そして何も言わなくなった【改稿版】

浦登みっひ

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二日目(1)

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 次の日の朝。
 予報通りに天気は快晴。つまりは、絶好の海水浴日和である。仄香、嬰莉、綸、霞夜の四人は水着に着替えて屋敷の玄関を飛び出した。

 せっかく綺麗な海があるんだから、入らなきゃ損。というわけで、皆荷物の中にしっかり水着を用意して乙軒島に来ていたのだ。
 天気予報によると、南方から台風が接近しており、午後から天気は下り坂、夜には海が荒れ始めるらしい。今朝を逃せば台風が通過するまで海に入ることは不可能となるため、それなら午前中のうちに済ませてしまおう、ということで、夏休みの朝にしては例外的と言っていいほど早起きして外に繰り出したのである。

「いぇええええええええええい!!」
「きゃっ! もう、冷たいってば嬰莉、このやろこのやろっ!」
「ぅわっぷ! 口に入った! ちょっとあたしそんなにかけてないぞ~?」

 外に出るなりまっしぐらに海へと入っていった水着姿の嬰莉と綸が、黄色い声を上げながら水をかけ合う。嬰莉は細身の体にワンピースの青い水着。グラマーな綸は対照的に肌の露出が多く、大人っぽい黒いビキニを身に着けていた。

「子供だな~、あいつら」

 霞夜が二人の様子を遠目に見ながら呟く。霞夜はスカートのついた花柄の白いワンピースの水着に、つばの広い麦わら帽子を被り、水着の上に白の薄いブラウスを羽織っている。屋敷を出る前に体中に日焼け止めを塗りたくっていた霞夜は、ここでもやはり日焼けが気になるのか、なるべく肌の露出を抑えている様子だった。

「え~、いいじゃん、だって私たち、まだティーンエイジャーだもの。こんなことして楽しめるの、今のうちだよ? 大学に入ったら皆離れ離れになっちゃうし、社会人になったら、きっとそんなに遊べなくなっちゃうし……」

 少し遅れて屋敷から出てきた仄香が、水着のズレを直しながら言った。水色の上下のビキニにパレオを巻き、爽やかな微笑を浮かべた仄香は、まさに現世に舞い降りたヴィーナスのように美しい。嬰莉ほどスレンダーではなく、綸ほどグラマーでもないが、均整のとれたその肢体は、女性の肉体における理想的な黄金比を体現していた。

「うん、まあ、そうね……無邪気なのは悪いことじゃないよ」

 霞夜は相変わらず水遊びに興じる二人を眺めながら、何やら意味深に呟く。仄香は軽く首を傾げながらその横顔を見つめた。

「霞夜ちゃんは海に入らないの?」
「う~ん、気が向いたらね……あたしたちのことは気にしないで、ほら、行ってきなよ、仄香」
「そう? ……じゃあ、お言葉に甘えて、行ってくるね。お~~~い!! 私も混ぜて~~!」

 水色のパレオを靡かせながら海へと駆けていく仄香の背中を見送りながら、霞夜はしみじみと呟いた。

「離れ離れ、か……」

 今はクラスメイトとして毎日のように顔を合わせている五人だが、来年以降の進学先はそれぞれ違う。仄香は俗にお嬢様大学と呼ばれている都内の名門女子大。とはいえ、偏差値がさほど高くない学部のため、受験にかかるプレッシャーはそれほど大きくない。
 一方、霞夜は日本最高学府と言われるT大を志望しており、模試の結果はA判定。仮に落ちたとしても、都内の他の名門校には間違いなく合格できる成績である。だが、油断はできない。この時期の受験生は、僅かな気の緩みが人生を左右しかねないのだ。

 都内の大学を目指しているこの二人は、おそらく進学後も都内で暮らすことになるだろう。しかし、他の三人の志望先はそれぞれ異なる。
 望は宮城、嬰莉は茨城、綸は千葉。比較的近場の綸はともかくとして、茨城の嬰莉は関東ではあるものの首都圏からは遠く、望に至っては東北である。住む場所が変われば会う機会も必然的に少なくなるし、大学ではまた新しい人間関係を構築しなければならず、今はどんなに仲が良くても、高校時代の友人との関係は徐々に薄れていくかもしれないのだ。
 皆がスムーズに志望先の大学に進むとすれば、五人で過ごせる時間はもうあまり長くないし、受験が近付き忙しくなれば、遊ぶ暇などは全くなくなるだろう。他の面々より遥かに難関のT大を目指している霞夜は、本来ならばこんなところで油を売っている場合ではないのだが、それでも最後の思い出作りに乙軒島にやってきた。
 あまり素直ではないが、女の割には友情に厚いタイプ。仄香は密かに霞夜のことをそう評しているのだ。

