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鬼が嘲りし時優劣崩壊す
悪鬼と式鬼の死闘⑤
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胸に刺さる宝剣を見て魄は目を見開く。数秒経過して宝剣が形代へ戻ったが、体の内側にこもる咲紅の力により耐えがたい痛みが襲ってきて、血反吐を吐いて魄は地面に倒れる。
雪絵から悲鳴があがり、魁が驚いたように目を見開いて固まった。
「かはっ! ごほ、ごほ」
魄は刺された胸を押さえる。細く短い剣だったので傷口は狭く出血は止まったが、胸骨が砕けて左肺が損傷したため呼吸が難しい。それでも致命傷は免れた。鷹尾の呼びかけで咄嗟に体をずらしたから心臓の損傷は免れた。魄は危なかったと冷や汗をかく。
妖魔や瘴気で負った怪我は時間が経てば治るので脳以外なら完治できる。
しかし強い聖力など魔を滅ぼす力は、先祖返りしている魄には猛毒だ。構造から破壊されるため修復が遅くなる。心臓に当たれば命を落とす危険性があった。
咲紅は陰陽師としては力が殆どない下位ランクであるが、その一撃は妖魔を滅ぼすことができる。と身をもって体験してしまった。
「よりによって……」
倒れた魄を冷たい眼差しで見下ろしながら、咲紅は形代を手にする。目が合うと、魄はゾッと背筋を凍らせた。このままではトドメを刺されると恐怖する。止めてほしくて咄嗟に左手を伸ばした。
「さく……ら、ねぇ……さ、ん、ま……まって」
「魄ちゃんの姿で……魁を手にかけて……許せない」
咲紅は近くにあった15センチほどの石を持ちあげた。石で魄の頭を割るつもりのようだ。魄は「ひぇ」と声を上げて、真っ青な顔になって逃げようと這った。咲紅はすぐに魄の背中の上に立つと腕を振りかぶった。
「ちょ、まってー!」
魄は両手で頭を守ると、衝撃に備えて歯を食いしばる。
「これでもくら……」
「魄になにしやがるっ!」
鷹尾が宝棒で咲紅の側頭部を殴った。彼女の頭部から黒い靄が立ち上ると霧散する。
ゴォン。と骨を叩く音が耳に聞こえて、殴られた衝撃で咲紅は横に吹っ飛んだ。彼女の持っていた石が落ちて、魄の右肘に当たった。魄は「うっ」と痛みに呻いた。
「い、いた、いった!」
咲紅が殴られた箇所を手で押さえながら丸まって痛みに呻く。血は出ていないが患部がゆっくりと腫れてくる。
鷹尾は怒りで血走った眼をむけて怒鳴った。
「よりによって宝剣で刺すなんて何考えてんだこの馬鹿! 魄が死んだらぜってー呪い殺すからな!」
咲紅めがけてペッと唾を吐く。唾は適当な空間に落ちて誰も汚れなかった。
鷹尾はすぐにしゃがみ込み魄の体を起こす。左胸の傷をみて痛々しそうに表情を歪めた。
「おい! 生きてるか!?」
「ギリギリ生きてまーす」
魄は苦笑しながら小さく手を上げる。鷹尾が「よかった」とほっとして笑みを浮かべた。しかしすぐに引き締める。
「損傷の具合は?」
「片肺潰れただけで死にはしないよ。でも完治は少しかかるー」
鷹尾は形代をぺたりと魄の額に張り付ける。聖なる力による浸食を中和することはできないが、多少なりとも治癒速度を速めることができる。
「回生起死 延命息災 急急如律令」
形代がボロボロになり地面に散らばると、魄は自分で上半身を起こした。にこっと笑うと「ありがとう」と礼を述べる。
「さてと。鬼門を閉めないといけないけども」
魄はチラッと魁と雪絵を盗み見する。咲紅の凶行を目の当たりにして、二人ともショックを受けたように固まっていた。初心者あるある。と魄は苦笑する。
「……まだあの二人は使い物にならないみたいだね」
