そして何も言わなくなった【改稿版】

浦登みっひ

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第五の殺人

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 寝癖のついた髪をかき上げながら呑気に欠伸をする望に、仄香は射貫くような鋭い目つきで言った。

「綸ちゃんが殺されたの」
「……えっ?」

 開口一番に告げられた望はしばし呆然としていたが、仄香の言葉の意味に数秒遅れで理解が追いつくと、脇目も振らずに綸の部屋へと駆け出して行った。仄香はゆったりとした足取りで望の後を追う。望の後姿は瞬く間に綸の部屋の中に消え、その直後、ひどく困惑した望の声が廊下にまで響いた。

「綸……綸? そんな、嘘でしょ……?」

 綸の部屋に戻ると、望はリビングの綸の死体の前で呆然と立ち尽くしていた。
 嬰莉や霞夜の死体が発見された際、望は部屋の中に入らず、廊下から事態を確認しただけだった。だから、望が至近距離で死体を見るのはこれが初めてということになる。
 仄香はリビングの入り口で立ち止まり、一層険しい表情で望の背中を睨み付けた。ただならぬ気配を察したのか、望は怯えたような目で、おそるおそる仄香のほうを振り返る。仄香は毅然とした口調で言い放った。

「のんちゃん……いえ、望。あなたが皆を殺したんだね。嬰莉ちゃん、霞夜ちゃん、そして綸ちゃんまで……」
「ちょ、待ってよ! 落ち着いて仄香、ちょっと俺の話を聞いて!」
「信じてたのに、のんちゃんのこと……。あなたがこんなひどいことをするわけがないって、みんな信じてたのに! だから霞夜ちゃんだって、錦野さんの部屋の前には厳重にバリケードを作ったけど、のんちゃんの部屋の前にはちょっと荷物を置くだけで済ませたんだよ。それなのにあなたは……」
「違う! 本当に俺じゃないんだよ! 信じてくれ!」
「じゃあ他に誰がいるっていうの!? この島に、男はもうのんちゃんしかいないんだよ!」

 そう叫びながら、仄香は綸の死体を指差した。犯人が男であることを示す動かぬ証拠である。
 そして、乙軒島にいる男は既に望一人。即ち望が犯人である、仄香はそう断じた。

「知らないよ、そんなこと! とにかく、殺したのは俺じゃない! きっと、どっかにまだ誰か俺たちが知らない奴が隠れてるんだ、天気も良くなったし、外に出て探してみればきっと――」
「じゃあ、望、昨日の夜は綸ちゃんに指一本触れてないって誓える?」

 仄香が問い質すと、望は一瞬口籠り、慎重に言葉を選びながら答えた。

「い、いや、その……触ったよ、昨日の夜は、綸が向こうから俺の部屋に来て……」
「……それで?」
「それで、だから、ほら、その……綸の方から俺を誘惑してきてさ、もう、すっかり酔ってたし、目がイッちゃってるっていうか、断ったらヤバい雰囲気だったから……やったんだよ」
「やったって、殺したっていう意味?」
「違うって! 子供じゃないんだから、わかるだろ……? 寝たんだよ、綸と。こいつを抱いたんだ。向こうから迫ってきたから」

 綸が望に好意を持っていることは誰の目にも明らかだったし、望も当然それを理解した上で、内心では煙たがっていたようにも見えた。しかし、嬰莉や霞夜に続いてこんな酷たらしい方法で殺害した挙句、その責任を相手に押し付けるような発言。仄香の怒りは頂点に達していた。

「それで、勢い余って殺したの……?」
「だから、なんでそうなるんだよ! やったのは昨日の一回だけだし、場所は俺の部屋だった! それに、やった後、綸は自分の足で部屋に帰って行ったよ。それでおしまいだ。俺は綸の部屋には入ってない。綸が部屋に戻ったあとすぐに寝たから、その後のことは何も知らない。本当にそれだけなんだよ、仄香。大体さ、綸だったらやろうと思えばいつでもやれるのに、なんで襲ったり殺したりする必要があるんだ? ちゃんと真面目に考えてくれよ!」
「嬰莉ちゃんと霞夜ちゃんとは……? 二人とも肉体関係があったの……?」
「ないよ! ないって! 殺してもいないし抱いてもいない! 本当なんだ!」

