PULLUSTERRIER《プルステリア》

杏仁みかん

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Section10:VR・AGES社

72:夜明けの特等席 - 1

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 ――二二〇四年一月二十三日
 アメリカ合衆国 オレゴン州 VR・AGES社前

 ──午前一時。
 エリックと私は正門と反対側である南側の外壁から最も近い住宅地の陰に、ジュリエットは西側の管理室側の外壁近くに停めている車の陰に身を潜めていた。

「スモッグ、用意! ……三、二、一、点火!」

 私の合図でエリックがタブレットのボタンをタップした。
 ポポポポポン、とワインのコルク栓が一斉に弾けるような音がすると、外壁沿いにじわじわと白いミストが立ち上っていく。
 発煙装置は近くにエンジンをかけて停止中の車──住宅地から拝借した──の下に取り付けてあった。車はそのまま独りでに移動を開始し、VR・AGESビルの外壁周辺をゆっくりと旋回しだした。

「……いくらなんでも不自然じゃないですかね」

 エリックがタブレットをしまいながらケチを付けてきた。

「手段を選んでいる時間はない。最悪、データを持ち帰る時に見つかったとて、些細な問題に過ぎん」
「まぁ、このぐらいなら車のエンジントラブル程度で誤魔化せそうですが」

 二〇五〇年頃に四輪用の完全なオートパイロットシステムが実用化されてから既に百五十年。
 車に内蔵されたAIはヒトとほぼ変わらぬ知能を持ち、遠隔操作で好きなように運転出来るようになった。
 同時に、増えた犯罪も数知れない。衝突事故よりか、AIの不正改造による放火や自爆テロの方が多いくらいだ。
 そんなものに比べれば、もくもくと煙を出しながら走行するのは子供の悪戯ぐらいに過ぎない。

「ジュリエット。準備はいいか?」

 無線で呼びかける。

『……いつでも行けますわ』

 微かな吐息の後、どこか緊張した声が無線から聞こえてきた。
 昨晩の挑発的な声色ではない。海底施設に潜入した時の彼女マルベリー・ドールと同じだ。

「ジュリエット。作戦通りだ。問題はない」

 そう言ってやると、無線の向こうからふふっと軽い笑い声が聞こえた。

『それで慰めているおつもりですか、大佐? 相変わらず女心に疎いですわね』

 ……どうやら思い過ごしだったか。

「自覚はしているつもりだ。……よし、今だ! 行け、ジュリエット!」
了解しました、大佐サー・イエスサー!』

 軽い足音が数回。直後にガサガサと何か擦れる音。そして両足で着地する硬い音が続けざまに聞こえた。
 ジュリエットの規則正しい吐息と、いびつな足音の連続がBGMを奏でている。

 その間、我々も移動を開始し、正門のある北側へ移動する。
 どちらかが早めに着くことは許されない。ジュリエットの歩幅、音のリズムを計算しながら、我々もペースを配分する。
 今回の作戦では、あくまでもガラスの靴を履いた「お姫様」がメインだ。我々は彼女の付き人に過ぎない。

『中央管理室前に移動完了。待機ステイします』
「同じく待機ステイ。よし、開錠しろ!」
『了解。脊髄終糸ケーブルを展開』

 私は顔をしかめた。アレを取り出すのは、ジュリエットにとって最も辛い行為だろう。
 神経を撫でる感覚は、腰痛の治療時に鍼を打ってもらって体験したことがある。
 腰から太股辺りまで、電気が走って筋肉が急激に引っ張られるような……言葉にし難いズキズキとした脱力感が伝っていくのだが、ジュリエットのはアレの数倍酷い感覚なのだそうだ。

『……ッはぁ……ッ! ……ピッキング、成功……!』
「ジュリエット、一旦息を整えろ」
『言われるまでも……ありません』

 その間、我々はハンドガンの弾数を確認し、いつでも使えるように準備する。
 念のため消音装置サプレッサーも銃口に取り付けておく。

『行きます!』

 ジュリエットが突入を開始した。
 私は腕時計を構える。

『だ、誰……ぐわっ!!?』
『メーデーメーデー! タワー内に通た……ぐぼぁ!!?』

 管理室にいたであろう人物はあっと言う間に制圧される。
 ……五秒経過。

「行くぞ、エリック!」
了解ラジャー!」

 正門の監視カメラ有効範囲まで十メートル。
 このタイミングで走り出せば、監視カメラの切断に間に合う。
 同時に、我々は敷地内に踏み込むのだ。

『メインコンピューターに接続開始フルアクセス

 カウント開始。
 一、二、三……………………八、九、十!

