丘の上の嘆き岩

森羅秋

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望んだ奇跡

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 フェールはいつもの時間に目を覚ます。

 カーテンを開くと、丘の下から日の光が昇り、夜空を明るく染めていた。
 それをぼんやり眺めながら、パンの仕込みをしなきゃと思いベッドから起き上がる。

 誰もない一人っきりの孤児院。
 静寂に包まれている通路に、ペタペタと足音が響いた。

 嘆き岩が消えた日から、静かな夜を取り戻した。
 数日前の出来事になるが、未だに信じられないでいる。
 何もかも夢であったように思えるが、何もかも現実だった。

 「ほんと。夢か現実かわからないわ」

 フェールは自作のネックレスを握りしめる。
 木の蔓で編まれたロケットペンダントネックレスの中に納めているものを手のひらに取りだす。
 指の爪サイズの大きな青紫の鱗が光を浴びて輝いた。

 そう、セルジオが使っていたクッションについていた、彼の鱗だ。
 夢ではないよと言わんばかりに存在している置き土産。

 これを糧に独りを耐えるフェール。
 今日も町に売りに行くパンを練る。
 いつもと同じ日が始まる。

 「あれ?」

 孤児院の入り口から人の声が聞こえた気がして、フェールはかまどから顔をあげた。
 誰か来たのかも? と入り口へ移動する。

 ドアを開けて、フェールは瞬きを繰り返した。

 50代くらいの背の低い女性が立っている。白いブラウスと茶色いロングスカートを着ていて、風になびいたスカートがふんわり揺れていた。
 セピア色をした髪が一つにくくられて肩から伸びている。
 頬や目じりの皺が深くなっているが、セピア色の目が懐かしそうにフェールを見つめていた。

 顔色が悪く、やせ細っているが、間違いなくシスターだった。

 「おか、あさん?」

 恐る恐る呼びかけると、シスターは目に涙を浮かべながら頷いた。

 フェールは己の目を疑い、乱暴にこすってみるが、夢ではない。幻でもない。シスターが戻ってきたのだ。心待ちにしていた人との再会が、目の前にあった。

 「え? ほ、ほんとうに?」

 フェールはゆっくりとシスターに歩み寄る。

 「フェール。ただいま。遅くなって、ごめんなさい」

 シスターが口を開くと、ふぇーりは大粒の涙をこぼしてシスターに駆け寄り、か弱い体を抱きしめる。
 もともと痩せていたが、抱きしめると更に痩せているのが手に取るように伝わった。

 「おかあさん!!!」

 フェールは涙を流した、シスターも抱きしめながらボロボロと涙を零した。

 「戻って来てくれたんだね!」

 「ごめんなさい。私が逃げたばかりに、子供たちに苦労をかけてしまったわ」

 「ううん! 戻ってきてくれて嬉しいよ!!」

 「他のみんなは?」

 「それが」

 フェールは今までの事を説明する。
 今はもう自分一人しかいないと知ると、シスターは涙を流しながら膝をついた。
 慌てて傍に居た60代の男性が彼女を支えて立ち上がらせる。

 「気をしっかり。折角治ったんだ。今は悲しみに耐えなきゃいけない」
 
 「ごめんなさい」

 「おかあさん、この人は」

 シスターは男性の顔を見てから、フェールに向き直った。

 「この方はお医者様のジョイント先生。私の心の治療をしてくれた恩人なの」
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