 望は必死で弁明を試みるが、仄香は全く聞く耳を持たなかった。眉目秀麗な彼は、とりわけ女子からの人気が高い。そもそも、嬰莉や霞夜のときだって、客観的に見れば錦野より望のほうが穏便に部屋に入れてもらえる可能性が高かったではないか。友人を信じようとするあまり、そして錦野を疑うあまりに、仄香たちはそんな簡単な可能性を見過ごしていたのだ。今更になってそのことに気付き、仄香は唇を強く噛む。

「信じてくれよ仄香! 俺がこんなことして何になるっていうんだ? 俺だったら、わざわざこんな場所でやらなくても、いつでもチャンスはあっただろ? 綸だって、その気になれば嬰莉や霞夜だって……」

 望のその言葉に、仄香は思わず眉を顰めた。自分の性的魅力を鼻にかけ、自分ならわざわざ襲うまでもなく三人を抱くことができたと言わんばかり。もし彼の言う通りだったとしても、それで望の疑いが晴れるわけではないし、むしろ仄香の心証は著しく悪化した。望もそれを察したのか、一転して優しい表情を作って仄香に囁きかける。

「なあ……俺たち、みんな仲良しだったじゃないか……大学に行ったらもうあんまり会えなくなるから、皆予定を調整してここまで来たんだよ。俺だって本当は結構忙しかった。でも、みんなと最後の思い出を作りたかったから……それなのに、大事な友達を殺すわけないだろ……? なあ、仄香……」

 望は両腕を広げ、じりじりと仄香に歩み寄る。
 仄香は激しく動揺していた。情に訴える望の作戦が功を奏したのだ。望は口辺に微かな笑みを浮かべながら仄香に近付いてゆく。しかし、その表情に何か不穏なものを感じ取った仄香は、小さく飛び退きながら、懐から光るものを取り出した。

「いや! 来ないで!」

 そう叫ぶや否や、仄香はその光るものを望の方向へ突き出す。
 それは包丁だった。綸が錦野を殺す際に使ったものとは別の、万能包丁である。鈍く光る包丁の刃を目にして、望は立ち止まり息を呑んだ。

「仄香……何だよ、それ……」

 仄香は震える両手で包丁の柄を掴み、ゆっくりと前進しながら望を睨み付けた。仄香の歩みに合わせて望も後ずさり、再び綸の死体の近くまで押し戻される。

「護身用にキッチンから持って来たの……本当はこんなもの、使いたくはなかったけど……」
「やめてくれ……落ち着くんだ、仄香。そんな物騒なもの、君には似合わないよ」

 望はさらに声を和らげ、仄香をどうにか宥めようとするが、仄香は包丁を握る手の力をさらに強める。

「そうやって、優しい言葉で皆に近付いたの? 私はもう信じないよ!」

 だがその時、望は不意に仄香の背後を指差し、こう叫んだ。

「はっ……、仄香、後ろ!」
「えっ……?」

 仄香は驚き、咄嗟に後ろを振り向くが、そこには開け放たれた扉の向こうに何の変哲もない廊下の風景が広がるばかり。そしてその刹那、望は一瞬の隙を逃さず仄香に飛びかかり、包丁を握った仄香の手首を掴むと、そのまま強く捻り上げたのである。

「いっ……たい!」

 必死の抵抗も虚しく、包丁は仄香の足元に、悲鳴と共にゴトリと零れ落ちた。中性的な外見を持ちながら、体力的には紛れもなく男である望にとって、仄香の細い腕は正に赤子の手を捻るも同然だったのだ。
 望はそのまま勢いに任せて、仄香を床に押し倒した。

「いやっ、やめて! 離して! 人殺し!」

 仄香は必死でもがいたが、体を押さえつける望の力は凄まじく、全く身動きが取れない。

「残念だったね仄香、泣いても喚いても助けは来ないよ」

 仄香の耳元でそう囁く望の顔からは狂気が滲み出ていた。口元は醜く歪み、両目が真っ赤に血走っている。悪意に満ちたその表情には、誰に対しても平等に優しい普段の望の面影は全くない。
 望は仄香の眼前まで顔を近づけると、ニタッと気味の悪い微笑を浮かべた。