『セキュリティオフ! 全監視カメラを一時的に遮断!』

 我々はカメラの圏内から離れた外壁近くに無事辿り着いた。監視カメラは既に再稼働している。

『私は奥の通路からタワー内部へ潜入します!』
「了解! 油断するなよ!」
『そういう大佐も、体が鈍ってるんじゃありませんか?』

 ……はは、言ってくれるじゃないか。
 デスクワークが多かったせいか、既に私もエリックも息が上がってしまっている。

「なあに。これでもトレーニングだけは欠かさず行ったつもりだ。……ようし、間もなくお前が綺麗にしてくれた管理室だ」
『こちらは小汚いダクト内へ浸入しました。今のところ、管理室以外の誰とも会っておりません』

 怖いぐらいに順調だ。
 だが、何が起きても、もはや止まることは許されないだろう。
 ……ならば、ここからは時間が勝負だ。

走れGO! 走れGO! 走れGO!」

 がら空きになったオートロックの扉を開き、倒れた二人の監視を尻目に巨大な制御コンピューターの隙間を縫って走っていく。
 一瞬でもセキュリティが止まれば、五分としない内に異変に気付かれる。我々は囮になりながら、ダクトを進むジュリエットのために道を拓いてやらなければならない。

『エレベーター前に到着』
「よし、待機せよ!」

 管理室の奥から続く細い通路の先に幅の広い階段があり、その先の細い通路はタワーの二階へと続いている。
 ……人の気配。それも大勢だ。

「閃光弾、投げるぞ!」

 タワーの二階エントランスから続く両開きのドアが開け放たれる。
 閃光弾は模範的な弧を描きながら床を二回ノック。
 我々はとうに目を閉じ、耳を塞いでいた。

 軽い爆発音が微かに聞こえ──

「……──!!? ────!」

 キ──────……ン!

 完全に防げない大音響に耳鳴りがする。
 私はハンドガンで目の前に立つメット頭の無防備な連中を撃ち抜いてやった。

 ……つもりだった。

「何ッ!?」

 乾いた金属音。
 傷一つ付かずに佇んでいる警備員達。どうやら閃光弾すら効いていないらしい。
 なるほど、こいつは──

「……エリック!」

 私は叫びながら屈んだ。
 エリックは直ぐさま背中に担いだアサルトライフルで前方を乱射。
 その間に、私は背中に背負った対用の小型ランチャーを取り出し、ロックを外す。

「喰らえ!」

 スコン、と間抜けな音と共に静かに放たれた弾が、目の前の警備員達を大きく吹き飛ばした。
 軽い爆音。胴体から離れ、派手にフロアを転がった頭から流れ出たのは真っ赤な血液ではなく、銀色のオイルだ。
 そのうちの一体は勢い余って吹き抜けの板を突き破り、一階へと落下。ガシャン、と音を立ててブツ切りのガラクタになる。

「……拙いな。予想していたとは言え、最悪のパターンだ」

 エリックはアサルトライフルの弾を装填しながら一階を見下ろした。

「あのアンドロイド、見たことのない型ですね。随分と精巧な動きをしていましたし、銃弾まで弾くとは」
「VR・AGES社系列の産物だろう。だとすると、このタワーに人はいないかもしれん」
「……どういうことです?」

 私はエリックの問いには答えず、無線を繋いだ。

「ジュリエット! エレベーターは中止だ! そのまま中を通って上へ行け!」
『何があったんですか!?』

 ジュリエットは慌てた声で訊いた。

「アンドロイド。それも、一番厄介な連中だ」

 通話しながら、私は手振りでエリックに一階を見直すよう促した。

「……なっ!? 修復機能っ!?」
「思った通りだ。奴らのボディは修復機能付きのナノマシンで構成されている。バラバラにしたところで磁石のようにくっついて元通りになるだろうな」
「馬鹿な! そんなもの、実用化されるわけが……!」

 自己修復機能付きのナノマシンは一部の目的にしか使用認可が下りておらず、アンドロイドに使用されるのは法律で固く禁じられている。
 その主な理由は、万が一ハッキングされた場合に簡単に破壊出来ないからである。
 当然ながら軍でも実用化されたケースはなく、私もエリックも、アレを目の当たりにするのは初めてだった。

 私はエリックの肩を強く叩いた。

「いいか、エリック。アニマリーヴ・プロジェクトが行われた今、法はあってないようなものだ。常識を信じるな」
「…………仰る通りです」

 ならば尚更、事は急を要する。

「ジュリエット!」
『はい、大佐!』
「我々は階段で後を追う。もしデータベースにアクセス出来たら、今から言う単語を調べてくれ!」
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