鷹尾は頷こうとしたが、咲紅が動いたので警戒を強めた。先ほどの一撃で正気に戻したはずだが、話をするまでわからない。すぐに九字切りができるよう刀印に構える。洗脳が解けていなければ手足どっちか吹き飛ばすつもりでいた。
「……いたた」
咲紅が上半身を起こして、片膝をついている鷹尾と、彼に抱きしめられるように支えられている魄をみて、きょとんとしながら瞬きを繰り返す。
「……鷹尾くんと魄ちゃん?」
首を傾げようと頭を動かしたら、「いた!」と声を上げて押さえた。ズキズキとした痛みはあるが、思考がクリアになってきた。前後の記憶がないことに気づいて周囲を見渡す。ここは艮の鬼門の場所で、向こう側に魁と雪絵が抱き合っている姿も確認できた。
「あれ……ここは艮の鬼門じゃ。えー? なんでここに? 私は庭にいたはず……」
そして小瓶を思い出す。ヒビが入って妖気が溢れてきたところが過ると、咲紅は切羽詰まったような表情になり、鷹尾に警告をした。
「鷹尾君! 庭にあった小瓶から妖気がでてたわ! なにか変なものが封印されてて……」
「知ってる。そいつが艮の鬼門を少し開けた」
洗脳が解けたと判断して、鷹尾が刀印の構えを解いた。
「そーなの? とってもマズイわね。じゃぁ。お父さんは何をやってるの? ここには来ていないけど」
「割愛するけど、大怪我して叔父さんは戦線離脱してる」
咲紅が「え!?」と驚いた声を上げた。一瞬不安そうな表情をするものの、魁を一瞥して目をキラキラとさせる。
「だから魁が頑張ってるのね! たしか二人で一緒に戦うのは初めてのはず。雪絵は使えてる? あまり実戦経験ないから怯えて足を引っ張ってるんじゃないかしら?」
他人事のような咲紅の態度をみて、鷹尾は額に青筋が浮かばせながら辛うじて笑顔を浮かべた。
「二人とも滅茶苦茶使えねぇぞ」
「えええ、そんなことは……そうよ。魄ちゃんだってすごい怪我をしているじゃない。相手が強かったってことで」
鷹尾はグッと魄の肩に力を入れる。彼が怒ったと分かった魄が「咲紅さんは記憶が」とフォローするが、記憶がなくてもやったことは消えない。
「魄の怪我はあんたのせいだろうが! 羅刹に取り込まれた咲紅姉貴が宝剣で魄を刺したんだよ! ほんっと、元に戻ってよかったな! このまま洗脳解けてなくて足引っ張るようだったら手足吹っ飛ばしてた! 相手が強いんじゃなくて足手まといが多いんだよ! 魄の負担すっげぇかかってるんだからな!」
「どうどう! どうどう! 鷹尾! 落ち着いて!」
宝棒をブンブン振り回しながら立ち上がろうとするので、魄は鷹尾の胴体にしがみついて動きを止めた。ズキズキと痛むが気にしていられない。手を離すと走って行って咲紅をどつきまわすはずだ。
咲紅が突然切れた鷹尾をまじまじと見つめながら、「え?」と声を出す。
「魄ちゃんのその怪我……私のせい? 私が……?」
信じられないといった面持ちで、魄に視線を向ける。魄は頷きながら苦笑いを浮かべた。
「気にしないで! 洗脳されてたの知ってたのに油断したの私だから! っていうか、鷹尾! 落ち着いてよまだ門が閉まってないんだからあああああ! あっちに集中してえええええ!」
ぴたり、と鷹尾が動きを止める。ちらっと腹を見ると魄の頭部が見えたので、左手で撫でまわした。わしゃわしゃと撫で回されて髪が乱れるが、これは落ち着くための行動だと分かっているので止めない。むしろこれで咲紅のボコボコ回避になるならと喜んで受け入れた。
ぴたり、と手が止まったので、魄は見上げた。機嫌治ったかなと期待したが、鷹尾は艮の鬼門に振り返って、嫌そうに眉をひそめていた。更に「……ヤバイ」と小さく声を漏らす。