「ああ……綺麗な顔だ、仄香……ずっとこうしたいと思ってた」
「望……あなたは……」
「仄香……ずっと君が欲しかったんだよ、一目見た時からね。君と出会ってからは、他の女じゃ全然満たされなかった。俺はね、俺より綺麗な顔の女じゃないと愛せない性分なんだ。知ってるかい? 行為の最中の女の顔って、とっても不細工なんだよ。だから、顔の綺麗な女じゃないと、俺は本気で愛することができないんだ。昨日の綸だって、そりゃあひどいもんだったよ。あの通り体だけは立派なんだけど、顔を見ると途端に萎えてしまうから、明かりを消して、なるべく顔を見ないようにしなくちゃならなかった」
「ひどい……綸ちゃんはずっとあなたのことを好きだったんだよ?」
「知らないよ、そんなこと。俺にとっては、言い寄ってくる大勢のうざったい女の中の一人にすぎない。どうでもいい女達との友情ごっこは辛かったよ。しかし、全ては仄香、君に近付くために必要だった――ねえ、仄香、この島に来た女たちは、それぞれ趣味も成績も家庭環境も全然違う。なのに、何故ここまで何事もなく仲良しグループを形成できていたかわかるかい?」
「何故、って……」

 改めてそう問われ、仄香は咄嗟に返答できなかった。本来ならば気の合う友達だったからと答えるはずのところだが、望の変貌ぶりを見て、その信頼は大きく揺らぎつつあったのだ。そんな仄香に、望はとどめとなる一言を突き刺した。

「とても簡単なことだ。君が金持ちのバカなお嬢様だからだよ。嬰莉も霞夜も、綸だって、仄香と仲良くしておけばいい思いができそうだから近付いてきたに過ぎないんだ。まあ、もちろん理由はそれだけじゃない。嬰莉は特に理由もなくイジメの標的になって女子たちのどこの群れにも入れずにいたし、霞夜は援交の噂が広まって、これまたどの群れにも入れなかった。綸が近付いてきたのは、きっと俺目当てだろうな。けど、それはどれも副次的な理由だ。とんでもない金持ちの君と友達になれれば、きっとオイシイ思いができるだろうって、結局はそれだったんだよ。俺たち四人は皆利害が一致していた。だから今までずっと仲良しグループを演じていられたんだ」
「そんな……こと……」
「仄香、君だって、妬み嫉みのせいで、ここに来た奴らの他に女子の友達はできなかっただろう? 知らないのは君だけなんだよ、仄香。君が金持ちで顔が綺麗なだけの単純バカなお嬢様だったから、このグループは成り立っていたんだ」
「やめて! もう……」

 最も知りたくなかった現実。仄香は耳を塞ごうとしたが、両手は望に強く抑えつけられていて、全く動かすことができない。

「本当はね、仄香。もっと穏便な形で、君を俺のものにしたかった。そのためにずっと仲良しごっこを続けてきたんだからね。俺、こう見えてもフェミニストなんだよ。でも、それももう終わりだ。三人を殺したのが俺じゃないってことは警察が来れば明らかになるはずだ。しかし君が俺を信じてくれないのなら仕方がない。今ここで、君の全てを手に入れることにするよ。俺はまだ十七歳だ、殺人はヤバいけど、レイプぐらいなら罪も軽い」

 レイプ。
 望が軽く口にしたその言葉が持つ言霊と恐怖が、ショック状態の仄香の心を完全に打ち砕き、仄香は糸の切れた人形のように動かなくなった。抵抗を諦めた仄香を見て、望は再びニタリと気味の悪い笑みを浮かべる。

「大丈夫、殺しはしないよ。それに、結果的に俺のことを好きになってくれたら、これもレイプにはならない。ヤミツキになるぐらい気持ちよくしてあげるから、安心して、俺に身を委ねて――」

 望はそう言うと、仄香の首筋に長い舌を這わせ始める。
 もはや抵抗する気力を失った仄香は、死体のように何の反応も示さなかった。

 だから――。

「あああああああああああ!」

 私は玄関に置いてあった花瓶を手に取り、がら空きの望の後頭部目がけて、ガラスの花瓶を勢いよく振り下ろした。
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