 奇声を上げながら水をかけあっている三人の向こうを、望の駆る白いボートが横切ってゆく。一緒に海に入らないかと誘われた望だったが、望が選んだのはボートの方だった。
 海が時化たらボートを乗り回すこともできなくなる。乙軒島に来るまでの短い航行だけで満足できなかった望は、台風が来る前にもう少しボートに乗せてもらえないかと錦野に頼み込み、錦野から快諾を得たのである。

 ボートに気付いた三人が、望に向かって手を振りながら叫んだ。

「望~~! 気をつけてね~!」
「ほどほどにしときなよ~! あんまりやってると燃料代請求されるぞ!」
「え~、うちそこまでケチじゃないってば~」

 しかし、望は三人の方を一顧だにすることなく、そのまま通り過ぎていった。三人の声が聞こえなかったのか、それとも単に無視しただけなのかは定かではない。

「あ~、のんちゃんシカトしやがったな!」
「せっかくだからさ~、水着だけじゃなくて、なんかもっと遊べるもの持って来ればよかったね。ビーチボールとかさ」
「こっちのお屋敷には何も置いてないからな……あっ、そうだ、冷蔵庫にスイカが入ってたはず!」

 仄香はそう言ってパチンと手を叩く。海、砂浜、スイカ、とくれば、そこから導き出される答えは一つである。三人の声は自然とシンクロした。

「「「スイカ割りしよう!」」」

 仄香と体力に自信のある嬰莉が屋敷に戻り、台所からスイカを、綸と霞夜は物置からビニールシートと木製の棒きれを持って来る。それぞれが持参したタオルを目隠しに使うことにして、スイカ割りの道具は一通り揃った。言い出しっぺの仄香であるが、疲れたのか、妙に浮かない顔をしている。
 最初に棒を持ち目隠しをしたのは霞夜。スイカから数メートル離れた位置に立った霞夜がゆっくりと足を踏み出すと、三人は声を張り上げて誘導を始めた。

「右! もうちょい右!」
「そこそこ!」
「あっもうちょい左!」
「ええ? どっちよ? わかんない……ここかっ!」

 右と言ったり左と言ったり錯綜する指示に、霞夜は困惑しながら棒を振り下ろすが、案の定、棒はスイカから大きく逸れ、ビニールシートを叩くパサッという音だけが虚しく響いた。嬰莉と綸の笑い声が響く中、霞夜は目隠しを外し、スイカと棒の位置を確認する。

「は? 何これ、全然外れてんじゃん。え、今のは指示が悪かったでしょ? 言われた通りに動いたもんあたし」

 霞夜の抗議に、綸は笑いながら答えた。

「今のは最後に仄香が左って言ったから、それで思いっきり外れちゃったんだよ」
「だって私は左って言ったのに、霞夜ちゃん右に動いちゃったから……」
「仄香から見て左ってことは、霞夜から見たらどっちよ?」

 えーと、と呟きながら、仄香は宙を見上げる。嬰莉と綸は霞夜の背後に立って指示を出していたが、仄香は離れた正面側にいた。つまり、仄香にとっての左は霞夜にとっての右、左右が反転しているのである。

「あ、そーだった……ごめんごめん」

 仄香は小さく舌を出して謝り、霞夜はそれに苦笑で答えた。

「じゃ、次は仄香の番ね」

 目隠しのタオルを巻き、たどたどしい手つきで棒を持って、仄香は霞夜と同じスタート地点に立った。

「右右!」
「そのままそのまま!」

 カオスを招いた張本人が叩く側に回った今度は指示が混乱することなく、仄香はスイカの正面へと正確に導かれて、

「えいっ!」

 という掛け声と共に、棒を思い切り振り下ろした――のだが。
 仄香は嬉しそうに目隠しを外した。

「当たった? 今の当たったよね?」

 しかし、大玉のスイカの緑と黒の縞模様は割れるどころか罅すら入っておらず。仄香の功績は上部につけられた僅かなへこみだけであった。

「え~? うそ~?」
「仄香、力弱すぎなんだって!」
「思いっきりやったつもりなんだけどな~」
「もうちょっと腰を入れてやらなきゃね。じゃ、次は綸の番だ!」

 いつの間にか仕切り役になっている嬰莉に指名され、三番目のヒットマンとなった綸は、よ~し、と気合を入れながら目隠しを巻く。

「ちょい右!」
「もう少し右!」
「仄香また逆言ってる!」
「えっうそ? ごめん今のなし!」

 正確(?)な指示を受け、仄香より若干腕力の強い綸の一撃は、大玉のスイカに一筋の亀裂を走らせた。

「よっしゃ、じゃあ最後はあたしがズバーンと決めるよ!」

 真打登場、満を持して棒を手にした嬰莉。
 スイカが無事に割れるか否か。その命運は、この島に来た女子の中で最も腕力の強い嬰莉の腕にかかっていると言っても過言ではない。