魄が艮の鬼門を見ると、門からいくつもの黒い鬼の指が見えていた。ギ、ギ、ギ、と建付けの悪いドアを開くような音がする。
魄は鷹尾の胴から手を離してゆっくりと立ち上がった。
「ほんとだ。あれはヤバイね」
雪絵から悲鳴があがり、魁が驚いたように目を見開いて固まった。
「かはっ! ごほ、ごほ」
魄は刺された胸を押さえる。細く短い剣だったので傷口は狭く出血は止まったが、胸骨が砕けて左肺が損傷したため呼吸が難しい。それでも致命傷は免れた。鷹尾の呼びかけで咄嗟に体をずらしたから心臓の損傷は免れた。魄は危なかったと冷や汗をかく。
妖魔や瘴気で負った怪我は時間が経てば治るので脳以外なら完治できる。
しかし強い聖力など魔を滅ぼす力は、先祖返りしている魄には猛毒だ。構造から破壊されるため修復が遅くなる。心臓に当たれば命を落とす危険性があった。
咲紅は陰陽師としては力が殆どない下位ランクであるが、その一撃は妖魔を滅ぼすことができる。と身をもって体験してしまった。
「よりによって……」
倒れた魄を冷たい眼差しで見下ろしながら、咲紅は形代を手にする。目が合うと、魄はゾッと背筋を凍らせた。このままではトドメを刺されると恐怖する。止めてほしくて咄嗟に左手を伸ばした。
「さく……ら、ねぇ……さ、ん、ま……まって」
「魄ちゃんの姿で……魁を手にかけて……許せない」
咲紅は近くにあった15センチほどの石を持ちあげた。石で魄の頭を割るつもりのようだ。魄は「ひぇ」と声を上げて、真っ青な顔になって逃げようと這った。咲紅はすぐに魄の背中の上に立つと腕を振りかぶった。
「ちょ、まってー!」
魄は両手で頭を守ると、衝撃に備えて歯を食いしばる。
「これでもくら……」
「魄になにしやがるっ!」
鷹尾が宝棒で咲紅の側頭部を殴った。彼女の頭部から黒い靄が立ち上ると霧散する。
ゴォン。と骨を叩く音が耳に聞こえて、殴られた衝撃で咲紅は横に吹っ飛んだ。彼女の持っていた石が落ちて、魄の右肘に当たった。魄は「うっ」と痛みに呻いた。
「い、いた、いった!」
咲紅が殴られた箇所を手で押さえながら丸まって痛みに呻く。血は出ていないが患部がゆっくりと腫れてくる。
鷹尾は怒りで血走った眼をむけて怒鳴った。
「よりによって宝剣で刺すなんて何考えてんだこの馬鹿! 魄が死んだらぜってー呪い殺すからな!」
咲紅めがけてペッと唾を吐く。唾は適当な空間に落ちて誰も汚れなかった。
鷹尾はすぐにしゃがみ込み魄の体を起こす。左胸の傷をみて痛々しそうに表情を歪めた。
「おい! 生きてるか!?」
「ギリギリ生きてまーす」
魄は苦笑しながら小さく手を上げる。鷹尾が「よかった」とほっとして笑みを浮かべた。しかしすぐに引き締める。
「損傷の具合は?」
「片肺潰れただけで死にはしないよ。でも完治は少しかかるー」
鷹尾は形代をぺたりと魄の額に張り付ける。聖なる力による浸食を中和することはできないが、多少なりとも治癒速度を速めることができる。
「回生起死 延命息災 急急如律令」
形代がボロボロになり地面に散らばると、魄は自分で上半身を起こした。にこっと笑うと「ありがとう」と礼を述べる。
「さてと。鬼門を閉めないといけないけども」
魄はチラッと魁と雪絵を盗み見する。咲紅の凶行を目の当たりにして、二人ともショックを受けたように固まっていた。初心者あるある。と魄は苦笑する。
「……まだあの二人は使い物にならないみたいだね」
鷹尾は頷こうとしたが、咲紅が動いたので警戒を強めた。先ほどの一撃で正気に戻したはずだが、話をするまでわからない。すぐに九字切りができるよう刀印に構える。洗脳が解けていなければ手足どっちか吹き飛ばすつもりでいた。
「……いたた」
