わない
美しいメロディ
髪を梳かしてごらん
君も綺麗になれるから
素敵なメロディ
覚えていて 君も一人の女性なんだよ
可愛いメロディ
覚えていて 君も一人の女の子なんだよ
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