「左左!」
「そのまま真っすぐ!」
「ちょびっと右向いて……そう、そこ!」

 ノイズとなる仄香が自重したことで、今度こそ完全に的確なガイドを受けた嬰莉は、木の棒を大きく上段に構えると、『破ッ!』と叫びながら気迫の篭もった一撃を振り下ろす。嬰莉の一撃は、目隠しをしているとは思えないほど正確に綸が作った亀裂を捉え、真っ二つに割れたスイカの断面から、よく熟れたスイカの真紅の果肉が覗いた。
 三人の『わぁっ』という歓声を聞いた嬰莉は、目隠しを外すと、

「いぇ~~~い!」

 と、拳を空に向かって突き上げながら歓喜の雄叫びを上げる。

「おっ、スイカ割り? いいじゃんいいじゃん、ちょうど喉渇いてたんだよね」

 まるで計ったようなタイミングでボート遊びから戻ってきた望が、ルビーのように赤いスイカの断面を見て顔を綻ばせる。ちょうど全員が揃ったところで、霞夜が気付いた。

「あれ、これさ、包丁持ってきた方よくない?」

 真っ二つに割れた大玉のスイカ。しかし、これを皆で食べるためには、当然ながら小さく切り分ける必要がある。まさか木の棒で叩き潰すわけにもいかず、切り分けるには包丁を用意しなければならないのだ。

「あ、じゃあ、あたし包丁持ってくるね。台所にあるよね?」

 率先して立ち上がったのは綸だった。綸は仄香に包丁の場所を確認すると、小走りで屋敷へと向かう。

「いや~、甘そうだね、スイカ」
「ここでスマホが使えたらすぐにインスタに上げるのにな~」

 そう呟きながらスイカの写真をスマートフォンに収める望に、嬰莉は茶化すように言った。

「出たよ、映え厨のんちゃん」
「いや、だってさ~。思い出作りに来たんだから、なるべくちゃんと写真に残しておきたいじゃん」

 綸を待つ間、四人は適当にお喋りをしながら時間を潰していた。
 そして数分後、綸は包丁を持って戻ってきたのだが――。

 綸は明らかに様子がおかしかった。弾むような足取りで屋敷へと向かっていった綸が、顔を顰め、まるで何かに怯えるように後ろを何度も振り返りながらこちらへ歩いてくる。

「……あ、ありがとう綸ちゃん……どうかしたの? 何かあった?」

 綸の変調に気付いた仄香が、心配そうに尋ねた。
 いや、綸の異変に気付いたのは仄香だけではない。そこにいた全員が、何やらただごとではない様子の綸を心配しているのだ。

「いや、あの……別に……いいから、早くスイカ食べよ?」

 別に、と口では言いつつも、綸の表情は明らかに尋常ではない。怪訝に思いながらも、仄香は綸が持ってきた包丁でスイカを切り分け、三角錐の形になったスイカを皆に配った。

「うっま」
「ヤッバ」
「まじ卍」

 スイカにかぶりついた四人は口々に、不正確な日本語でその味を表現する。
 これが日本の将来を担う受験生(T大志望を含む)たちの使う言葉だと考えると暗澹たる気持ちにならざるを得ないが、しかし、現に彼らの語彙力を完全に奪い去ってしまうほどにスイカが甘いのだから仕方がない。
 だが、それほどまでに甘いスイカを食べながらも、綸の表情は相変わらず沈んだままだった。

 いかに大玉のスイカといえども、遊び疲れて空腹と口渇感を覚えた高校生の集団にかかれば一瞬である。飢えたピラニアの群れのように瞬く間にスイカを平らげ、『食った食った~』と上機嫌の面々。しかしその中で、やはり綸だけはまだ浮かない顔をしている。

「ちょっと綸、どうしたの? 言いなさいよ、気になるじゃん」

 霞夜が声をかけると、綸は迷いながらもおずおずと語り始めた。

「う、うん……その、ね、錦野さんっているじゃん? さっき包丁取りに行った時に、見ちゃったんだ……」
「錦野さん? 見たって、何を?」
「台所に入る途中でさ、リビングの前を通るでしょ? ちょうどその時錦野さんがリビングにいたんだけどさ……錦野さん、リビングの窓から、みんなのこと見てて……」

 スイカ割りを行っていた砂浜は屋敷の西側にあり、リビングの窓からその様子を眺めることは確かに可能である。

「それでね、その……錦野さんが、みんなのこと見ながら、下半身をいじってるの、見ちゃってさ……」
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