咲紅が上半身を起こして、片膝をついている鷹尾と、彼に抱きしめられるように支えられている魄をみて、きょとんとしながら瞬きを繰り返す。
「……鷹尾くんと魄ちゃん?」
首を傾げようと頭を動かしたら、「いた!」と声を上げて押さえた。ズキズキとした痛みはあるが、思考がクリアになってきた。前後の記憶がないことに気づいて周囲を見渡す。ここは艮の鬼門の場所で、向こう側に魁と雪絵が抱き合っている姿も確認できた。
「あれ……ここは艮の鬼門じゃ。えー? なんでここに? 私は庭にいたはず……」
そして小瓶を思い出す。ヒビが入って妖気が溢れてきたところが過ると、咲紅は切羽詰まったような表情になり、鷹尾に警告をした。
「鷹尾君! 庭にあった小瓶から妖気がでてたわ! なにか変なものが封印されてて……」
「知ってる。そいつが艮の鬼門を少し開けた」
洗脳が解けたと判断して、鷹尾が刀印の構えを解いた。
「そーなの? とってもマズイわね。じゃぁ。お父さんは何をやってるの? ここには来ていないけど」
「割愛するけど、大怪我して叔父さんは戦線離脱してる」
咲紅が「え!?」と驚いた声を上げた。一瞬不安そうな表情をするものの、魁を一瞥して目をキラキラとさせる。
「だから魁が頑張ってるのね! たしか二人で一緒に戦うのは初めてのはず。雪絵は使えてる? あまり実戦経験ないから怯えて足を引っ張ってるんじゃないかしら?」
他人事のような咲紅の態度をみて、鷹尾は額に青筋が浮かばせながら辛うじて笑顔を浮かべた。
「二人とも滅茶苦茶使えねぇぞ」
「えええ、そんなことは……そうよ。魄ちゃんだってすごい怪我をしているじゃない。相手が強かったってことで」
鷹尾はグッと魄の肩に力を入れる。彼が怒ったと分かった魄が「咲紅さんは記憶が」とフォローするが、記憶がなくてもやったことは消えない。
「魄の怪我はあんたのせいだろうが! 羅刹に取り込まれた咲紅姉貴が宝剣で魄を刺したんだよ! ほんっと、元に戻ってよかったな! このまま洗脳解けてなくて足引っ張るようだったら手足吹っ飛ばしてた! 相手が強いんじゃなくて足手まといが多いんだよ! 魄の負担すっげぇかかってるんだからな!」
「どうどう! どうどう! 鷹尾! 落ち着いて!」
宝棒をブンブン振り回しながら立ち上がろうとするので、魄は鷹尾の胴体にしがみついて動きを止めた。ズキズキと痛むが気にしていられない。手を離すと走って行って咲紅をどつきまわすはずだ。
咲紅が突然切れた鷹尾をまじまじと見つめながら、「え?」と声を出す。
「魄ちゃんのその怪我……私のせい? 私が……?」
信じられないといった面持ちで、魄に視線を向ける。魄は頷きながら苦笑いを浮かべた。
「気にしないで! 洗脳されてたの知ってたのに油断したの私だから! っていうか、鷹尾! 落ち着いてよまだ門が閉まってないんだからあああああ! あっちに集中してえええええ!」
ぴたり、と鷹尾が動きを止める。ちらっと腹を見ると魄の頭部が見えたので、左手で撫でまわした。わしゃわしゃと撫で回されて髪が乱れるが、これは落ち着くための行動だと分かっているので止めない。むしろこれで咲紅のボコボコ回避になるならと喜んで受け入れた。
ぴたり、と手が止まったので、魄は見上げた。機嫌治ったかなと期待したが、鷹尾は艮の鬼門に振り返って、嫌そうに眉をひそめていた。更に「……ヤバイ」と小さく声を漏らす。
魄が艮の鬼門を見ると、門からいくつもの黒い鬼の指が見えていた。ギ、ギ、ギ、と建付けの悪いドアを開くような音がする。
魄は鷹尾の胴から手を離してゆっくりと立ち上がった。
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